千剣山らしき場所で寝てたら世界が滅んでいた   作:烏龍ハイボール

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前回のあらすじ

アルビオンが腕を切り落とした。そしたら小さいアルビオンが生まれた




第7話 北の大地から

此方を見下ろしてくる巨大な顔。自身が構成される際に聞こえてきた声の主なのか。それを判断する思考回路は出来上がっていない。だが、この感じ。周囲に溢れるこの気配は間違いなく目の前の顔と同じだ。だから・・・

 

『・・・・お母さん?』

 

『ちゃうわい。誰がお母さんだ』

 

純粋で無邪気な竜はコテンと首を傾げた。その仕草は一部の者には突き刺さるのだろうが、この蛇は違う。すぐにツッコミを返していく。

 

『じゃあ、お父さん?』

 

『まずは肉親から離れろ。私と君に血の繋がりはない』

 

『・・・じゃあ、だれ?』

 

 

既にここまで意志を交わせるとは恐るべし。

 

アルビオンから新たに生まれた竜はダラ・アマデュラを親と認識した。事実は違うが、初めて見た生き物を親と認識するのは全ての生物共通だろう。しかしどうしたものかと、ダラ・アマデュラは考えを巡らせる。

 

アルビオンは記憶も送った筈である。であれば、今はそれらの読み取りが完了していない可能性も出てくる。だから仕草が退行しているのだ。

 

全ての力を身体の更新に回しているから、表層に出てきているのはアルビオンが急拵えで用意した疑似的な意識。

 

『しばらく静観するのが良いな。そこの新たな命よ』

 

『なに?』

 

『今すぐに答えを出す必要は無い。待つのも時には大切だ。そんな所に居ないで上がってくるが良い』

 

今のアルビオンの新生体は湖だった場所。爆発で干上がったクレーターに佇んでいた。そのサイズも10メートルと元のアルビオンから見てもかなり小さい。アルビオン新生体は四肢を巧みに動かしてクレーターから這い上がる。そこには未だにダラ・アマデュラの身体から鎮座しているがそれすらもよじ登ってその先に広がる世界を見渡す。

 

『・・・・』

 

そこに広がるのは自然であふれる広大な大地。命の連鎖で紡がれる世界。それは最早見ることが叶わないと思った光景。墜落し、深いクレーターの底でただ時間が流れるのを待つしか無かったアルビオンが在りし日に見た美しい世界。

 

『キュルルオオオオン』

 

機械音の混ざる不思議な鳴き声だが、それが歓喜の叫びである事をダラ・アマデュラは理解していた。同時にこの咆哮は、新たな生存競争の始まりを意味していた。アルビオンの声に呼応する様に、この地の至る所で捕食者達の雄叫びや咆哮が聞こえ始めた。

 

 

これから北の地は荒れる事になる。それが生物による闘争か、悪意による蹂躙になるのか。それを知る者はいない。だが今は、北の地に住む全ての命が、新しい命の誕生を祝福していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――竜人族――

 

新生したアルビオンがダラ・アマデュラの胴に登り、世界を見渡す姿を竜人族の老人は見ていた。

 

龍神の怒りを体験し、北の地で原初の竜に尽くして来た2000年余りの生涯。多難な道のりではあったが、それが漸く報われた。生きとし生けるものはその最後を大地に捧げる。ならばと老人は後ろに控えるニール、アジー。二人の孫達に伝える。

 

『わしはここで果てる。アルビオンの亡骸に寄り添い、五体魂に至る全てをかの巨竜と共に大地へ送る』

 

「分かりましたお祖父様。あとは我々にお任せを」

 

「南の悪意。何としてでも退けます」

 

『頼んだぞ』

 

それが老人の最後の言葉だった。力の抜けた老人の身体は大地に倒れそうになり、ニールが支えた。アジーは目に溜めていた大粒の涙が堰を切った様に流れ出す。

 

ここに竜人族の歴史を知る、最後の生き証人がその役目を終えたのだ。しかしその役目は次代へとしっかり引き継がれていた。

 

だが今は、そんな役目を抜きにして家族を看取るのも良いだろう。彼等は蛇王龍が見下ろす中、肉親の死を悼むのであった。

 

 

 

 

 

 

その夜。老人を抱えてニールとアジーが村に帰ってきた。二人の顔には涙の跡があり、目が赤くなっていた。しかし二人の目は決意の炎を灯しており、息絶えた老人の遺言を他の竜人族に伝えると、彼等は慌ただしく動き始める。あたりが喧騒に包まれる中、二人はビシキの方を向く。

