私と鋼鉄の少女   作:朧月夜(二次)/漆間鰯太郎(一次)

3 / 19
第三話です。


私と白い軍服と

 佐々木が住み着き今はもう住人として馴染んだ頃、村は当初とは別の姿へと変貌していた。

 それは彼が鎮守府の司令官として着任したことをきっかけとしてだ。

 各地に点在する鎮守府を統括している中央の大本営海軍部は、その地に鎮守府を設定すると同時に契約を結ぶことで互いに利害関係が成り立っている。

 

 つまり実際に被害にあう地方側は、司令官を中心に防衛を行い、中央は活躍に見合った資材や物資を提供する。

 中央側のメリットとしてまず、大いに面子が保たれる。それは国土が脅威に侵されているということは、他国から見れば国力が低いとみられるのだ。しかし実際問題、資源には限りがあるし、人員不足も深刻である。国の中枢の防衛は絶対条件であるし、結果、地方は見捨てざるを得ないのだ。

 しかし特殊な人材である各地に出現する司令官たちに、国は防衛のための大義名分と最低限の維持費を与えるだけで、強大な戦力を手にすることが出来るわけだ。

 

 正規軍を動かすとなれば、そのコストは計り知れない。

 相当数の人間が動くし、そのためには大量の資材を投入しなければならい。

 それは国にとって非常にまずいことである。

 しかし被害地域付近になんらかの条件で自然発生する司令官たちは、当該地域に最初からいるというメリットがあるため、国はそのあと押しをしてやるだけでコストは最小限で済む。

 当然、当該地域もまた、ただ蹂躙されるだけだったものが、司令官率いる艦娘たちに守られる訳だから、そのメリットもまた計り知れない。

 

 加えて二次発生的なメリットもある。

 それは経済効果だ。

 中央から物資の輸送などで、様々な人間や艦娘たちがその地域に出入りする様になる。

 そして人間の出入りも多くなれば、そのこに物流が生まれ、その周囲にいる人間のために市が立ったりもする。

 その結果は当該地域の発展という結果が付いてくるのだ。

 もちろんその規模に大小にはあるにしても。

 

 佐々木の住む村は、当初の人口は30人ほどしかいなかったが、今は200人超まで増えている。

 それはこの村からそれほど離れていない沿岸地域の漁村などから、深海からの脅威に備え逃げてきた人たちが入植したからだ。

 駆逐艦響がこの地に逃れてきた際、そう遠くない時期に深海からの脅威がここらの地域を襲う。

 その情報がもたらした影響という訳だ。

 そして実際に鎮守府が設営されたことでその信憑性が増した。

 

 村長は急激な人口増に対して不安点はあるにせよ、今後の事を考えると労働力は必要であると柔軟に対応した。

 もちろん様々な人間が入り乱れることで治安が悪化したり、元々の住人との小競り合いなども発生する。それについて村長は、中央に常駐できる憲兵の派遣を要請することで対処した。

 現在は憲兵の駐在所も建設され、それは目に見える効果を発揮している。

 

 しかし悪いことだけではない。

 元々村民の高年齢化に頭を悩ませていた村長であるが、こうして沢山の人間の流入で、いずれ婚姻関係に発展しそうなカップルが生まれたり、家族単位で移住してきたものも多数いるので若者や子供も増えたのだ。

 

 そのため、規模は寺子屋の域を出ないが学校ができ、隣町から逃げてきた医者によって診療所もできた。雑貨屋を営んでた者は商店を出店し、少ないが食事処なども増えている。

 皮肉なものだが戦争は金になるのだという事だろう。

 

 さて、では村の方に目を向けてみよう。

 

 なだらかに湾曲した入江の中心にあるこの村であるが、元々漁業を主な産業としていたせいで、村の中心にそれほど大きくはない船が4艘ほど停泊できる規模の港があった。

 それが今は大幅に拡張され、軍艦が問題なく停泊できる規模となっている。

 これはあれから随分と集まってきた妖精たちが主導で行われた。実際にその作業を目の当たりにした佐々木たちであったが、村人たちはそういうものだという心持で見ていたが、佐々木だけはまるで大掛かりな手品でも見ているように呆けていた。

