私と鋼鉄の少女   作:朧月夜(二次)/漆間鰯太郎(一次)

19 / 19
百花繚乱 そのいち

「はあなるほど。それではボーキサイトを多めにするのがポイントであると。なるほど分かりました。ではそのようにやってみましょう。すみませんいつも頼ってしまうばかりで。ええ、はい、いえいえこちらこそ。では後日演習の際に改めてご挨拶を。はっ、では失礼します中佐殿。いえいえ、はい」

 

 司令室では先ほどから佐々木が何者かと電話をしている。電話の相手は本土の鎮守府の提督である。

 東郷の仲介で広がりつつある彼の横の繋がりの一つであるのだが、難航していた装備開発のヒントを貰おうとご機嫌伺いがてらに電話を掛けたのだ。

 

 しかし提督業も板についてきた彼がどっしりと構えながらであれば絵にもなろうが、残念ながら彼の本質はワーカーホリックな日本人だ。

 何故か椅子から腰を上げた姿勢で、しきりに電話の向こうの先方に向かってペコペコと礼を繰り返しながら愛想笑いなどを浮かべている。

 丁寧にアイロンをかけられた海軍将校の礼装を身に纏いつつその動作をしている彼は、お世辞にも褒められたものでは無いだろう。

 その知らない人間から見れば妙な格好に、横で書類を纏めていた彼の秘書である愛宕は顔を背けて笑っていた。

 

「もー提督! その電話の仕方はみっともないので止めてくださいって言ったじゃない」

 

 佐々木の電話が終わった途端、愛宕は思わずそう窘める。

 艦娘にとって提督とは何物にも代え難い存在だ。鎮守府は各所に点在し、同型同種の艦娘もまた無数に存在する。しかしその艦娘にとっての提督はただ一人である。

 その存在が、自分よりも階級の下の者相手に腰が低すぎるのは我慢ならないらしい。

 しかし佐々木は何ともきな臭い表情で頭を掻くのみだ。そもそも彼にとってみれば階級とは添え物程度にしか考えていないのだ。

 提督としての経験や技量は先人には叶わないと考えている。それ故相手の階級が自分よりも低かろうとも後輩としての礼を尽くさねばと思うのであった。

 

「あはは……いや、そのなんだ、治そうとは思ってはいるんだが、何というかこう、癖になってしまっているんだよコレは……」

「だめです! 提督も今やいっぱしの大佐なんですから、誰かに見られたら恥をかきますよ。ねえ北上、貴方もそう思うでしょう?」

 

 愛宕はずずいと佐々木に詰め寄ると、目を半分ほど細め言い募る。

 そして彼女の剣幕に彼は思わず視線を泳がせる。

 その愛宕に突如援護射撃を要請された北上は、応接のソファに寝転がりながらどこか面倒臭そうに顔を上げたのだが、良い退屈しのぎを見つけたとニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。

 

「え、あー……まあ、そうね。うん、直した方がいいかな~アタシはそう思うね。それよりもさ~愛宕っちって提督の女房って感じがするよね~」

「なっ……何言ってるのよ北上! その、ほら、大和を差し置いて私なんか……」

「おーっと満更でも無いみたいよ? てーとく。そこんとこどーなのさ、提督的には」

 

 愛宕恒例の佐々木弄り開始の鐘が打ち鳴らされた……筈であったが、素朴な容姿とは裏腹に妙な老獪さのある北上は、どうやら矛先を愛宕に決めた様だ。

 北上は重雷装巡洋艦と言う軽巡洋艦から特殊な派生をする艦種なのだが、このほどこの鎮守府に着任したばかりだ。

 しかし他の鎮守府から見れば出撃回数も多くは無いここが退屈らしく、暇つぶしと称しては佐々木が集めている書籍などを読み漁るために司令室に入り浸っている。

 本日は第一艦隊の出撃は無いため、ここにいたのだろう。

 

「うーん、まあそうだな。こんな綺麗な女性(ひと)が私の女房なら皆に自慢出来るだろうなぁ」

 佐々木の答えに北上は含みのある笑みを深める。

「ほほーう、提督はこう言ってますがねえ愛宕っち。どーなのさー。この際ぱんぱかぱーんって言えばいいかな? ね? ね?」

 北上は先ほどまでの気怠さが嘘のように機敏に置き上がると、愛宕に詰め寄りその顔を覗き込んだ。

「えっ、いや、ちょちょっと北上何言ってるのよ! ててて提督の女房ってややや大和を差し置いてそんな……こっこっ困るわ!」

 

