勝ち逃げツインターボ   作:TrueLight

15 / 29
クリスマス作戦

 12月24日。世間ではクリスマスイブらしい日に俺は、普段どおりターボの育成方針の調整や、同世代のウマ娘をはじめとしてライバルになり得る少女たちのレース研究に精を出していた。今日も日中はレース観戦に行っており、少し寄り道はしたが帰ってからその結果を分析していた。それも一段落つくと、ちょっとした用があって美浦寮に向かっているところだ。

 

 ちなみにターボとは本日別行動である。トレーナーとはいえ成人男性と中学生女子が、クリスマスなんて浮ついた日に行動を共にしていたなんてどんな噂が流れるか分かったもんじゃない。特にターボは現ジュニア級ウマ娘の中じゃダントツに注目されているし、それを決定づけた阪神ジュベナイルフィリーズからは3週間近く経っているとは言え、その件絡みでインタビューも受けさせてもらった後だ。慎重に行動するに限るだろう。

 

 ターボにも学生として普通に友達付き合いとかあるだろうしな……なんて考えていたら携帯の着信音が鳴り響いた。端末を手にとって画面を確認すると、それはある計画の立案者からだった。

 

「はい最上です」

『おう、最上トレーナー。ターボはもう寝たよ、ぐっすりとね。──作戦決行だ!』

「──はぁ。了解した、扉を開けてくれ」

 

 その計画とは……クリスマスらしくヒシアマトナカイと最上サンタによるプレゼント作戦である。慎重に行動するに限るなんて考えとは真逆を行く作戦に我ながら苦笑を禁じ得ないが、ともかく俺はサンタ衣装に身を包んでターボが日々過ごしている美浦寮に足を踏み入れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……最上ですが」

『やあやあ最上トレーナー! いま、ちょっと時間もらえるかい?』

 

 レース観戦の帰り道、ヒシアマゾンからの快活そうな電話でその計画を持ちかけられたことがきっかけだった。

 

 曰く、ターボは未だサンタの存在を信じているらしい。

 

 曰く、「去年はプレゼントが無かったから悪い子だったかも知れないけど、今年はトレーナーの言うことをしっかり聞いてG1まで勝ったんだから、良い子のターボには今度こそとどくはず!」と言われたとか。

 

 曰く、忙しくて自分では準備が間に合わないのでサンタ役を務め、プレゼントを用意してほしい。それを美浦寮のターボの部屋に届けてほしい。

 

 というのがざっくりとした通話の内容だ。ちなみにトレーナーはその性別に関わらず、基本的にウマ娘たちの寮へ立ち入ることを禁止されている。ヒシアマゾンからの言葉は保身を考えれば絶対に受けてはならない類の誘いだった。が、俺はこれを一も二もなく快諾した。すべては打算の上だったが、せっかくのクリスマス。ターボにサプライズしたいという気持ちだけは俺たち二人を問題なく結びつけたのだ。

 

「……ぶっ! くくっ、お、思ったより似合ってるねぇ最上トレーナー……」

「そりゃどうも……」

 

 美浦寮の入り口が開き、中からヒシアマゾンが周囲を窺っているところを確認してから物陰を出ると、開口一番そんなことを言われた。電話をもらってから半日とない時間で準備したっていうのに、ヒシアマゾンは俺のサンタ衣装を見てしばらく笑っていた。

 

「ふー……しっかし、背が高いとなかなか様になるねぇ? 恰幅はちょいと物足りないけどさ」

「中に着込むと動きづらいしな……さ、もういいだろ。早めに終わらせよう」

 

「はいよ、アタシが先導するからついてきてくれ。中に入ったらお喋りはナシだ、2階に上がってからは特にね。1階は共有スペースだから今は無人だけど、2階から上は他の子たちが寝てるんだ。できるだけ物音も立てないでおくれよ?」

 

 了解の意を込めて指でOKサインを作ると、ヒシアマゾンもコクリと頷いて、手でチョイチョイとついてくるよう指示しつつエントランスへ入った。現在時刻は23時を少し回ったところだ。寮の消灯時間は22時で、かつ見回りを担当しているのは寮長であり首謀者のヒシアマゾン当人である。他のウマ娘たちにさえ見つからなければ問題にはならないとのことだ。

 

(階段を上がるよ)

(OK)

 

