ようこそ平穏至上主義の教室へ   作:暇です

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退学の危機

 早朝。まだ日が昇りきっておらず、微かにあたりが紅色に染まり始めたころ。

 

「ふう、ふう……」

 

 部屋に、俺の苦痛が混じった声が響く。熱気がこもり、部屋の中はムワッとした湿っぽい空気に包まれていた。

 

 俺は今、筋トレの一貫として腕立て伏せをしている最中だ。生まれてこの方、筋トレをするのは初めてで、腕立て伏せもかなり久しぶりにやった気がする。

 

 ん? 唐突に筋トレなんて初めてどうしたって? 勿論、いきなり俺が筋トレを始めたのには理由がある。

 

 その理由は俺がこの世界の真理を理解したことにある。

 

 この世界の心理、それは……『力こそ正義』ということだ。

 

 待ってくれ、そんな噓告白をされたと知った時の俺を見る両親の憐れむような目を向けないでくれ。

 

 まあ、多分これを両親、というか周りの人にに言ったらLet's精神科待ったなしだろう。

 

 こんなどこかの世紀末みたいなことを、俺が言い出したのにも理由があるんだ。

 

 俺は昨日、堀北の兄と綾小路がバチバチにやりあってるところを見てしまった。

 

 それを見て、やっぱり喧嘩の強さも大事だよなとしみじみ思った。自分から喧嘩を吹っ掛けることはまずないが、自分の身に降りかかる火の粉ぐらいは払いたい。いや、火の粉から尻尾を巻いて逃げ帰れるぐらいにはなっておきたい。

 

 少なくとも、体を鍛えておいて損はないと考えたのだ。

 

 改めて地面に腕をついて、地面と向かい合うような姿勢をとる。そして、両の手のひらと、両足のつま先で体を支え、宙に浮かした。腕を曲げると、二の腕に自分の体重の大半が乗り、腕がきしむ。

 肘や、二の腕、胸がか細い悲鳴を上げている。じわじわと体から染み出した汗が、ポツリと床に垂れて小さな水たまりを作る。

 

 しかし、手汗によって真下に垂直にかかっていた力は真横に受け流された。体が傾いて、そのまま一回転するように倒れ込んだ。背中が地面に打ち付けられ、内臓に衝撃が走る。

 

「痛ってええ……」

 

 あまりの痛みに悶えて、背中を手で押さえるようにしながらうめき声を上げた。

 

「これ、意味あんのかな?」

 

 ふと、必死にこぼさないように我慢していた弱気の言葉を吐いてしまう。

 

 けれど、実際今つぶやいた言葉は正しい。この学校はあほみたいに喧嘩の強いやつが多すぎる。

 

 高円寺、須藤、綾小路、龍園、堀北、伊吹。ぶっちゃけ俺じゃどんなに頑張っても手も足も出ないやつがいっぱいいる。

 女の堀北にも負けるとか泣けてくる。

 

 彼らに目を付けられた場合、俺は抵抗することも難しいのではないか。そう考えると、どうしても努力が無駄なように見えてくる。

 

「……考えても仕方ない。とりあえず学校行くか」

 

 頬を両手でパン! とたたき、気持ちを切り替える。汗で汚れた服を新しいものに着替えて、学生かばんをもって家を出た。

 

$$$$$

 授業も終わって、爽やかな風が吹き抜ける寮への帰り道を歩いていた。周りに多くの生徒たちが、ありとあらゆる施設を利用しているこの光景も見慣れたものだ。人の行き交いもほどほどで、不便することも全くない。

 改めてこの学校の恩恵を実感する。

 

 今頃、堀北たちは須藤に勉強を教えているのだろうか。まあ、あれは放置しておいても大丈夫だろう。勝手に綾小路が過去問を手に入れて、須藤以外は赤点を回避してくれる。

 俺もなぜか誘われたが、自分の成績が赤点を取るほど悪くはないが、人に教えられるほどよくもなかったので回避できた。

 

 それより、俺は自分の勉強に集中したほうがいいだろう。とは言っても、今教えられているテスト範囲はダミーなんだよな。結局、今勉強しても無駄になってしまう。茶柱先生に本当のテスト範囲を聞きに行くのも自殺行為だし……

 

 坂柳にでも聞くか? それもありかもしれない。

 

「おい、お前が平野だな?」

 

