今回の話には東日本大震災を匂わせる表現と、それに対しての作者個人の認識が反映されている箇所があります。
これは私自身が当時、被災した人間としての体験を元にしているのですが、誰かを不愉快にさせる意図で書いた訳では無いことを先に明記しておきます。
もし震災の話を読みたくないという方は、ブラウザバックをよろしくお願いします。
佐々木はかつて、災害という物を実体験したことがある。
それは彼が昔住んでいた北関東での事であるが、その時の彼は平日であるのに自宅にいた。
土日が休みである彼にとって、役所でなんらかの書類を取りになどの個人的な雑務は、中々休日だとこなすことが出来ないため、溜まっていた有給を使って平日に休みを取ったのだ。
その日は晴れており、是幸いと彼は溜まっていた洗濯を終え、身支度をしようとリビングから自室に向かったその瞬間だった。
ドンという大きな音と共に、部屋全体が縦に揺れたのだ。まるで近所に隕石でも落ちてきたかと彼は錯覚を起こしたが、そうではなく、その後数秒の間を置いて凄まじい勢いで辺りが揺れだしたのだ。
ああ地震かと、彼は暢気にそう思った。だがしかし彼は思いなおした。これは異常だと。
彼が住む地域は東京の秋葉原へ直結している特殊な鉄道の駅があるため、ベッドタウンとなっている。
そして彼の自宅はその駅の一つの真横に建つ25階建ての新築マンションである。
佐々木の部屋はその24階にあり、部屋数もそれなりにある大きな部屋だが、もちろんこれは彼個人に買える様な代物では無い。都心から離れているとはいえ、もし都心に建って居たなら億に達するだろう内装を持つマンションだ。だから少なく見積もってもその半額以上はするだろう。
ここは佐々木が務める企業が一括して買い上げており、それを福利厚生の一環として社宅として提供されている物だった。これは主に関西にある本社から関東支社への出向組に向け
ての物だ。佐々木もその類でこの部屋を借りていたのだ。
彼はここへ入る際、管理会社の人間からこう聞いた。
「このマンションの構造は、新しい免震構造で造られた最新の物なのです。ですから震度5程度の地震であれば、体感は震度2程度にしか感じないでしょうね」と。
ならば今、目の前で佐々木が好きで集めたDVDを収めたラックが無残に倒れ、それを床に這いつくばって眺めている彼は――これはいったいどういう状況なんだ?!――彼はそう思わずにいられなかった。
実際の時間は分からないが、彼にはその地震が止むまでの間が数時間にも感じた。
やがてそれが終わると、彼は地震が起きた際の定番であるTVの国営放送をつけた。
驚くことにこの地震は、観測史上最大の地震規模であり、その震源は東北から彼の住む県まで全てを含んだ広大な物だったのだ。
彼の住む部屋の構造でもあれほど揺れたのだ、ならばそれ以外の地域はどうなっているのか? 彼はそう思い、故郷に住む両親に電話をしようと傍らの携帯を手に取ったが、暫くしてソファに投げ捨てた。
単純につながらなかったのだ。恐らくどこかの基地局が壊れたか、同じように身内の安否を気遣う電話が殺到し混戦しているのだろうと彼は考え、落ち着いてからにしようと諦めた。
彼は荒れてしまった部屋の片づけは今はいいと、ベランダへ向かった。未だ心臓の鼓動が速い。なので落ち着こうと煙草を吸おうと思ったのだ。
そして彼はベランダに出て、いつものメンソールを咥えると、火を点けるついでに階下の景色を見た。
24階に住む特権ともいえる絶景の景色を眺めるために。
だが彼が見たのは、いつも見ていたのどかに拡がる緑色の田園風景では無く、そこら中の家の瓦が落ち、道路との境界に建って居る擁壁がほとんど倒れ、あちこちで渋滞の起こっている景色であった。
彼は咥えた煙草に火を点けることも忘れ、ただ絶句した。
