これは、とある超越者が最高のヒーローに至るまでの物語   作:玉箒

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前回からかなり時間が空いてしまい申し訳ありません
というのも、内容が少し無理がありすぎる気がして、このまま投稿しても良いものかと悩みましたが、結局このまま投下します
それでは、本編どうぞ


執念

 『選手宣誓!!選手代表、一年A組、鈴木悟!!!』

 「はい」

 

 人の波を掻き分けるように1-A後方から台上へと歩み寄って行く一人の生徒。頭一つ飛び抜けたその体躯もそうだが、何より人の目を引くのは異形型にしても見たことの無いその白骨化した肉体。その顔は、ただの髑髏とは言い難い、生者を憎むような憎悪の如き厳つい形状へと変貌していた。

 

 『……宣誓』

 

 マイクを手にして言葉を発する。発声器官など存在するはずもないのだが、それでもマイクが音を拾い拡散するのはいったいどういうメカニズムなのだろうか。

 

 『我々選手一同は、練習の成果を十二分に発揮して、互いに切磋琢磨し合い、最後まで全力で戦い抜くことを誓います。選手宣誓、選手代表、一年A組鈴木悟』

 

 何ともこれ以上ないくらいに平凡な選手宣誓に、拍子抜けする一部の生徒達であったり、観客達であったり。しかし大部分の人達にはただの形式的な選手宣誓であり、形だけの拍手を送る。パチパチと会場から手を叩く音が鳴り響く中、ミッドナイトに背を向けて自分のクラスに戻って行く悟。

 

 「素晴らしい選手宣誓だったぞ!!鈴木くん!!!」

 「い、いや別に形式的なものだから、アレくらい普通の宣誓だよ」

 

 飯田が自分の選手宣誓を褒め称えるが、本当の本当に選手宣誓に別に思い入れは無いために少し調子が狂う悟。前から分かっていたことだが、飯田はこういうの重んじる人なんだなぁと改めて認識する。

 

 『さーて!それじゃあ早速第一種目いきましょう!』

 

 ミッドナイトの言葉に気を引き締める生徒一同。彼女の背後にあるモニターの種目名がスロットのように次々と切り替わる。

 

 『いわゆる予選よ!毎年ここで多くの者が涙を飲むわ(ティアドリンク)!!さて運命の第一種目!!今年は―――

 

―――コレ!!』

 

 「……障害物競走?」

 

 ミッドナイトの言葉と同時に生徒達の背後にそびえる入場門がガチャリと開く。隔壁シャッターのようなそれが、ガコンガコンとストッパーを外し、スタジアム外への通路を作ると、我こそがとスタートラインに急ぐ生徒達。ミッドナイトの説明を耳にしながら、自分も遅れていられないなとスタートライン付近に近寄る悟。スタートランプが光る。

 

 『コースはこのスタジアムの外周4km!我が校は自由さが売り文句!コースさえ守れば()()()()()()()()()()()()!!』

 「何をしたって、ねぇ………」

 「お、おい、鈴木…?変なこと考えてねぇよな!?」

 

 「さぁ?どうだろうね、さて……」

 

 隣で何か不穏なことを口にするクラスメイトに話しかける上鳴だったが、有耶無耶にはぐらかされてしまう。いよいよレースの火蓋が切られようとしていた。

 

 『さぁさぁ!位置につきまくりなさい!!よーい―――

 

 

―――スタートッ!!』

 

 「な、何だぁ!!?」

 

 スタートを知らせるアラームと同時に、一人の男子生徒の困惑した声が聞こえてくる。否、その男子生徒の声が聞こえずとも、何が起こっているかは直ぐに理解できた。足元から冷気が漂う。

 

 「そう上手くいかせねぇよ半分野郎!!!」

 

 氷に足を取られる生徒達の中から飛び出すのは、轟の第一手を読んでいた同じクラスメイト達。即ち、A組の生徒達。為人や個性を知っていたというのもあるが、先手を回避できた一番の要因は、やはり先日のヴィラン襲撃。それが彼らを急成長させたのだろう。

 

 「(うわぁ、えげつないことするなぁ。と、いかんいかん、俺も急がなくちゃな)……なんだあれ?」

 

 開始直後、飛行(フライ)を使い生徒の頭上を通り過ぎて空中を走り去る悟。先頭集団のやや後方で様子を窺いながらその距離を保って飛行していたところ、視線の先、地平線から巨大な影が浮かび上がる。

 

 「あぁ、入試の時の……面倒くさいなぁ」

 

 怖気付いて足を止める生徒達が大多数。その中でもやはり足を止めないのはA組の生徒達、勇猛果敢に、無謀にさえ見える特攻を仕掛ける。

 

 「せっかくならもっとすげぇの用意してもらいてぇもんだがな……

 

―――クソ親父が見てるんだからよ」

 

 この障害をまず初めに攻略したのは、やはりトップに立つ轟。生徒達の目を奪っていた巨大な仮想ヴィランがものの数秒で氷の彫像と化す。そして再び目を奪われる生徒達。ハッと意識を切り替えて、轟の後を追いかけるように氷の彫像の股の下を潜ろうとするも、本人にやめておくよう言われ、その直後大きな音を立てて仮想ヴィランが崩れ去る。ハイエナのようにたかっても美味しい思いなど出来ようはずもなく、被害を受ける生徒達が複数名。切島に至っては瓦礫の下に埋もれてしまっていた。

 

 「うーん、上から行けば早いけど、少し遅れをとるな……仕方ない」

 

 爆豪や常闇が個性を使ってヴィランを飛び越えて行く中、一直線に突っ込んでいく悟。何かが超速で風を切る音がしてチラッと爆豪が後ろを振り返ると、人差し指を立てて仮想ヴィランに突撃して行く悟の周りに、輝く魔法陣のようなものが展開されているのが見えた。次の瞬間

 

 「―――魔法最強化(マキシマイズマジック)獄炎(ヘルフレイム)

 