 

 そしてそのドック部分を見るようにして鎮守府の中心である司令部の建物があり、その両脇にいくつかの倉庫群と工廠がある。

 これらの施設は100人ほどの艦娘たちが生活出来るように設計されているらしく、いきなりこんな巨大な建物の主となってしまった佐々木は思わず呆気にとられていた。

 暁たちの言であるが、どんな新米司令官でもまずはこの規模から始まるという常識なのである。

 

 生まれ変った港はもはや一地方の村規模の施設のレベルを超えており、その港を囲うように左手の方から沖に向かって細長い堤防すらもすでに作られている。

 

 つまるところ、村の領域のおおよそ右半分は鎮守府のエリアとして占有した格好となる。

 そしてその反対側の左半分のエリアは、居住区と新しく増えた商業区が混在したようになっていた。

 もはや村という段階では無いのだろうが、急な発展に中の人間の認識が追いついていないという状況であろう。

 

 こうして新しく産声をあげた佐々木の属する村の、新しい物語は確実に進んでいた。

 いまだ困惑を隠せない佐々木と共に。

 

 

 ◇◆◆◇

 

 

 私は己の分に全く見合っていない椅子に座り居心地が悪いと本日10数回目の溜息をついていた。

 それは私が司令官に着任したことにより建設された、鎮守府の司令室にいるからだ。

 

 私のために用意された(とはいえ、作ったのは妖精たちであるが)机は、重厚な造りの大振りなもので、きっとオーク材やマホガニー材などで拵えたものと思う。

 座っている椅子もまた、しっとりとした黒い革で出来た大きなものだ。

 身長の高い私なのに、まるで計ったかのようにすっぽりと心地よく納まる。

 

 赤く豪奢なカーペットラグ、その前には一枚板のローテーブルを挟むように、やはり黒革の応接ソファが設置されている。

 私の背には大きな出窓があり室内を明るく照らし、右側の壁際には大きな本棚。

 また南国の植物が観賞用においてあり、それらが醸し出す落ち着いた雰囲気が小市民でしかない私をさらに憂鬱にするのだ。

 

 ちなみに中央から正式な辞令を携えてやってきた軍人に、「決まりの物だから」と白い海軍将校の制服を渡され、着任中はこれを着る義務が発生するのだと伝えられた。

 仕方がないので着てはみたが、どうにも着慣れないフォーマルな軍服は、まるで七五三みたいだと辟易してしまった。

 暁たちは似合うと言うが、私はいつまでたっても慣れることは無いように思う。

 

 そんな私の心情を知らぬ二人の艦娘たちは、ソファーに座って百田夫人が持ってきてくれたオレンジジュースを飲んでいる。

 なんとも微笑ましい光景であるが、すこし小憎たらしくもある。

 そんな私が何となく彼女たちを眺めていると、暁が思い出したようにこちらを振り返り言った

 

「ねえ司令官、少し考えてみたんだけれど、遠征に行かなくてもいいのかしら?」

「そうだね、こういった束の間の平和を楽しむのも悪くないけれど、近海の偵察を兼ねた遠征をおこなうのも悪くないとは思うよ」

 暁の意見に最もだと響は頷くと同調した。

「……遠征ねぇ」

 

 たしかそういうのもあったなと私は生返事をうめく。

 遠征というのは、物騒な海を各鎮守府に属する艦娘たちを運用し、海運などを行う事だ。

 今や世界の海は、いつ深海からの脅威に襲われるか分からない。

 その為に民間の船のかわりに我々がそれを行うのだ。

 そしてその任務が成功すれば、中央からそれに見合った評価と対価を受け取ることが出来る。

 これは鎮守府の運営維持費の大部分を占めるという事だから、彼女たちは未だ目立った動きを見せない私を怪訝に思ったのだろう。

 なにせ海に出てこその艦娘たちなのだから。

 

