反省も後悔もしている。
「ふぅ―……スゥー……」
まだ日も登ってないような時間帯。
ある部屋で長身の男が筋トレを行っていた。
その体は細身だが、鍛えられ引き締められた筋肉が浮かび上がっていた。
部屋の明かりによって彼自身の姿と部屋の様子も分かる。
まだ壮年と言うべき彼は黒髪をオールバックにし、タンクトップに短パンという動きやすい服装をしている。
部屋は様々なトレーニング機器が置かれており、彼はそのうちの一つを使用していた。
現在行っているのは足で重りを押すという筋トレ。
その重りの量は普通の人なら逃げだしそうなぐらいだ。
だが、男は額に汗を浮かべながらも難なくこなしていく。
「ふぅ……良し」
トレーニングを終え、立ち上がった彼は壁に掛けてあった時計を確認し、部屋から出ていく。
廊下を歩く彼の肉体には、夥しいほどの傷跡が存在している。
通り過ぎる人が見たならば、普通に生活していると見ることのできないような状態に驚愕に目を見開くだろう。
ある部屋に入り、トレーニング着を脱ぎ、上下お揃いのジャージを纏い、また別の部屋に向かう。
「……牛乳とバナナでいいか……」
別の部屋に入った彼は、部屋の角に設置された冷蔵庫から牛乳パックを取り出し、棚からバナナを取り出す。
朝食にしては些か物足りないと思われそうだが、時間がおしいと言わんばかりに牛乳パックの口から直接牛乳を飲み、バナナを四本皮ごと食べる。
牛乳はまだしも、バナナの食べ方がおかしいと言われそうな食事風景。
「ゲフッ……皮ごと食うもんじゃねぇな……」
完食した彼はそう呟き、近くの壁の傍に置いていたバックを背負って、玄関へと向かう。
腕時計を巻き、ランニングシューズを履き、軽くつま先をトントンとして調子を整えた彼はドアノブに手をかけて開ける。
「さぁて! 今日もやりますか!」
彼の名は〝
元〝世界最速〟と呼ばれた男だ。
―――――――――――
現在時刻はまだ早朝。
まだ寝る人もいれば、朝早くから仕事があると外に出て、職場に向かっている者もいる。
ある場所へ向かって全力疾走する男――彼方翔もそうだ。
「……あと二十分……急げ……」
翔は腕時計を確認しながらかなりの速度で歩道を駆けていく。
時折、自転車に乗った人を追い越し、車と並走するという今から十年ほど前の人が見れば目が飛び出しそうな光景だ。
だが、現在は変わってしまった。
理由は伏せる。
だが、今までの常識とは変わってしまったのが今なのだ。
受け入れられなければ置いていかれる。
置いていかれれば、弾かれる。
世間はそれを否と判断し、変わった環境に順応していった。
翔が走って辿り着いたところは、大きな塀に囲まれた場所だった。
塀の向こうには立派な建物が見える。
塀の一部に大きな正門があり、そこに誰かが立っていた。
「彼方翔さん、おはようございます」
「たづなさん、朝早くからご苦労様です」
たづなと呼ばれた緑色のエレベーターガールのような服を着た女性は翔が近づくと、軽く挨拶をしてくる。
翔も労うような挨拶を返す。
「新年度が始まりますね。翔さんは新しい子を担当される予定ですか?」
「まぁ、場合によりますね。見どころのある子がいればいい。俺についてきてくれるならなおのこといい。まっ、それはこれから決めますよ」
軽く会話をし、翔はトレーナー棟と呼ばれる建物に入っていく。
トレーナー棟の今は誰もいない職員室に入った翔は自身の席に着く。
そして……
「ふぅ……今日も一番乗り……」
と、息を吐きながら呟いた。
だが、その言葉通りとはいかないようだ。
「いや、俺の方が一番乗りだ」
「なに!? 俺が、負けた……だと……!」
「BL〇ACHみたいに言うなよ」
翔が入ってきた扉から、缶コーヒーを手に持ち誰かが入ってきた。
壮年の見た目をした翔より少しだけ若い男性。
会話の様子からして、親しい仲のようだ。
「んで、伝説の七冠バのトレーナー様は、これからどうするんですかね?」
「スカウトのことか? まぁなるようになれだな」
「相変わらず、そういうところがお前って感じがするな」
「そんなもんか?」
「そんなもんだよ」
そんな会話をしているうちに、時間も経過して、職員室の人も集まってきた。
陽も登り、職員室内を蛍光灯の明かりだけではなく太陽によって照らされてくる頃、翔が正門で会ったたづなを引き連れて少女が入ってくる。
少女は全員が見える位置に着くと、扇子を開くと共に口を開いた。
「傾聴! おはよう諸君!」
「「「「「おはようございます、理事長」」」」」
理事長と呼ばれた少女はこの場所――〝トレセン学園〟の理事長である。
明らかによくて中学生、普通なら小学生だと間違われそうな身長でも彼女は理事長なのだ。
深く考えてはいけない。
「これから夢を持った娘が多く入学する! 今年度もまた君たちの力で彼女たちを導いてやってくれ!」
「「「「「はい!」」」」」
理事長の言葉に、職員室にいた全員が返事をする。
もちろん翔もだ。
その反応に「うんうん」と頷いた理事長はまた全員に聞こえるような声を響かせる。
「期待! 頑張ってくれたまえ!」
こうして、理事長は職員室から退室していった。
残された者達は、それぞれ思い思いの行動をとり始める。
それは翔も同じようで、体を伸ばし、脱力した後、荷物を整理し、
「んじゃ、行きますか」
「おう、行ってら~」
同僚に見送られながら職員室を後にした翔は、気合を入れるように頬を叩いた。
「シャッ! 気合入った!」
そうして、彼は向かっていった。
何処へ?
決まっている。
走るためだ。
この物語は、〝異能力者〟と呼ばれる超人たちの中で、
最も足が速く、その余りの速さに、〝世界最速〟と呼ばれた男〝彼方翔〟が、
速さを競う競技で一番を目指す少女達と関わっていく、
そんな物語だ。
用語解説
・異能力者。
よくあるファンタジーな力を使う者達のこと。
もっと言えば、漫画にあるような超人たちのことだ。
もう一つの世界〝反転世界〟から世界を超えて、人間を襲う〝怪異〟に対抗する者達のことでもある。
凄まじい身体能力を有し、人知を超えた力をその身に宿す者達。
彼等は総じて、何らかの組織に所属している。
日本で言えば、神祇省。
外国なら、騎士団、FBIなどだ。
このように、超人じみた能力を持っていても、結局は人。
国に縛られて生きていかなければならない。
人物紹介
・彼方翔
元世界最速の異能力者。
決してクーガーの兄貴ではない。
その余りの速さから世界最速の名で呼ばれていた。
しかし、十年前の異能犯罪者達によるテロの時、自身もボロボロの状態で人命救助を行う。
その際、無茶しすぎた所為で足がぶっ壊れた。(あくまで異能力者としての足が壊れてしまっただけで普通に走れる)
その後、引退。
紆余曲折あって、トレセンのトレーナーに就職。
見事、愛馬と共に伝説を打ち立てた。
多分続かない。
もう、いっそのこと誰かが続き書いてくれないかな~……。