 指先から吹けば消えそうな、小さな火種が飛んで行くのが見えた。自分が今頭部に足をつけている、目下の仮想ヴィランへと火種が飛んで行く。直感、何かやばそうだと感じて直ぐに空中へと爆破で飛び立つが、直後、その予感は正しかったのだと思い知る。

 

 「―――は?」

 

 悟のことは放っておいて先に進もうと正面を見据えた瞬間に、背中から熱気を感じて顔を傾けて後ろを見ると、つい先程まで自分が足をつけていた仮想ヴィランが、豪炎に焼かれていた。それだけに留まらない。消えていく。とんでもない速度で、焼失していく。溶けるのでは無い、文字通り消えていくのだ。どんな火力だそれはと突っ込む暇も与えない。脳が硬直から治るよりも早く、仮想ヴィランが姿を消した。

 

 「―――待てやッ!!!」

 

 自分の真下を優雅に飛び去る悟を見て、やっとこさ意識が切り替わる。自分でも無意識のうちに過剰な量の爆破で無理矢理速度を上げて、開いた差を埋めようと悟に迫っていく。開始早々、既に轟、爆豪、そして悟の3トップの体制が出来上がっていた。

 

 「―――鈴木…ッ!」

 「クソ髑髏ォッ!!半分野郎ッ!!どけえッ!!!」

 「やだよ!轟くん、今度は俺の番だ」

 

 「何だと?」

 

 三人が並走していた所、少しギアを上げた悟が彼らの前にひょこりと身体を乗り出して、そのままの速度を保ちつつクルリと体を後ろに向ける。コースを進みながら向かい合う一人と二人。"今度は"俺の番、というのはおそらく、開始直後に仕掛けたことを言っている。つまり、今から悟が何かを仕掛けてくるということ。それに気づいて先手を打とうとする頃には、既に遅かった。

 

 「魔法持続時間延長効果範囲拡大最強化(エクステンドワイデンマキシマイズマジック)

 

 目の前を行くクラスメイトから何重にも重なる魔法陣が形成され、肌がピリつくほどの覇気を感じる。何かは分からない、当然何をしてくるかは分からないが、爆豪と轟、二人ともに共通して分かったことが一つ。()()()()()()()

 

 「―――獄炎の壁(ヘルファイアーウォール)

 

 コイツは不味い。そう思った二人が移した行動は先手を打つ、では無くブレーキ。本能が感じ取ったのだ、危険を。そしてそれは正しかった。正面に爆破を行い無理矢理速度を押し殺す爆豪と、正面に氷の壁を貼り無理矢理体を止める轟。彼らの正面の床から炎が吹き荒れる。飛び越えることなぞ許さないと言わんばかりに天高く聳える炎の壁が、2人の行手を阻んでいた。

 

 「…一応、助言しておく。生半可な覚悟でコレに突っ込まない方がいいよ。じゃ、お先」

 

 炎の壁に揺らめく黒い影が消えていき、その場から悟が去ったことを二人に知らせる。舌打ちよりも先にごくりと喉元を鳴らす二人。意を決して爆豪と轟が体を突っ込み―――弾き出されるように倒れ込む。体に氷を纏っていた分轟の方がコンマ数秒耐えられていただろうか。それも僅かな誤差。腕を、足を一本突っ込んだだけなのに、まるで身体の一部を焼失したような感覚に襲われる。しかし、有るのだ。その痛みは本物だが、体の一部は無くなっていない。無くなっていないどころか、火傷一つ負っていないのだ。やはりさっきの感覚は偽物か?などと考えて今度こそはと立ち向かおうとして―――足が、竦む。偽物などではない。本物だ。あの感覚は、本物。あの時の感覚が脳裏に刻み込まれ、足が動いてくれないのだ。今まで何度か悟の呪文を目にしてきた二人、そこから推測するに、これもおそらくだが時間制限がある。ならばここで少しくらい待って呪文が収まるのを待つ方が賢明、しかしそれではまんまと悟にしてやられてしまうわけだが。だがそんな選択は彼らに存在しない。目指すは一位、完全勝利。なのに突破する力が無い。自分には、その力が無い。そう、()()()()

 

 「……爆豪」「ア゛ァ゛ッ!!?」

 

 「協力しろ」

 

 驚愕して目を見開く爆豪。何と言ったんだコイツは。聞き間違いでなければ、到底彼の口からでなさそうな、というか出るわけのない言葉。俺にとっても屈辱だが、その選択はお前にとっても屈辱じゃ無いのか、と。

 

 「聞こえなかったか?」「…ざけんなッ!!何でテメェに―――」

 

 「だったら一位諦めんのかッ!!!」

 

 血眼になってこちらを憤怒の表情で見つめる轟に、執念じみた何かを感じ取り、ゾワリと悪寒が走る爆豪。一位諦めんのか、という言葉に爆豪への気遣いなぞ一つも存在しない。呉越同舟、などでは無い。爆豪すら利用する。そんな瞳であった。

 

 「どうすんだ!!爆豪ッ!!!」

 

 どうすんだ、とは聞いているが、聞いていれば分かる。もはや爆豪の判断は仰いでいない。さっさと従え。そういう類の言葉の重み。しかし、爆豪にとってもそれが最善だろう。ここで立ち往生すれば、ただ悟に一位を献上するだけ。ここで突破すれば、また三つ巴の戦いに戻り、一位を狙えるかもしれない。分かっていた、決して安く無い安っぽいプライドを掲げているべきでは無いと。

 

 「……クッソがァァァアアアッ!!!」

 

 手に火花を走らせて轟に向かい合う。自分に注がれる怒りを正面で受け止める轟。彼の取った選択とは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『A組鈴木悟ゥッ!!早くも第二関門へとうちゃあぁぁあくッ!!!入試一位は伊達じゃねぇってかあ!!?でも盛り上がりに欠けるなぁオイ!!一人で、しかも飛んでるからココ楽勝じゃん!!!』

 「…なんか、悪いことした気分になってくるな」

 