 私が正式に着任した際に担当官からもらった書類の束の中に、遠征に関してもしっかり記載されていた。

 実際に遠征をおこなう際は、この官舎に作られた通信室から無線で中央へ連絡し、任務として受理することになる。

 しかし私にはそれを行う前にしたいことがあったのだ。

 

「なあ暁、響」

「なあに?」

「なんだい司令官」

 

 私が呼び掛けると、二人は私の執務机の前にやってきた。

 その表情は初任務を命令されることへの期待感で溢れているように見える。

 しかし私の希望とは、遠征ではなく別のことだ。

 

「いやな、遠征についての書類は見た。現状君たちしかいないけれど、二隻で出来る遠征もあるが――――」

「うん! そうよね。近くの遠征ならいけるわ!」

 

 暁は身を乗り出してそう主張してきた。しかし響は私の言葉尻に思うことがあるのか、無言のままこちらを見ている。

 やはり響は冷静なんだな。

 

「まあ待ってくれ暁。少し考えたのだけど、君たちが所属していた鎮守府には君たち以外の艦娘たちがいたんだよな?」

「それはそうよ、あそこの鎮守府の規模はここに比べたら何倍も大きいもの」

「そうだな。そして響が逃げてきたという時も、他の船は散り散りに逃げたと聞いた。じゃあほかの艦娘たちはどこへ行ったのかな? 命令をすべき司令官はいないと言うのに」

「あ…………」

 

 色々な事があったせいか、その事に気が付かなかった事に彼女は顔を青くした。

 しかし落ち着かない様子の暁の横で、響は強い視線でこちらを見ている。

 相変わらず無言ではあるけれど。

 

「……私からは言いづらかったのだけど、司令官がそこを気にしてくれて嬉しいよ。暁姉さん、実はあの日別れた仲間の中に雷と電もいたんだ……」

「えっ…………」

 

 響の言葉に暁は絶句し、顔を青くした。

 私の方を見ていた彼女は、弾かれたように響に詰め寄る。

 そもそも雷や電とはいったい誰だ?

 

「なあ響、雷と電って君たちの仲が良い艦娘なの――――」

「仲が良いどころじゃないわっ! 私たちの妹なのよっ!!」

 

 暁はまたも私の言葉を遮り、涙を目じりに浮かべ、叫ぶようにして言った。

 その剣幕に私は思わず背もたれに身体を預けてしまった。

 それはそうだろう。彼女たちは兵器とはいえ、身内の行方が分からないのだから。

 そんな暁を宥めるように響は彼女の肩を抱き、そして言った。

 

「司令官、先ほどの言葉は何か含みがあるように聞こえたよ。何か考えがあるのかい?」

 

 さすが響だ。察しが良い。

 私は取り乱す暁の横に立ち、錨のマークの帽子を取るとその頭に手を置いた。

 いつもは「子ども扱いしないでよ!」と怒鳴るが、今は静かに私を見上げている。

 

「あると言えばあるんだ。まあそれは不確かな考えでしかないんだが、普段は岡の上にいる君たちが、港や施設が壊滅したとして、それでみんな消えてしまうのかな? ってさ。少なくとも響と一緒にいた艦娘たちは逃げたんだ。きっとどこかにいて、怖くて隠れているんじゃないかって思ったんだが――――

「っ……! なら司令官、私に捜索に行かせて! 響、貴方も来てくれるでしょ!?」

 

 生きているかもしれない、その可能性に行き着いた暁が、必至の形相で私を掴み揺らす。

 私の身体はまるで小枝のように揺れる。小さくともやはり彼女は軍艦なのだ。

 

「落ち着くんだ暁姉さん。せっかくの司令官の軍服が駄目になってしまうよ。とりあえず司令官には何か考えがあるんだ、最後まで話を聞こうよ」

 

 響の言葉に暁は私をつかむ手をはずし、ばつが悪そうに背を向けた。

 普段は子供っぽい彼女の姿はすっかりと消えている。

 いや、むしろ捨てられた子犬のように震えているのだ。

 不安で押しつぶされそうなのだろう。

 だから私は出来るだけ穏やかな口調を心がけ言った。

 

