私と鋼鉄の少女   作:朧月夜(二次)/漆間鰯太郎(一次)

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ライスの位置の重要性

「うーん……こんなもんだったかなぁ」

 

 私は人気のない厨房でひとり、とある料理の下ごしらえをしている。

 と言うのも本日はこの村が町へと規模を大きくしてから一年が経ったとのことで、元々この村に住んでいた人間と、新しくここへ入植した人間との交流を深めようと、ちょっとした祭りを行っているのだ。

 その為、いつもは婦人部の多くがこの鎮守府の厨房で働いてもらっているのだが、こういう催しは大事なことであるから、祭りが行われる今日と明日の間、ご婦人たちには暇を出したのだ。

 因みに愛宕さんや大和(大和にさんをつけたら嫌がられた。愛宕さんは……無意識につけてしまう)も、地元の人と触れ合いたいと町へ出張っている。

 力持ちの彼女達だ。何かと役に立つだろう。

 

 そもそもこの鎮守府にいて食事をする者は、はっきり言って少ない。

 なぜなら私と艦娘たちの総勢は10人に満たないのだ。職員の人たちはそれぞれ賄いを食べている様であるし。

 加えて彼女達はローテーションで遠征に出るため、常に3食食べるわけでもない。その結果、せいぜい5人分くらいあれば用は足りる。

 まあ週に2日は全員が一堂に会する様にスケジュールを組んでいるから、その日だけは全員分いるのだが。

 加えて艦娘たちの食事とは、ある意味では娯楽の様な物で必須では無い。

 彼女達が動くエネルギーはもっと別な物があるからだ。

 ただ美味しい物を食べると幸せな気持ちになるという部分は私たち人間となんら変わらないため、出来るだけ私と同じものを彼女達も食べられるようにしているのだ。

 

 ……とは言っても、その量は表面的な人数分とは明らかにかけ離れた量なのだけれども。

 

 まあいい。しかし今日はちびっこ駆逐艦4人と、その引率旗艦として木曾さんが遠征に出ている。

 燃料を輸送する大型タンカーを目的地まで護衛する任務だ。

 私がいるこの鎮守府は、大陸の南端付近にあるため、産油国までの海路が付近を通っている。

 その為、輸送船団を護衛する任務が必然的に多くなるのだ。

 そして立地の関係からその任務をほぼ毎週という頻度で行っているため、依頼者の覚えも良くなり、報酬がすこし割増しでもらえるというおまけつきだ。

 基本的にクライアントの依頼は、海軍部が事務的に処理し、我々の鎮守府に遠征任務という形で降りてくるのだが、派遣の際に我々は依頼者と顔を合わせるため、それが回数を増すたびに「あそこの鎮守府はなら間違いないな」という信頼が増していくという訳だ。

 会えば他愛のない話を交わしたり、互いの近況などから情報交換をしたりと、普段では知りえない他の地方の話も聞けるのも副産物としては素晴らしいだろう。

 

 そもそも戦力として判断すると、私が彼女達をただ過保護に扱っているだけで、実際私の駆逐艦たちの能力は高い。

 それは管理官との談話の中でそれを理解したのだが、一から鎮守府を立ち上げた時、最初に所属している艦娘と試行錯誤しながら実績を積み上げていくのが常識なのだという。

 しかし暁たちは最初からその能力の限界近くまで改修が施してあり、駆け出しの鎮守府にいるような艦娘ではないという事だ。

 彼女達が元々いた鎮守府では、彼女達を酷使する過程で練度が上がっていき、さらに効率を上げるために近代化改修を繰り返し行われたのだ。

 それが私の元へ転がり込んできたのだから、私はある種のずるをしたような物だろう。

 

 事実、私が直接建造を行った愛宕さんや木曾さんは、最初の頃は任務を行うたびに中破して戻ってきたのに、ちびっ子たちはかすりもしないで涼しい顔で帰ってきたものな。

 私はその様にかなり驚いたものだが、愛宕さんが言うには、戦艦、重巡洋艦、軽巡洋艦、駆逐艦と直接戦闘を行う艦を比べてみると、元々の戦闘能力には大きな差がある。

 しかしそれは練度を重ねていくことで、初めて真価を発揮するもであり、まっさらな状態ではこの上下関係はまったく宛にならないということだ。

 大和型や長門型と呼ばれる戦艦だけは別格とも言ってたが。

 

 とにかく、そんな私の鎮守府であるが、村が育って一年経ったという事は、ここもまた一年とすこし、何事もなく運営し続けることが出来たという事だ。もちろん誰一人脱落することもなくだ。

 それは最近では近隣に限るが深海棲艦を倒すための任務を引き受けてもいるが、大破することはあっても、必ず無理をせずに引き返すことを徹底させている結果だろう。

 

