「ガハハ!これは勝ったですね実質ウィン!」と調子に乗ってトレーニングをサボるウマ娘を殴り倒したい 作:金木桂
原作:ウマ娘プリティーダービー
タグ:オリ主 ウマ娘 クズ 恵まれた才能と恵まれなかった性格
「ガハハ!あたしってばやっぱり最強チートハーレム……は女の子だから無いですけど、そんな感じのプリティーウマ娘ってことが証明されてしまいましたね!」
このウマ娘、常に調子に乗っている。
ウマ娘が集まる学校がこの府中にはある。
トレセン学園。
数々のハードルを乗り越え、トゥインクル・シリーズを勝つ意思を持ったウマ娘たちが集う学校だ。その生徒数は中高合わせて2000人。しかしこのトレセン学園に入学したとしても、GⅠを走れるのは同級生の上位5%。更に勝つとなると上位1%、もしくはそれ以下の人数にななるだろう。
ウマ娘という性質上、トレセン学園は女子高ではあるが華やかさなんて欠片も無い。この学校で、そしてレースで活躍するには飽くなき一位への執着心。弛まぬ努力。何より素質。それがあって初めてGⅠで1位を狙えるスタート地点に立てるからだ。
そのためには泥臭い努力も厭わない精神性が必要だ。
GⅠで勝ちウマ娘になるためにはとにかく、レースに対して真摯に向き合う一途な考え方が求められている。
「ねーねートレーナーくん。あたし、ちょっとSNSでバズってるふわふわかき氷食べてくるねー。あと帰りにゲーセン寄ってくから今日のトレーニングはキャンセルで宜しくー。」
「行かせねえよ……お前もう5㎏は体重増えてんだよ。痩せるくらいの運動はしろ。てかトレーニングをしろ」
「えー。トレーナーくんのケチ。狭量な器。労基に訴えるぞ」
「労基に行くほど働いてないだろうが……つかお前は誰とも雇用契約結んでないんだから訴えれねえよ」
「クソぉ……やっぱこの世界ってゴミだな。うん」
求められる、はずである。
現在ベッドの上で転がってスマホを凝視するクイックコスモスは、一見して今挙げたそのどの要素も見当たらない。放課後になるなり他のウマ娘がトレーニングに励んでいるのに関わらずコスモスはトレーナールームまで来てソファーに寝転がって雑談をしだす。程々にそれに付き合う俺も俺だが、その後はゲームしてお菓子食って終わり。夜7時。ウマ娘の門限である。
は? レース舐めてんのか?
そう思うトレーナーも多いだろう。俺もそう思う。
とまあ、こんな不肖のウマ娘だが、なんと才能だけはある。というか才能だけでこれまでやって来たみたいなもんだ。性格クズでトレーニングもあまりしない、そんなウマ娘を俺がスカウトしたのもコスモスが最初に走った学内の模擬レースがあまりにも素晴らしい走りだったからだ。
クイックコスモス。脚質は先行。中でも勝負所まで一定のラップタイムで走り、その後は急加速して二着以下を引き離す圧巻の走りが魅力的なウマ娘だ。適正距離も短距離から長距離と何でもござれ。短距離でも勝てるスプリンターとしてのバネを中長距離で使うというのは他のウマ娘からすれば悪夢でしかないだろう。
それだけじゃない。足のバネが他のウマ娘よりも強いというのもそうだが、何よりコスモスの強みは足の動きが上手いのだ。基本的に人もウマ娘も走る基本は変わらない。
足でしっかりと捉えた地面を蹴らずに流す。当然それはローカルではなく、この中央のトレセン学園に来るようなウマ娘ならば誰でも出来る基本的な技術だ。その技術がトップクラスで上手いのがこのクイックコスモスだ。
実際のレースに出走したことは無いが、恐らくスプリンターとしてのコスモスなら短距離GⅠを無双出来るだろう。真面目にトレーニングをすれば、かのシンボリルドルフ以来皆無のGⅠ七冠だって夢じゃない。
「それが、これか……」
「何よ……あたしを見て何を考えてるの? もしかして惚れた? 惚れちゃった?」
「黙れ」
ポテチをぼりぼりと食べながらどうでも良いことを宣うコスモスに溜息が出る。
ホント……何でこんな奴がこんな才能を持ってしまったんだか。
完全に腐らせている。しかも極めて個人的な事情で。