 佐々木の言葉は北上の言葉を真に受けた答えでしかない。

 愛宕と言う女性を見て妻だとしたらどう思うか? それに素直に答えたのだ。

 所が愛宕は人を弄繰り回すのは得意でも、存外逆襲には弱かったらしい。

 ニヤニヤしながら追いつめる北上の言葉に盛大に赤面しつつ目を白黒としている。

 

「いやー相変わらず愛宕っちは面白いねえ。大淀も居たらもっと遊べたけど、ねえ愛宕っち? 提督を見てみなよ」

「へっ?」

 

 北上が指を指すその先には、先ほどまでの会話など無かったかのように書類に没頭する佐々木の姿。

 小休止は済んだとそそくさと仕事に勤しむワーカーホリックの鑑である。

 愛宕はがくりと首をうなだれると机に力なく腰を落とし、冷え切った茶を飲んだ。そして苦み走った表情を浮かべるとぽつりと呟く。

 

「……そうよね、こういう人よね……いちいち反応するとこうなるのは分かってたのよ。大和もいつもボヤいていたもの……」

「まぁ……そうね、提督ってば曙じゃないけどクソのついた真面目人間だもんねー。じゃ愛宕っち頑張って! アタシは魚雷の整備と末の妹を弄りに行くわー」

「え、ちょっと北上貴方、引っ掻き回すだけ引っ掻き回してそれはってもういないし……はぁ……いやんなっちゃうわホント……」

 

 がっくりと肩を落とした愛宕は、それはそれは深い溜息をつくと、その原因たる男を見る。

 憎たらしい程に涼しい顔で書類と睨めっこをしていた。

 そんな姿をしばらく眺めていた愛宕は、その女性らしく丸みを帯びた肩をぷるぷると震わせると、おもむろに側にあった消しゴムを佐々木に向かって投げつけた。

 

「……痛い」

「…………知りません」

「あー……えー……なんかすいません」

「ふん……」

 

 どう見ても理不尽な八つ当たりを受けた佐々木であったが、当然のように愛宕の不機嫌の理由など思い至らない。

 ここで何かを言って余計にこじらせるのも嫌だと、彼はここに来ても日本人のダメな曖昧さを発揮する事にした様だ。

 それはとりあえず謝ってお茶を濁すと言う物だ。

 そんなこんなで今日も鎮守府は動きだしたのであった。

 

 

 ◇◆◆◇

 

 

 佐々木の執務室ではもうすぐ正午になろうかと言う時分を迎えていたが、佐々木と愛宕。そして先ほどまでは本土への無線連絡の為に席を外していた大淀が揃って机にかじりついている。

 

 この南西諸島領域にはいくつもの鎮守府が存在しているが、本土との連絡の際は電話では無く軍用無線を用いられる。

 それは電話の一般回線では傍受の危険性があるからだ。しかし軍用無線ではその国独自の暗号通信を組み込んであるため、たとえ傍受されたとしても、その暗号を解読するためのキーが無ければ理解は出来ないため、安全性を確保できる。

 防諜に気を使う理由は、対深海棲艦戦の為と言うよりは自国以外の国への対策である。実際艦娘の分野において、帝国は他国の追随を許さないほどにリードしている。それを手をこまねいて眺めている様なお人よしな国など無いだろう。暗号はその為の備えである。

 

「さてっと……そろそろ書類整理も一段落したな。そうだろう? 大淀」

 

 そんないつもと変わらぬ執務室の様子であるが、佐々木がふと顔を上げると、壁に掛けられている時計を一瞥し、そして何かの事務作業に没頭している大淀に声をかけた。

 

「そうですね、提督。とりあえず今週の作戦行動の計画書は済みましたし、資源確保の為の艦隊編成も終わりましたし……後はそうですね、近隣から陳情が上がっている近海エリアの哨戒について他鎮守府との折衝を行うくらいですか」