その後色々あった。2,3日水が出なかったこと。物流が物理的に死に、商店に品物が届かず、あちこちの店では普段は温厚そうな人間同士が1本の水のペットボトルを奪い合う醜い小競り合いが多発したなど。
それでもまだ、彼が住んでいる地域は軽い方だった。そこより北に行くたびに被害はどんどん酷くなっていき、極めつけは大規模な津波が北の沿岸部を襲い、痛ましくも相当数の人間を海に引きずり込んだのだ。
その被害は相当なものであったが、むしろ日数が経つほどにその被害の傷跡は浮き彫りになっていった。政府の支援も後手に回りその混乱に拍車をかけた。
それに加えて原子力発電所がメルトダウン寸前の状況になったと報道され、二次災害による混乱がさらに状況を混沌とさせていく。
かつて関西で起きた大地震の教訓があったはずなのに、結局はスムーズに状況が改善されることもなかったようだ。
津波に押し流されていく被災地。
無音のまま、まるで深夜の環境映像のようにTV各局はその映像を繰り返し流した。
佐々木はそれを眺めながら、不思議と現実感を受けない映像に、「9・11の同時多発テロの時のようだ」という感想を抱いた。
実際その映像の結果、多くの人間の命が消えたのにも関わらず。
彼がその災害で受けた直接的被害は大したものでは無かったが、その後次々と報道される被害情報を知り、いよいよそれが現実なのだと受け入れられた。
人は自分の行いによって様々な岐路をたどる事が出来る。それは出来れば良い物であってほしいと願い、小さな物をすこしずつ積み上げ、やがてその素晴らしい結果にたどり着こうと努力する。
しかし物事においてしばしば、自分の努力を無に帰すような事が起こり、その余りの理不尽さに途方に暮れる。
災害という物は得てしてそういう物なのだ。
人々の想いや希望を嘲笑うかのように一瞬で全てを奪い去っていく。
佐々木は己の体験から、或いは時間が経って見えてきた状況を理解した時、それを本当の意味で理解した。と共に、それを忘れてはいけないのだと自分を戒めるようになった。
いや、少なくともそれがあったという事を忘れないという事柄が、多分一番大事なことなのだと改めて認識させられたという所か。
そして今、彼はまた別の災害の中にいた。果たしてそれは災害と言えるかどうかは疑問であるが、現実的にいま、彼の目の前では沿岸に近いエリアの家が多数燃えており、パニック状態の民衆が着の身着のまま内陸側へと逃走をしている。
これだけ見れば災害であろうが、その原因は地震や火事、ましてや津波などでは無く、むしろそれよりも性質が悪い物だった。――――深海棲艦である。
この光景は佐々木にとって、かつての災害を彷彿とさせる嫌な物に見えた。
いやその時と決定的に違うのは、その中心に自分がいるという事だろう。
現時刻は午前2時を過ぎであり、普通であれば誰もが寝静まっているであろう時間帯である。
佐々木は溜まっていた事務仕事を愛宕に補佐して貰いつつ、深夜まで司令室にいた。
やがてそれが一段落したため、彼と愛宕は遅い夜食でも摂ろうと食堂に向かった。
この時間はもう間宮も婦人部の人間もいない。しかし佐々木が、愛宕の労をねぎらおうと軽い茶漬けでも振舞おうと厨房に入った――――その瞬間であった。
本部を揺らすかのような轟音が響き、爆撃機の飛来する独特の爆音と共に、食堂に面した窓が数回フラッシュした。――ただ事じゃないぞ、これは――佐々木がそう思い、愛宕に向き直ったが、彼女の表情は普段の温和な物からは想像だにできぬほどに険しい物へと変わっていた。
「提督、深海棲艦の様です」
言葉静かに、ただしっかりとした口調で彼女は言う。
それを受けて佐々木は愛宕に一つ頷くと、さして焦るそぶりも見せずに司令室へと向かった。
来るべきものが今来た。それは事前に心の整理が出来ていたからこその反応だ。
響がこの鎮守府へ命からがら逃げてきたあの時、それ以降、彼はこの日の準備を整えてきたのだ。