この一年弱、俺はクイックコスモスの指導を続けてきたわけだが。
このウマ娘、一日2時間以上のトレーニングは絶対にやろうとしない。競争意識はあるにはあるが、トゥインクル・シリーズを走りたい動機も走りたいからとか勝ちたいからとか、他のウマ娘がそういったプラトニックな物なのに対してコイツの場合金である。金だ。
確かにGⅠに勝てば一億近く手に入る。だがあまりにも動機が俗すぎて頭を抱えた一年前の俺を誰も責められまい。
コスモスが天性のスプリンターなのにも関わらず中長距離のレースばかり出たがるのは賞金額が関係している。国内の短距離GⅠは芝とダートを含めて3つ。しかし中距離GⅠなら12もある。単純にGⅠに出れるチャンスも多い。加えて他のGⅠの賞金が1億~1.5憶なのに対して、中距離のジャパンカップと長距離の有マ記念はその約3倍近い金額である。そういう小賢しい思考の下、コスモスは短距離より中長距離のレースばかり出走するようになったのだ。こんな事情、コイツのファンには聞かせられないな……一応対外的には猫被ってるしコイツ。
これで全く芽が出ないのなら救いようがあった。
しかしこのクイックコスモス、つい1か月前に出走した初のGⅠである皐月賞で勝ちやがったのだ。担当トレーナーとしては本来なら嬉しいはずが、未だに非常に微妙な気持ちにしかならないのは何故だろうか。
無論、様々な偶然に救われたのもある。偶々そのレースではGⅠウマ娘は1人も出走せず、全員が重賞レースで良くて2、3位を争うようなウマ娘ばかりだったこと。加えてそのレースでは7番人気と他のウマ娘に埋もれ、マークされなかったこと。更に前日の晩まで降った雨によって重バ場となったターフは足のパワーがあるコスモスにとっては障害にならなかったこと。
様々な条件が重なって、才能だけでクイックコスモスは一馬身差でGⅠウマ娘になってしまった。なってしまったのだ、遺憾ながら。
「トレーナーくんトレーナーくん。あたし次のレースもGⅠ出たい。有マかジャパンカップで調整宜しくー」
足をバタバタしながらそんなことを言いやがるコスモス。どちらも賞金額が国内GⅠでトップクラスに高いのを知ってて言っているんだろう。既に賞金額的にも人気的にも出れそうなのが若干ムカつくところだ。
「コイツ……。お前さ、調子に乗ってると酷い目にあうぞ」
「大丈夫だって! だってあたしGⅠ勝ったんだよ? 我皐月賞勝利ウマ娘ぞ? 一流ウマ娘の仲間入りを果たしたあたしとその他大勢は違うのだよトレーナーくん。ガハハ!! これ実質勝ちですよね! 走んなくても三億手に入れたようなもんだよねトレーナーくん!」
「俺は個人的にお前に負けて欲しいと心底思ってる」
「ちょっとあたしの担当だよねトレーナーくん!?」
無視してバインダーに収納した書類を整理する。
本当に遺憾ながら俺はこの馬鹿ウマ娘のトレーナーである。なので栄養管理とかトレーニングの管理、プラスでグッズ化やら取材などの申し込みなども捌かなくてはならない。GⅠに勝ってコスモスに世間の注目が集まると、トレーナーの俺の仕事量も若干増えてきたのだ。
「あーもう今日は忙しいからお前はトレーニングしてろ。午後四時だからトレーニング施設は満員だろうがその辺走るくらいは出来るだろ」
「えー、てかトレーナーくんの指示適当過ぎ。もっとあたしに構ってよーあたしを甘やかしてーそれからもっと丁寧に扱ってー!」
「うるさい。ちゃんと指示してもサボるだろうが」
「だって今日はもう2時間トレーニングしたもん。これ以上やっても疲れるだけだし、あとは才能で補完するもん」
コイツマジでさ……。
パソコンの電源を入れながら、俺はこのウマ娘がハチャメチャに負けることを願った。そして心入れ変えて真面目になれ、本当に。
☆ ── ── ── ☆
あたし、クイックコスモスはウマ娘の中でも最高の才能を持ったウマ娘だ。
なんて言ってもGⅠを制した! そう、トゥインクル・シリーズでもトップレベルのウマ娘しか出走を許されないGⅠを先頭を切ってゴールして、見事センターでウイニングライブをしたのである!
