もふもふ幼女拾ったので一緒に暮らすことにしました 作:夏瀬 縁
お手洗いから戻る途中、がやがやと騒がしい声が聞こえた。
声の主は当然、あの3人だろう。
確かさっきまで楽しくおしゃべりをしていたはず。
おしゃべりをしていて騒がしくなるのは当然のことだと思うが、この騒がしいの種類は異なる。
一般に、騒がしいということのポジティブな意味では、楽しくや賑やかに、だろう。
しかし、この騒がしいはそれらとは違う。
なんだか予想外のことが起きたかのような。
例えば、霊夢さんと魔理沙さんがお菓子の取り合いをしている時のような。
そんなにも急に変化が訪れるものだろうか。
私がその場から離れたその時に。
おとーさんが縫って作ってくれた手ぬぐいで手をふきふき、少しだけ開いたドアを覗く。
「ーー!おいーーアリス!」
先程までと落ち着いた空間であったはずの場所が混沌としていた。
魔理沙さんがあの金髪のお姉さんに詰め寄られて、なにやらまくし立てられているみたいで慌てた様子。
中央のテーブルには、変わらず色とりどり多種多様なお菓子たち。
なにやら言い合っている魔理沙さんと金髪のお姉さん。
それを横目に読書をしつつ、時折ちらちらと2人の様子を控えめに伺う、パチュリーと呼ばれていた紫の服の人。
ーーどうしよう。
うすく開いたドアから覗き込みながらも、私は自分がその空間に入るタイミングをうかがっていた。
が、中々入りづらい。
私のしっぽがへたり、と項垂れているのが分かる。
こういう時ほど、悪い予想というのが出てきてしまうもので。
私が退出した途端にこんな状況になったということはーー?
私の所為でみんなの楽しい時間を壊してしまったのではーー?
リビングから聞こえてくる話し声は、段々と大きくなっていく。
ついには、パチュリーさんの声も混じり始めた。
静観していたパチュリーさんも入ったとなれば、私はより入りづらくなってしまう。
どうしようどうしよう、どうしよう。
あたふたと周りを見てみても、私の助けになりそうなものは見当たらない。
もう自分だけで何とかするしかないんだ。
そう自分に言い聞かせて、自分よりも高いところにあるドアノブを背伸びをして掴んだ。
がちゃりと響く。
先程までわいのわいと騒いでいた3人が、いっせいにこちらを向く。
それは私に、恐怖感を与えたことは容易に想像できるだろう。
何を言われるのか、と怖い気持ちが支配しかけるも、何とか持ち直して言葉を発した。
「わ、わたし…なんかやっちゃいまし、た?」
詰まりながらも発した言葉。
しばらく、間が空いた。
魔理沙さんがやれやれ、と頭を抑える。
パチュリーさんは私を見たまんま動かない。
金髪のお姉さん。
「…むり」
そう言い残して、椅子に倒れ込むように座り込んでしまった。
やっぱり、騒がしくしていた原因は私にあったみたいだ。
「…ほら、影狼。おいで!」
下を向いて俯きかけていた私は魔理沙さんの声で、顔を上げた。
そこには、満面の笑みで両手を広げて私を待つ魔理沙さん。
やや傷心気味の私は迷わず魔理沙さんに飛び込んだ。
□
拝啓、おとーさん。
私は今、元気やってます。
霊夢さんと仲良くしていますか?
私?私ですか?
私は今は魔理沙さんの膝の上でぎゅっとされています。
動けません。暑いです。
「まったく、私たちが影狼を迷惑に感じるわけないだろ。
な、パチュリー」
「…え、ええ」
魔理沙さんの声掛けを予想していなかったのか、パチュリーさんの肩がはねた。
本で顔の口元を隠して、丸メガネで困ったように答えた。
私は苦笑いと共に未だ拘束されたまま。
「…かげろう?ちゃん?」
そんな私にアリスさんがひょこり、現れて話しかけてきた。
その手には、可愛らしい水色の箱を持っている。
はい?と私。
「お裁縫、しよ?」
「…おさいほう?」
オウム返しに問う。
「…っ!」
アリスさんが向こうを向いてしまった。
「…影狼、罪な子だぜ」
魔理沙さんが私の頭上でなにやら言っている。
私は魔理沙さんを見あげようとすると、ほぼ同時に魔理沙さんの手のひらが私の頭を撫でて、押さえつけられる形となってしまった。
「えーっと、人形を作るの。
針と糸で、ちくちくやって…、こんなふうに」
いつの間にこちらを向き直ったアリスさんが、箱の中から糸と針を出して、何かを縫う手振りをする。
いかにも、アリスさんが得意そうなことである。
「もしかして、あのお人形さんは全部アリスさんが作ったの?」
「ええ、そうよ。
毎月1回だけ、人里で人形劇もやってるから見たことがある子もあるかもね」
「アリスの人形はみんな凄いんだぜ。
私とは魔法の方向性が違うが、これも立派な研究だな」
なるほど、と頷く。
じゃあやってみましょうか、とアリスさんが箱の中から小さな針と糸、そして布を出す。
「あれ?魔理沙さんの分は?」
「…いや、私はいいよ」
困り顔で頬をかく魔理沙さん。
アリスさんが微笑んだ。
「魔理沙は裁縫大の苦手だものね。
でも練習しないと上手くならないわよ」
「…そうは言ってもな」
魔理沙さんは私の頭の上に顎を乗せて、ため息をついた。
アリスさんがこちらに問う。
「影狼ちゃんはどんな人形を作りたい?」
「うーん…そうだなぁ。
あ!2つでもいい?」
「ええ、いいわよ」
「じゃあーーー」
魔法使いのお茶会は、平和に続く。
□
もう見慣れた博麗神社の境内に、魔理沙さんとともに帰ってくる。
もう夕方。
人形作りに試行錯誤していたら、思ったよりも時間がたっていた。
先にいってて、と魔理沙さんに告げて、私はあの人形を準備する。
とてとてと走って博麗神社の部屋に向かう。
これ、喜んでくれるだろうか。
おとーさんなら、何を渡しても喜んでくれるだろうが、心の底から喜んでもらったら私も嬉しい。
「…ただいまっ!」
障子を開く。
しん、とした静けさ。
魔理沙さんが、慌てたように人差し指を口の前で立てる。
その魔理沙さんの前には、2人の人影が横になっていた。
「…こいつら、仲良く昼寝してやがるぜ…」
私の近くで静かに魔理沙さんが笑う。
毛布も何もなしに、畳の上で寝ていた。
おとーさんの背中にひっつく形で、霊夢さんがすうすうと寝ている。
おとーさんは若干寝苦しそうだ。
寝ているのなら仕方ない。
私は渡すはずだった人形をちゃぶ台の上に並べることにした。
みっつ。
1番左に、おとーさんの人形。
ちゃんと私と同じ耳としっぽ。
にっこりと笑っている。
1番右に、霊夢さんの人形。
ちょっと恥ずかしそうに笑っている。
それでもその表情はとても嬉しそうにも見える。
そして真ん中に、私。
ちょっとだけ不格好だが、上手くできている。
何度もやり直したからか、けばけばとした体が逆にもふもふ感を演出して、いい味が出ている。
「…こう見ると私、裁縫下手だな」
「ううん、そんなことないよ」
すうすうと規則正しい寝息を傍に、私と魔理沙さんがちゃぶ台を見つめて、2人を起こさないように、静かに笑いあった。
半開きの障子から差し込む、真っ赤な夕陽。