 第二関門が見えてきて、少しスピードを落として警戒する悟。またも仮想ヴィランが現れるのかと思いきや、現地に到着すると、あぁなるほどそういう障害なのかここはと、奈落の底まで続く大穴を見つめていた。

 

 「……さて、ここにも何か仕掛けておくか……いやほっとこ。あんまりやり過ぎて体育祭お通夜ムードにしても仕方ないし」

 

 地面に降り立ちかがんで地の底を見つめていた悟がゆっくりと立ち上がり、再度空中に浮遊して進みだ―――そうとした瞬間―――

 

 「―――何ッ!?」

 

 サッと身を翻して、後ろから飛んでくる爆風を回避して地面に片手を付けると、今度は地面から氷が延びてくる。自身の左手に触れる瞬間手を地面から離して空中に浮かび上がると、ゼェゼェと息も絶え絶えにこちらに迫ってくる二人の姿があった。

 

 「(バカなッ!!?どうやって通り抜けたんだ!!!コースを外れて横道から逸れようものなら即座に失格だぞ!!そんなに効果時間は長くは無いが、まだ時間も残っている……どういうことだ)……何をした?」

 「…知る……かよ……ッ!!」

 「……俺の……前に、は、行かせねぇッ!!!!」

 

 前に進むことも忘れ、二人を問い詰める悟だが、ここで二人がかなりのダメージを負っていることに気付く。悟に攻撃を仕掛ける二人だが、技にキレが無い。つまり二人は、本当にあの壁を突破したのかと思い、畏敬の念を抱く。ただの尊敬では無い。どうやって、まさか執念で耐えたなんてバカな話があってたまるかと。だからこその畏敬。事実二人はやってのけた。一種の恐ろしささえ感じる。

 

 「……耐えたのか、アレを…」

 「うる…せえぇぇえええッ!!!!」

 

 やり場の無い怒りを悟にぶつける爆豪。しかし、体力を、生気を奪われたようにフラフラとした動きで、悟に当たることはない。しかし彼の瞳が、悟をざわつかせる。そこまでか、そこまでの執念か。

 

 「……魔法の矢(マジックアロー)

 「グォッ!!?」「ク…ッ!!ッッツァ!!」

 

 悟の背後から光の矢が放たれる。爆豪の身体に突き刺さり彼を後方へと吹き飛ばし、轟の正面に立つ氷の壁を砕き、同様に轟も吹き飛ばす。地面に倒れ伏す二人を見下しながら、ゆっくりと口を開く。

 

 「……そんなにか、そこまで、そこまで一位になりたいんだ……すごい、執念だね……」

 

 「待ッ、て、やッ」「クッ、ソッ」

 

 プルプルと震える四肢を奮い立たせて、無理矢理身体を起こそうとするが、到底悟と渡り合えるほどの体力は戻ってこない。二本足で立つよりも早く、悟が飛び去ってしまう。

 

 「……先に行く、第二種目でまた」

 

 そう言って後ろを振り向き、颯爽と空中を駆け抜けていく悟。当然彼らが追いつけるはずもなく、最終関門も同様に悟に効果は無し。危なげなく一位を取り凱旋を果たす悟であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おい、どういうことだ、あの生徒の個性…」

 「知らねぇよ、だがこれだけは言える。競争率とんでもねぇことになるぞ」

 

 悟が帰ってきて会場から歓声が上がるが、プロヒーローはそれどころではない。今年の目玉は前情報からエンデヴァーの息子だろうと目星をつけていたが、とんでもないダークホースが紛れ込んでいた。反則級である。まるでファンタジーに出てくる魔法のように陣を展開し、空中浮遊、業火、光の矢、あの様子ではまだまだ引き出しがありそうだ。しかもゴールして一人立ち尽くす彼を見て分かることだが、まだまだ余力を残しているようである。

 

 「それに、選手宣誓の様子を見るに素行も良いときた、逸材だぜ、アイツは」

 

 第二種目を見るまでもない、というわけではないが、もう既にプロヒーロー達の中での格付け、その一位は大方きまったようで興味津々といった様子でスタジアム内に佇む一人の生徒を眺める。

 

 「……ずっと立ってるのもアレだな、上位道具創造(グレータークリエイトアイテム)

 

 何とはなしに椅子を作って背を預け、ハァとため息をついて空を仰ぐと、またもや会場からワアッと歓声が上がりビックリする悟。スタジアムの観客のことなど忘れて、精神的に溜まった疲労から無意識の内に魔法を使ってしまっていたが、これも一つのアピールになってしまっていることに気づいてアッと声を漏らす。今更慌てても後の祭りなのでため息を吐いてそのまま椅子に座り、第一種目が終わるのを待っていた。

 

 「(……本当に、あの壁を突破したのか)」

 

 未だに疑問が残る。警告もしたのに馬鹿正直に突っ込む輩では無いと思っていた。その結果がアレだ。ブツブツと呟きながら、本当にどうやって、いやしかし……などと、その真実を知らぬ悟は悩み続けていた。時は少し遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 『……どうやんだ、半分野郎。俺もお前も、通り抜けるこたぁ出来てもそこが限界、意識なんて手放してんだろ』

 

 未だ震える右手を左手で握りしめて押さえつける爆豪。ハァハァと息を漏らしながら轟を見据えると、そんなことは分かっていると言った風に話し出す。

 

 『俺があの壁まで一直線に氷の足場を作る。お前の全力の爆破による加速と氷の足場がありゃあ一瞬であの壁を突破できる』

 『んなことしても身体焼かれちま『あぁ、だから俺が全身氷で覆う、俺とお前が密着してりゃいけんだろ』

 

 『……おい』

 『分かってる、俺の氷の鎧じゃ至近距離での爆破の反動で剥がれちまうし、そもそも氷の重量が加速の妨げになるってこともな。……加速した後、炎に突っ込む直前で全身に氷を瞬時に貼る。それでいいだろ』

 

 

 

 『……失敗しやがったら、ぶっ殺す』

 