 

「挨拶が遅れました。僕はニール、こっちは妹のアジー。話は聞いています。龍神の眷属様」

 

「様付けはよしてください。私はその様に呼ばれる様な者ではありません。私はただ、あの方の側に侍るだけの者ですから」

 

「そうですか。なら、改めてよろしくお願いします。ビシキさん」

 

そう言ってニールは右手を出して、握手を求めた。彼から出された手を見て、ビシキは何をするのか一瞬分からなかった。そこでアジーは、彼女に出された手の意味を説明した。

 

「あっ!そうですよね。文化が違えば分からない事も有りますよね。これは握手って言うんです。誰かと繋がる時に人は握手をします。勿論、これ以外にも繋がる方法はありますが、一番分かりやすく友情や親愛などを伝えるならこれですね」

 

ビシキは出されたニールの手を右手で握り返す。

 

「これが握手。主も手が生えていますが、身体の大きさが違いすぎてした事がありませんでした。でも、表現は難しいですが確かに感慨深く感じます。眷属としてつながる感覚は知っていましたが、確かに温かいです。よろしくお願いします。ニール、アジー」

 

「あぁ、よろしく」

 

挨拶を交わした所で、ビシキは竜人族が慌ただしく動き始めた理由を尋ねると、ニールは苦虫を噛み潰した様な顔をして語り始める。竜人族の歴史の編纂者にして予言者だった祖父の遺言。

 

南からの悪意。

 

これを聞いたビシキは脳裏に妖精達の姿が浮かぶ。何を目的にやって来ているのか不明だが、絶対に碌な事にならない。

 

「それは恐らく、私と同じ妖精達です。貴方達の先祖が住んでいた南の地でこれまで過ごしてきましたが、すみません。こっちに来る理由までは私にも分かりません」

 

「成程、よくお話してくれました。話しづらい事だったのに。ですが我々は戦いますよ。この地は我らにとって最後の地。侵略してくるのであれば迎え撃つまでです」

 

ニールの言葉に周りの竜人族も首を縦に振る。この結束力は妖精には無いものだ。彼等は一見協力している様に見えるが、その実、自分本意であり見かけ上でしかなかった。これまで彼等の数多くの行いを見てきたビシキは竜人族達にある申し出をする。

 

「私もあなた方と共に戦わせて貰っても良いですか?」

 

それは大きな変革であった。主と眷属と言う主従に関係なく、彼女は初めて誰かと共に戦うと決めた。そして今度は彼女の方からニールに手を出す。

 

「えぇ、よろしくお願いします」

 

彼はビシキの手を握り返した。そしてこれから彼等は迫りくる悪意と相対する事になる。そして一人の妖精の明確な変化。

 

これが彼等の世界に何をもたらすのか。

 

それはまだ先の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あー、熱い。痒い。これは全身火傷だよ』

 

アルビオンの湖跡。その近くで身体をあちこちに伸ばしてぐったりと倒れる壁もといダラ・アマデュラ。アルビオンが新生する瞬間のエネルギーを全て受け止めた身体は大小様々な傷が散見された。それが致命傷になったかと言われれば別にそうでも無い。しかし火傷に近い症状であるそれはダラ・アマデュラに不快感を覚えさせていた。

 

『大丈夫か?』

 

その傍らには全てのアップロードを終えた新生アルビオンが、心配そうな声を出しながらついていた。

 

彼、彼女はダラ・アマデュラの傷の回復をまちながらその側に寄り添い、言葉を交わしていた。

 

『私はアルビオンの分身であるが、その意思と力を受け継いだ子でもある。これはまさに親子と言う奴だな』

 

『言葉の綾か。親であって子でもあるから親子なんて言葉遊びでしかないだろう』

 

『そこを楽しむのが良いのさ。アルビオンの記憶はここにいた人間達の言葉を全て記録している。私はそれらから様々な事を学んだ。だが不思議だ。私には人と直に触れ合った記憶があるからこうしたやり取りも容易に出来る。だが義母は違うだろう?貴女は何処でそれを学んだのだ?』

 

アルビオンの言う義母とはダラ・アマデュラの事である。記憶の混濁や退行が直って直ぐに、アルビオンはダラ・アマデュラに対して答えた。例え記憶を持つとはいえ生まれたばかりの子供であることに変わりはない。幼子は親を求める。ならばそれはダラ・アマデュラにしか出来ない事だと。

 

