もふもふ幼女拾ったので一緒に暮らすことにしました   作:夏瀬 縁

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23、かげろうと雪まつり

 

楽しみなことがあると、なかなか寝付けないなんてことは誰にでもあると思う。

私は今その状況だ。

 

困った。

 

いくら明日子供達だけで雪まつりに行くからといって楽しみすぎて、眠れないなんて訳にはいかない。

 

明日、命蓮寺で行われる雪まつり。

 

前々から予告されていたそれは、私達を楽しみにさせるのには十分魅力的なものだった。

当初はおとーさんと行こうかと思っていたのだが、小鈴ちゃんに誘われて、阿求ちゃんと3人で行くことにした。

 

なんでも、おとーさんは係の仕事とやらがあるそうで、一緒にまわることは出来ないらしい。

 

とても残念だけど、仕方の無いことだと諦めた。

 

でも、友達だけでどこかへ行くとなると普段とは違う感覚、なんだか冒険をしに行く気分になる。

私の胸は、初めて人里に連れていってもらった時のような、少しばかりの不安とわくわくとした期待でいっぱいになっていた。

 

隣には私と反対方向に向いて眠るおとーさん。

 

もうそろそろ夜も更けて、この家中が静かになる。

いつもは私が寝てからおとーさんも寝ているのだが、明日は早いからと言って私と同じ時間に寝てしまった。

 

なので、今は私だけが起きているのだ。

布団に入ったまま。

 

 

夜更かしなどしてはいけない。

 

早く寝ようと思えば思うほど寝ることが出来ない。

 

…どうしよう。だんだん焦ってきた。

 

 

とりあえず目を閉じてみる。

 

 

もうこんな季節なので当然ながら虫の声は聞こえない。

ツー、と耳鳴りがした。

 

風のせいなのかなんなのか分からないが、家がきしきしと軋む音が聞こえる。

 

 

障子がかたかたと揺れる。

 

 

 

…思い出す、数日前の橙ちゃん。

 

 

 

あの話。

 

 

 

誰かに見られている気がして、布団の中に潜り込んで体を丸めた。

 

ああ、もう。

早く朝が来て欲しい。

 

 

 

私は更に暗くなった布団の中で少し震えながら意識を闇に手放すことに成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん…んうっ…」

 

 

鋭くはないが障子の間から日差しが入ってくる。

まだ外は若干薄暗いが、もう朝らしい。

 

私は体を起こす。

 

隣には綺麗にたたまれた布団が鎮座。

あ、そうか、おとーさんは今日は早いんだった。

昨日の会話を思い出しながら、眠い目をこすって外廊下に出る。

ちゅんちゅんと雀の声が聞こえて、飛んでいく。

 

洗面台で一人で顔を洗う。

 

 

おとーさんが居ないといつもより静かで少しだけ寂しいが、仕方の無いことである。

 

でも少しだけ楽しみでもあった。

 

今日は命蓮寺の雪まつり。

さっさと準備をしてしまおう。

 

 

 

そうして一人、元の部屋に戻ると、ちゃぶ台の上に薄いピンク色の封筒とおにぎりが2つ。

そして書置きのようなメモもある。

 

 

『影狼へ

 

おにぎり、作っときました。朝ごはんに食べてください。

その封筒の中身のお小遣いで命蓮寺雪まつりを楽しんできてね!

 

会場に俺もいるから、なんかあったら言うように。

 

父』

 

 

 

書置きをちゃぶ台に戻して、封筒をゆっくりと開ける。

 

1500円。

 

 

私は小さくガッツポーズをしてお金を封筒に戻し、おにぎりを頬張る。

 

にやにやと笑みが止まらない私を、恒例と化したメモ用紙の似顔絵の私が見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁー!結構賑わってるねー!」

 

 

3人でわいわいと階段を登りきると、大勢の人々で賑わっていた。

 

命蓮寺雪まつりは主に2つのスペースに区切られている。

 

1つはこのお祭りのメインである、雪や氷を使用した作品を展示する場所。

 