 できるのか、とは尋ねない。そんな不毛な問答をする時間が勿体なかった。こうしてぐずっている間にもアイツは先へ先へと進んで行く。言われずとも直様位置につき、背中を轟に預けるようにして後方に右腕を突き出し、左手を添えて支える爆豪。キィーンと甲高い音が鳴るのと同時に轟が炎の壁に向かって一直線に道を敷く。準備は整った。

 

 『…やれ!!』

 『俺に命令、すんなぁァァアアアアアアアッッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その結果が、あの意識朦朧とせん不屈の闘志を見せつけた二人の様子の正体である。失敗は無かった。タイミングは完璧であった。氷の膜が剥がれ、炎を抜ける正にその一瞬、本当に一瞬だけ身体が炎に焼かれてしまった。それでもアレだけのダメージ。身体に外傷の一つも存在しないが、マグマを塗りたくられたような灼熱が全身を襲い、炎の壁を抜けた直後、意識を手放してしまいそうになるが、爆豪の、

 

 『止ま、るなッ!!こ、おり、貼り続けろオッ!!!』

 

 という雄叫びを背中越しに聞き、何とか意識を保ち続けて、そのまま直進、とんでもない速度で追いついた結果がアレである。

 

 「(俺にアレほどの決意は存在しない……強い、本当に強い二人だ)」

 

 そんなことはつゆも知らない悟が勝手に恐れ慄いているが、事実あの策を練っていたとしても、常人ではあり得ないほどの精神力を持っていたことは事実。悟はただ一人、二人に尊敬の念を送ると共に、障害として認めるのであった。例え負ける確率が、落雷に当たる確率よりも遥かに低かったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「済まないが、俺は誰とも組む気はないよ」

 

 エッと残念そうに声を漏らすのは騎馬戦のチームを組むために悟の周りに集まってきたA組の生徒達。確かに1000万ポイントは脅威だが、それを補って余り有るほどの魅力が悟にはあった。それに彼の性格を考えたら組んでくれそうと思っていたのに、いざ頼み込んでみたらキッパリと断られてしまった。どうしてと尋ねると、少し迷ったように踏ん切り付かない様子で語り出す。

 

 「……まぁ、ちょっと、少し自覚したから。一位を目指すってことの意味というか……この種目は俺の実力だけで勝ち抜けることができる、そう判断したから俺は一人でやってみるよ」

 「つ、つってもよ、騎馬がいねぇと流石にお前でもルール的に」

 

 「騎馬ならいるさ、上位アンデッド創造」

 

 アンデッド創造、と聞いてアッと漏らすのはおそらく、その手があったかという意図が含まれていた。地面に黒い渦が浮かび上がると、そこから一体の馬に乗った、勇ましくも禍々しい騎士が現れる。騎乗する馬のけたたましい鳴き声が辺りに響き、観客のみならず辺りの生徒の視線も集めていた。

 

 『我が主よ、何なりと御命令を』

 「ふむ、この後騎馬戦がある。まぁ細かい指示はその時出そう。私を乗せて指示通りに動けばそれで良い。勿論、私の護衛は当然だがな。あぁ、まだ手は出すなよ、私の指示が出てからだ」

 

 『承知いたしました。この命に替えましても使命を全ういたします』

 

 ギロッと、力強い瞳が周囲の生徒達を一瞥する。並々ならぬ覇気を感じさせる眼窩の光に腰を抜かす生徒達。その目には、容赦の一文字も存在しなかった。

 

 「な、なぁ鈴木、コイツ俺たちのこと、こ、殺したりしねぇよな……?」

 「あぁ大丈夫大丈夫、俺の言うことはちゃんと聞くから」

 「いやどういう意味だよ!!?怖えよッ!?」

 

 「……さて、騎馬がいるならそれを護衛する騎士もいるよな、中位アンデッド創造」

 

 これで終わりとは言わせない。今度は空中に黒いモヤが三つ現れ、コールタールのようなそれが段々と人型に形を変形していく。A組の、特に尾白は特に印象に残っているであろう、いつかの()()()。その召喚方法と瓜二つ。実際、そこから現れたのは、ボロボロに朽ちたマントを羽織い、巨大なフランベルジュとタワーシールドを携えた、死の騎士(デスナイト)。身も凍りつく雄叫びを上げると悟の周りで待機して指示を仰ぐ。

 

 「ま、こういうわけで。悪いけど―――いや、悪く無いな、皆、かかってくるなら―――容赦はしないよ?全力で叩き潰す」

 

 悟の、本気の視線がクラスメイト達に突き刺さる。コイツはこんな顔ができたのかと、表情は一切変わるはずも無いのに雰囲気で感じとる。ゴクリと唾を飲み込み固まるクラスメイト達に、ところで相方探さなくていいの?といつもの雰囲気に戻って尋ね返すと、慌てたように散っていくクラスメイト達。他の強豪をスカウトしに行ったのだろう。さて、と言って蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)の背後に騎乗する悟。周りに聞こえないように伝言(メッセージ)を使って指示を出すと、コクリと短くペイルライダーが頷き、三体のデスナイトがペイルライダーを囲むように陣取り戦闘準備に入る。一瞬の隙も無く、三方向を警戒するデスナイト。いよいよ、プレゼントマイクがカウントダウンを行う。

 

 『いくぜ!!残虐バトルロイヤルカウントダウンッ!!!』

 

 10、9、とカウントが小さくなるにつれ、各々が覚悟を決めたように顔付きが変わる。標的はただ一人。目と鼻の先にいる、限りなく遠い世界の存在。しかし挑まないという選択は存在しない。爆豪が悟を挑戦的な目で睨み付けると、互いの視線が交差する。声に出さずとも、爆豪には悟の言っていることがわかった。かかってこいと。

 

 

―――2、1 ―――ゼロォオッ!!第二種目、スタートォオッ!!!』

 

 「実質1000万(それ)の争奪戦だッ!!いけぇ!!」

 「悟くん!!行くよ!!」

 

 鉄哲と葉隠チームがまず先手を打つ。最初に仕掛けたのはB組の骨抜、地面に両手を当てて広範囲を柔化させると、底なし沼に浸かったようにデスナイト達の足元がドボドボと沈んでいく、が。ここでまず異変に気づく。

