彩色うまむすめ   作:ろぐさん

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彩色うまむすめ、休憩

「すまん、ちょっと遅くなった。適当に選りすぐりを二冊持ってきたぞ。あっ、トレイは片付けておくな」

 

 やや埃を被った本二冊がトレイが置かれてあった場所に代わり置かれた。

 

「んじゃ、俺は今日ちょっと会議があるから離席するぞ。ゆっくりしててな」

 

「はい。」

 

 白い扉を開き閉じる音が部屋中に響く。

 持ってきてくれた本に手を伸ばし、──そっと開いた。

 

 

 ──────────

 ─────────

 ────────

 

 

 ふと目が覚め周囲を見渡すと、部屋全体が茜色に染まろうとしていた。

 ──本を読んでいる途中で寝てしまっていたようだった。

 

 腹部からすごく大きな音が鳴る。

 そういえば、昼食を摂る前に寝てしまったな。

 だが今はただ誰かを待つことしかできない。寝すぎたせいか空腹のせいか本を読み進める気にもなれずただひたすら無心の時間を過ごしていた。

 

 そうして暫くしていると、昨日と同じような、落ち着いた『コツッ』とした音。

 

 しばらくしないうちに病室の扉が開いた。

 

「ウマ娘ちゃん! えっ、その包帯どうしたの!? まさか動いて悪化しちゃったの!? 大丈夫? 晩ごはんきちんと食べられた?」

 

 マルゼンスキーさんがとてつもない心配の眼差しで見つめながら、ベッドのそばまで駆け寄る。

 

「はい……。──実は、あのとき動こうとしたら動けて、それから色々あってもう一回こけてしまって……。」

 

「だから安静にって言ったじゃない! もう、大丈夫なの?」

 

「はい、一応……。体は暫くの間動かせないみたいですけど。」

 

「……それって結構重傷じゃない?」

 

「かもしれません。」

 

 マルゼンスキーさんは相当に私を心配してくれる。

 ここまで他のウマ娘を心配したり尽くしたりできるウマ娘はそうそう居ないのではないか? 心の余裕があるから出来ているのだろうか? 

 

「あっ、ところでウマ娘ちゃん。晩ごはん必要よね、何がいい?」

 

「あっ、良いんですか。……なら……うーん……なんでもいいです。」

 

「じゃああたしのイチオシにしておくわね! 取りに行ってくるから、安静! にね?」

 

「はい……。」

 

 マルゼンスキーはそう言うと、たったと足早に部屋を出ていってしまった。

 

 ……──そうして数十分も経たないうちにマルゼンスキーは若干息を切らしながら帰ってきた。

 

「おまたせ、ウマ娘ちゃん! 待った? はい、あたしイチオシの食堂特製黄金にんじんハンバーグ! 味から大きさから、何をとってもチョベリグなのがこの子! まさに今を行くナウいディナー!!! どう? 初めて? ささ、早く食べてみて! 激ウマ~! だから!」

 

 今にも今にもとその人参ハンバーグとやらを食べてほしそうに見つめるマルゼンスキー。

 

 そこまでのものなのか? 丁度お腹も空いてきはじめた頃だったから、ありがたくいただくとしよう。

 

「じゃあ、いただきます。」

 

「どうぞ!」

 

 はむっ、とマルゼンスキーさんが切ってくれた温かみを帯びるハンバーグをぱくり、と食べる。

 

「んぐんぐ……おいしいです。」

 

「そうでしょそうでしょ!? ……って、食べるの速いわねウマ娘ちゃん、もう半分以上なくなってるじゃない。本当にこれで足りる?」

 

「んぐんぐ……はい、足ります。ありがとうございます。」

 

 そして──もう気がついた頃には皿の上のハンバーグから人参、周囲の彩りのある野菜共々でさえも私の胃袋の中に収まっていたようだった。

 

「ごちそうさまでした。……ところで、一つお話があるんですけど……。いいですか?」

 

「うん、もちろん全然OKよ! 聞かせて頂戴?」

 

「……私がもう一回転けた時のレース中に感じた感覚についてです。まず、アグネスタキオンさんとマンハッタンカフェさんのトレーナーさんから『レースをしないか、アクロマ』と質問されたんです。『うちのタキオンとカフェと一緒に走ってもらいます!』……的な感じで。私は正直暇だったのでそれに応じて、そしてそのままレースをしました。──問題はレース中のことなんです。私が『初めて』であることを意識していくと世界が無彩色……モノクロに見えてきて、彩ろうとすると思い通り綺麗に世界が塗られていくんです。そして自分が塗った世界を走っているうちに自分自身はどんどん加速していって、気づく暇もなく夢中でゴール板を通り抜けたんです。──実際には残念ながら気づく間もなく転けていて、ゴール版は通り抜けていませんでしたが。」

 

「……ルドルフから聞いた"領域"みたいなやつかしらね? 今の話を聞く限り」

 