 話はそれたが、今日遠征に行っている我が第一艦隊であるが、木曾と以下ちびっこ4人に加え、今回は五十鈴がそれに参加している。今日私が料理を作っているのはそれが関係しているのだ。

 数か月前、大和と五十鈴がここへ転がり込んできた時、色々と騒動はあったが、大和は海軍部の許可を裏で貰ったのだが、ここの所属になる事を了承してくれた。

 しかし五十鈴はあの凄惨な結果となった政府の作戦の後、精神を疲弊してしまい、自分が艦娘であることを嫌がるように部屋から出てこれなくなった。

 それは海を見るとあの時の恐怖がよみがえり、パニック状態に陥るからだ。

 

 無理も無いと思う。

 なぜなら通常の作戦で艦隊が決壊したと言う単純な物ではなく、自分たちと同じ艦娘を生贄にした作戦という負い目を背負いながら、その上でなす術なく彼女達は敗れたのだ。

 大本営海軍部の正規艦隊という、この国の中で一番上に君臨している集団という自負もあったろう。

 それがあの無様をさらした上で、轟沈寸前に追い込まれたのだ。

 自分の矜持もあったもんじゃない。つまりは心がおられたのだろうな。

 

 それから彼女は私たちのサポートにより、時間はかかったが、少しずつ回復した。

 初めは酷いものだった。五十鈴は肉体的にはすっかり回復しているのに、食事すらまともに摂れなかったのだから。

 それを艦娘だったり百田さんたち婦人部の面々であったりが、宥めすかし、時には叱咤激励しながら辛抱強く彼女に寄り添った。

 そして数か月が経ち、彼女は漸く表に出てくるようになり、私が日々行っている港内の散歩に付き合うようになった。

 

 五十鈴は艦娘たちとは割と早く打ち解けた。

 それは同胞であるからこそ得られるシンパシーの結果なのだろう。

 しかし彼女は人間に対して酷く懐疑的になっていた。

 それはあの作戦を強いたのは人間であるし、それ以前の作戦でも本人たちには抵抗のある作戦があったのかもしれない。

 そういう物が積み重なり、そしてあの日が引き金となる事で結果私たち人間を嫌悪したのだろう。

 

 だからこそある程度回復した五十鈴が、私と私の艦娘たちとの関係性を見て、いやそれに加え新しくここへ参加した大和との距離感を見て、彼女はある一定の距離を保ちながら私を観察するようになったのだ。恐る恐る私の散歩について回るようになったのはその為だろうな。

 それは随分と不躾な視線を私に向けたり、あるいは否定から入った口論を投げかけられたりと、かなり荒れたものから始まったのだが、私は彼女の好きにさせていた。

 そもそも私にメンタルヘルスの観点から彼女達の相談に乗るなんて高度な事はできやしないし、その知識もない。

 現代に生きていた時ならいざ知らず、ここでは欲しい本が直ぐに手に入るような便利な環境もない。

 それでも彼女の状況は理解できるから、私が出来るのは彼女に私を好きなだけ観察させる事だったのだ。

 

 どうやらそれは結果的に正解だったようで、私が自分の艦娘たちに何か害のある命令を下す存在ではないという事は理解して貰えたようで一先ず私は安堵した。

 まあ日々の散歩と言う名の、堤防での日向ぼっこに対しては、相変わらずグータラ司令官だのと罵声を浴びてしまうのだが。

 まあそれは決して間違ってはいないのだから反論はしないがね。

 

 そして昨日の夜だ。私はいつもの様にどの遠征を行うか等を愛宕さんと協議しながら書類を漁っていた。まあそれはいつもの事なのだが。

 倉庫にある資材の在庫を踏まえ、今後の建造や開発、そして艦娘を維持していくためのランニングコスト、それらを考慮したうえでの行動計画を練る。

 いずれここに深海棲艦の大群が押し寄せる可能性も考慮し、ここの防衛を兼ねた哨戒任務も常に行わなければならない関係で、二つの艦隊を動かさなければならないのだ。

 軽巡洋艦を旗艦にし、駆逐艦で固めた水雷戦隊による遠征。そしてこのほど参加した大和を旗艦にした愛宕さん、そしてやたらと機動力の高い島風を加えた鎮守府近海の哨戒任務。

 因みに通常は大型戦艦を動かすと消費する資材は多いのだが、現在ここの所属艦娘の数が少ないため、相対的にはそれほどきついとはいえない程度のコストで大和を動かすことが出来るのだ。

 

 しかし所属の艦娘が少ないという事は、コスト面では優秀でも、彼女達の疲労を考えると回数をこなすという事は難しいのが現実だ。

 そうすると、行う任務や遠征は厳選し、なるべく割のいい物を選択する必要があるのだ。

 なので私は優秀な秘書である愛宕さんと、毎晩遅くまでその事で頭を悩ますという訳だ。

 