 

 「おい骨抜!肝心の騎馬が沈んでねぇぞ!!」

 「第一種目でも見たでしょ、アイツが飛んでるの。馬にもあの個性使っただけでしょ、多分」

 「なるほど!流石骨抜!!柔軟な思考だぜェ!!」

 

 実際には、ペイルライダー自身が飛行能力を有しているだけだが、この場では関係無い話である。次に仕掛けたのは―――早くも動きを見せる悟。不動のままであったペイルライダーの騎乗する馬が前足を上げて甲高く嘶くと、

 

 『ハイヤァッ!!!』

 

 残像を残す勢いの速さで空中へと飛び立つ。驚いて顔を見上げる周囲の生徒達。上空で静止したペイルライダーが辺りを見回し―――獲物と、目が合う。

 

 「鉄哲!!一旦引く―「いや引かねぇッ!!あっちから来るってんなら好都合だ!!泡瀬、結合ッ!!塩原、壁作れッ!!俺が耐えるッ!!!」

 

 泡瀬の声を振り切り指示を出す鉄哲。個性を用いて身体を白銀色に変えるとガチンと胸を叩いて金属音を響かせると、来いッ!!と大声で挑発する。それに応えてかは分からないが、空中で再度馬が嘶き、力を溜めるようにグッと足を曲げる。そして次の瞬間―――地面が、爆発した。

 

 「―――は?」

 

 そんな間抜け声をあげたのは、未だ悟の元までは距離があるために離れたところで爆豪の騎馬として足を走らせていた瀬呂。空中に佇むペイルライダーが消えたと思った瞬間に、来いと挑発したB組生徒のいる辺りに土煙が舞い、地面が振動した。いったい何が起こったと思うのも当然で、次の瞬間―――煙の中から額に新たな鉢巻を巻いた悟を乗せたペイルライダーが現れ空中へと駆けて行く。煙が晴れたそこにいたのは、意識は手放して無いものの、呻き声をあげて結合軸の泡瀬を中心に地面へ倒れ込む鉄哲達であった。

 

 「クッ……ソッ!!立て、るか、お前ら!!騎馬、早く作り直すぞ……ッ!!」

 

 どうやらまだまだ戦う気力はあるようで、被害についても真新しい外傷などは無くどうやら鉢巻のみのようである。それが一番の痛手なのだが。それと、もう一つ。骨抜きが個性を解除してしまった。

 

 ということは、奴らが動き出す。

 

 

 「「「オ゛ォォォ゛゛ォオオ゛オォォオオ゛オッ!!!!」」」

 

 おぞましい雄叫びが、生徒達を震え上がらせる。そして第一歩を踏み出した瞬間、大地が揺れた。その重量を感じさせる重みのある足取りで、俊敏に地を駆けて行く。重くて早いという物理法則を無視した怪物の動きに戸惑っている―――暇すら与えない。

 

 「オォ゛ォあアア゛あァァ゛アア゛゛ッ!!!

 「いぃッ!!?」

 

 一体のデスナイトが標的を轟達に定め、ドスンドスンと距離を狭めていく。焦る上鳴とは反対にあくまで冷静な轟は、いつも通り個性を用いて氷漬けにするのだが、

 

 「……長く持ちそうにねぇな」

 

 氷の中に閉じ込められたデスナイトが、プルプルと震えるたびに氷に亀裂が入っていく。次の手を考える暇も与えないといった様子で今にも解き放たれんとしていた。

 

 

 「ワァァアアァァア!!!来るな来るな来るな来るなあああああッッ!!!!」

 

 汗を垂らしながらデスナイトから逃げる障子の背中、触手に覆われる袋の中から紫色の粘着質の玉が無数に放出される。一心不乱に個性を発動する峰田。いつもならば冷静になれと側にいるものが注意するのだろうが、今はその行動が最適解であった。

 

 「ッしゃああああああッ!!!ザマァみやがれえぇぇえええッ!!!」

 「ケロ、ナイスよ!峰田ちゃん!」

 「いいぞ峰田!良くやった!」

 

 全速力で走っていたデスナイトの動きがピタリと止まり、慣性の法則により体が前のめりに倒れ込む。余り知能は高く無いようで、地面や自身の肉体に付着する紫色の玉を一切警戒もせずに突き進んでいた為に、地面と体がくっ付き離れなくなってしまっていた。更に悪いことに倒れ込んでしまった為に足裏だけで無く全身がピッタリと大地に張り付いてしまっていた。余計に煽る峰田だが、絶望を目にする。

 

 「―――あ?何やってんだアイツ―――――おい、オイオイオイオイッ!!うそだろぉぉおおおお!!?!?」

 

 かろうじて動く腕を地面に押し当てて、ぐぐぐッと身体を地面から引き剥がそうとする。しかしどれだけ腕力が凄かろうとそれを上回る峰田のモギモギ、絶対に離してなるものかとグイッと伸びながらも地面とデスナイトを繋ぎ続ける。しかしデスナイトも諦めない、というか、諦めるという選択が無い。理性で考えることをしない為に、言ってしまえばバカだから、立ち上がらなくては、という一心の元ただ行動に移すだけである。離れない、離れない、離さない。モギモギが伸びきって、いよいよデスナイトの身体がこれ以上持ち上がらなくなったところで、まだ押し続ける。そしてついに、

 

 ピシッと、地面に亀裂が入る。

 デスナイトが耐え、モギモギが耐えたとしたら、もはやあと一つだけ。即ち大地。とてつもない剛力でメリメリと引き剥がされるようにモギモギと結合したデスナイトに引っ張られ地面が捲り上がる。デスナイトの全身を岩石片が覆い、大変不恰好ながらも復帰するデスナイト。床に落としていた大剣と大盾を握りしめると、再度障子を狙って走り出す。ちょっとやそっとで止まるほど、彼らの忠誠心は薄く無い。

 

 

 

