『誰が来たかと思えば手負いですか。いいでしょう、異教徒とはいえその蛮勇に敬意を表して、その首だけを斬、』
「ごちゃごちゃうるさいですわ」
男の言葉を遮り、少女は無事な左腕で大剣を逆手で持ち上げ、
「チェック」
轟! と。
溶鉄の大剣が地面に突き立てられた瞬間、莫大な炎が吹き上がる。瞬間的に広がった炎の地獄は霧を吹き飛ばし、舐めるように会場半分を覆いつくして───オレンジ色に覆われた空間の中にぽっかりと、一部の空白が生まれた。
「そこ」
先ほどの炎が津波と例えられるなら、今度は熱線。渦を巻きながら灼熱地獄が凝縮される。
クッ、と。こわばったように息を吞む音。
瞬間。すべての霧が消滅し、空白の白が圧縮されたようにより深まる。
さながら霧で作られた半透明のドーム。
緋剣ホムラは躊躇わない。
灼熱の中、唯一の異変へと大剣を振るう。
刀身から伸びるように一条に束ねられた緋色の獄炎が空白を貫いて───、
貫かない。
見えない壁に当たったように弾かれた熱線が、破壊を撒き散らしながら吹き荒れた。
対消滅した霧の防壁の中から司教の姿が滲むように現れる。
身体全体をすっぽりと覆う外套。異形の輪郭。巨体。照らされて僅かに見えた顔面には顔の上半分を丸ごと覆う黒色の軍用ゴーグル。右手には指揮棒のように細長い武装。
弾かれたあとも未だに燃え続ける炎はじりじりと綺麗な円を描いて周囲を焦がしていくが、司教はそれを意にも介さない。司教の周囲半径1メートルほどを漂う『霧』が熱さえも遮っているようだった。
僅かな視線の交差。
そして再び、男の外套の下から霧が噴出する。何かで操作しているかのように自然ではない軌道で広がった白色はあっという間に炎を塗りつぶし、白に染めていく。
『……む、無駄です、無駄。ワタクシには通じない。あなたの炎は届き得ない』
ゴーグルの下で引き攣った笑みを浮かべながらも司教は安堵する。
やはり異端者なぞ敵ではない。防御に専念すればこの女の攻撃は完璧に防げる。無敵だ。負ける道理が無い。
そして時が来た。もはや霧に紛れて移動する必要もない。
勝ち誇り、告げる。
『そして、先ほどの攻撃でワタクシを倒せなかった時点であなたの敗北が確定しました。───審判の時です。あなたの罪は神に、ひいてはこのワタクシに刃を向けたこと。己の血で溺れて、死ぬがよい』
外界からの隔離。視野妨害。霧の刃。すべてはこの布石に過ぎない。
ヒュン、と。男の武装が風を斬って。
何気ない合図と共に、少女の体が内側から食い破られた。
「ご、っぶ、ぁ……!?」
ぶちぶちと血管が弾け、内臓が壊れ、かき混ぜられる。
数秒の後に赤い液体の詰められた袋のように内側が蹂躙されて。
どちゃり、と。粘性の塊が落ちる音が最後に響いた。
『うく、クク、クハハハハハ!!』
司教の目は濃霧の中でも捉えていた。
緋剣ホムラの四肢から力が失われ、為すすべもなく崩れ落ちる姿を。その体温が消えていく様を。
哄笑が響く。
男の表情にもはや陰りはない。
不敬な異能使いを屠り、あとは『依代』を回収するだけ。それで目的は達成される。
戦場を区分けていた炎の壁は既に消えた。己を阻むものは何もない。
司教は最後にもう一度だけ霧の向こうに視線を向けて、言った。
『先ほどの威力には少々驚きましたが……所詮はこの程度。やはりワタクシの敵ではなかった』
「あら。弱火では物足りませんの?」
ビシリ、と。背後から聞こえた声に、司教の動きが硬直する。
振り返れない。すぐにでも背後を振り返って空耳か何かだったということを確信したいのにどうしてもできない。
己のプライドが、ただ首の向きを変えるという単純な動きさえ許さない。
「あなたの『オプション』は霧範囲内の『率操作』。光の透過率を操作して光学迷彩を、音の伝導率を操作して遮音を、熱の伝導率を操作して炎の防御を、反射率を操作して虚像を生み出し迷宮を。霧の刃は水分子密度の局地的な操作といったところでしょうか。随分と多彩なようですわね」
脳がその声を聞きとることを拒否する。『NO』が真っ白になった頭の中を埋め尽くす。
ありえないありえない。
仕込みの不発はしていない。現にあの不敬な異能使いは死体になってあそこに転がっているはずだ。体温も既に失ったただの肉塊になって己の血で溺れているはずだ。
なら、今ワタクシの背後に立っている者は誰だ!?