「マルゼンスキーさんもルドルフさんを知ってるんですか。──はい。実際にルドルフさんから聞いたところ"領域"だそうです。それも特殊な。」

 

「そうなの! すごいじゃない! 才能に満ち溢れてるわね!」

 

 ──才能……。

 

「……ありがとうございます。話はそれだけです。」

 

「わかったわ! じゃ、あたしはそろそろお家に帰らなきゃ。ウマ娘ちゃん、また明日!」

 

「あ──待ってください。そういえば一つ重要なことを言い忘れていました。」

 

「なになに?」

 

「私の名前はアクロマです。」

 

「──……え?」

 

「私の名前はアクロマです。」

 

「……やっぱり名前あったんじゃな~い! 『知らない』って言ってたけど、どこで思い出したの?」

 

「自分でそう名乗っているだけです。転けた時に唐突に"アクロマ"の四文字が名前としてしっくりきたんです。」

 

「……あら、そうなのね! じゃああたしはこれから"アクロマちゃん"って呼ぶことにするわね! じゃ、お家に帰るわね、また明日、ね!」

 

「はい、また明日。」

 

 マルゼンスキーが落ち着いた様子で病室のドアを開け出ていった。

 

 そして、出ていってドアを閉めたすぐ後くらいに、外から何やら話し声が聞こえてきた。

 

「あら、マルゼンスキーさん」

 

「たづなさん! 珍しいわね、たづなさんがトレーナー寮の、しかも病室になんて」

 

「はい。少しアクロマさんにご用がありまして。アクロマさんの病室はここで間違いないですか?」

 

「ええ、中に居るわよ! ……アクロマちゃんと何か話すの?」

 

「はい、ちょっと。昨日の夕方に説明しようとしていた寮のシステムであったりだとか、制服関連であったりだとか、です」

 

「そっか! たづなさんも頑張ってね! チャオ~」

 

「さようなら、マルゼンスキーさん」

 

 そうして間もないうちに、扉が開いた。

 

「こんにちは、アクロマさん。話は聞いていますよ、なにやら昨日にこけて大きな怪我を負ったとか……身体は大丈夫ですか?」

 

「はい、動かしたら痛みますが安静にしていればジンジンくるくらいですかね。あとは……包帯に巻かれている部分が少し痒い、くらいですかね。」

 

「それはよかったです。ところで、昨日アクロマさんに説明しようとしていたことについてなんですが……」

 

「あ、ごめんなさい。昨日行けなくて。」

 

「大丈夫ですよ。……コホン、では、まずは寮のシステムについて説明しますね? まず、寮は栗東寮と美浦寮の二つの寮からなります。それぞれ寮長というものが存在していまして、栗東寮にはフジキセキさんが、美浦寮にはヒシアマゾンさんが担当していらっしゃいます。彼女らはとても面倒見がよく、"お姉さん"ポジションとして寮に居るようですね。……次に、寮内の仕組みもとい学園内での食事についてですが、基本的に朝食と夕食は寮内で、昼食は学園内で、という形になっていまして、朝食・昼食・夕食の三つに共通することとして、"自分で選んで自分で取る"という仕組みです。朝食・夕食は食堂にて食券を購入し提示することで選んだメニューを購入できます。そして昼食はカフェテリアにて食券を購入して提示することで選んだメニューを購入できます。昼食についてはまれにイベントとしてバイキングなども行っております。……ここまでで、なにか質問はございますか?」

 

「いえ、特には……。あっ、寮の部屋ってどんな感じですか?」

 

「そうですね、基本的には同室のウマ娘が一人いて、部屋に入って右と左に分かれて住む感じです。最初からベッドと机、棚が置かれています。他に質問はありますか?」

 

「いえ、特に。」

 

「分かりました。次は制服とジャージ、体操服について説明しますね? 制服は夏用の半袖とスカートに、冬用の長袖と厚めのスカートがございます。夏用と冬用にはデザインの差がございまして、夏用は白を主体とし、冬用には青を主体としたような色使いになっております。ジャージは、赤と白を主体としたものとなっております。体操服については、ハーフパンツとブルマの二つがございまして、それらから選ぶことができます。体操服、ジャージ、制服においては、全ウマ娘同じものとなっております。これらについて、質問はございますか?」

 

「あっいえ……あ、サイズについてなんですが……。」

 

「サイズに関してはですね、いつでも言って頂ければお取替え致しますよ。制服については少々お時間を取らせていただくことになりますが……」

 

「ありがとうございます。」

 

「いえいえ、大丈夫ですよ。では、私は用事が終わったのでこのくらいで失礼させていただきます。またいつか寮について実物を見ながら説明いたしますので、元気になった際にはお声掛けください」

 

「わかりました。」

 

「では、さようなら、アクロマさん」

 

「さようなら。」

 

 静かな音を立てて扉が開いた。

 そして、いつの間にか茜色であったはずの空は暗く、暗くなっていた。

 

 することも何かをする気力もない。私はそのままもう一度眠りにつくことにした──。


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