 この日も御多分に漏れず、かなり遅くまで仕事をしていた。愛宕さんに「提督、フタフタマルマルを過ぎましたわぁ」と言われるまで、そんなに遅くなっていたのかと気付かなかった位には。

 私は彼女にすこし休憩をしようとお茶を頼み、彼女が厨房に向かうために部屋を出た後に、五十鈴はやってきた。

 

 もう寝る前だったのだろう。普段はその長い黒髪を頭の両サイドで縛っている彼女が、その時は全部下ろしたままである。

 私は書類を眺めたままだったので、誰かが入ってくる気配を感じ、「あれ愛宕さん、何か忘れ物でも?」なんて声を掛けたのだが、返事は無かった。

 おかしいなと顔を上げてみれば、そこにうつむいた五十鈴が立っていたのだ。

 

「提督、すこしお話があるのだけど」

 

 五十鈴は私に視線を合わせることを躊躇うようにしながらそう言った。

 彼女の口調はかなり芯の強さを感じさせる物だったが、残念ながらその語尾が震えており、空元気であることが容易に知れた。

 私は彼女の雰囲気に、何かを必死に決意しここへやってきたことを悟り、敢えて私は黙る事にした。

 それは忙してしまえば、彼女のせっかくの決意を不意にしてしまうことを恐れたからだ。

 だから私は彼女の目をまっすぐ見ながら、椅子に深く背中を預けた。

 やがて彼女はぽつぽつと呟くように口を開いた。

 

 彼女の言ったことを要約すれば、未だ海が怖い事。けれども周りに甘えなければいけない現状が苦痛である事。その中で自分がどうすればいいかが分からない事。

 そんな事を鼻をすすりながら私に主張した。それでもまだ自分の考えが纏まっていないのか、所々支離滅裂な事もあったが、どうやら私に指示が欲しい様だった。

 言い切った後、彼女はキッと私を睨むように仁王立ちしていた。それは彼女本来の気丈さを曲げずに保とうとする、折れた心の奥底に残る最後のプライドなのだろう。

 

 私は考える。何が正解であるのかを。

 しかし私は誰かの人生の方向を決めてしまえるほどの人生経験はないし、傲慢でもない。

 だが確かに五十鈴は私の言葉を欲していた。それは私が頼りなくとも司令という立場でここをまとめているからだ。

 そして多少自惚れるならば、五十鈴がここへ来てからの私と艦娘たちの接し方を見て、多少は信用をしてくれたのだろうと思う。

 ならばせめて、決定はできなくとも後押しくらいはしてやらねばと思ったのだ。

 

 私は彼女に言った。出来るだけ毅然とした口調で。

 それは後押しする私の言葉が不安気であれば、彼女とて納得など出来ないだろうから。

 

「別に海に出なくともいいだろう。何をしていいか分からないのに、無理して何かしようとしなくてもいいんじゃないか」

 

 そう言った私の言葉に、五十鈴はぽかんと呆けた顔で固まった。

 今思えば何とも胡散臭い逃げ口上のようで自分ながら呆れるが、しかしそれは紛れもない私の本音でもあった。

 そもそも私がこの鎮守府を運営している一番の理念とは、何かの正義感に駆られての事ではないのだ。

 世話になったこの村が危機に瀕する可能性があり、たまたま私にはその危機に対する切り札である艦娘と絆を交わす素養があった。ただそれだけなのだ。

 確かに今は多少なりとも確固とした目的意識は持っている。けれどもそれは後付けでしかないのだ。

 なので私のその意見はあくまでもプロの司令官のそれではなく、人間としての感情に沿った考えだ。

 

 そんな私の言葉に五十鈴は暫くの間呆然としてたが、一言「ばっかみたい」と私に向かって呆れたように言い放ち、そして馬鹿みたいと何度も繰り返しながら笑った。何かを吹っ切るかのように、いつまでも。

 やがて彼女は疲れたのか、何度か深呼吸をして自分を落ち着けると、私が思わず見惚れるような敬礼をしながら凛としてこう言った。

 

「五十鈴です。水雷戦隊の指揮ならお任せ。全力で提督を勝利に導くわ。よろしくね」

 

 そして先ほどとは違う、ごく自然な微笑みを私に見せてくれたのだ。

 どうやら彼女は自分を取り戻したらしい。

 それが私の言葉に因ってというよりは、元々彼女が考えていた気持ちの最後の部分で整理が付かなかった所を私の言葉で確認をしたのだろう。艦娘とは、そう簡単に折れてしまう程やわな存在では無いのは暁たちとの付き合いで何となく理解している。

 とにかくそうして、五十鈴は自ら私の元に着任すると宣言したのだ。

 