「そうだろうそうだろう。なら君たちは食事がてら暫く休憩をするといい。私は工廠にて装備開発を行った後、予定通り二日間の休養を取る」

 

 大淀は生真面目そうな表情で彼にそう返す。佐々木は彼女の卒のない言葉に満足そうに頷く。

 

「はぁ、そうですね。提督は働きすぎですからゆっくりとご静養下さいね。それより提督、どうしてそんなに大声なんですか?」

 

 妙に声の大きな佐々木に彼女は不審な表情をするが、佐々木は澄ました顔のまま、没とした書類を裏返すとサラサラと何事かを書き込み、それを大淀の前に滑らせた。

 

「(大淀、君がいない間に愛宕の機嫌が悪くなったんだ……)」

「(……提督、また何かやったんですか)」

「(私は何もやってない! 北上が何か言ってたから答えたんだが、その後仕事をしてたら機嫌が悪くなってた……)」

「(……北上がですか。よく分かりませんが、何もやらない事が原因では無いですかね?)」

「(どういう意味だ? )」

「(…………少しは考えてくださいね。提督、私たちは艦娘ですが一人の女性でもあるんですよ?)」

 

 佐々木はどうやら大淀に筆談での会話を求めた様だ。

 とは言えその内容は大淀を呆れさせるには充分な物だったようで、彼女の眉間には若干の皺が寄るがそれでも律儀に応じている。

 

「……んんっ! 提督ぅ? オシゴトは終わったんですか? 大淀、貴方も遊んでいる暇などあるのかしらね」

 

 わざとらしい咳払いと共に二人をじろりと睨んだ愛宕は、嫌味を相当ににじませた。

 びくりと肩を震わせる二人だったが、愛宕の剣幕に動揺したのか、そのまま筆談で会話を続けた。

 

「(提督、私まで怒られたじゃないですか!)」

「(私は提督。君は艦娘。そう言う事だよ)」

「(酷いです! 横暴です! 職権濫用です!)」

「……いい加減、仕事をしましょうね? 二人とも。ああ提督は休暇でしたっけ。それは気も緩みますわねぇ……」

「「すいません……」」

 

 そんな二人に愛宕の低い声色が飛ぶ。これには佐々木も大淀も反射的に頭を下げた。

 それほどに今の愛宕には逆らってはいけないという雰囲気がある。

 大淀は着任してからそれほど長くはないが、佐々木はそうではない。

 艦隊指揮や海戦について右も左も分からなかった佐々木をここまで育て上げたのは愛宕だ。

 他の艦娘も折に触れ彼を支えて来たが、それ以上に彼との時間を共有しているのは愛宕であり、その結果、階級上の優劣を越えた何かが出来上がっている。

 佐々木自身も秘書である愛宕には足を向けては眠れぬと感謝をしているが、それ以上に彼女には逆らってはいけないと言う思いも強い。

 

 愛宕と言う艦娘はある種昼行燈を演じていると言える。

 普段の天真爛漫な姿も彼女の本質の一端ではあるが、艦娘たちに例外なく存在するかつて軍艦であった時の記憶。それに影響されている本当の意味での彼女の本質は数々の修羅場を潜り抜けた猛者だ。

 

 ある時佐々木は戯れにそのことを彼女に尋ねたことがある。

 それは彼自身も今の自分の前の記憶がある事がきっかけであった。

 仏教の概念である輪廻転生の本質は、命と言う物は何度も巡るという処にある。

 それなれば誰しも前の生涯と言う物を持って居ても不思議では無い。

 そんな中、自分には何故かその記憶が鮮明にあるというのが佐々木の考えだ。

 むしろそう考えねば現状を理解できなかったという現実問題があるにせよだ。

 だからこそ艦娘と言う以前の常識では考えられない存在と接するにいたり、彼はそこを聞きたかったのだろう。

 もちろん彼女達の持つ記憶の舞台が、己のいた国の過去だからと言う部分があったにしても。

 

 その問いに対し愛宕は物憂げな表情で答えた。

 執務が終わった深夜、二人でその日の疲れを癒すために酒を入れていた事が彼女を饒舌にしたのだろう。

 

「私の過去の記憶は私自身の物であると言う実感はあるのよ。けれども同時に、沢山の人々の想いの重なった物でもあると言う実感もあるわ。それはそうよね。私はただの兵器に過ぎなかったのだから。鋼鉄の身体に油の血液が循環するだけの機械――――