2つは夏の縁日と同じように、人里のお店などが出店する屋台が並ぶ広場。

 

 

私たちは事前に、回る順番を決めていた。

先に屋台に行って、色々と堪能した後に作品を見て回ろうという計画である。

 

 

「…阿求様、はぐれないでくださいよ」

 

「わかってるわ。心配しすぎよ、まったくもう」

 

 

子供だけで雪まつりを楽しむとは言ったが、1人だけ大人の帯同者がいる。

 

阿求ちゃんの使用人のおばさんだ。

阿求ちゃんは人里の中でも有名で、なんだか重要な役割を担っているらしく、一人で来るのは許されなかったらしい。

 

 

お祭りに行くぐらいで大袈裟なのよ、と阿求ちゃんは笑う。

 

 

大きな声で賛同は出来なかったが、私と小鈴ちゃんは苦笑いだけしておいた。

守ってくれることはいい事だと思うが、束縛されるのもそれはそれでなんとも耐え難いことかもしれない。

 

今後は積極的に遊びに行ってあげようか。

 

いや、阿求ちゃんは暇じゃないか。

 

 

私は小鈴ちゃんと手を繋いで歩く。

 

2人とも背が小さいから、1度大人たちの波にのまれてしまえば脱出は困難だろう。

だからせめて一緒にいられるようにと手を繋ぐ。

 

小鈴ちゃんの手はおとーさんのごつごつした感じはない。

その代わりにすべすべでふわふわである。

私はおとーさんの手が大好きだが、小鈴ちゃんも悪くない。

 

 

「うーん、これはなかなか…」

 

「どしたの?影狼ちゃん?」

 

「あ、いや」

 

 

私の脳内の手に関する討論は中断とする。

 

 

私たちは2人が歩くのに少し遅れて、おばさんと阿求ちゃんが後ろを歩く。

 

 

 

 

 

 

 

「あ!幸福鯛だ!」

 

小鈴ちゃんがひとつの屋台の前で立ち止まる。

見知った屋台。

 

いつの日かおとーさんと食べたたい焼き屋さん。

 

 

「並ぼ!」

 

 

小鈴ちゃんの声に引かれて一緒に列に向かう。

 

「阿求ちゃんもっ!」

 

「はいはい」

 

空いている片方の手で阿求ちゃんの手を引く。

 

 

おばさんのなんだか、子犬を見るような目が気恥ずかしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あつっい…」

 

「そんながっつくから。ゆっくり食べましょ」

 

「そうよ、影狼ちゃん。たこ焼きの中は灼熱地獄なの」

 

 

「も、もっとはやくゆってよ〜…」

 

 

3人並んで作品が展示されている広場に向かう。

おばさんが後ろを歩く。

 

おばさんの手にはたい焼き。

なんだかんだ言っておばさんも忙しい日々の休息を楽しんでいるのかもしれない。

 

 

小鈴ちゃんの手にはりんご飴。

ぱりぱりと齧っている。

そんな林檎は半分ほどまで齧られて丁度美味しそう。

 

 

阿求ちゃんはカステラ焼きとか言うもの。

私は初めて見たが、意外と定番のものらしい。

紙袋の中から、小さな丸いカステラをつまんで口に入れている。

 

 

 

で、私は失敗した。

 

たこ焼きをかうやいなや直ぐに食べてしまったのだ。

口がひりひり。

こうなることは全く予想していなかったが、小鈴ちゃんと阿求ちゃんはある程度こうなるだろうと分かっていたのか、冷静なツッコミがとぶ。

 

 

たこ焼き…美味しいんだけどなぁ。

 

 

ひりひりとする舌を少し外に出しながら、熱くないたこ焼きを思い浮かべる。

 

 

中は冷たくて、外はかりかり(?)