 大穴で龍園とかもありかもしれない。まあ、さすがにCクラスの王様にそんな真似は死んでもできないけれど。

 

「おい、聞いてんのか?」

 

 あいつ喧嘩強いんだよな。そのうえ頭も切れるとかどういうことだ。それでも坂柳にとっては敵じゃないらしい。本当にあいつやばいよな。IQとかどのくらいなんだろう。

 

「っ、聞いてんのか!」

 

 あーはいはい。わかりましたよ。振り向けばいいんでしょ。見たくもない地獄みたいな現実をこの目で直視すればいいんでしょ。

 

 頭を押さえて、鬱屈とした気持ちになりながら振り返る。

 

「……何だ?」

 

「ちっ、やっと反応しやがったか」

 

 ポケットに手を突っ込んで、首を軽く上げている傍若無人といった様子の龍園は、憤った荒々しい声を出した。

 

 ……なんで俺はこんなに主要キャラに絡まれてんの? しかも龍園とか一番ダメな奴じゃん。

 

「俺に何の用だ?」

 

「いや、どうってことはねえよ。ただ、坂柳が随分とお前のことを買っているらしいからな、力量を図りに来ただけだ。だが、期待外れだったな」

 

 龍園は少しの落胆と、嘲笑がこもった表情を浮かべる。

 

 やっぱり坂柳繋がりだったか。坂柳のことを龍園は既に認知しているらしい。龍園ならクラスの主要人物を押さえておくことぐらいはするだろうし、当然か。

 

 そしてこれは、いい傾向なんじゃないか? 俺は内心で諸手を挙げて喜ぶ。

 このまま龍園から俺への興味をなくせば、龍園に目を付けられ、何かしら手を出される可能性がなくなる。

 

「ああ、そうだな。お前の言う通りだよ」

 

「へえ……それだけか?」

 

「べつに、事実だろう?」

 

 表情を変えることなく、俺は淡々とクレーム対応のように受け答えをする。刺激するような発言は控えて。あまり露骨にならないように。

 

「ふん……そうか。まあいい、お前らごときが何をしようと無駄だ」

 

 それだけ言うと、龍園は俺に背を向けて去っていった。

 

 難は逃れたか? 特に実力があるとか怪しまれたりはしなかったみたいだ。龍園はよう実の中で一番暴力的、力でねじ伏せようとするタイプだからな。目を付けられなかったのはありがたい。

 

 取り敢えず一安心か……などと思っていると。

 

「ちょっと……良いかな?」

 

 第2の刺客が現れた。Bクラスの学級委員長である一之瀬が、俺に話しかけてきたのだ。何でだ。

 

「……ん? 何ですか?」

 

「今、龍園君と話してたというか……絡まれてたでしょ? あんまり龍園くんに良い噂聞かないから、大丈夫かなって思って」

 

 一之瀬は心配そうに上目遣いで俺を見つめてくる。優しい。最近はチート野郎(綾小路)とか腹黒ヒロイン(櫛田)とか暴力系ヒロイン(堀北)とか暴力系ヒロイン(龍園)に絡まれてばっかだったからな。

 こういう人としての優しさに触れるのは久しぶりである。涙が溢れ出てきそうだ。

 

「いや、大丈夫だよ。何もしてこなかったし」

 

「そう? でも何かあったら言って。同じ学校の仲間なんだからね」

 

 え? 俺たち初対面だよな? え、何この人天使かよ。こんな聖人この学校じゃなくても中々お目にかかれないぞ。

 

「心配ありがとう。何かあったら頼らせてもらう」

 

「うん、分かった。じゃあ、私はこれで」

 

 バイバイと別れを告げて手をひらひらと振りながら、一之瀬は去っていった。

 ……可愛かったな。マジLOVE一之瀬だわ。メインキャラクターとは自ら関わりにいくつもりはないが、一之瀬とはお近づきになりたいものだ。

 

 でも思い返すと、やはり俺は想像以上に原作と密接に関わりすぎているのではないだろうか? 