 とはいえ、いきなり深海棲艦との戦いに割り振るほど私は阿呆では無い。

 だからこそまずは無難な遠征で調子を取り戻してもらおうと、木曾さんに裏から支えて欲しいと頼んだ上で今日の遠征に組み込んだ。

 雷なんかも「私に任せなさい! もっと私を頼ってもいいのよ」と勇ましく出かけていった。

 そんなことがあり、私は五十鈴の帰りをただ待っているのが苦痛で、こうして料理をしていたのだ。

 未だ恐怖感は消えていないだろう彼女が戻ってきてくれた事の感謝を、何かおいしいもので労ってやろうという事だ。

 

 そうは言っても私の作る料理など、所詮やもめ男の雑料理でしかないのだが。

 何というか私という人間は、自分の好きな物にはとことん凝るが、それ以外に関しては至極どうでもよいと考えてしまう処がある。

 料理に関しては残念ながらそれに当たり、最低限自炊できるレベルのものだ。

 いや下手くそという訳では無いと思う。ある程度の長い期間、私は一人暮らしを営んで行けたのだから。ただ凝った料理などしないから、ひどくレパートリーが少ないという意味合いである。

 

 そもそも一人暮らしとなれば、一度に作る量などたかが知れているし、食材はその都度必要な分だけを購入するのみだ。

 なぜならそれは、例えば卵なんかいつまでも冷蔵庫に入っているのだが、いつ購入したものかなんてわからないほどに減らないのだ。

 調味料とかは別にいい。しかし生鮮食品ならばそうはないかない。パック詰めの肉や魚なんか、その日に使いきれないなら、それは確実に腐らせるだろう。

 たまに思い付きで冷凍庫に余った肉などを保存したりもするが、数か月後、真っ白に霜のついた何かよくわからない塊を発見し首をかしげるというあり様なのだ。

 何というか一人で食べる量などたかが知れているし、加えて朝はシリアルと牛乳などで済ませる関係で、まず米なんか炊いたりしない。

 その結果、私のレパートリーはかなり偏ったものしか出来ないという結果となる訳だ。

 

 そんな私が本日作っているのはカレーだ。カレーだけは少しばかり自信があるのだ。

 それは幼少の頃、私はおばあちゃん子であった。そして夏休みなどの長期休暇があれば、田舎の祖母の家に休みの間中滞在してたものだ。

 祖母はたまにしか会えない孫である私を猫っかわいがりするのだが、基本的には古い人だ。私に振舞ってくれる料理の99%は和食となる。

 

 そこで使われる食材の多くは、祖母が自分の畑で作ったものばかりなため、どれを食べても驚くほどにうまいと感じた。

 そもそも売り物じゃないため、肥料なども感覚でやっているようだし、見栄えなんかどうでもいいという作り方のため、きゅうりやナスはスーパーで見かける物の倍くらい大きいのだ。

 大人になってから知ったのだが、それは単純に肥料が多すぎてカリウム過多という状態であるらしい。

 でも何というか、身内のひいき目が多大に入ったとしても、私にとっては自宅じゃ絶対に味わえないご馳走だったのだ。

 まあ都会では見らない素朴な田舎の景色の中で、一日中走り回ったりした後に食べる食事は格別に美味いと感じてしまうのもあるだろうけれど。

 

 しかし祖母は、何というかこんな地味な物ばかりで悪いと思うらしく、そこで祖母なりに知恵を絞って色々な洋食もどきを作ることがある。

 それは例えばみそ仕立てで味わうと確実に和食なのだが、チーズが乗って焼いているグラタンもどきなどだ。

 まあ祖母が目指した所謂グラタンではないにせよ、私的になはなんら不満のない仕上がりなのだ。

 しかし祖母はそれが気に入らないらしく、ある時彼女は何というか不適な笑みを浮かべつつ、「今夜は期待してほしい」と言った。

 私は何やら良くわからずに頷いた物だが、気合の入った彼女がその日の夜に出してくれたのが祖母特製ライスカレーだったのだ。

 

 カレーライスじゃない。ライスカレーである。

 カレーライスだ! と喜ぶ私に何度もライスカレーであると訂正してくるあたり、何かしらのこだわりが彼女にはあるのだろう。

 ならばと私は彼女のカレーを見てみた。

 黄色い。そう黄色いのだ。

 今私がカレーを作ると、スーパーで買った某かのカレールゥで作るのだがら、出来たカレーの色は赤茶けた色合いになるだろう。もちろん私以外が作ったとしても同様に。

 だが祖母のカレーは明るい黄色なのだ。

 

