勝ち逃げツインターボ   作:TrueLight

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皇帝の強さ

「だぁりゃあああああああああああああああ!!」

「遅いデース! 追い抜いてしまいマスヨー!?」

 

 場所はチームリギルがホームとするトレセン学園の一角。東条さんとの折衝によって実現したターボの併走は順調に消化されており、今はタイキシャトルを相手にスピードを、そして根性を鍛えられているところだ。

 

 タイキシャトルはG1レースを5勝している実力の持ち主だが、なんと言ってもマイルレースの王者を決するレースに数えられる、マイルチャンピオンシップを連覇した記録を持つウマ娘なのだ。他にマイルチャンピオン決定戦に位置づけられる安田記念も制しており、正真正銘の短距離最強ウマ娘である。

 

 そんな彼女は俺からの要望でターボの背中にピッタリと張り付き、模擬レース開始直後からゴール直前まで全く離れることなくマークし続けていた。しかもターボに発破をかけている言葉はブラフでもなんでもなく、彼女はそれを平然とやってのけるパワーを持っている。

 

 タイキシャトルの脚質は先行だ。どういうことか端的に言えば、彼女はターボの速度に合わせていながら全速力で走ってはいないのである。ターボの大逃げに付き合いながら、それでいてターボが垂れてしまえば容赦なくかわして前を奪うことが可能なウマ娘。桜花賞に向けてこれ以上無い併走相手と言えるだろう。

 

「やぁ最上トレーナー。少しいいだろうか」

「君は……シンボリルドルフか。さっきはありがとう、もちろん構わないぞ。見ての通りそこまで忙しくはないんだ」

 

 ターボが走るコースを見てデータを取っていると、先程ターボと走ってくれたシンボリルドルフが声をかけてきた。……当然のように相手をしてもらったが、彼女は皇帝と称されるウマ娘。未だドリームトロフィーシリーズを駆けるシンボリルドルフを史上最強のウマ娘と呼ぶ人も少なくない。ターボは得難い経験をしたものだ。

 

 それはさておき、どういう用件で話しかけてきたんだろうか? 今回のトレーニングは俺から願い出たものの、ターボと併走することはリギルにとっても貴重な機会になるからと東条さんが全て仕切ってくれている。今日の俺はただのターボの付添人という表現が適切だ。

 

 しかしターボの面倒を丸投げしている現状に罪悪感が無くも無いので、リギルのメンバーから頼まれれば多少の面倒事は引き受けるつもりだ。いやまぁ、まだ話しかけられただけの段階なんだが。皇帝シンボリルドルフに声をかけられるというのは、それほどには気が引き締まるということだ。

 

「ふふ、そう固くならないで欲しい。少し話を聞いてみたいと思っただけなんだ……なにせ、学園に配属されてわずか一年で教本に載るような人物だ。その教えを身を以て実践し、助けられている者からすれば気にならない訳も無いだろう? そうだな……私は貴方のファンのようなものさ」

 

「皇帝にそう言われると自信になるな」

 

 そう返すと、シンボリルドルフは涼し気な笑みに少しばかり苦みを見せた。どうやらこの場では、実績がどうのという目線で話をして欲しくないらしい。雑談しようと思った相手があまり畏まっていると、そりゃあ話しづらいか。そう自責して可能な限り口調を軽くしようと意識した。今日は東条さん、ひいてはリギルのメンバーにお世話になっているんだ、恩には報いなければならない。

 

「それで? まさかお互い褒め合うために来たんじゃ無いだろう。もっとも、それが目的でも俺は全然構わないんだが。おだてられればその辺の木に登ってみないでもないぞ」

 

「はははっ、興味はあるが遠慮しておこう。それをすれば貴方を貶めることになってしまう」

「そう難しく考えたもんでも無いけどな。男ってのは割と単純な生き物らしいぞ、少なくとも褒められて悪い気はしないだろうさ」

 

「まるで貴方が男性ではないような物言いだな?」

「一般的な男とは多少違う自覚があるんだ。例えば……担当ウマ娘と一緒に走ってみたり、とかな」

 