 不安が胸の中にぽつんと現れる。

 ……いや、大丈夫なはずだ。不安をかき消すために、自分に言い聞かせてゆっくりと頷く。

 

 そして、俺はまた歩き始めた、胸に一抹の不安を残して。

 

 

 

$$$$$

 

「ちっ……」

 

 口から漏れ出た声は、いつになく弱弱しい。

 

 まさかの中間テストの前日、俺は熱を出していた。

 

 現在は、頭を冷やしながら寝ることに徹している。かぶっていた布団をさらに引き寄せ、布団にくるまる。

 

 熱を持った頭はおぼろげで、霞がかっており、上手く考えがまとまらない。

 

 なれない筋トレに精を出したのが祟ったのか、脇に挟んでいた体温計の液晶を確認すると、38.2と表示されていた。

 

「やっちまったな……」

 

 自分の至らなさ、無計画さを呪う。

 

 学校にはもう連絡したが、風邪による欠席でもペナルティはあるのだろうか。普通の学校ならまだしも、この学校ならありそうだ。

 

 しかも、よりによって中間試験の前日にか。絶対に中間試験当日に熱を出すわけにはいかない。そのためにも、しっかりと睡眠をとるべきだろう。

 

 頭の中で判断を下し、俺は脳の活動を停止させた。

 

 いくら睡眠をあまり好まないといっても、熱を出しているこの状態では好き嫌いなど関係なく、無理やり夢の中へと引きずり込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 耳に入った音が、脳へと伝わり意識を覚醒させる。俺は、目をぱちりと開けた。

 

 寝る前に頭にのしかかっていた重さは消え、かかっていた霞は晴れていた。

 

 体を起こして、首を回し軽くあたりを見渡した後、額に手を当てる。

 

「熱は……下がったぽいな」

 

 これで一安心だなと、ほっと短い息を吐く。

 

 ピンポーン

 

 もう一度、インターホンが鳴る。

 

 俺を眠りから目覚めさせたのは、目覚まし時計でも、時間による物でもなく、インターホンの音だった。

 

 ベットから降りて、玄関へと歩みを運んでいる間に、思考を巡らせる。

 

 一体、誰なのだろうか。

 

 十中八九、お見舞いと、今日のプリント類を届けに来たに違いない。となると、平田とか、櫛田あたりか? 軽井沢とか佐倉とか、須藤あたりの線は薄いだろうし。大穴で坂柳もあるか。

 

 ガチャリと、取っ手に手をかけてドアを開ける。

 

 ドアの向こうで、綾小路が顔を覗かせた。

 

 いつも通り、ポケットに手を突っ込んで無気力な表情をしている。今日はいつにも増して髪がボサボサな気がした。

 

 ……期待した俺が悪かったよ。

 

「おお、綾小路か」

 

「熱は大丈夫なのか?」

 

「もう治った。明日は行けるはずだ」

 

「そうか、それは良かった。この学校の場合、中間テストを休むとどうなるか分からないからな。それで……これ、中間テストの過去問だ」

 

「ああ、過去問か」

 

 なるほど、納得だ。そんな気持ちが、反射的に口から溢れてしまった。同時に、綾小路の目に鈍い光が宿る。

 

「……どういうことだ? その過去問は櫛田が先輩にポイントを払って入手した。過去問の話は、当の本人である櫛田以外知らなかったはずだ。俺も知ったのは今日の放課後。お前が知ってるはずはないんだが……」

 

 ミスった。完璧にミスった。

 

 まだ病み上がりだったせいもあって、つい口から出てしまった。いや、綾小路が過去問を持ってきたということ自体も平常時だったら予測できたはずだ。けれど、完全には回復していない脳の細胞では、その事実にたどり着けなかった。

 

「いや、茶柱先生から過去問でも配られたのかと思ってな。いくら茶柱先生と言えども、人の心ぐらいあるだろうし。テスト範囲を伝えなかったことの埋め合わせだっていう可能性もあるだろ?」

 

「なるほど」

 

 口では納得した旨を伝えているが、眼は全くそう言っていない。若干の焦燥と恐怖を感じ、話を打ち切る。

 

「じゃあ、明日のためにも俺は過去問暗記してくるわ。じゃあな」

 

「おお」

 

 ドアをバタンと閉めて、まだ壁越しにいるであろう綾小路から離れる。

 へたり込むように椅子に腰を下ろして、脱力する。ため息を一つ漏らし、額を手で覆って天井を仰いだ。

 

 いくら原作知識があろうと、そこ以外では俺はただの凡人だ。心理戦、頭脳戦、身体能力に至るまで勝てるわけがない。

 