 ハンドサインと目配せだけで短く意思を伝達し、俺達はそろりそろりと足を進める。ヒシアマゾンとターボの部屋は、寮長という立場もあって共有スペースとウマ娘たちの入っている部屋からアクセスしやすい2階にあるらしいんだが、いかんせん寮そのものが大きい。音を立てず移動することを意識するとそれなりに時間を食ってしまう。

 

(待て)

 

 踊り場を過ぎ、2階に足を踏み入れる直前でヒシアマゾンが手のひらをこちらに向けた。次いで手のひらを下に向けて水平に、そして地面に下ろすジェスチャーを見せる。この場で待機しろということだろう。誰か居るんだろうか? その疑問にはすぐにヒシアマゾンが行動で答えてくれた。

 

「やぁこんばんは。トイレにでも行くところかい?」

「ひぃっ!? ね、姐さん……」

 

「そんなに驚くこと無いじゃないか。それとも、見つかっちゃマズイ事情でもあんのかい?」

 

 どの口が言ってるんだろうかと思うと同時、口調から違和感を悟らせない声音に少し感心してしまった。寮長ともなればこういう強かさも培われるものなんだろうか、はたまた歴戦のウマ娘としての実績がそうさせるのか。

 

「……じ、じつは他の部屋でパーティを終えた帰りで、へへっ。……す、すみません姐さん! 悪気はなかったんっす! ただ楽しくて、いつの間にか消灯時間すぎちゃっててぇ~~!!」

 

「コラ騒ぐんじゃないよ、他の子が起きちゃうじゃないか。はぁ、しょうがないねぇ。この事はヒシアマ姐さんの胸に秘めといてやるから、早く部屋に戻って寝な?」

 

「姐さん……っ。ありがとうございますっ。……あ、そ、それと今日の……」

「良いから。気遣い無用だよ、楽しい気持ちのまんま、今日は部屋で休みな」

 

「──、ハイっす……お、おやすみなさい……!」

 

 するとパタパタと駆ける音が俺の方へ近づき、しかし脇目も振らず上の階に向かったのかこちらの存在を気取られることは無かったようだ。数秒経つのを待ち、階段から2階に頭を出すとヒシアマゾンが再びサインを出す。どことなく頼もしさを感じつつこちらも頷き、俺は彼女の後を追ってじりじりとターボがサンタを待つ寝床へと向かった。

 

(着いたよ)

 

 ヒシアマゾンを姐さんと慕う後輩のウマ娘以降、特にアクシデントもなく目的地へと辿り着いた。ゆっくりとドアを開けて中に入る後ろ姿に続くと、すぅすぅとおとなしい寝息を耳に捉える。寝入っているのは間違いないようだ。

 

(アレ)

 

 ちょいちょいと袖を引っ張るヒシアマゾンに目を向けると、その彼女はターボが眠るベッドのヘッドボード端に下げられたモノを指差していた。その正体は即席で作ったと思しき大きめの紙製靴下。……今日クリスマスだということに気づき、急いで自作した、というような背景が(うっす)らと脳裏を(よぎ)った。確かにこれを知れば是が非でもプレゼントを用意せねばなるまい。普段から雑念を抱かずにトレーニングに励んでいる証拠とも取れる。……贔屓目が過ぎるだろうか? いや、きっとそんなことは無いだろう。

 

 見栄えのために用意した白い袋からラッピングされたプレゼント箱を取り出すと、ターボが下げた靴下の中にそっと投下した。サイズ的にもピッタリだったらしい。中に手紙とかは無かったので、欲しい物があるというよりプレゼントが贈られるというイベントそのものが大事なんだろう。開けたものが気に入ってもらえるようなら上出来だ。

 

 用が済んだのでヒシアマゾンへ視線を戻せば、満足そうに笑顔を浮かべていた。しかし直後、ピクリと耳を揺らして部屋の扉を凝視。すぐに入口付近に近寄ると、何やら部屋の外へ耳をそばだて始めた。

 

(アンタも)

(……?)