 要は小麦粉を焦がさないように丹念に煎った物と、カレーの粉末で作った自作のルゥなのだ。

 普段食べるものとは違うのだが、食べてみればなるほど、ライスカレーか! と妙に納得した記憶がある。何というか優しい感じの味つけで、尖った感じが一切ないのだ。

 まあ祖母が主張するように、カレーとは別物のライスカレーという料理という事だ。

 

 私は今回、この祖母のライスカレーを私の艦娘たちに振舞うのだ。

 時折、思い出したかのように定期的に作っていたこの田舎のカレーを。

 というのも、TVか何かで小耳に挟んだのだが、神奈川県の横須賀あたりが発祥の海軍カレーというものがある。

 それは海に出ずっぱりの海軍兵に、曜日感覚を失くさないようにするために、決まった曜日にカレーを出すというのが始まりだったらしいが、今では一種の名物の様な物になっているという。

 場所は違えど私がいる鎮守府だって海軍の様な物だ。そんな短絡的な連想ゲームの結果、このメニューに決めたのだ。

 そしてこの村の商店を何度か見たのだが、所謂カレールゥという物は置いてなかった。

 しかしカレー粉は置いてある。なので必然的にカレーを作ろうと思えば、結局自作ルゥでやるしかなかったのだけれども。

 

 そんな訳で五十鈴たちが戻ってくるまでの間、こうしてカレーを作っているのだが、既にルゥは作ってある。基本的に例外なく大食いな艦娘たちの事を考え、飯を五升ほど炊くという前提での作業だったから、本当に骨が折れた。

 それは炒っている粉を焦がさない様にするために、常に鍋を振り続けなければいけないのだから。

 なので面倒な工程であるそれを真っ先に終わらせた。おかげで厨房はおろか、広い食堂中に香ばしいカレーの香りが漂っている。

 そして同時進行でスープのベースとなる出汁の様な物を煮込んでいる。

 というのもカレールゥと同様に、顆粒のコンソメのような物も売ってなかったのだ。

 

 水のみで作ってしまうと、うすうっぺらい味になってしまうだろう。

 そもそも現代で売っているカレールゥには、様々な旨み成分が最初から入っている。

 その為特別何かをしなくとも平均的に美味いカレーが出来上がるのだ。

 しかし自作ルゥにそんなものは入っていない。ならば自分で作るしかないだろう。

 と言っても、ここにはインターネットなど便利な物はないから、ブイヨンだののレシピなんか調べようもない。

 そこで私は村の肉屋から譲ってもらった大量の鳥ガラを、地物の玉ねぎやら葱やらと煮込み、鶏がらスープを作る事にした。大きな寸胴鍋二つ満杯にだ。

 

 無骨なガスコンロの火加減をこまめに調整し、沸騰せず、表面がこぽこぽと泡立つ程度で数時間煮込む。

 それとは別の寸胴鍋を二つコンロに掛け、それぞれにじゃが芋やら人参、玉葱を大振りに切った物を炒めていく。加えて肉は豚の肩ロースの様な物を切り落としただけの飾り気のない物だ。

 それらがしんなりと火が通ったら、出来上がった鶏がらスープを入れていき、さらに煮込む。

 馴染んだところで火を止めて、作ってあったルゥを投入し、大きな木べらでかき混ぜていくと、企んだ通りの祖母のライスカレーが出来上がった。

 後は蓋をしておけば余熱でいい塩梅に馴染むだろう。

 

 私は語るだけなら足したことは無いが、実際に作業をしてみると夕方までの大作業を終え、汗びっしょりになったシャツを脱いだ。

 薄暗い厨房で一人、ランニングシャツで涼む。

 

「うーん、疲れたなァ……」

 

 そう一人ごちるも、応えるものは誰も居ない。

 満足感の満ちた程よい疲れに思わずにんまりと笑ってしまう。

 これを食べたらみんなはどんな反応を見せてくれるだろうか?

 喜んでくれるだろうか?

 

 料理の醍醐味は、実はこうして食べ手の表情を想像しているこの時が最高潮なのではなかろうか?

 そんな他愛もないことを思いつつ、私は暫くの間、妄想にふけるのだった。

 しかし――――

 

「あー……飯を炊くのを忘れていたな……」

 

 そして私は慌てて流しへと走るのだった。

 何とも間抜けな話であるが、敢えて言おう。

 飯を炊く作業が一番大変であったと。

 

 電気仕立ての炊飯器なんて便利な物はここにはない。

 ガスで炊く、大きな業務用の炊飯器しかないのだ。

 大きな羽釜がガス台に乗っかっているタイプの物だ。

 4升は入るだろう大きな羽釜。それに米を入れ、無心に研いでいく。

 涼んで引っ込んだ汗が、また猛烈な勢いで流れてくる。

 その鬱陶しさに辟易しながらも、何とかその作業を終え、羽窯をガス台にセットした。

 