 適当に話を広げてみれば思ったより食いついてくれたので続けると、雰囲気が柔らかくなってきた。なので話しかけてきた理由はこの辺りの話題だろうかと当たりをつけて口を開けばヒットしたらしく、シンボリルドルフは我が意を得たりと頷いた。

 

「なるほど、それは確かにあまり聞かない話だ。ヒシアマゾンから聞いた時は耳を疑ったくらいだよ。どうしてツインターボと共にターフを駆けたのか……駆けることが出来るのか。差し支えなければ聞いてもいいかな」

 

「どうしても何もな……こうして他所のチームに頼むくらいには併走の当てがないんだ。それでも強いライバルが居る。相手を意識せずに、対策をせずにターボをレースに送り出すなんて出来ないだろ? だから一緒に走っただけさ。十全にとはいかなくても、ほんの一瞬でもターボがレースを駆け抜ける力になれればいい。それだけの気持ちだよ」

 

 それは本当に、ただのトレーナーとしての力不足だ。チームの結成とはいかなくても、あと一人ウマ娘を担当として指導するのであれば、俺自身が走るより効果的に併走を取り入れたトレーニングに取り組めるだろう。それが出来ないから俺が走るだけ。なんとも情けない話だ。この話の裏には、実のところ俺も走るのが好きなだけという誰にも理解されない事情があるんだが、もちろんそんなことは口にしない。

 

 いや、ターボには話したことがあるから知っているか。なら尚の事、俺の都合なんて担当ウマ娘であるターボだけが理解してくれていれば良い話だ。

 

 そんな考えが脳を過ぎっていると、シンボリルドルフは俺の力不足をそうとは捉えなかったらしく、とても良い笑顔を浮かべてみせた。

 

「素晴らしいことだ……トレーナーとしてウマ娘のために。不可能に挫けず、してやれることを模索する。ツインターボのために自らも身体を鍛え、必要とあれば他のトレーナーに頭を下げることも辞さない。その姿勢は誰がなんと言おうとも気高く、そして誇り高いことだ。私は貴方を尊敬するよ、最上トレーナー」

 

「……やっぱり褒め殺したいのか? 一応、ありがとうと返しておこう」

 

 多分だが、シンボリルドルフはある噂話と言うか、一部のトレーナーのやっかみを耳に入れたんだろう。俺はターボのダンスレッスンを委託している都合上、東条トレーナーとは親しくさせてもらっている。

 

 それが一部の先輩方から見れば、新人トレーナーがトップトレーナーに取り入っているように映っているらしく。初めて担当したウマ娘であるターボが驚異的な実績を積み重ねていることが輪をかけて噂を加速させているらしい。ダンスレッスンをお願いすることで、空いた時間を研究に当てていることを考えればあながち間違っているとも言えないので、俺としては反論する気はないが。

 

「……あまり気にしてはいないんだな」

 

 俺の表情から風評に頓着していないことを見抜いたらしく、どこか驚いたようにシンボリルドルフは言った。こちらとしては、そもそもトレーナー業に興味のない身の上だ。自己中心的にも程がある理由でトレセン学園に侵入した、いつまでも過去に囚われた人間。そんな俺の目を奪い、手を引いて前を向かせてくれた小さな女の子と、同じ景色を見たいと思ってしまっただけなのだ。

 

 そのためなら周りにどんな目で見られようが心底どうでもいい。ターボにその目が行くことは容認できないが、俺自身の評価なんて興味のない話だ。

 

「俺が白い目で見られる程度でターボが気持ちよく走れるなら、俺にそうしない理由はないな」

 

 なぜならその先で、俺もまた気持ちよく走り抜けることが出来ると、そう信じているから。言葉には出せないが、結局のところ俺は俺のためにそうしているだけのことだ。

 

「──貴方に心からの敬意を。最上トレーナー」

 

 続けなかった言葉のせいというかおかげというか。シンボリルドルフは俺のセリフにいたく感動したらしかった。凛とした表情にも瞳が輝いているのが目に見えてわかるくらいだ。