 

 一度話し始めたらとめどもなく彼女の言葉は続く。

 佐々木は普段の様子とは違う凛とした様子の愛宕の言葉を一言でも聞き逃さぬように押し黙った。

 これは先人の言葉だ。自分たちの今を創った偉大な先人たちの。

 そういう身の引き締まる様な気分になったのだ。

 

 愛宕が言うには彼女たちの乗組員たちの様々な想いや記憶、それらが積み重なって艦娘愛宕の心や思想が出来上がっているのだと言うのだ。それは大和や他の艦娘も同様で、だからこそ曙はああいった状況に陥ったのだろう。

 その為軍事訓練なども受けたことが無い彼女が、高度な海戦知識を持って居たりするのは、彼女の乗組員の経験がそのまま生きているのだ。

 

「――――だからこそ、私たちは港に、提督の元に帰りたいと強く願うのよ」

 

 そんな言葉で愛宕は結んだ。

 その言葉に含む意味に佐々木はとある想いを強く感じた。

 そして愛宕はまた天真爛漫な仮面を被ると、少し肩を貸してくださーいとおどけて佐々木にしなだれかかったのだ。

 彼は「いいよ」とだけ答え、彼女が満足するまでの間、その絹の様な金色の髪を黙って撫でているのであった。

 

 そんな彼女の本質を垣間見た佐々木が、その後彼女に鍛えられたわけであるが、その様は中々に堂の入った物で、明け透けに言ってしまえばかなり怖かったのだ。

 その姿はまるで新兵を鍛え上げる歴戦の教官の様に。

 ゆえに佐々木には愛宕に対して逆らえないのだと言う反射的な何かが擦り込まれているのだった。

 

 そんな佐々木が愛宕をどうやって宥めよう(或いは逃げ出すタイミングを計ろう)かと考え始めたその時、控えめなノックの音が司令室に響いた。

 彼は救いの神が来たりと表情を緩めたが、愛宕に睨まれ慌てて目を逸らす。

 

「司令官、ごきげんようです」

「やあ暁。いらっしゃい」

 

 部屋の中の空気が何とも微妙な物が漂う中、ドア静かに開き澄まし顔の暁が入ってきた。

 本来の礼儀で言えば、入室を許可されてから入るのが正しいのだが、佐々木もそこまで煩くは言わない。いやむしろこの状況では大歓迎だっただろう。

 

 一人前のレディと言う物に拘りを持つ暁は、ほっと胸を撫で下ろす佐々木と大淀を尻目に、愛宕に向かって控えめにスカートのすそを持ちあげると淑女の礼をしてみせる。この鎮守府の中でも特に女性らしさを感じる愛宕に彼女は憧れているのだ。

 

「うふふ、暁ちゃん、今日も可愛いわね」

 

 そんな暁を微笑ましく愛宕は眺める。不思議な拘りがあるにしても、懐いてくれるのは素直に嬉しいようだ。

 

「えー! 暁は可愛いよりも綺麗って言われたいわ。だってその方がレディらしいじゃない」

「暁ちゃんはとっくに立派なレディよぉ。そう言えば暁ちゃん、今日はどうしたのかしら? 今日は演習も休みだったでしょう?」

「私が呼んだのさ。対潜水艦用装備の開発に一つ彼女達第六駆逐隊の手を借りようとね」

「……ああそうでしたか。ではいってらっしゃいませ、てーとく?」

「……あ、いや、愛宕さん?」

 

 愛宕は暁を撫でまわしながら微笑む。先ほどまでの剣幕はどこへやら。

 暁も大人しく撫でられている。佐々木が撫でると子供扱いの様で嫌だと逃げ回る彼女であるが、心酔する愛宕の手でならば満更でもないらしい。

 そんな暁に今日の用向きを尋ねた愛宕だが、彼女が返事をする前に佐々木が割り込んできた。

 だがぎろりと彼を睨み嫌味を返す愛宕にたじたじとなってしまう。

 