「──────、な、なっ」
「なぜ? 教えて差し上げましょう。あなたが霧の中にも関わらずこちらの位置を把握できていた理由、それが答えですわ」
やや掠れた声で答え、緋色の令嬢は司教の顔に視線を向けた。正確に言えば、顔上半分を覆っているゴーグルに。
「
その仕組みはセンサーで物質から反射される赤外線を読み取り、そのデータをもとに画像処理を行うことで温度の分布を視覚的に読み取ることができるというもの。
であれば、人間よりも強く赤外線を放つもの。つまりは炎の陰に隠れて動けば、司教は緋剣ホムラを認識できない。
そして、司教の男は気づかない。死体だと思っていたものが、緋剣ホムラの異能によって作られた燃える土塊の人形だということに。己の異能である『霧』という特性上、相手を視認するためにつけたサーモグラフィが仇となっていることに気づかない。
「ばか、な。だがなぜ生きている!? ワタクシに近づいたとてアレを生き残れるはずが───!?」
「あなたの異能の端末、『霧』の吸収量が閾値を超えた対象に対し過剰再生。内部から破壊する、と。なるほど、随分と悪趣味な仕掛けですが、
ようやく、司教は背後を僅かに振り返ることができた。そして反射的に喉が引き攣った音を立てる。
───理解不能。
そこに立っていたのは右腕に焦げた傷跡を残しながらも五体満足な緋剣ホムラの姿。携えた大剣。
そして。
だらりと、少女が舌を出して開いた口の中。その喉奥に、ちらちらと小さな炎が踊る。
「───ま、さか、まさか! ありえない、ありえないィ!?」
半狂乱と化した絶叫が司教の喉から迸る。
言葉にすればなるほど、実に合理的だ。
体内に侵入した『霧』を己の炎で焼いて無力化。担い手の異なる異能が衝突した際に起こるのは出力で劣る異能の消滅である以上、理論上は可能である。
実質的な自殺である、という点を除けば。
肉を守るために骨を断つような暴挙。『耐性』を考えても自分の内臓を燃やすなどという考えは発想は出来ても実行なんてできるはずがないと、そう思っていた。
ゾクリと。背中に走った震えを司教が自覚する前に、緋色の令嬢が武装を振りかぶる。
「一人で踊る気分はいかがでしたの? 三下。そろそろ終いにしましょうか」
溶鉄の刀身に再び炎が収束する。赤から橙へ、橙から白へと。温度の上昇と共に変色が進む。
束ねられた白炎がすべてを焼き尽くさんと猛り吼える。
「まだ折れてないのであれば、言っておきますわ。全力で守りなさい。雷鳴に慄く子供のように背中を丸めて、嵐の船のように油断なく。先ほどの一撃にさえ、防御に全霊を尽くさねばならなかったあなたがこれを受ければ塵も残りませんので」
「こんな……こんなことが許されるわけがない! なぜこのワタクシがこのような
一人の男の叫びは、かき消された。
燃え滾る炎剣が、司教を覆う霧のドームに触れた瞬間に活火山の如くため込んだ膨大な熱を解放する。今までの何倍もの熱量に周囲の霧が一瞬で気化し、1700倍となった体積の暴力が残った天井をまとめて吹き飛ばした。
「理不尽、ね」
勝者の火焔が、黄昏の如く破壊跡を染め上げる。
「私程度で理不尽などと、随分と幸せな人生だったでしょうに」
霧は晴れた。もはや狂人の居た痕跡など、残されてはいなかった。
※
猛烈な爆発を合図に、戦闘は終わりを告げた。殺伐とした戦場の空気が徐々に緊張を解かれ、ほどけていく。
いつの間にか風が雨雲を吹き飛ばしたようで、もはや吹き抜けとなった天井後から陽射しが差し込んでくる。
二つの決着が付いた会場の中でオレはというと。
「あのー……ホムラ? そろそろ降ろして欲しいんだけど……?」
左肩に引っ掛けられるような形でホムラに抱えられ運ばれていた。気分はさながら米俵だ。