「…………これじゃあ足りないかも……しれんなァ……」

 

 既に完成した大きな寸胴2つのカレー。

 それを改めて眺めると、4升程度の米じゃあ足りない気がしてきた。

 いや、きっと足りないだろう。

 本当にあの娘たちは、見目麗しい女性の姿の癖に、やたらと食べるのだ。

 横で食べてる私が思わず食べるのを忘れてしまう程に。

 

 そうして私はもう1つ4升の釜へ米を投入するのだった。

 いやはや、本当に疲れたなァ……。

 

 

 

 ◇◆◆◇

 

 

「提督、帰ったぞ」

 

 厨房での作業を終えた私は、思ったよりも疲れたのか、すっかりと暗くなってしまった食堂の椅子に座っていたのだが、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

 そんな私を現実に引き戻したのは、遠征から戻ってきた木曾の声であった。

 

「ああ、ご苦労さん。報告はあとでゆっくりと聞くことにするよ」

「んっ、何か良い匂いがするわね! 司令官、なんなのこのおいしそうな匂いは!」

 

 木曾の報告に応えていると、彼女の脇から次々と駆逐艦のちびっこ達が飛び出してきた。

 そして雷は目ざとくライスカレーに気が付いたようで、目をきらきらさせている。

 まあ待ちなさいよ。静かだったこの部屋が一気に騒がしくなり、私は思わず嬉しくなる。

 彼女達を遠征に送り出すたびに、こうして戻ってきてくれた時の騒がしさが堪らなく愛しい時間へと変化する。

 

 一応、遠征のさなかに何かがあれば、その通度無線で連絡が取れるにしても、やはりこうして彼女達が元気に動いている姿を見るまでは安心できない物なのだ。

 まあそれは私がいつまでたっても小心者だから仕方がないのだけれども。

 

「はっはっは、雷は腹ペコなのか? この匂いは私が作った食事のものだよ。それよりも今回の遠征はそれほど難易度の高い物ではないけれど、被弾した者はいるかい?」

「司令官、今回は誰も被弾しなかったわよ」

「お、暁、良くできました。疲れただろう?」

「もう! 頭をなでなでしないでよ! 子供じゃないって言ってるでしょ!」

「いいじゃないか暁。無事に帰ってきて嬉しいんだよ、私は」

「……もう。しょうがないわね!」

 

 私が皆の安否を確認していると、暁が得意満面で答えてくれた。

 小さい体を目いっぱい反るようにしている。

 私は何というか嬉しくなり、彼女の頭を無遠慮に撫でまわす。

 何とも撫でやすい位置にあるのだな。ちびっこ達の身長だと。

 そんな私たちを周りは微笑ましいというような視線で見ている。

 それに気が付いた暁は顔を真っ赤にして暴れだした。

 とはいえその抵抗は心底嫌だという物では無いのだけれども。

 そうしていると今度は響が私の横にやってきた。

 

「やれやれ。司令官、貴方はいつもそれだね」

 

 彼女は私を呆れたように見上げているが、何故かそこから動こうとはしない。

 

「なんだい響。君も撫でて欲しいのかい?」

「…………べつに」

 

 うん、最近私は彼女の事を理解出来てきた気がする。

 

「わ、私は撫でてほしいのです!」

「電は素直でいいな。よしよし、今回もありがとうな」

「はわわ。ありがと、なのです」

「ったく、相変わらず甘い提督だな。それより提督、何か忘れてやしないか?」

 

 ちびっ子と戯れる私を呆れるように眺めていた木曾が、意味ありげに笑う。

 そんなものはとっくに気が付いているさ。

 君の後ろに隠れるようにして佇む五十鈴の姿は最初から気がついていたのだから。

 

「ほら、行けよ五十鈴」

「わ、分かってるわよ。押さないでもいいでしょうに」

 

 まるで年の離れた妹を促すような様子で木曾は五十鈴の背を押した。

 彼女はたたらを踏みながら私の前にやってきたが、何というか気まずそうな顔で微笑した。

 きっと照れくさいのだろう。

 

「やあ、五十鈴」

「な、なによ」

「おかえり。無事に帰ってきてくれてありがとう」

 

 そういう私の言葉に、ハッとするような表情をした五十鈴だが、すぐにくるりと背を向けてしまった。

 こうして何事もなく帰ってきてくれた。その姿を見れたのだ。

 なんにせよ彼女はこうして、全てではないにしても自力で恐怖を振り切ることが出来た。

 それはきっと、私が想像するよりも遥かに凄いことなのだ。

 だから私はもうこれ以上何も聞く必要を感じなかった。

 そうして私は背を向けている五十鈴の肩を叩くと、皆に向けて叫んだ。

 なぜならしんみりした空気はもういらないのだから。

 

「さあみんな、疲れているだろうが、とりあえず着替えてここにまた集合してくれ。私の祖母の直伝のライスカレーを作ったんだ! 好きなだけおかわりしてもいいぞ!」

「ライスカレー? カレーライスじゃないの?」

「違うよ暁。ライスカレーだ。ほら、早く行った行った!」

 

 私の号令に皆は笑みを浮かべると、我先にと宿舎に向かっていった。

 遠征で相当に腹を空かせていたのだろう。

 しかしあの勢いだと米が足りなくなるかもしれないなァ。

 今から炊いたほうが良いだろうか?