 元々は部下の扱いと女性の扱いの境界を見極められない彼のせいとも言えるのだが、何とも言えない雰囲気を感じた暁は頭の上にいくつもの疑問符を浮かべた。

 大淀と言えば自分から矛先が去ったとばかりに、佐々木と愛宕のやり取りに物見遊山を決め込む。

 佐々木は普段温厚である愛宕をここまで不機嫌にさせた理由を必死に考えるも、そもそもの原因の部分が無意識であるからそこに思い至る事も無し。

 いよいよこの雰囲気に追い込まれた佐々木は、様々な混乱の果てに一つの決断をした。

 そしてそれを世間では錯乱と呼ぶ。

 

「愛宕! 私が悪かった! 何でもするから許してくれ!!」

「ひゃっ、て、てててて提督ぅ?!」

「提督、大胆です!」

「はわわわっ! これが立派なレディ……」

 

 意を決した表情の佐々木は、おもむろに立ち上がると、思いっきり愛宕を抱きしめたのだ。

 所謂ハグ。或いは熱き抱擁。愛宕の女性らしく豊満な肉体に喰い込めとばかりに佐々木の右腕は強く彼女のウエストに回っており、左腕は愛宕の頭を掻き抱いている。

 予想の斜め上どころか大気圏突破したとも言える彼の行動に、愛宕の頭は一瞬で沸騰。目を白黒させて呂律が飛んだ。

 大淀はニヤニヤと眺め、暁は末の妹の様な口調で取り乱しつつ赤面し手で顔を覆う。もっとも掌は隙間だらけ、その間からしっかりと爛々と輝く瞳が見えているのであるが。

 

 その後盛大に取り乱す愛宕が羞恥から逃れようと佐々木を許し、そこに彼をお茶を誘うためにやってきた大和が愛宕だけずるいと大騒ぎをしたのだがそれはまた別の話。

 騒ぎが別の形で盛り上がる中、渦中の佐々木はそそくさと大淀へ自身の休暇中についての引き継ぎをすると、暁を伴い無事に司令室を脱出する事に成功するのであった。

 

 

 ◇◆◆◇

 

 

「ふう、えらい目にあったな……」

「まったく、司令官はいっつも怒られているのね。愛宕さんみたいなレディを傷つけたらダメなんだから!」

「そうだなぁ、暁の言う通りだよ。私はどうにも間の悪い事をしてしまう様でね。埋め合わせはちゃんとしなきゃなぁ」

 

 司令室のある本棟を出た佐々木と暁は、港湾部を横切り工廠へとやってきた。

 煉瓦造りの工廠の扉を開け、妖精が集う作業場所へとやってきた所で佐々木は思わずボヤいてしまった。

 そんな彼の事情をいまいち理解していない暁だが、仕様が無いわねと呆れ顔だ。

 

 さて佐々木たちがここへやってきたのは、鎮守府近海では鳴りを潜めていた深海棲艦が、少しずつではあるが出没する事が報告されたのに起因する。

 かつてこの鎮守府を多数の深海棲艦が襲撃し、それを何とか撃退した佐々木たちであったが、その際戦艦レ級を筆頭に相当数を駆逐する事に成功した。

 残念ながら姫級と思われる首魁は騒ぎの最中に姿を消し、結果的に倒すことは叶わなかったのであるが、その後周囲の海は穏やかな日常を取り戻したのだった。

 

 しかしこの鎮守府のある立地は、大小様々な島によって構成された場所に位置し、大陸との間を縫うように主要なシーレーンがある。

 その海域に近い場所の島々の奥ばった所では、時折敵の存在が確認されたのだ。

 それらは積極的に行動を起こす事は無く、ただ様子を窺うのみの哨戒行動しかせず、かつ構成される艦隊はすべて潜水艦に限られるのだ。

 

 潜水艦はその活動場所は海中に限られる関係上、ダメージを与える方法は限られてしまう。

 しかし魚雷を発射する際には海面近くまで浮上する必要性があるため、航空母艦による爆撃や、爆雷を搭載出来る軽巡洋艦や駆逐艦でなら倒すことが出来るのだ。

 だが航空機爆撃での効果は薄く、実際は駆逐艦による爆雷投射を行う方が有効的である。

 その為には高感度のソナーによる海中の探査が必須である。

 