「電池切れで指一本も動かせなくて助けを求めたのはどなたでしたの? 大人しく運ばれなさいな」
「い、いやっそうだけどさ……なんつーかいろいろ役得っつーか苦しくなってきたっつーか!」
炎使いの少女を倒した後、同じく向こうの男を倒したらしいホムラとなんとか合流したところまではいいものの、割と身体が限界だったらしく動けなくなってしまったというわけで。ひとまずは外に出ようとホムラに手伝いをお願いしたわけなのだが。
外に出たら会場を包囲していた『ディフェンサー』やら生徒会の面々、治療のために怪我人の元へ駆け回っている
オマケに言えば、頭がホムラの前側に来るような姿勢のせいで、ホムラが踏み出すたびに目の前でアレがああなるのだ。
何が言いたいかのか、というのはつまるところ。
胸が……至近距離で揺れている。
ホムラの大きい、とまではいかないが、制服越しでも確かな存在感を表しているそれ。歩く度に揺れるそれを間近で拝むなんてことは全ての男子の夢であり、つまりその状況にある自分は役得なのである。怪我万歳。
……と言いたいところではあるのだが。自分の全体重がホムラの肩にかかっているせいで、これもまた一歩踏み出すたびに体重を預けた細い肩がグサグサと腹部を突き刺してきている。
まさに天国と地獄。プラスとマイナス。神様は均衡がお好きらしい。
「ちくしょう、こういう体験は男の頃にしたかったなぁ! 今も男だけどさ!」
「見た目は100%可愛らしい女の子ですわよ」
「中身は120%男ですー! 誰が何と言おうと男ですー!」
「はいはい」
「流すなよ! オレにとっては大事なことなんだから!」
「では100歩譲って男の子としましょう。でも身体は女の子なのですから、その……いい加減下着くらいはまともなものをつけたほうがよろしくてよ? 今気づきましたが、ノーブラというのは流石に……」
「○%×$☆♭#▲※!? ヤメロー!! 考えないようにしてたんだから!」
顔をブンブンと振り回して目を開けると、そこには見慣れた顔。呆れた表情。
「あっ汐射」
「何やってんだよお前ら……」
汐射が立っていた。ホムラに抱えられたまま人の流れを遮らないよう出入口の端に移動し、改めて汐射に顔を向ける。
「よお汐射。何があったか聞きたい? 聞きたいよなぁ~? こっちに来た異能使いの一人はオレが倒したぜ。しかも! カテゴリ2相当! やっぱりオレ天才だったかもしれねぇな」
「馬鹿だろ」
「馬鹿ですわね」
「だぁからちょっとは褒めろよエリート共! まともに異能使い始めて一ヶ月だぞこっちは!!」
「だってイズナ、褒めると調子乗るじゃないですの」
「お前が調子乗ってると対応がめんどくせぇ」
「慈悲もない!」
「とりあえず先に緋剣のほう治療するからお前は大人しくしとけ。気が散る」
「言われなくても動けねぇんだわ───おぶぁっ!?」
「あっ、ごめんなさいイズナ」
ついにホムラの肩から滑り落ちて硬い地面に打ち付けられる。まぁホムラも限界だろうし文句はないんだが。汐射は受け止めるくらいしやがれってんだ。
「そいや汐射は何やってたんだ? っていうか何があったかイマイチよくわかってねぇんだけど」
「色々と。こっちもこっちで大変だったんだ」
よどみない動きでホムラに治療を施しながら、汐射が事の顛末を語る。
襲撃事件。それは異能使いの犯罪者専用の収容施設で起こった脱獄事件をきっかけにしたものらしい。
襲撃者は全部で6人。うち全員が無力化され4人が拘束、事情聴取中とのことだ。残りの二人については、オレが倒した少女がどさくさに紛れて逃走。そしてホムラが倒した『司教』を名乗る男が意識不明の重体ということらしい。
そう。離れたところにいたオレでさえ、余波で思いっきり吹っ飛ばされた攻撃を受けてなおヤツはまだ生きていたのだ。