「ふふふ……走って勝ってがっぽがぽ~。お金や降れ降れ有マ記念~」
機嫌よく鼻歌を歌いながらトレセン学園の廊下を歩く。ついでにすれ違うウマ娘の顔を確認。う~ん、どれも知らない顔。まあ私レベルの知名度まで達しているウマ娘なんてこの中央のトレセン学園と言えど殆どいないから当然かー。だって私は皐月賞を勝って名を馳せた超有名ウマ娘なんだから! 中央のトレセン学園とはいえその他モブと比較できる対象では既に無いのだよ私は。分かるかね諸君。
それにしても、本当にウマ娘というのは天職かもしれない。走って勝ってライブを1回するだけで軽く億単位のお金が懐に入って来る。えへへ。考えるだけでウキウキしてきた。
今年の皐月賞の賞金額は1億1000万円。これだけあれば何が出来るんだろう。少なくとも豪華な家くらいは即金で買えちゃうし、毎日高級レストランに行っても諭吉ちゃんは減らない……うへへへへ。
「あー! コスモスちゃんだ! おはよー!」
「金を拾えやウッマ娘……あ、ウララちゃん」
おーい! といつもの明るい大声を出しながら後ろからやってきた桜色の髪をしたウマ娘はあたしの同級生であるハルウララだ。
入学当初こそ学校でもドベに近いレース成績だったのが、どういう手品を使ったのかトレーナーが付いてからはダートの重賞レースで好成績を出すようになって、その明るい性格も相まって今やダートの顔と言っても良いアイドル的存在になりつつまる。まあでも中距離GⅠで勝ったあたしと比較したらちょっと下かもしれないけど、うん、頑張ってるよね。ウララも。
ダートを走ることが無いあたしとかち合うこともないから、ウララとは少々仲良くさせてもらっている。あ、でも今じゃ仲良くしてやってる側なのかな。
ウララはあたしの正面に回ると可愛らしく首を傾げた。そういうあざとさはちょっとウザイと思う。
「あれ? そのサングラスどうしたの?」
「そりゃまあなんて言いますか、あたしも一有名ウマ娘の仲間入りしたと言いますか、だから沢山のミーハーな有象無象に群がられたくないし。そのための変装のサングラスね」
「へー。よく考えてて凄いね!」
馬鹿にしてんのか?