彼が部屋へ入ると、彼の艦娘は既にそこで待っていた。
普段は幼さを見せる彼女達ではあるが、流石に深海棲艦には敏感だろう。
しかし誰一人臆する表情では無く、静かに彼の命令を待つのみであった。
「提督、ご命令を」
集まっている艦娘を代表する様に大和が言う。
これは以前から佐々木によって決められていた事柄だ。
有事の際は、その時の秘書艦が誰であれ、第一艦隊の旗艦は大和が務める。
そういう決まり事だ。裏を返せば、その有事は大和を旗艦にせねばならないほど切羽詰まっているのだという意味にもなるのだが。事実、いまはその時なのだろう。
有体に言えば、彼女のそれまでの武功もさることながら、やはり戦艦が旗艦を務めるというのは、艦隊の士気も格段に上がるという物だ。それは長門型に知名度は一歩劣るとしても、実の部分で言えば、大和は艦娘たちにとっては真のシンボルなのだから。
それに加え、今日まで鎮守府が深海棲艦により襲われた時を想定し、数々行われた演習。それにより、大和の指揮には安定感がある事は既に証明されているのだった。
佐々木は静かに前に出て、自分をまっすぐに見つめる己の艦娘の瞳をそれぞれ見つめ返した。
彼はふぅと一つ、自分を落ち着けるための息を吐くと、背筋をすっと伸ばし、毅然とした口調で命令する。
「大和、加賀、愛宕、五十鈴、島風、響、準備を終えたらすぐに鎮守府港湾部へと展開し、速やかに敵を殲滅せよ。加賀はとにかく制空権を奪う事に専念してほしい。それ以外は求めない。いいな? 装備はとっておきを用意してある。一航戦の誇りとやらを私に見せて欲しい」
「はっ」
刺すような視線の佐々木の命令に、加賀もまた強い視線を彼に返す。
一見するといつもの能面染みた表情であるが、実際は彼女の中には様々な感情が渦巻いていた。
それはこの鎮守府に来て最初の重大な作戦に臨むという燃え上がる気持ちであったり、遠征に出ていたため、大本営海軍部の例の作戦に参加できず、自分だけが五体満足で残ってしまった不甲斐なさであったりと様々な相反する気持ちだ。
だがそれ以上に佐々木の一航戦の誇りという言葉に、彼女の士気は今、最上級な物へとシフトする。
「愛宕、君はいつも私を支えてくれたな。随分と助けられているよ。だが今日は、重巡洋艦の愛宕として私を支えて欲しい。敵に慈悲はいらない。君の中に隠れている獰猛さ、それを存分に発揮してくれ」
「はぁい、お任せ下さい提督。夜の戦い。わたし、得意なの」
口調そのものはいつもの愛宕と変わらぬ人を喰ったような物だ。
しかし今、彼女に浮かんでいる笑顔は酷く獰猛な物で、佐々木はそれを見て満足気に頷いた。
「さて五十鈴、君には戦況を判断し、それを艦隊に反映させるための索敵を中心に担当してもらう。こんな夜更けだ、君の働きがこの戦況を有利に持っていくための鍵になるだろう。特に海中の敵、それに注意してほしい」
佐々木は五十鈴に向き直ると、どことなく挑戦的な笑みを浮かべてそう言った。
お前にできるのか? そういう表情だ。
それを受け五十鈴は、さして憤慨する様子を見せることも無く、逆に淡々と言い返した。
「愚問ね。敵の好きにはさせないわ。任せなさい」
「任せる。そして島風、響。言わなくても役割は分かっているな?」
「ああ、せいぜい敵を掻きまわして混乱させて見せるよ。不死鳥の名は伊達じゃない。その言葉の意味、ここで証明して見せるさ」
佐々木は島風と響の前に立ち、言葉を続けたが、そこに具体的な命令は敢えてしなかった。
それは彼女達への信頼が感じられる物であり、それを受けた二人は、それが当然であると自信をにじませている。
「私と連装砲ちゃんがいれば誰も追いつけないよ! 響、ちゃんとついて来てよね」
「島風、君こそ調子に乗って明後日の方向に行かないように気を付けたほうがいいよ」
互いに方向性の違う駆逐艦。しかし佐々木はそこにいい意味での科学反応が生まれると信じていた。