 「オイオイオイオイ!!どうすんだ爆豪!!!」

 「うるせぇ!!テメェはさっさと硬化しろクソ髪!!黒目!!正面に溶解液ぱなせ!!殺すつもりでやれッ!!!」

 

 「だから切島だっつってんだろ!?」

 「あ・し・ど・み・な!!」

 

 容赦なんて、言われなくともするわけが無いと言わんばかりに全力の溶解液を迫り来る対象にふりかける芦戸。勢いは弱まることはないが、どうやら酸耐性は無いらしく、ジュウッとタワーシールドが焼け崩れ、使い物にならないと判断したのか投げ捨てるように鉄屑を放り捨て、雄叫びを上げてフランベルジュを両手で握り更に加速する。

 

 「黒目!!後ろに軽く溶解液!!醤油顔!!俺が攻撃すると同時にテープで引けッ!!!」

 「だ・か・ら!!芦戸三奈だって言ってるでしょ!!」

 「了解!!あと瀬呂な!」

 

 爆豪に突っ込みを入れつつも指示には従う二人。どんな状況でも冷静に立ち回る爆豪は、流石にこと戦闘においてはその天賦の才をプロヒーローに一目置かれるだけはあった。相手と自分、仲間、そして環境から最善策を瞬く一瞬の間で構築し、無駄の無い指示を出す。準備は整った。背後から地面の焼ける音が聞こえるのを耳にして、迎撃態勢に入る。

 

 「死ねヤァァァアアア゛アア゛゛ア゛ッ!!!!」

 

 アッパーをするように下から手のひらを広げた状態でグルンとすくうように腕を振り上げる。それと同時に大火力の爆破、鼓膜が破けそうになるほどの爆破音が轟き、その反動で爆豪の乗る騎馬全体が後方へ押し出される。瞬間、瀬呂が背後の床にセロハンを接着させて騎馬全体を引く。芦戸の個性で足場が軽く溶解し、スケートリンクを滑るように滑らかに彼らの騎馬が後ろに下がる。この程度で止まるわけが無いと理解していた爆豪は次の攻撃に備えてまたも爆破の準備を行う。

 

 「テメェら!!ここで畳みかける!!黒目と醤油顔はさっきと同じ要領で回避に専念しろ!!クソ髪は硬化!!」

 

 「いやだから瀬呂な!?てかそれよりも爆豪!!コイツとやりあわねぇ方が良いって!!余計に消費するし、倒してもどうせ新しいの召喚「しねぇわボケェ!!」――な、なんでだよ!!」

 

 「できんだったらもうしてんだろ!!でもしねぇってことは何か理由があるッ!!個性使いすぎたって感じもしねぇし個性の限界ってわけじゃねぇ!!一番考えられんのは時間当たりの使用限界!!!今だしすぎると本戦で使える手駒が減る、だから三体しか呼ばなかった!!そもそも戦力の随時投入が意味ねぇ!!ことあの鎧髑髏に関しては出し惜しみはしてねぇ筈だ!!!コイツら倒しゃあ新しいのは来やしねぇ!!そんくらいテメェの頭で考えろカスッ――「爆豪!!」――んだ黒目!!?」

 

 

 

 「上ッ!!!」

 

 

 「――――回避ッ!!!」

 

 芦戸に"上"と言われて上を見るよりも早く回避指示を出す。即座に芦戸と瀬呂がさっきと同じ要領で騎馬を引き、爆豪が爆破で後押しすると、間一髪ペイルライダーの襲撃を避けられたようで、先ほどまで爆豪達がいた付近に土煙が舞う。その煙の中に向かって爆破を放つ爆豪だが、当たるわけもなく黒煙の中からペイルライダーが現れまたも上空へ飛び去り空中を旋回するように回り込んで別の獲物へと飛びかかって行く。

 

 「待ちやが―――クソッ!!!」

 

 正面から迫り来るデスナイトに意識を集中させる。もはや他の騎馬との競い合いなどという状況では無かった。視界の端に映るペイルライダー、その背に跨る悟を見て、何か違和感を覚える。

 

 「……まずはテメェを片してからだな」

 

 

 

 

 

 

 

 「轟さん!!ダメですわ!!有効な手立てが見つかりません!!」

 「クソ……ッ!!」

 

 彼には珍しく、焦ったように悪態をつく。負けはしないが勝ちもしないというのはこういうこと。一定周期で氷漬けにしてやれば、動きそのものは止めることができるが大したダメージにはなっていないようで当分倒せそうも無かった。時間が過ぎて行くばかりで悟を狙うことが全くできていない。鋭い目つきで首を傾げて上空を見つめる。

 

 「……轟くん」

 「なんだ」

 

 「一つ、法則がある」

 

 何のことだと口にする前に飯田が話を続ける。

 

 「空を飛ぶ鈴木くんを乗せた騎士、無差別に俺達を狙っているが、アイツの攻撃が来る直前になると時々地上にいるあの骸骨達の一体が停止する。恐らく、襲撃に巻き込まれない為、つまり……」

 

 ハッと気付いて正面のデスナイトに目を向ける轟。止まっている、つまり。

 

 「―――飯田ッ!!」「分かっているッ!!!」

 

 瞬時に騎馬が向きを変えて、飯田の個性を発動する。ターボの加速にかかる時間がもどかしく、たった一瞬のはずが何秒にも感じられ、まだかまだかと待ち望み―――間一髪で回避。避けた後にクルリと後ろを振り返ると地上に降りたペイルライダーが轟の騎馬を睨んでいた。

 

 「(クソッ、もう時間があんまり残ってねぇっつうのに……ッ!!)」

 

 苛立ちが募り冷静さを欠いてしまう轟。完全にこちらを見下しているような騎士の目を見つめる。どうすればと考えあぐねていた所、再び飯田から声がかかる。

 

 「……轟くん、これを逃せば残り一分、鈴木くんが俺たちの近くまで来るチャンスは、恐らく無い、だから―――取れよ」

 