「でもそっか。コスモスちゃんもGⅠレースに勝ったんだもんね……そう思うと何だか私も頑張らなくちゃーってやる気が出てくるね!」
「いや、でもウララちゃんもこの前のGⅢ惜しいところまで行ってたと思うよ。マーチステークスだっけ。あとちょっとで1着だったよね」
「見てくれてたんだ! そうなの! でもね、あのレースを走って私はまだまだなんだって分かったから良いの! あー本当に楽しかったなぁ、あのレース!」
「ふーん……」
どうでも良いけど、ダートのGⅢって賞金少なそう。
「そうだった。私、これからトレーニングしなきゃ! それじゃあね、コスモスちゃん!」
「うん。頑張ってね~」
愛想笑いを浮かべながら手を振って、見えなくなったところで溜息を吐く。
良いウマ娘なのは分かる。でもあれだけ純粋無垢だとあたしもやりづらいんだよね……。
因みに一度、そうトレーナーくんに愚痴を零したら「そりゃハルウララみたいな良い子とお前みたいなクズは相性良いはずないしな」とか言われてイラっとしたから冷蔵庫のプリンを食べた。あの人、自分があたしのトレーナーであるという自覚はあるのかな。GⅠ勝っても無反応だったし……GⅠ勝ちまくっていつかぎゃふんと言わせてやる……。
思えば、トレーナーくんは最初からあんな感じじゃなかった気がする。最初はもっと、覇気が無くて陰キャで暗い感じだった。だからあたしも安心して選んだのだ。
去年の模擬レースを終えたばかりのあたしはトレーナーを選び放題だった。模擬レースで他のウマ娘をぶっち切って1着、すぐさまあたしの周りにはトレーナーが群がった。
その場にはそれはもう色んなトレーナーがいた。真面目そうな人から、熱血そうな人、それからチャラそうな人までいた気がする。今となっては他のトレーナーとなんか関わらないからよく覚えてないけど。
そこであたしがトレーナーとして選んだ基準はチョロそうか否か、その一点だった。
あたしはトレーニングは好きじゃない。走るのは嫌いじゃないけど疲れるし、汚れるし、臭くなるし、あと面倒くさい。部屋で寝たり、ゲームしたり、スマホを見ている方が楽しい。
だから意志が弱そうで、女慣れもしていなさそうな、如何にも緩いトレーナーを狙ってスカウトされた。それが今のトレーナーだ。
あたしの目論見は半分成功した。
実際、トレーナーくんはあたしが初めての担当だったらしい。最初の方は何だかトレーナーくんもあわあわしたり滅茶苦茶あたしに忖度したりとやりやすかったんだけど……いつからか罵詈雑言が飛ぶようになってしまった。いや何ていうのか……あたしがトレーナーくんの情緒を育ててしまったのかもしれない。つまりあたしがトレーナーくんを育てたと言っても過言じゃないね。うん。
でもトレーニングは強制されないし、実質あたし大勝利! あたしがこのトレセン学園を一番満喫しているに違いない。
あたしは本校舎から離れた場所にあるトレーナールームに入ると、無言でソファーに寝転がる。
「おい。またそれか。ホント、お前はいつになったら真面目にトレーニングするようになるんだよ」
「あーあーあー。空調の音が大きすぎて聞こえません。それよりトレーナーくん」
「ったく……んな訳ないだろ。で、何?」
「この前のGⅠの賞金であたしに振り込まれる分って幾らだっけ」
「1億1000万円が総額で、ウマ娘の取り分はその30%だから3300万円だ。税金でそこからもうちょい引かれてるとは思うが……つかもう口座に振り込まれてるはずだろ」
「そうだっけー。結構勝ってるからどの振り込みが皐月賞のやつか分かんなかったわー。あー実力あるウマ娘は勝った後も大変だなーこれ」
「お前が重賞レースで勝ったの皐月賞だけだろうが……」
「というかたった3300万円しか手に入らないの? もう2着3着は賞金無しにして勝者総取りになればいいのに」
「そしたらお前の今までの分は無くなるぞ」
「大丈夫、勝てば良いんだよ! だってあたし無敵だよ! トレーナーくんは観客席からあたしの輝く雄姿だけ眺めてれば良いからね!」
「その無限に湧き出す自信は何処から来てるんだか……」
トレーナーくんと駄弁りながらゴロゴロしてお菓子を頬張る。
これがあたし、クイックコスモスの日常だ。
クズっぽいウマ娘を書きたかった。それだけ。