ホムラが手加減したのか、あるいは『司教』の肉体が頑丈だったのか。おそらくは前者だとは思うが。
なぜなら。
「……
「あぁ。異能を増幅する加工が施された機械がめちゃくちゃに埋め込まれてた。上半身の六割以上はそれに置き換えられてたって言っても過言じゃねぇ。普通なら死んでるはずだが、何をどうやったのかそれでもヤツは生きていた。生命維持に必要な最低限を残しつつ、残りは徹底的なまでに改造しつくす。倫理なき技術とは言え、ここまでくればもはや一つの到達点だな」
苦い顔をして汐射が呟いた。そしてなにかを振り払うように頭を振り、
「まぁそれは重要じゃない。人体改造程度で異能が先に進めるなら人類はとっくに
「え、あっ! 忘れてましたわ! ということでまた後で会いましょう! あ、あとイズナ! 今回の件は認めて差し上げますが、私との決着はまだついてないってこと、お忘れなく!」
「当然! 次はぜってぇ勝つ!」
もはや跡も残らないほど精緻に治療された腕を振って、慌ただしくホムラが人混みに消えていく。まぁ確かにあのSPさん相手にならさっさと無事を報告したほうがよさげではある。普段から目を光らせているというか、単なる仕事って以上にホムラの護衛に熱意を向けてる人だっていうのは直接会話をしたことがなくてもわかるくらいだったし。
「……ま、決着っつっても今回はほとんどアイツとやりあってないんだけどな。あーあ、この調子じゃ学園祭も中止だろうしなぁ」
ようやく動くようになってきた体を起こし、汐射に治療を頼む。
アドレナリンが切れて徐々に強くなってきていた痛みが和らぎ、事実治っていく。
今まで何度も汐射の世話になってきたとはいえ、こういう瞬間が一番異能の恩恵というもの感じなくもない。だって便利だし。
グッ、と拳を握り開いて感覚を確かめていると、思い出したかのような唐突さで汐射が口を開いた。
「実はちょっと厄介なことになってな。しばらく寮のほうには帰らないから、そのつもりで」
「マジかよ。学会的な?」
「まぁ……そんなとこだ。連絡とかも出れねぇかもしれないから期待すんなよ」
「そこまで!? せっかく明日から夏休みじゃんかよもったいねぇな。授業がないから尚更準備に時間を……ってやつか?」
「あぁ」
「んじゃあ仕方ないな、適当にゲーセンでも行くかな……っと、そういや麻切先生見なかったか? 他の先生方はみんないるみたいだけどあの人だけ見なくてさ」
生徒の人影に混じる背広やらスーツの大人の姿。どれもせわしなく動いているが、その中に麻切先生の姿はない。
そのことが少し気になって汐射に聞いてみたところ。
「
スッ、と。今まで聞いたことが無い冷たい刃のような声色。
思わず汐射のほうを見ると、既に立ち上がってこちらに背を向けていた。
「汐射?」
その姿にどこか言いようのない不安のようなものを感じて、思わず声を掛ける。
「聞いた話だと別の場所で仕事中らしいが詳しいことは知らん、忘れとけ。あと」
背を向けた状態から、僅かに汐射がこちらを振り返る。
「
それだけ言って、汐射は日陰の中に消えていく。
なんとなく引き留めることもできずにそのまま見送る。
「……よっぽど忙しい、ってことか? わかんねぇ」
《ふむ。騒乱の匂いがするの》
「うおっ!? ……急に話しかけるなよ、ビビるじゃねえか。寝てたのか?」
《戯け。おぬしが挙動不審にならぬよう黙っていた吾の奥ゆかしさがわからんのか》
ぶーぶーと口を尖らせるような声色。
わからん、といったらコイツもそうだ。
急に頭の中に流れてきた幼い少女の声。そのくせ口調だけは妙に老成しているという不思議ボイス。異能使いの中にはテレパシーのように直接対面せずとも会話ができるような人もいるらしいが、コイツはどうにもそんな感じがしない。