 何を―――グンと、身体が前に引っ張られるような感覚。意識を正面に集中させる。色々問いただしたいことはあったが、それよりも、()()()()()()()()()()。飯田が何をしたかなんて、今はどうでよかった。今はただ―――あの一千万を、この手に掴み取る。

 

 「(いける―――ッ!)」

 

 あまりの速さに空気抵抗で身体がのけ反りそうであったが、何とか制御して悟の頭部に手を伸ばす。ドンピシャであった。悟も反応できていなかった。仕方ない。事実、自身も今制御できているとは言い難い状況。飯田の言葉があってこれだ。何の前振りも無く突拍子にコイツを受けたら、誰だって対応できるわけが無い。ヒラヒラと揺れる悟の頭部に巻かれた鉢巻の帯に轟の手が触れる。そして―――

 

 「―――クソッ!!無理だったか!!」「そんな……ッ!」

 

 「―――な、んだ、今の」

 

 呆然とする轟。たしかに取ったと思ったのに。位置も、タイミングも完璧だと思ったのに。なんで、取れなかったんだ。

 

 「轟くん!!」「ッ!!」

 「何をしているんだ!!君らしくも無い!!!まだ時間はあるんだ!!やれるだけとことんやるぞ!!!」

 

 飯田の激励を受け、意識を切り替える。そうだ。時間はまだある。今ので決められなかったことはでかい。だがまだ終わりではない。活動を再開したデスナイトを前にして顔付きが変わる。まだ終わりじゃねぇ、必ずあの鉢巻を奪い取る、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「クソがあッ!!タフすぎんだろがテメェッ!!!」

 

 爆破を浴びせながらデスナイトに暴言を吐く爆豪。呼吸が荒々しくなってきてハァハァと息を吐くが、当然消耗しているのは爆豪だけで無く、騎馬を形成する瀬呂と芦戸も肩で息をしていた。

 

 「(クソッ、もう時間がねえってのに―――あ?)」

 

 今、ペイルライダーを見つめていた爆豪の目に、おかしな光景が映る。それなりに休憩を取った峰田が、またもや放り投げたモギモギの一つがあらぬ方向へ飛んでいき、その一つが誰もいない空中高く飛んでいく。すると、何故かペイルライダーが突然進行方向を変えてそのモギモギを一刀両断したのである。なんでそんな無駄なことを、と考えていると、またもぐるりと大きく空中を旋回したペイルライダー、その背に跨る悟と目が合う、そして―――

 

 「―――あの野郎、まさか―――――」

 

 段々と、疑念が確信へと変わっていく。いやまさか、しかし。爆豪の様子がおかしいことに気付いた切島達が声をかけるよりも早く爆豪が指示を出す。

 

 「……醤油顔。今から言うことやれ、一回しか言わねぇからな」

 

 いつに無く真剣な様子の爆豪が、ボソボソと声を荒げずに二人へ指示を出すと、驚いたような顔をする騎馬の人間達。何でそんな作戦を立てるのかが一切理解できないのである。理由を尋ねようとするが、そんな暇を与えてくれるほど敵も優しくは無い。上空からおぞましい嘶きが轟く。

 

 「さっさと準備しろッ!!」

 「いやなんで―――あぁッ、クソッ、後で問い詰めっからなあ!!!」

 

 空から押し寄せる駿馬の一撃を、芦戸と瀬呂のコンビネーションにより即座に回避。と、同時に正面に爆破を行う。ここまでは同じ。黒煙で相手の視界を奪う。次の瞬間、

 

 「―――ラァァアアッ!!」

 

 勢い良く空中へ駆け出す爆豪。誰も存在しない虚空に向かって走り出す。周りから見れば血迷ったかとでも思う奇行。しかし、ここで焦ったような反応を示すのはペイルライダー。むっ!?と短く声をあげて爆破音が聞こえる方向へ首を傾げる。彼の、黒煙に包まれる視界の先に、たしかに捉えた爆豪の姿。その進行方向を見て、まさかと思い直ぐに飛び立とうとする、が。

 

 『―――ヌゥッ!!?なんだッ!?』

 

 飛び立とうとした瞬間、ガクンと足が止まるペイルライダー。足元を見ると、紫色の、弾力のあるボールが床と馬の足を繋いでいた。

 

 「オイオイオイ!!何焦ってんだよ鈴木ィ!爆豪が変なこと言い出したかと思ったら、()()()に何かあんのかよ!!」

 『貴様、余計なことをするな!!』

 

 返事をするのはあくまでペイルライダー、煽られた張本人である悟はどこ吹く風で無言のまま、ジッと虚空を眺めていた。一瞬モギモギに気を取られてしまったペイルライダーだが―――何事も無かったように空へ飛び立つ。彼の能力、幽体と実体を使い分けることができる。身体を幽体と化しモギモギから足を離した駿馬であったが、その一瞬さえあればいい。その時間があれば、爆豪の攻撃範囲ならば、射程距離に近づくのに時間は十分。両の手のひらを正面に構え、天を穿つ。

 

 「―――死いいィィイイイイイイねえぇエエ゛エ゛ッ!!!!」

 

 何もない虚空へ向かって調整なんて考えていないような大爆発をお見舞いする。あまりの爆音に地上にいる人間の鼓膜を震わせ、衝撃波が肌を撫でると、ゾワリと全身に鳥肌が立つ。反動で地上へと落ちてくる爆豪をテープで回収する瀬呂。

 

 「っとお!お疲れさん!!んで、何やったんだお前!?」

 「黙ってろ!!おいクソ髑髏ッ!!!出てこいやあ!!!!」

 

 未だ自身の個性により煙に覆われる空中のある地点に向けてそう叫ぶのは爆豪。勘の悪いチームメイトも、ペイルライダーの動きから、あそこに何かあるのは分かっていた。しかし、どういうことだろう。()()()()、とは。煙が晴れ、答え合わせが行われる。

 

 「…え?あれ!?何で!!?」

 

 

 

 「………どうして分かった」

 