 ……まあ、綾小路としても自分を害してこなければどうこうするつもりはないだろう。

 仮に俺を攻撃するつもりなら、どうせ俺は何も出来ずにやられるだけだし。

 

 そこで俺は現状の打開策を見つけることを諦め、過去問を片手に机に向かった。

 

「取り敢えず、赤点は絶対に回避しておくか……」

 

 今俺に出来る事はそれぐらいだ。

 

$$$$

 

 時間は飛んで、中間試験の成績発表日となった。

 

 中間テストの手ごたえとしては、はっきり言ってヌルゲーだった。そりゃあ、櫛田が入手したことにされている、綾小路の画策によって手に入れた過去問があるんだからどうやって赤点を取るんだという感じだ。

 

 ……それでも、須藤は赤点を取ってしまうのだが。

 

 それとなくアドバイスをして、赤点を回避させようかとも思ったが断念した。リスクがあまりにも高すぎる。

 俺が余計に目立ってしまう危険性や、結局期末テストでよりひどい点数を取ってしまう可能性だってあるのだ。大人しく赤点を取らして反省を促したほうが賢明だろう。

 

「お前たちがこんなに高得点をとれるとは思わなかったぞ」

 

 さて、原作通りに茶柱先生から点数が発表された。黒板に全生徒の成績が乗った紙が貼られる。

 

 上から下へと視線を動かしていくと、真ん中から少し上のところで俺の名前を見つけた。

 

 えっと……俺は全部80点台か。もうちょい取りたかったが、それは流石に贅沢だろう。

 

 須藤は、普通に赤点だな。微妙に英語が一点だけ足りない。四捨五入という罠さえなければ、ギリギリセーフだったのだが。

 

「なっ、噓だろ!?」

 

「残念ながら現実だ」

 

 予想外の退学通告に動揺し、慌てふためき悲痛な声を上げる須藤。

 

 これが女の子だったら可愛いんだけどな……。tsしてからやってくれ。

 くだらないことを考えている間にも、物語は進んでいく。

 

「これはもう決定したことだ。覆る事はない」

 

 茶柱先生は須藤を慰めることもなく、事実だけを告げて教室から出て行ってしまう。ここでアドバイスなりするのが教育者のあるべき姿ではないのか。

 

 急に、綾小路から先から立ち上がり、教室から出て行ってしまう。須藤の一点をポイントで買うためだろう。がんばれ主人公。

 やがて、堀北もその後に続いた。がんばれヒロイン。最近は軽井沢にヒロインの座を奪われそうになってるけど。

 

 俺はその様子を頬杖を突きながら傍観する。原作には関わらないほうがいいことに越したことはないのだ。

 

 その瞬間、身震いするような寒気──尿意を俺が襲ってきた。……朝からプロテインを飲みすぎたせいだろうか。

 筋トレは流石にやめとこうと、プロテインだけを飲むようにしたけれど……つい飲み過ぎてしまったようだ。

 

 席を立ち、教室から出てトイレへと早足で向かう。その途中で、妙にひんやりと冷たい汗が、背筋をつたった。

 

 俺は憂鬱な気持ちを抱えながらも、一直線にトイレへと向かう。

 

「いいだろう。プライベートポイント15万ポイントだ」

 

 冥土から手招きする声が、耳道の中で反響した。曲がり角を曲がる直前で、ピタッと足を止める。

 

 綾小路に対して、茶柱先生な一点の値段を告げている真っ最中の現場に遭遇してしまった。

 

 15万ポイント? おかしい、原作では10万ポイントだったはず。10万ポイントですら綾小路一人では不可能で、堀北と二人で賄ったのにもかかわらず、15万ポイントでは二人でも足りない。

 

 なんで……。頭を回転させて、原因を探る。しかし、答えなど薄々分かりきっていた。

 

 ……俺のせいか? 原作でも茶柱先生は須藤が退学しようがどうでもいいといった風だった。Aクラスに上がるうえで須藤の存在はマイナスになる可能性が半々といったところで、茶柱先生にとってはどちらでも良かったのだろう。

 

 そこに、俺という(茶柱先生の中では)優秀な生徒が加わったことで思考に変化が生まれたのか?