 それよりも、だ。

 

「ほら島風、そんなところで覗いてないで、お前も一緒に食べろ。ほら、こっちきて手伝え」

 

 いつの間にか帰ってきていた島風が、暗がりの柱の陰からこちらを伺っていた。

 協調性のあまりない島風だが、なんだかんだ言ったところで皆を心配しているのだ。

 私はそんな彼女の不器用さが愛しくなり、こちらへ手招きする。

 彼女は何やらぶちぶちと悪態をついているようだが、結局は来てくれるのだ。

 

 さあカレーを温めなおそう。

 私も思えば朝から何も食べていなかった。

 こうして五十鈴が無事に復帰した夜は私のライスカレーで祝ったのだった。

 町から戻ってきた大和や愛宕さんたちも混じって盛大に、大騒ぎ。

 その中で私は、確かに幸せを感じていた。感じていたのだ。

 

 

 

 ◇◆◆◇

 

 

 

 佐々木の鎮守府は、昨晩は相当に盛り上がった。

 それは今まで精神的疲弊に悩まされていた五十鈴が、正式に任務に復帰したことを皆で祝っていたからだ。

 佐々木のふるまったライスカレーはおおむね好評であり、それに気を良くした彼は、普段はあまり飲まない酒を出してきて皆に振舞った。

 それからは無礼講のどんちゃん騒ぎとなり、皆が皆、楽しく時間を過ごしたのだ。

 

 五十鈴の復帰がよほど嬉しかったのか、佐々木は普段の物静かな様子を崩し、素直に酒の勢いに任せたのだ。

 酔うと笑い上戸になるのか、佐々木は駆逐艦たちをまるで娘のように猫可愛がりしてまわり、しかしその勢いに辟易した島風や暁には逃げられ、その様子をやはり酔っぱらった愛宕や木曾が腹を抱えて笑い

転げるという程だった。

 

 そんな楽しい時間はやがて終わり、それでもその余韻を失くしたくないのか、静かに飲んでいた大和が、皆で広間で雑魚寝をしようと提案し、皆もそれに乗った。

 酒で程よく疲れた身体を横たえ、それでも眠るのが勿体ないと皆はそれぞれ周りの者と話し込んでいたのだが、一人また一人と遠征の疲れに身をゆだねていく。

 

 やがて皆が静かな寝息を立てたのを確認すると、佐々木は安心したように目を開けた。

 彼の酔いはとっくに醒めており、だが雰囲気を壊したくないと酔ったふりをしていたようだ。

 

「……良かったな、本当に」

 

 暗い天井を見上げながら彼は言った。

 その言葉には、彼の嬉しさが多大に籠っている。

 ただ待つのみ。それしかできないという歯痒さは、いつも彼に苦悩を強いている。

 そして海軍部の東郷長官から持ちかけられた事柄も控えており、それがさらに彼の心をかき乱している。

 

「まあそれでも、やるしかないんだ。きっとやれるさ」

 

 彼は思わず漏らしてしまった呟きに、一人苦笑する。

 だがそんな彼の言葉に返事をするものがいた。

 彼の横で眠っていたはずの大和だった。

 

「提督、貴方ならきっと大丈夫です。それに私もいますから……」

「大和か。寝ていたんじゃないのかい?」

「ふふっ、私は皆が楽しそうにしているのを眺めているうのが楽しかったので、それほど飲んではいないのですよ」

「そっか。ははっ、まいったな」

 

 本音の漏れた呟きを聞かれた佐々木は気まずそうな姿に、大和はしのび笑いをする。

 

「なあ、大和。近いうちにここも人数が相当増えるぞ」

「それは、新たに建造を多数行うのですか?」

「いや……」

 

 仰向けに寝ている大和に佐々木は静かに身を寄せると、他には聞こえないように彼女の耳元へ彼はつぶやいた。そして続きを言おうとして、言葉を飲み込む。

 

「君も参加していたあの作戦……、あれで生き残った艦娘、全てをここで引き受ける」

 