 煙が晴れ、中から現れたのは、今現在ペイルライダーの背後にまたがる鈴木悟その人。彼のそばに追従して頭を下げるペイルライダーの背中には依然として悟の姿があった。なのに煙の中から現れたのは鈴木悟。爆豪達だけでは無い。他の生徒も、教員も、そして観客達も目が奪われる。爆豪が返事を返す。

 

 「……おかしいんだよ、テメェの出した馬の動き。ある一点を中心として旋回するようにスタジアムの上グルグル回って、余計なモン切り捨てて、やらなくていいことまでやって。んで何より、テメェと目があった時―――()()()()()()()()。つまり……偽物。本体は見渡しの良い場所で、姿隠して指示だけ出してるってことだろ」

 

 

 

 「……なるほどね、まぁ幻術に意識は宿らない。天才的な観察眼だ。そこまで予測できるとは……流石だな、さて……」

 

 パチンと指を鳴らすとペイルライダーの背後にいた悟の姿が消える。地上に降りろと口頭で命令されたペイルライダーが即座に地面へ降り立つと、一言。

 

 「―――俺は、本物だ」

 

 爆豪の、チームメイトへの怒号が第一声。それを皮切りにして、弾かれたように他のチームも一斉に襲いかかる。ある者は一発逆転を狙って、ある者は一位の座を狙って、その頂へと手を伸ばす。それがどれだけ過酷な道だと分かっていても、どれだけ遠い世界か分かっていても。

 

 届かないと、分かっていても。

 

 「【負の爆裂(ネガティブバースト)】」

 

 「うおッ!!?」「グァッ!!!」

 

 黒く輝く光の障壁が悟を包み、次の瞬間辺りに爆散する。360度全方位への死角無き攻撃を避ける術もなく、彼に近づいていた騎馬が一騎の漏れもなく全て後方に吹き飛び倒れる。呻き声が聞こえる中、ついにタイマーの残り時間がゼロになり、試合終了の合図をプレゼントマイクが告げると、会場から歓声が上がる。全ては、スタジアムの中心に立つ超越者を讃えるため。もはや勝負では無い―――蹂躙であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………あ」「………んだよ」

 

 昼休憩、皆が食堂に向かう中、一人選手控室に籠ろうと人っこ一人存在しない廊下を歩き、目的の部屋の扉を開けるとまさか人がいるとは思わず、自分が見下ろす形で爆豪と対面する。何と声をかければよいか思い浮かぶはずも無い。もっとも、今彼に何か同情的な言葉を発したところで残酷な行為であることに変わり無いのだが。

 

 「……いや、()()()()()()()

 「………フン、テメェこそ、落ちやがったら承知しねぇぞ、クソ髑髏」

 

 正面に立つ長身のっぽを押しのけるようにポケットに両手を突っ込みスタジアム外部への出入り口へ歩を進める爆豪。何とは無しに、彼の背中を見つめていた。凄い、自信に満ち溢れている。叩きのめした自分が言うのもアレだが、これほどの戦力差を知ってなお勝てる、と思っているかは分からないが絶望しないなんて、どれだけ強い精神力を持っているのか。

 

 「(俺には無理かもな……………………ん?)………何してんの?」

 

 廊下の突き当たりまで進んだ爆豪が、ピタッと足を止めて壁に背中を預ける。こちらを睨み返しているのかと思えば、どうやらそうでもない。何してるの、と聞けば焦ったように、口パクで黙れと言ってくる。要領を得ず、この疑問を払拭するために爆豪の元へ近づけば近づくほど焦る爆豪。だが悟も頑なに引かない。あっちへ行けとジェスチャーをする爆豪を無視して歩いていくと、話し声、と言っても一方的に語りかける一人の―――聞き覚えのある声がした。

 

 『……個性婚って知ってるよな』

 

 轟焦凍、彼のクラスメイトの一人。爆豪ほど気難しい人間でも無く、かと言ってあまり誰かと口をきくような生徒でも無い。今日までそれほど、言い方は悪いが気にしていなかった生徒である。あわよくばどこかで仲良くなりたいなぁと考えていた、自身のクラスメイトの口から語られたのは―――悍ましい、No.2ヒーローの裏の姿であった。衝撃的である。親とは、どんな姿だろうと子へと愛情を注げるべき、否、愛情を注ぎたくなるのでは無いのか。自身は親に支えられてきた。親の愛情無くしてここに立ってはいない。だからこそ、()()()()()ができる親に心底ヘドが出るとか、その域を通り越して、茫然自失。口をぽっかりと開けて焦点の定まっていない悟を、ジッと見つめる爆豪。

 

 『……ざっと話したが俺がお前につっかかんのは見返すためだ。クソ親父の個性なんざ無くたって……いや―――

 

―――使わず"一番になる"ことで、奴を完全否定する』

 

 他人のお家事情に踏み込むつもりは無いが、とても悲しくなってくる。親だろ、子だろ、家族だろ。

 

 「…………………」

 

 無言で拳を握りしめるだけで、何もできることは無い。俯く悟と、無言で悟を見つめ続ける爆豪。その後は、何か緑谷が勇ましい啖呵を切っていたが、どうやら悟の耳には入っていないようであった。

 

 「…………フン」

 

 呆然と立ち尽くす悟。つい角の直ぐ先にいた二人は、既にその場を離れていたようであった。頭の中で轟の話していた内容を復唱する悟。ピクリとも動かない彫像と化した悟に興味を失ったのか、踵を返してその場を離れる爆豪。後に残ったのは、哀愁のような、怒りのような、やるせない彼の後ろ姿だけであった。

 

 

 

 

 

 




鈴木悟 個性:魔法&超越者

現在は原作で言う所の第七位階まで使用できる状態です。
それでも並のプロヒーロー程度圧倒することはわけない実力を有しています。なお御都合主義により死属性魔法は使用できない

ことはありません。第八位階以上を習得すれば、鈴木悟が使うかは置いておくとして、能力的な話をすれば普通に使えます。
ただしリザレクション等の原作ではワンドや指輪を使った魔法は、当然ながら使えません。

細かいスキルとか他にもいっぱいありますが、おいおい説明していければと思います。

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