一見すると罵りあっている様に見える今の二人だが、その表情をそうでは無いことが分かる。
それは互いを認めた上で行うじゃれ合いの様な物なのだった。
佐々木はそんな二人の態度を満足気に眺めると、最後に己の艦隊の旗艦に指名した大和の前に立った。
すっと伸びた背筋。凛とした表情。今の大和にはここへ転がり込んできた時の様な弱弱しさは一切感じられない。
頼もしく力強い。その上美しい。すべての艦娘たちの頂点に君臨する、麗しき女帝の姿がそこにあった。
「大和、君には特に言うべきことはない。だが……強いて言うならば、大和型戦艦大和。その真骨頂を見せてくれ。出来るな?」
佐々木の言葉には最大級の信頼があった。
それは深淵を乗り越えた強さを彼女の中に見たからだ。
確かに大和や五十鈴はここへ来て日が浅い。
もしも人と人とを繋ぐ絆が培ってきた時間の長さでのみその強さを増す物ならば、暁たちを筆頭とした古参には永遠に追いつかないだろう。
しかし大和は、あるいは五十鈴は、一度は艦娘である己を諦めた。
諦めは心を殺す。死んだ心は並大抵の事では生き返らない。
物理的な死――病気やあるいは事故、または天寿を全うしてなど、人の死に様は千差万別だ。
けれどもそれは、その先は何もないという意味でもあり、死ねば後悔など出来ないだろう。
しかし心が死んだ場合、それは生ける屍としてただ無意味な生を垂れ流すだけの傀儡でしかなくなってしまう。
それは果たして生きているのと呼べるのだろうか?
それが艦娘の場合は人間以上にデリケートな問題だろう。
彼女達に等しく宿る軍艦としての記憶や気質。
それは誇りであり生き様を方向付ける大切な柱だ。
それが折れた時、彼女達はどう生きていけばいいのだろうか。
生み出され、あるいは深海からサルベージされた艦娘。
形は人間であっても、人間として育った経験のない歪な存在。
そんな状態であった大和と五十鈴を蘇らせたのは佐々木であり、ここの艦娘であったり、この町の人々なのだ。
それは期間が短くとも、酷く濃厚な結びつきであり、時間によって作られる絆の強さに匹敵して余りある時間だったといえよう。
そして今、佐々木の言葉を受けた大和は、背筋をぴんと伸ばした美しい姿勢のまま、余裕の感じられる柔和な微笑みを浮かべ、一言だけ彼に対して言葉を発した。
「我が第一艦隊、その総員を持って提督に勝利をお持ちします」
その言葉はここにいるすべての者の心の琴線に触れた。
誰も皆、遣る瀬無いような、それでいて高揚するような不思議な感情で満たされた。
連合艦隊の旗艦、大和型戦艦の大和。
その本来の姿がここに復活したのだ。
外ではきっと地獄絵図が展開されているだろう。
少数でしかない佐々木の艦隊では多勢に無勢の不利な戦いになるだろう。
だが今、彼らの中には敗北するという気持ちは一片も存在しなかった。
充満する濃密な殺気。彼女達の士気は最高潮に達したのだ。
「第一艦隊、出撃せよ!!」
最後に佐々木が腹の奥から響くような号令を飛ばす。
そこには気弱な現代人の姿はもう無かった。
己の部下を信頼し、勝ちだけを見据えた戦う人間の姿がそこに居るだけだ。
『はっ!!』
そして彼の頼もしい艦娘たちは司令室から弾かれるように飛び出していくのだった。
だが部屋にはまだ数人が残っていた。
第一艦隊に組み込まれなかった木曾、暁に雷と電だった。
ついさっきまで充満していた重苦しい空気は、大和たちが出撃したことで何とも微妙な物へと変化している。
それは彼女達がそれぞれ浮かべている不満げな雰囲気のせいだろう。
なぜ私を戦わせてくれない。あるいは護らせてくれないのか? ――そんな思いが手に取るように分かる。そんな表情だ。
「まあ、言いたいことは分かるが、まずは話を聞いてくれ」
佐々木は柔らかく微笑むと、剣呑な表情の面々にそう言った。
首をかしげる一同。この有事の最中に何をのんびりとしているのか?