 

 そう考えると、須藤の退学は間接的に俺のせいという事では……。頭の中で、片方に須藤、片方にポイントが乗った天秤が揺れ動く。

 

 けど、ここで須藤を助けなかった場合損するのはポイントだけではない。須藤が退学になった場合、次の須藤に冤罪をCクラスがふっかけるというイベントが無くなり、原作から大きくずれが生じてしまう。

 

 初めから俺に選択権などないのだ。大人しくポイントを捧げないといけない。

 

 俺が頭の中で考えをまとめている間に、堀北も参戦していた。さっさと俺も行くか。

 

 生徒証を胸の前に掲げながら、茶柱先生と綾小路に姿を見せる。

 

「それ、俺も払いますよ」

 

「……平野くんも来たのね」

 

「平野?」

 

 堀北は俺の登場を薄々予想していたらしく、驚きはないようだ。綾小路は顔に疑念の色が浮かんでいる。

 

「ほお……、お前もか。お前はこういうことに関わろうとしない人種だと思っていたが、どういう心境の変化だ?」

 

「ただ、友達が退学になるのを見殺しにできないだけですよ」

 

「……くくっ。やはり、お前たちは面白い」

 

 茶柱先生は目を細め、それから口元に指を当て愉快そうに笑った。

 

「いいだろう。退学取り消しの件、お前たちから須藤に伝えておけ」

 

 そう言うと、茶柱先生は背を向けて俺たちのカードを掲げながら去っていった。

 

 残されたのは俺たち三人。沈黙を破り、綾小路が口を開いた。

 

「助かった、平野。お前のおかげで須藤を退学から回避させることができた」

 

 そうだぞ、もっと俺を崇め讃えろ。

 

「いや、俺が好きだやったことだ。それに、俺がいなくてもクラスのみんなにポイントを募ればすぐに集まっただろう。平田あたりは出してくれるだろうし。それより、俺としては堀北のほうが意外だったぞ」

 

 とは言え、心の声を吐けるはずもなく無難な返事をして、何気なく話題をそらす。まあ、茶柱先生いわくこの場で支払えば、だから受理されない可能性もあるだろうけど。

 

「……人を頼れといったのは貴方でしょう? Aクラスに上がるために、ここで退学者が出るのは得策ではないと判断しただけよ」

 

「おっ、堀北のツンデレが発揮されてるぞ。お前的には何点だ? 綾小路」

 

「俺に振らないでくれ。そうだな、五十……ぐはっ!?」

 

 堀北の熾烈な蹴りが綾小路の脇腹に突き刺さり、悶絶する。

 

 何で50点台にしようとしたんだ。大人しく90点とか言っとけばいいのに。でも、それはそれで怒られそうだな。

 つまり、綾小路は俺に質問された時点で詰んでいたのか。戦う前に負けていたわけだ、さすがの綾小路にもどうしようもない。ふっ、今回は俺のか「ぐはっ!?」

 

 俺にも蹴りが一発飛んできた。痛い。

 

 その後、須藤に退学取り消しを伝えると心から安堵したようで、長い吐息を漏らした。流石の須藤も反省しているようで、この先赤点を取るような羽目にはならないだろう。

 

 皆と軽い愚痴をたたき合い、堀北の須藤に対するツンデレも見れたところで、俺は帰ろうとする。

 

 一時はどうなることかと思ったが、周りからの好感度も上がり、結果としてはいい一日だったな。

 

 

 

 校舎から出て、寮に帰ろうとした時。校舎から出て幾ばくか離れた所で、櫛田に後ろから声を掛けられ、呼び止められた。

 

「ちょっといいかな? 平野くん?」

 

「ん? どうかしたのかな、櫛田さん?」

 

「えっとね……」

 

 躊躇いがちに、後ろで手を組んでいる櫛田が要件を伝えようとする。

 

 急に、俺のほうへと一歩近づいてぐっと身を乗り出した。同年代の女子との接近に、俺の頬が赤みを帯びる。

 

 そして、

 

「私の過去……知ってる?」

 

 触れそうなほど、耳のすぐ真横にある桃の唇が、囁いた。

 

 唐突の出来事に、固まってしまう。そして無意識にごくりと、息をのんだ。

 

「ふふっ、じゃあね。また明日」

 

「ちょっ……」

 

 俺の制止も振り切って、櫛田はくるりと体を回しこの場から立ち去ってしまう。

 

 呆気にとられた表情で、口をパクパクと動かしている俺だけが残された。

 


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