 爆雷は魚雷とは違い、海中に投下されると自重により沈下していき、敵に触れることで信管を作動させるか、または水圧により刺激を受けることで爆発する。

 ただ闇雲に落とすだけでは敵には当たらないのだ。だからこそソナーによる探査である程度の場所を特定し、その進行方向を予測した上で投下する必要がある訳だ。

 

 佐々木の鎮守府は彼自身が正規軍に組み込まれた事により、その責任が増している。

 その為今回の様な報告が上がった場合、その真偽を調査するための作戦行動は率先して行う必要があるのだ。

 しかしこの鎮守府が保有する装備の中には対潜装備は爆雷のみが一通り揃っているだけで、高性能なソナーなどは無い。

 

 そこで佐々木は本土の鎮守府の提督へと繋ぎをつけ、ソナー開発のヒントを貰った。

 その提督は東郷のシンパでもあり、佐々木は士官教育を受ける際に本土へと渡ったタイミングで東郷により紹介されている。

 その甲斐あって高性能ソナーや爆雷の開発方法について助言を貰うに至った。

 もっとも大和型を保有する現在の佐々木の艦隊との演習を約束すると言う見返りは必要ではあったのだが。

 

 助言の内容はシンプルであった。

 必要な資源は微量で済む物の、配分は相当にデリケートな事。

 そしてその配分はすんなりと聞きだせた。

 次に開発を行うのは駆逐艦でとの事。

 

 装備開発は箱状の装置の中で行われる。

 配分を決めた資源を妖精に預け、彼らはその装置へと融合する。

 その際担当の艦娘が装置と精神的なつながりを持つ事で結果をある程度限定できるのだ。

 精神を繋ぐとは、妖精が不可思議な手順を踏むと、その艦娘がトランス状態となり、表面上見えはしないが、精神では繋がるのだ。

 

 これは艦娘が佐々木のいた国の過去の戦争で使われた軍艦たちの魂を基としているのと関係があり、要はその艦に所縁のある装備が開発されやすくなると言う訳だ。

 この事情はその国の出身である佐々木には理解し易かっただろうが、この世界の人間には全く理解できない事柄であろう。

 ただこの艦種からはこの装備が開発されると言う、積み重なった結果からの傾向で判断しているのみだ。

 

 さて佐々木と暁が工廠へやってきたのだが、そこには既に先客がいた。

 かつて第六駆逐隊と呼ばれていた暁の姉妹たちだ。

 

「司令官、遅いわ! ずーっと待ってたんだからね!」

「ごめんな雷。電も響も待たせて悪かったな」

「別にいいさ。こうして来てくれたのだから」

「大丈夫なのです司令官さん」

 

 彼女達はわらわらと佐々木の元へとやって来る。

 雷などは言葉では憤慨して見せる物の、顔は笑っている。

 響は言葉少ないのはいつもと変わらないが、そそくさと佐々木の横へと走りよると手を握った。

 この四人の中では控え目であり何事にも遠慮がちな電は、一歩下がった場所にいる物の顔は嬉しそうだ。

 

 装備開発だけならば暁一人がいれば済むのだが、四人いるのには訳がある。

 それは現在の情勢が落ち着きを保っている為、同時には難しい物の艦娘たちを含む鎮守府所属の者に休暇を取らせようと言う事になったからだ。

 

 戦う事が宿命付けられた艦娘とは言え、極度の緊張状態を強いられる前線では、どうしても精神が疲弊しがちだ。

 しかし敵は待ってはくれない。その為、基本的に艦娘たちの休息は任務と任務の間に限られる。

 だが鎮守府の性格上、近隣への哨戒活動は密にせねばならないし、運営維持をしていくために資源の確保は絶対条件となる。だからこそ保有艦隊の主力以外は民間船の護衛などをしつつ資源を確保するための遠征に出る。

 

 そうなれば纏まって休むなど現実的に難しい。

 もちろん提督ともなれば、ただ彼女達を監督していればいいと言う訳にもならず、その後の作戦立案なども含め、彼女達以上に業務に拘束されてしまう。

 しかし現在は泊地のある場所から本土のある大陸間のシーレーンの確保は恒常的となり、鎮守府近海もまた落ち着いている。

 