「心配なのはわかる。だから私は考えたんだ。暁、君が言うように捜索をしてみようと。そうすれば君の妹、雷と電と言ったかな? それ以外の仲間たちだってここへ来られるかもしれない。遠征やなんかはそのあとでもいいと思うんだがどうだろうか?」

「行くわ! すぐにでも!」

「ああ、私も当然行くさ。まかせて欲しい、司令官」

 

 さっきまでの暗い表情が嘘のように今は笑顔の暁。

 そして静かな闘志を漲らせる頼もしい響。

 そうして私たちは、他の艦娘たちを探すための算段をするためにその日は徹夜をしたのだった。

 

 もちろん次の日ひどい寝不足になったのは私だけだったけれど。

 

 

 ◇◆◆◇

 

 

 その日の朝、私は多くの人々と港にいた。

 すぐ傍の海面に立っている暁と響を見送るためにだ。

 私たちの事は基本的に、どんな事柄も村長たちに報告することにしている。

 当然、今回の事も伝えた。その結果がこの状況である。

 見れば私よりも心配そうな表情面々ばかりだ。

 

 今日の空は雲一つなく、風は少しだけ吹いている。

 沖を見渡せば白波が立っていないほどに穏やかだ。

 これだけ見れば平和そのままであるが、彼女たちがこれから向かうのは、深海からの脅威に襲われるかもしれない海域なのだ。

 

 人々は口々に彼女たちを勇気づける言葉を投げかけ、そして彼女たちはそれに手を振り応えていた。

 その中で私だけは憂鬱を隠せない。

 自分が提案したことだとはいえ、彼女たちが心配なのだ。

 もしかすると帰ってこないかもしれない。

 そんな最悪の想像が頭の中に浮かんでは消える。

 

「大丈夫だよ司令官。必ず私たちは仲間を連れて帰るから」

「そうだよ司令官! この暁に任せてよね!」

「ああ、もちろん姉さんの事も任せてくれ」

「何よもう! 私の方がお姉さんなんだからね!」

 

 私のことを彼女たちはあっさりと見抜く。

 だからこそ思う。

 彼女たちは大量生産の無機質な兵器なんじゃない。

 彼女たちひとりひとりが、唯一の存在なのだと。

 だから私は笑顔で見送る事にした。

 

 そう私はただ待っているだけでいいのだ。

 あの分不相応に豪華な司令室で。

 私は――――彼女たちの司令官なのだから。

 

 彼女たちが浮いている水面に歩み寄り私は努めて明るく言った。

 こんなに張った声なんていつ出したか思い出せないほどに元気よく、だ。

 

「行って来い暁」

「暁の出番よ。見てなさい!」

 

 そして

 

「響、ダ……いや、До завтра」

「……っ!! 司令官、До завтра」

 

 棒読みの私のロシア語。

 響が教えてくれた「また明日」という言葉。

 

 二人は私に微笑みかけると、くるりと背負向け沖に向かった。

 私は滑るように遠ざかっていく彼女たちを見ている事しかできない。

 その歯がゆさは今まで味わったことが無い感覚で、どうにも遣り切れない。

 

 そんな思いを海へ投げ捨て、私は司令室へと戻るのだった。

 彼女たちの帰りを待つために――――

 

 

 つづく




筆が進んだので投稿。

誤字確認が自信ないのであったらお知らせください。

どうしても物語の序盤は説明が多くなりがちですが、あまりに説明口調だとつまらないので、三人称による状況描写と、一人称による主人公目線の本編というスタイルで進めてみることにしました。
今後は5000字程度で投稿という感じで行こうと思います。

私の主人公はどうも冗長気味になり申し訳ないです。
あと基本ヘタレが多いという……。



5/14修正

暁は身を乗り出してそう主張してきたが、暁は私の言葉尻に思うことがあるのか

暁は身を乗り出してそう主張してきた。しかし響は私の言葉尻に思うことがあるのか

そのほか全体的に見直し、言い回し、描写を加筆修正しました。

9/29修正

ドック→ドック

・10月15日 大本営表記を大本営海軍部に修正

2015・2・22修正
 暁のセリフを全体的に修正

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。