 

いや、やっぱりたこ焼きはあったかいほうが美味しそうだ。

美味しいたこ焼きを食べるためには、どうやら多少の犠牲は払わなくてはいけないらしい。

 

 

実は私はもうひとつ、買ったものがある。

 

が、それは今食べる訳にはいかない。

紙袋に入れてもらって、小鈴ちゃんと繋いでいる方の手の手首辺りに掛けている。

 

驚くだろうか。

 

喜んでくれるだろうか。

 

 

私にとって、いや私とおとーさんにとって思い出のものだと言えると思う。

 

 

 

そんなことを考えていると、あっという間に展示されている広場。

 

 

「おー!大っきいねぇ」

 

「これ、風神ってやつよ!本にのってた!」

 

 

中心の道の左右両方に、多種多様な雪の作品が展示されている。

 

 

どれもこれも大きくて、とても苦労して作成された作品であることが容易に分かるほどの出来栄えだった。

 

 

「あ!あれ慧音先生じゃん!」

 

 

小鈴ちゃんが指さす先に、確かに慧音先生がいる。

 

 

いや、ある、と言った方が正しいだろうか。

 

 

「すっかり固まってますね…」

 

 

雪の慧音先生が、チョークのようなものを持って何かを教えている。

 

その顔は楽しそうともとれるし、嬉しそうともとれるような、いつもの慧音先生の表情そのままだった。

近くによると、ひんやりと冷気を感じる。

 

 

 

「慧音先生、これ作るのおっけーしたのかなぁ」

 

 

「さぁ?案外勝手にやってたりするかもしれないよ」

 

 

小鈴ちゃんと阿求ちゃんが作品を見て話す。

 

 

 

 

そんな中、私は発見した。

 

 

 

 

「ねぇ、私ちょっと向こう行ってもいい?」

 

 

「いいけど、なんで?」

 

 

「おとーさんいた」

 

 

 

「すぐ戻るからさっ!」

 

 

 

小鈴ちゃんが何かを言う前に、私は駆け出す。

 

おとーさんはひとつの作品の前で腕を組んでいた。

 

 

こっちには気づいていないみたい。

 

 

 

「おとーさんっ!!」

 

 

「うわっ!影狼か!」

 

 

おとーさんの腰の辺りに飛びつくと、案の定驚いた表情。

おとーさんの隣にいたねずみみたいな女の人がこっちを見て、何かを察したような顔。

 

 

「…なるほど、この子が君の娘さんか」

 

 

「はい、影狼って名前の子です」

 

 

なにやら私の話をしているらしいがそんな事は関係ない。

今は渡したい物があるのだ。

 

「はいっ!買ってきたの」

 

「これは…」

 

 

満を持して紙袋から取り出して渡す。

 

 

「あのたい焼きか」

 

「うん!」

 

 

おとーさんは私の頭を撫でて、齧る。

 

 

「…なんか懐かしいな」

 

 

おとーさんは頭から食べるらしい。

それを見て、私も自分の分のたい焼きを食べる。

私はしっぽから。

 

頭から食べるのはなんだか可哀想で気が引ける。

 

 

 

 

 

 

いきなり、一連の流れを静観していたねずみの人が笑った。

 

 

 

 

 

 

何を笑っているのかとおとーさんがその人の方を向く。

 

私も。

 

 

 

「いや、実物を初めて見るが可愛いものだな、と」

 

 

 

 

実物?

 

 

私の偽物があるのだろうか?

 

 

 

「ほら、影狼。これをみてごらん」

 

 

 

私が顔を上げると、おとーさんの真正面。

先程まで腕を組んで見ていた作品が視界に飛び込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え!わたしだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作品名と作った人たちの名前が書いてあるプレートが目に入った。

 

 

 

 

 

 

 

『題・しあわせのかたち

 

団体名・雪まつり運営一同』

 

 

 

 

 

 

雪の私はたい焼きを美味しそうに笑って食べていた。

 

 

 

少し遠くで小鈴ちゃんの、「雪の影狼っ!!」と言う声。

 

 

 

いつの間にか舌のひりひりは無くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 




ちなみに、妹紅さんは今泉&ナズーリンさんと一緒に行動していませんでした。

感想、評価まだの方は是非。

これからもよろしくお願いします!!

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