 

 ハンドサイン(こっちこい)に従い俺も耳を澄ますと、何やら話し声のようなものが聞こえてきた。

 

「ねぇ、ホントに寮長居ないの?」

「先程話し声と階段を上がる音が聞こえました。声を潜めていた様子もありませんし寮長で間違いありません。おそらく3、4階を見回っている今がチャンス……!」

「ターボにプレゼント届けてすぐ戻ろ? 見つかったらマズイよ~……」

 

 二人してギョッと顔を見合わせてしまう。まさか同じ考えのウマ娘が他にもいるとは……! 多分人数は3人、いま出ていけば間違いなく俺は見つかり、ヒシアマゾンも男性トレーナーを連れ込んだとなれば追及は避けられないだろう。室内に隠れる場所もないし、部屋の前で3人を入れないよう問答すればターボが起きる可能性がある。

 

 ……仕方ないか、強硬策に出よう。ヒシアマゾンの肩を指でタップし、俺は室内の窓……の外、ベランダを指差し。手元の袋を彼女に預けて一つ頷いた。

 

「ちょっ……」

 

 思わずと言ったように発して手をのばす素振りを見せたヒシアマゾンに対し、俺は静かに窓を開閉すると──そのまま外に向かって飛び降りた。

 

「ぐっ……!」

 

 慣れない衣装に低い外気温で危うげなく、とは行かなかったが、それでもたかだか2階から降りたくらいで怪我をするような鍛え方はしていない。さて出入り口はどっちだったか……と視線を巡らせようとしたところで、足元にライトが向けられるのが分かった。

 

「…………ふっ、ふしっ──?!」

 

 不審者、とでも言おうとしたんだろうが、それを言い終えるのを待つ余裕はなく。顔をそちらに向ける愚を犯すこともなく、俺は正反対の方向に向けて遁走を始めた。

 

「まっ! 待ち──はっや!? ウマ娘!? いやでもっ……!!」

 

 混乱の中鬼ごっこが始まった。寮を含めたエリアの巡回警備員のようだがウマ娘なのだろう、運がない。なかなか振り切れないが、俺が建物の隙間を縫うように右左折を繰り返しているため追いつかれることもなく、徐々に距離は離れていっている。直線をほぼ作らないようルート取りをしっかりすれば、短い距離で加速・横道へ矩手(かねて)に曲がりを繰り返す分には人間()のほうが有利だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かなり遠回りを強いられたが、なんとか捕まることなくガレージに帰還することが出来た。世間はクリスマスイブに、昼にあったレースの結果にと浮ついているのに。どうして俺は不審者丸出しで逃走劇を繰り広げてしまったのだろうか……。後悔はしてないが、きっと来年は反省を活かしてもっと上手くやるだろう。

 

「ふぅ……うん?」

 

 衣装を脱ぐ時に携帯を取り出してから、ヒシアマゾンから着信が入っていたことに気づいた。向こうは上手くやったんだろうか? とりあえずこちらの無事を伝えるために発信してみることにする。

 

「……もしもし? 最上だが」

『あっ、最上トレーナー? 無事に帰れたかい?』

 

「なんとかな……はぁ、疲れた」

『はっはっは! 随分派手に逃げたみたいじゃないか? 警備の人から連絡があったよ、"サンタ服の不審者を美浦寮付近で発見、全出入り口をロックされたし"ってさ!』

 

「笑い事じゃないぞ、危うく捕まるところだった」

『いや笑い事だよ、どうやって逃げ切ったんだ! ウマ娘相手に人間のトレーナーがだよっ? くっくっくっく……』

 

 他人事だと思って随分楽しそうだな……でもまぁ、ヒシアマゾンの方に不都合が無かったのなら何も言わないでおくか……。

 

『はぁ……悪かったね。正直なところ、最悪見つかってもアタシが申し開きすれば処分とかって話にはならないと踏んでたもんでさ。一応それくらいには信用がある立場なんだ。でもそれを教えちまうと緊張感に欠けるかなと思って隠してたのさ』

 

「さいで……」

 

 つまり俺は1人だけ、バレたら懲戒免職も免れないって心配しながらサンタごっこしてた道化というわけだ。返答が投げやりになるのは許されてしかるべきだろう。走り回って疲れたしな……。

 

『いやぁでも結果オーライだったよっ。ターボのこと、しっかり見てくれてる友達もいるみたいだしね。安心したし……ふふっ、面白かったねぇ』

「……警備に追い回されるのはもう御免だけどな。楽しめたなら何よりだ」

 

 最初から、ターボへのプレゼントってだけなら俺が用意する必要もなし。直接寮に潜り込んで枕元に置く必要もなし、さらに言えばサンタ衣装に扮する必要もなかったのだが。俺はこの一切を口に出さず、ヒシアマゾンの計画に乗った。純粋に、ターボへのプレゼントを俺が贈りたかったという理由もあるにはあるが。