当然、ダラ・アマデュラもお前の様な幼子が居てたまるかと反論したが、最終的には受け入れた。

 

そして話はダラ・アマデュラ自身に関する事に移る。アルビオンには不思議だった。確かに竜種の中には対話を図れる種も存在するが、彼等は一様に傲慢で基本的に見下ろすばかりだ。しかしダラ・アマデュラは、相手によるかもしれないが同じ目線に立つ事もあった。その振る舞いはアルビオンの記録の中では人間しかいなかった。

 

『義母と話をしていると彼等と話している気分になる。それはまるでアイツ(・・・)の様だ』

 

『アイツとは?』

 

『私に記録されている事が確かなら、義母の祖先だ。かつての私に近しい体躯を誇る竜種でありながら、大空を自由に飛べる翼を捨てて地に降りた変わり者。アルビオンとは最も古い友の一匹だったらしく、その選択は裏切りだと言われていた』

 

『裏切りとは散々な言われ方だ』

 

『でもその祖先はそこから大躍進を続けた。元から巨大だった身体は大地から直接リソースを受ける事で、義母程ではないが成長を続けた。その中でアルビオンは彼と言葉を交わしたけど、今の義母同様に竜種らしくはなかった。義母のそれが先祖返りなのかは分からないけれど、特異であることに変わりない』

 

アルビオンは長い時間を生きてきただけあって様々な事を知っていた。その中にあって原初の蛇龍も異質だったのだと言う。それからの事は先代との話で聞いている。今の島の原型を見つけて、そこで子孫を残しては、島の礎になった。その生態から何から既存の竜種と大きく異なる蛇龍。

 

彼等が分岐する時に何が起きたのか。

 

知るべき事はまだまだあるとダラ・アマデュラは感じている。それはそうと、今度はアルビオンに尋ねる事にした。これから何をしていくのか。何をしたいのか。するとアルビオンは既に目的を決めているらしく、それを語って聞かせた。

 

 

『一先ずはこの北の地で頂点に立つ。彼等によると何体か縄張りを確立した捕食者が居るらしいけれど、その後の衝突はなく席は空白のままだ。それに、かつての私を繋いでくれた彼等にもお返しがしたい。これは前のアルビオンの中にあった最後の願いだからね』

 

『つまりしばらくはこっちに残るという事で良いのだな?』

 

『うん。いつか義母の所にも顔を出すよ。その時は晴れて、北の大地の覇者となってね』

 

『そうか。なら、待つとするよ。先に彼等の所に行きなさい。私はもう少し動けそうにないから。それに少し眠い。身体が熱い(・・)・・』

 

 

『おやすみなさい』

 

 

ダラ・アマデュラはそのまま水の干上がった湖の畔で目を閉じた。まるで死んだ様に動かないその身体。

 

しかしアルビオンは知っている。その記録はダラ・アマデュラと言う存在の脅威を残していた。

 

 

 

 

それはかつての人々が残した伝承。

 

 

 

 

千古不易

 

不朽不滅

 

 

何れも変わらぬ事を指し示す言葉であるが、ある時代に次の様な伝承も追加された。

 

 

 

死と再生

 

 

天地を分かち、天蓋と大地を成す者

 

 

再生の前には死があり、滅びがなければ創生は始まらない。

 

 

 

アルビオンは翼を広げて飛び上がるとそのまま竜人族の集落を目指して飛んだ。飛行する最中、その脳裏には先代の残したある言葉が呼び起こされる。

 

 

其れは星の過ち

 

其れは星の願い

 

 

 

『何も起こらない事を祈るよ。義母よ』

 

 

 

 

 

 

 

 




ダラ・アマデュラ
身体が熱い。痛い。ムズムズする。


ビシキ
人と触れ合う。
人を知る。



新生アルビオン

最初の目標は北の覇者。



竜人族

戦う決意をする



因みに竜人族の祖が負けた理由

悪意に敏感な癖に性善説を信じていたこと。最後まで分かり合うために頑なに争いを拒んだ事が挙げられる。だがここに来て彼等は決意した。ここからは自分達の為に戦うと。最果ての地にて骨を埋める事になろうとも最後まで屈しはしないと。


世界が別れた分岐点
多分前のアルビオンは知ってる。でも後世には残さない。手がかりを与えるだけ。



次回は千年単位で時間が飛びます。

中途半端な感じですが、たまには結果を隠したまま進めるのもありかと思いました。なので南から悪意と彼等のやり取りはいつか誰かの回想でやると思います。



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