 だからこそ佐々木は、現代の社会人的発想で、己の鎮守府のみならず、彼の担当となっている近隣泊地全てを連動させる事で、定期的な休日を実現するに至った。

 具体的にはこの南西諸島と呼ばれるエリアに属する鎮守府が、持ち回りで所定の海を哨戒するのだ。

 それは自分の鎮守府だけでは無く、南西諸島全域に及び、その結果、必ずどこかの鎮守府が手すきになるようにローテーション制を確立させたのである。

 これはそれまで激戦区であった南西諸島が現在落ち着きを取り戻している事が考慮され、大本営海軍部によって認可も受けている。

 このシステムが軌道に乗れば、いずれ北方海域などの過酷なエリアでも採用することが検討されるとの事だ。

 

 そして今回、佐々木の鎮守府がある泊地が休暇を取る事が出来る月番となった。

 そこで佐々木は兼ねてから計画していた事柄を漸くではあるが実行する事にしたのだ。

 それは暁とその姉妹の四人で、佐々木が今でこそ大きな街となったがかつては小さな村だったこの場所に迷い込んだ際に暮らしていた家に宿泊する事である。

 

 きっかけは響との会話の中で、佐々木が自分たちに接する時間が少ないと言う不満を述べた事だった。

 それを聞いた佐々木は、自分が提督として未熟だった為に愛宕や大和につきっきりで海戦のイロハについて必死で学んでいたにしても、あまりに配慮が無かったと反省した結果、初めて出会った艦娘である暁、そして次にやってきた響と共に、短いながらも暮らしていたあの家で泊り語らおうと約束していたのだ。

 

 その事を彼女達に話した際、それはそれは喜んだ。暁と響きはもちろん、それ以上に雷と電もだ。

 雷と電がここへ来た頃にはもう、鎮守府としての施設がある程度造られていた時期でもあり、彼女達はあの家にはほとんど寝泊りをしたことが無かったのだ。

 しかし暁たちはあの家での時間を幸せそうに語る事があり、それを雷たちは羨ましく思っていたようだ。

 それが今回の休暇で叶う事となり、佐々木がそれを伝えた数日前から彼女達は目に見えてキラキラと輝いていたのである。

 

 因みに今回の休暇は約二週間あり、その間の鎮守府運営は最低限行われているが、毎日必ず誰かしらが休暇になるようになっている。

 その最初の二日間を佐々木と暁型が取る事となったのだが、それ以外の娘のローテーションを組むのに佐々木は難儀した。

 

 艦娘の性質上、休暇だとはいえ外出にはどうしても制限が付き纏う。

 少なくとも近隣の街への外出は認められる物の、宿泊を伴う遠出は出来ない。

 そして外出できるエリアの条件は、陸軍の憲兵隊の管轄内に限られるのだ。

 それは秘密保持と対深海棲艦以外で艤装を装備出来ない艦娘の護衛の必要があるからだ。

 

 しかし難儀した理由はそう言った制度上の話では無く、単に皆が何かしら佐々木との休暇を望んだせいである。

 せっかくの休暇だ。普段ゆっくりと話す時間も取れない佐々木とのんびりしたいとそれぞれが考えたのは仕方が無いだろう。

 それほどにここの艦娘と佐々木の結び付きは強いと言う事なのだろうが、残念ながら佐々木の身体は一つしかない。

 そこで佐々木は大淀と徹夜し、何とか過不足なく彼が艦娘と接する事が出来る様に調整をしたのであった。

 

 佐々木は想いの質は違えども、こうして慕ってくれる事は素直に嬉しいと感じた。

 しかしその反面、女社会の中で生きていくことの大変さを改めて感じる事となったのだった。

 これが普通の会社であればたとえ女性比率が高かろうと、あくまで業務中に限って気を使えば済む話だ。

 しかし艦娘の場合は成り立ちからして違うのだ。要は父親であり恋人でありを本気で求めてくる。

 そもそも建造されて産まれる彼女達に、人間が成長の過程で得る経験と言う物が無いのだ。

 そうなればある種の刷り込みに近い現象が起きる。唯一の支配者とも言える提督を唯一の絆と思うのである。

 