 そして言った。息を飲む大和。

 佐々木の鎮守府での穏やかな日々、それが彼女の心をある程度落ち着かせていた。

 だが今の言葉で大和はあの日の凄惨な映像が鮮明に脳裏に蘇った。

 思わずびくりと身体を震わせる。そんな大和の横で肩肘をつく姿勢の佐々木は、遠慮がちに彼女の肩に手を置いた。

 おずおずと彼女の肩をさする佐々木。大和は震える自分の手をその手に重ねた。

 触れ合う肌から伝わる佐々木の熱は、何とか彼女を落ち着けたようだ。

 そんな大和の様子を見て、佐々木は先をつづけた。

 

「これはもう決定なんだ。私の我を通すために、これを引き受けるという盟約を海軍部のお偉いさんと私は交わしたのだ。君がまだ、色々と複雑な想いを抱えているのを知っているが、それでも私はこれを受け入れたのだ――――

 

 何かのスイッチが入ったように、佐々木は自説を大和に打ち明けていく。

 それでも彼女の肩をさすりながら、気遣うことは忘れてはいないが。

 

「とにかく大和、私はこの前皆に話した目的をはたす為に、これを利用する。なあ大和、私は酷くエゴイストなのだと最近気が付いたんだ。それでも私はこれをやめる気はしない」

「……提督、私は貴方を信じています。だから、そのまま進んでください。私は、あの時死んだのです。そして貴方にその命を拾ってもらった。だから、私は貴方に従います……」

 

 そう語る大和の瞳は、佐々木の瞳を真っ直ぐに射抜く強い物だった。

 そこにある種の決意が見える。

 佐々木はそんな大和を見つめ、やがて「頼りにしている」と静かに呟き、そして仰向けになり眠った。

 彼女は暫くその寝顔を眺めていた。

 そして彼の額にかかる前髪をその細く長い指先で整えると、彼に寄り添うようにして眠った。

 

 しかしそんな2人を見つめる8対の目がある事を2人は知らなかったようだ。

 2人の寝息が本格的な眠りになった事を確認すると、それらは示し合わせたようにむくりと起き上がった。

 

「なあ愛宕さん、なんだか腹が立たないか? 司令官は全部一人で背負うつもりでいるよないつも」

「まぁねぇ、でもそれが彼の奥ゆかしいところだと思うわぁ」

「でも、司令官はいつも頑張っているもん。私を一人前のレディ扱いしないけど……」

「……私たちが支えてやればいいのさ。簡単だよ」

「司令官さんは、いつも電たちを護ってくれるのです」

「まあ私がいるから心配ないんだけどね!」

「お前だってそう思うだろう? 島風」

「……別に。お兄さんは私たちが何を言ったところで行くとこまで行くと思うよ。……まあ、のろのろしてたら私が引っ張るけどね……」

「素直じゃないわねぇ」

「まあ五十鈴は提督のために働くわ!」

「なら本人に言ってやれよ」

「……………」

 

 8人はこそこそと額を寄せ合い、横で眠っている佐々木と大和を眺めながら言葉を交わす。

 佐々木が思っている以上に、ここの艦娘たちは彼を信頼しているのだ。

 こうして佐々木の寝顔を肴に、艦娘たちのおしゃべりは朝方まで続いていくのだった。

 

 因みに、翌朝目覚めた佐々木を、大和以外の艦娘たちに囲まれ、大和の扱いは贔屓であるという説教が襲った。どうやら彼への信頼と、個人の心情はまた別の話だったらしい。

 そして正座をしたまま8人の艦娘たちに囲まれ、繰り返し「そんなつもりは無いのだ」と言い訳をする佐々木の姿は、まるで浮気がばれた亭主が女房に怒られる姿に似ていると、百田夫人を始め婦人部のお茶請けとして随分役に立ったというが、それはまた別の話である。

 

 

 ――――つづく。




完全にインターミッション的なお話となってしまいました。
というのも、次話あたりからテンポが速くなっていき、エンディングまで加速を続けていく予定なのですけれど(あくまでプロット上)、そうするとほのぼのっぽい話とシリアスな本編がどうにも同梱しづらいのですね。
それはまあ私の技量が圧倒的に足りないせいもあるのですけれど。
そんな訳で、今回はこんな感じで佐々木の心情吐露と、五十鈴をタグに加えるためのエピソードを中心になりました。

因みにカレーの話は私の祖母のカレーについての割とノンフィクションなエピソードだったりします。

いやしかし、お気に入りが初めて500を越えました!本当にありがとうございます。
とても励みになり、嬉しいです。
しかし感想があまりこないのは、気に入られていないのかとすこし心配になってしまうのですが、お気に入りと評価ポイントを見ると、まあいいのかと安堵しております。
でもすこし寂しいので那珂ちゃんのファンやめます。

日本代表の勢いも芳しくないですし、来週からはまた土曜更新でいけると思います。
では失礼します。


※修正
10月15日 大本営表記を大本営海軍部に修正

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