そんな疑問が浮かぶのが手に取るように見える。
「では指示を伝える。復唱はいらないぞ。まずは木曾と暁、君たちは居住区に展開し、上陸してきた敵から住民を守る任務を行ってもらう。それに伴い、怪我などを負った住人を発見した際は、個人の判断で救助するかどうかを決めてくれ――――
木曾と暁は彼の指示を静かに聞いていたが、救助をするかしないかの判断をという部分に差し掛かったところで、口には出さないが眉をすこし顰めた。
しかし佐々木はそれを指摘することもなく淡々と指示を述べ、最後にすこしだけ解説を加えた。
救助をする人間としない人間がいるという事に彼女達は引っかかった様だが、災害について知識があった佐々木からすればなんら疑問の浮かばぬ事柄でしかない。
医療用語で「トリアージ」という物があるが、それは主に大量の患者が同時発生するケースに使用される事が多い用語である。
具体的には患者の優先順位をつけ、その順番で治療を行うための合理的なシステムの事だ。
それは主に災害などで必要となるシステムなのだが、実際治療される側からすれば、後回しにされるなど許せぬ事だと不満を持つ人間もいるだろう。
しかし実際は、治療を行う人間の数には限りがある。まるで映画やテレビドラマの凄腕外科医など実際にはいないのだ。
だからこそ、軽傷の人間は後回しにし、緊急性の高い患者を優先する。それと同時に「もう手の施し様のない患者」についても後回しにする。
そうしないと回しきれないのだ。心情云々の話はこういった緊急性の高い現場では優先されない。
医者も神様ではないのだ。ただの技術職のひとつに過ぎない。
そうすることで効率的に命を救うことが出来き、結果やみくもに治療を行うよりも遥かに多くの人々の命を救うことが出来るという訳だ。
これと同様の事を佐々木は木曾たちに求めたに過ぎない。
そもそもこの鎮守府に所属する艦娘自体少ないのだから。
そこをかみ砕いて説明する事で、彼女達はどうにか納得をしたようだ。
救えるだけ救う。だが本質を間違えないでほしい。
佐々木の求めることはそこのみだった。
「よし、では行け。無線連絡は木曾に任せる。できるな? 木曾、暁」
「当たり前よ! 一人前のレディなんだから、たくさん救って見せるわ!」
暁は力強くそう言い、木曾は愚問であると言葉を発せず頷くのみだ。
そして佐々木が敬礼をすると、2人は答礼し、足早に部屋を飛び出していった。
彼はその後ろ姿に二、三度何かを確認する様に頷くと、最後に残った雷と電の姉妹へと振り返った。
「さあ雷、電。君たちには一番重要な作戦を任せようと思う。それは非常に困難が付き纏うだろうが、私には君たちこそが適任だと思っている。それは私の自惚れなのだろか?」
彼は芝居がかった台詞を回すが、小さな駆逐艦たちは勇ましくそれに応えて見せた。
「司令官、この雷にまっかせなさい! 雷、司令官のために出撃しちゃうからねっ」
「電の本気を見るのですっ!」
元より彼の中に彼女達の誰一人であってもその実力を疑ってなどいなかった。
佐々木は2人を手招きし、自ら腰を落として彼女達と同じ目線に自分の視線を合わせた。
その醸し出す不思議な雰囲気に歴戦の戦い人の魂を持つ2人が息を呑む。
彼は2人を抱き寄せるように両腕で抱えると、自分の顔に2人の顔を寄せた。
一瞬にして羞恥で頬を染める姉妹。まるで桜貝のような小さ耳に触れんばかりの佐々木の唇。
姉妹は不謹慎にも甘ったるい意味で心臓が跳ねた。
そうして呟かれる佐々木の言葉。
それは状況に反して非常に危険な言葉だった。
それでも彼はそれを命令した。
――――指示では無くだ。
◇◆◆◇