 その中で佐々木は、その体質そのものに不満を感じることはある。

 けれどもそれを声高に言える情勢でも無い事も理解をしている。

 本来であれば女性としての青春を謳歌して然るべき年代であるのに、やはりそこは兵器であると言う前提がそれを阻害してしまうのだ。

 だからこそ佐々木はこの戦争をどうにか終わらせたいと願い、その為には努力を積み重ねる事以外は無いのだろうと割り切っている。

 

 とは言え、例えば演習の中で活躍した島風を褒めたとする。

 やあ、見事な活躍だったね。流石は島風だ。あの砲撃の雨を縫って見事戦艦を仕留めたな。そんなの当たり前だよ、だって島風は速いもん。などと微笑ましい提督と艦娘の語らい。そのついでとばかりに佐々木は島風を撫でたりもする。

 するとどうか。周囲で何やら竹でも割ったかの様な音がするではないか。

 佐々木は変だなと首を傾げる。そして辺りを見渡す。

 そこにはいつの間にか距離を詰めていた加賀がおり、例の無表情で佐々木を見ている。

 

「私も制空権を取りました」

 

 ぽつりと彼女は言う。ただしそこには何か有無を言わさぬ雰囲気があるではないか。

 くっきりとした瞳には、何かを佐々木に要求している様な色がある。

 十秒、或いは一分、とにかく佐々木は酷くそれが長い時間に感じてしまう。

 蛇ににらまれた蛙の如く、固まってしまう佐々木。だがしかしそこへ木曾が割って入ってきた。

 

「まあそこまでにしときなよ加賀さん。こいつも困っているじゃないか」

 

 流石は木曾だ。困った時に助けてくれるのはやはり君だなと佐々木は安堵する。

 建造当初はボーイッシュながらもどこかあどけなさを感じさせていた木曾は、今は幾度かの改造を経て重雷装巡洋艦となり、かなり尖った印象へと変わっている。

 そんな彼女が少しばかりニヒルな笑みを浮かべつつ、加賀の肩へ腕を回すと窘める様に言ったのだ。

 しかし木曾が繋げた二の句で佐々木は再度固まってしまう。

 

「まあ今回は俺も空母に連撃をお見舞いしてやったしなぁ。だから提督、俺を褒めてくれてもいいんだぜ? 何というかスキンシップも大事だしな!」

「……頭に来ました」

 

 こう言った事が日常の中で終始勃発するのだ。

 彼方立てれば此方が立たぬとはよく言ったもので、佐々木にしても艦娘たちにしても、個人個人に対して何か良くない思いがある訳でも無いのだ。

 ただしそこには感情があり、それぞれが抱える想いの質は別だとしても、共通するのは自分を一番に考えて欲しいと言う所か。

 

「……司令官さん、どうかしましたか?」

「ああ電、少しぼーっとしていたみたいだ」

 

 今回の休暇を喜び、こうして纏わりついてくる暁型たちを眺めていた佐々木であったが、思わずここに至るまでの苦労がフィードバックしたようで上の空になっていたらしい。

 そして佐々木はニ、三度頭を振ると、気を取り直して笑うのだった。

 

「さあ、面倒な開発をとっとと済ませて休暇と洒落込もうじゃないか。今日はみんなであのライスカレーを作ろう!」

 

 おー! と暁型の声がユニゾンする中、まあ大変ではあるけれど、だからと言って悪くは無いんだよなこの生活も――――と内心で呟く佐々木なのであった。




とりあえず投稿しましたが、近日修正予定です。
削れるとこもあれば足さねばいけない箇所が多すぎて^^;

◇◆◆◇

近況報告

イベントクリア! 攻略中に掘りも終了! > よーし祝杯だ! 夜の街に繰り出そうぜ! > その時に食べた生ガキに当たり入院←いまここ

詳細に書けないほど酷い状況で、現在は病室のWiFiでノートPC使って投稿しました。
とは言え脱水症状が酷いだけでどこか痛い訳でも無いので、点滴しながらぼーっとしてるだけなので暇なんですよね。

ただ集中力が続かないのでロクな推敲できてません。あ、それはいつも一緒か( ;∀;)
そんな感じです。皆さまも冬場の生ものは気を付けてくださいまし。


因みにうちの鎮守府にも漸く大和が着任しました!
レシピは信頼と実績の4662/20です。

イベはさっさと終えたので、現在はローちゃん(現在89)と香取先生(現在79)のレベリング中です。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。