なんというか変な感じだが、オレの中に居る、という表現がしっくりくる。
《……ほう? 吾のことが気になるとな、よいよい。純粋な興味を向けられるのは久方ぶり故な。よいぞ、質問には答えてやろう。じゃが……吾はおぬしを二度手助けした。よってその対価を頂こうかの》
「対価ぁ? ……って、例えば?」
《そう身構えるな、吾は今気分が良い。差し当たってはまず───、》
ごくり。
どんなものを要求されるのか、はたまた払えるのかどうか、と少し身をこわばらせると。
《甘味じゃ。吾はあまいものに目がないのじゃ。たあんと献上してもらうぞ》
力が抜けた。
「いやどうやってお前が食うんだよ」
《うむ、そこじゃ。そこで吾は考えた。吾と繋がっているおぬしの肉体は、同じく吾を降ろしうる『器』としても機能している。そして先の通り、吾ほどの存在にもなれば『器』を好みに弄ることも可能という訳じゃ》
「さらっととんでもないカミングアウト来たな」
《もっともあまり手を加えることはせん。おぬしに興味が湧いたからの。吾好みにしたところで、それでおぬしの味が塗りつぶされてはそれこそつまらぬというもの。まぁそれはさておいて、自由に手を加えられるということは、それはもう吾の
「理論が斜め上くらいにぶっ飛んでねぇか!?」
《ということでおぬしと五感を共有しても何も問題ないわけじゃな。だって吾の身体だし。ということでおぬしが食し、吾に味を伝えることを許す、光栄に思うがよいぞ》
「問題大ありだわこの野郎! だってオレの感じたこと全部お前に伝わるってことじゃねぇか! プライバシー!」
《そもそも演算領域からして共有されてる以上今更じゃないかの? まぁおぬしから吾への一方通行じゃがな》
「一番まずいじゃねぇか!? っていうかちょっと待て、それって───、」
にやり、と。
頭の中で嗜虐的な笑みを浮かべる気配がした。
《お、》
「待て、待て言うな、信じたくない!! 一か月前から? ってことはアレとかアレとかも全部……」
ぐおおおお!! と獣じみた唸り声を挙げながらたまらず座り込む。
ここ最近の記憶を軒並みぶっ飛ばして地面をのたうち回りてぇ!
《ほれ、はよ立たぬか。周りの者の目に段々と不審な色が混じってきておるぞ》
「誰のおかげだと思ってんだよ……!」
《あと吾の声は他の者には聞こえておらぬからな。つまり、今のおぬしを客観的に見れば独り言を呟きながら叫び声を上げる変態不審者と同義になってきておる、ということじゃが》
「嬉々としてとどめを刺してくるんじゃねぇ! クソッ、帰ったら質問責めにしてやる……!」
クツクツと笑う声に頭を抱えながらひとまずは帰路につく。が、結局呼び止められて会場内で何があったかだとか聞かれてるうちに、汐射の言ったことや頭の中のコイツが何気なく呟いたことなんてすっかり頭から零れ落ちてしまっていた。
とにかく、これで一つの非日常が幕を下ろした。
また変わらない日常がやってくる。
……ということで、後天少女の異能使い(ストライカー)第1章 学園編はこれにて最終話、終了となります。
詳しくは割烹にあとがきを置いておきますので、お暇な方は眺めていただければ。
あの日だけでいろんなことがあったが、それでもあとはなんてことのない日常に戻るだけ。
あの路地裏から始まった一つの事件はこれでひとまずの終わりを迎えたのだと、そう思っていた。そう思いたかった。
今思えば、予兆もヒントもあった。それでもオレは無意識に見逃した。いや、見なかったことにしたのだろうか。
気づいた時にはすべてが始まっていた。終わりなどではなかった。
雨は降り止み、しかしそれも嵐の前兆に過ぎず。
要塞都市の一区画。『学区』を中心に様々な思惑が走り抜ける。
『世界』を天秤の片側にかけた戦いが始まる。