時刻は夜半を過ぎ、夜露が辺りを濡らしている、本来であれば静かな夜の風景が広がっている筈の鎮守府は、今は前線の姿へと変わっていた。
鎮守府を構成する様々な施設は、港湾部を中心に広大な敷地を持って居る。
その中心に司令部本棟があり、言うなればここが一番の心臓部であると言える。
しかし今ここを襲っている深海棲艦は、司令部など目もくれず、ただ人が密集している居住区をピンポイントに破壊活動を行っていた。
闇夜に近いはずの辺り一帯が、敵空母から飛び立った爆撃機によって赤いフラッシュが定期的に周囲を照らしている。
その明かりで浮き上がるのは、先兵を務める醜悪な姿の駆逐艦らしき無数の姿。
幸いまだ、表面上ではあるが死傷者は出ていない様であるが、いくつもの建物が半壊していたり火災が発生していたりする。
ここらを包囲陣形で取り囲んでいる深海棲艦たちの数は、50を超しているだろう。
その中でひときわ異様に目立つ容姿の深海棲艦が一人、薄笑いを浮かべて水面に佇んでいた。
その容姿は艦娘と変わらぬ少女の姿をしており、黒い裾野短いドレスと、艶のある黒髪が特徴的だ。
しかし彼女が人ではないと自己主張している部分がある。それは額の左右から上に伸びる角の様な形状の部分だ。
その姿は日本古来から伝わるアヤカシ――――鬼の様であった。
「……シズメシズメ……モウワタシハシズマナイ……ダカラシズメ…………」
その時彼女の能面の様な顔が少しだけ陰り、まるで呪詛の様な言葉が漏れた。
その漆黒の瞳の向こうには、赤々と燃える集落だったモノ。
そんな彼女を護衛する様に両側に立つヲ級と呼ばれる深海棲艦の空母は、彼女の言葉を受け、夜だというのに夥しい数の艦載機を空へ放った。
もっとも、艦娘の空母が使用している様な旧日本軍の戦闘機の様な姿では無く、むしろ近未来的な流線型と攻撃的な鋭角を持つ洗練されたフォルムをしている。
それに呼応するように、深海棲艦の巡洋艦も次々と沿岸部をめがけて突撃を始めた。
「――――ッ?!」
そんな時だった。鬼の少女の右横にいたヲ級空母が凄まじい勢いで後ろへと吹っ飛んだのは。
頭に載るように搭載されているまるで生き物の様なヲ級の艤装が、豆腐を床に落とした時のように弾け飛んでいた。
「……ダレダ……ハッ…………アナタハマサカ…………」
鬼の視線がその方向をさす。そこに居たのは――――
「もうこれ以上好きにはさせませんッ! 戦艦大和、夜戦を敢行しますッ!」
46cm三連装砲を最大に換装した佐々木の艦隊の旗艦、大和であった。
鬼の呟きをかき消すように、辺り一帯に凛々しい声が響く。
そしてその名乗りと共に、ヲ級から放たれた艦載機が一気に爆散した。
「提督、これで一航戦の誇りの一端、見せられたでしょうか? 鎧袖一触……私にとって貴方たちは所詮その程度の存在です」
闇夜の中から現れた正規空母、加賀の”空を制するため”に生み出された艦戦。苛烈な風と書く、零の後継として生み出された烈風。加賀もまた佐々木がこの日のために準備してきた最大級の装備を、これでもかという程に換装されていた。それが一気に一帯の空を制圧しただけの話であった。
そして次々と闇から飛び出す色とりどりの艦娘たち。
「皆さん、遠慮はいらないわ。全主砲薙ぎ払え! 鎮守府には足一歩でも踏み入れる事は許さないッ」
こうして鎮守府の存亡と、人々の生命を掛けた激しい戦闘の火蓋は切って落とされた。
火薬の匂いが周囲を覆い、鉄の塊が飛び交う。
そうここは紛れもなく戦場であった。
つづく
まともに推敲してません。あと10万以内で完結しますので、それまでは勢いのまま書ききりたいと思います。
※修正
10月15日 大本営表記を大本営海軍部に修正