 

『はぁ、今日はさすがに疲れたよ。今1階の……宿直室みたいな場所なんだけどさ? とりあえず警備からも部屋に戻って休んで良いって連絡来たからさ、そろそろ横にならせてもらうよ』

「警備の人には悪いことしたな……。──なぁ、ヒシアマゾン」

 

『……なんだい?』

「来年の今頃。世間が真っ先に名前を思い出すのは……マヤノトップガンだろうな」

『……っ。そう、だろうねぇ……』

 

 12月24日。世間ではクリスマスイブであり、同時に多くのウマ娘やその関係者、ファンにとって重要なレースの日でもあった。──有マ記念。最高峰のレースに挙げられることも多い伝統あるG1レースだ。そして今日、その有マ記念で……ヒシアマゾンは5着に終わり。勝利をマヤノトップガンというウマ娘に譲る形になった。

 

 ターボにサプライズでクリスマスプレゼントを贈りたいという気持ちに疑いはない。しかし、それだけじゃなく……きっと何かに集中していたかったんだろう。でなければ、()()()()()()から。姉御肌と噂のヒシアマゾンは、自分から溢れるそれを他人に見せまいとして、こんな突拍子もないイベントを思いついた。

 

 ターボの姉貴分でもある彼女に対して、ほんの少しでも恩返しになればいいと。俺もその提案に乗ったのだ。

 

「来年、俺はターボと有マ記念に臨むつもりだ。その時に……きっと俺たちは、ヒシアマゾンのことを思い出す。その強さを知っていて、それでも届かなかった偉大なレースに挑むんだと。──俺とターボが無念を晴らす、なんて見当違いなことを言うつもりはない。でも……ターボの走りに、必ず今日のヒシアマゾンは息衝(いきづ)く」

 

『──はは、嬉しいこと、言ってくれるね……』

「だから今日は、ゆっくり休んでくれ。お疲れ様、ヒシアマゾン。これからも俺とターボが迷わずレースに挑めるように、背中を追わせてくれ」

 

『…………あぁ。……っ、ヒシアマ姐さんも、まだ立ち止まる気はないからね! これからも走り続けるよ、自分に負けちまわないようにね……! それじゃあ、寝るよ。その……ありがとう、最上トレーナー』

 

 こちらの返答を待たず、ヒシアマゾンは通話を切った。

 

「……有マ記念、か」

 

 来年の12月。目標ではターボがトリプルティアラを、そしてトウカイテイオーがクラシック三冠を制し、勝負する舞台の一つとして見据えていたレース。出られるかどうかすら現状では定かじゃない。それでも……また一つ、挑まなければならない理由が出来た。

 

「……俺も、風呂入って寝よう」

 

 走り回ったおかげで体温が低い自覚はないが、寒空の下で汗をかいたのだ。しっかり流しておいて然るべきだろう。そのうえで体調を崩さないよう、ゆっくり休もう。来年挑む最高峰のレースのために、それに続く目の前のレースのために。それを築く明日のために……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『トレーナー! サンタさんからプレゼント貰ったんだよ! たんぶらー? あったかいのも冷たいのも入れられる水筒だって!! 色がねっ、ターボの勝負服といっしょなの! 水色でねー、ピンクと黄緑の線が入ってるんだから!!』

 

「……それは……良かったな……。ターボ、良い子にしてたもんな……」

『えへへー、うんっ!!』

 

 翌日、俺は携帯の着信音で起き、ターボの嬉しそうなプレゼント開封報告で一日を始めることになった。ちなみに午前4時の出来事である。

 

『トレーナー各員へ、緊急連絡。昨晩23時30分頃、学園敷地内、美浦寮付近にて不審者を確認。サンタ服の大柄な人物で、外見上は男性に近いとのこと。しかし、逃走した当該人物は警備員の追跡を振り切っており、男性に扮したウマ娘の可能性も否めないとは直接視認した警備員から。現在も捕まっておらず、依然として行方を調査中。この一件に関係すると思われる情報は随時共有するよう留意されたし』

 

 そしてターボの電話を終えて確認したメールの内容を確認して、事の大きさに頭を抱えた。ほとぼりが冷めるのを待つしか無いと項垂れたその日、俺は好調とはとても言えない気分で仕事に励んだ。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。