 

「生徒会長という立場で教本が一新されると知った時、貴方の存在を認識した。一顧万両(いっこばんりょう)の研究結果を、あくまで学園所属トレーナーという名義で提出し、多くの目に留まるよう広げてくれた」

 

 いっこ……? 価値があるとかそんな意味だろうか。そもそも研究結果をより利益になるよう効果的に世に出す手段なんか知らないから学園の上層部に直接提出しただけなんだが。

 

「貴方が担当するとしたらどんなウマ娘だろうか。そんな疑問が解消された時の感動と言ったらどう表現したものか……。去年、リギルの加入テストレースはもちろん私も見ていたよ、チームの後輩になるかも知れないウマ娘たちだからね。そんな中、どのレースでも振るわない彼女は……ツインターボは、私の記憶にも鮮明に残った」

 

 確かに、あの日のターボは多くの人の記憶に残ったことだろう。もちろん良い意味じゃない。もし次の模擬レースに顔を出せば、参加を拒否されるだろうとさえ思えるほどに最下位を重ねた日だった。

 

「どのトレーナーも一顧だにしなかっただろう。あの日コースを後にした私も、デビューは運が良くても今年には叶わないと、そう考えた。しかし蓋を開ければどうだ、わずか数カ月後にはメイクデビューを、それもコースレコードを更新しての勝利……! あんなに胸が踊ったのは久しぶりだった……」

 

 あの頃は俺も探り探りだったから、メイクデビューでの勝利はもちろん記憶に刻まれている。ひときわ感動したことと言えば、ターボがたくさんご飯を食べてくれるようになったという点だが。それが勝利に繋がっているんだから的外れでもあるまい。

 

「貴方の存在を知り、ツインターボのレースを見るたびに、私はある期待を寄せるようになった。もしかすると……最上トレーナー。貴方は私と同じ理想を抱いているのではないか、と」

 

「同じ理想?」

 

 それがシンボリルドルフの用件らしかった。

 

「そう、理想だ。私は……あらゆるウマ娘が幸福でいられる世界を目指している。そのために全力で励んできたんだ」

 

 噛みしめるよう一度瞑目し、次いで彼女はその視線を真っ直ぐに俺に向けてきた。その瞳に、情熱を灯して。

 

「故に、貴方に期待してしまう気持ちを隠せない。多くのウマ娘が身体を壊さないよう、壊してしまっても早く回復できるよう、教えを広めてくれた。誰もが手を差し伸べることを躊躇ったウマ娘をすくい上げてくれた。そんな貴方は……私の青く、遠い夢に共感してくれるのではないか……?」

 

 まったくもって共感できない……とは、実のところ言い難かった。なぜなら研究成果をバラ撒くと決めた時、俺は確かにこう考えたのだ。

 

 トレーナーたちが研究を秘匿することで怪我をしたり、適切なケアが出来ずにレースに出場出来ないことがあれば、競技選手としてたまったもんじゃない、と。ターボのトレーナーになる前から俺は、陸上競技選手として間違いなくウマ娘の立場に共感していた。

 

 そして、彼女の言う"ウマ娘の幸福"という漠然とした命題にもなんとなく察しが付く。レースで勝つことが幸福であり、それをどのウマ娘も味わうことが出来ること。そんな理想以前の腑抜けた世界では断じてないだろう。

 

 それはウマ娘たちが望むように走り、そして競い合うことが出来る世界、ということだ。そこでの勝ち負けは後から付随するただの結果だ。

 

 トレセン学園に入り、トレーナーに担当してもらうことすら出来ず去るウマ娘が居る。怪我をして涙ながらにレースを諦めるウマ娘が居る。そうした現実を覆すことこそが彼女の理想なのだ。

 

 努力することを許され。それを発揮し、ライバルとレースで競い合うことを許されたい。個性豊かなウマ娘たちに間違いなく共通する幸福とは、そういうことなんだろう。

 

 だからこそ、俺は共感できた。何度も悔しい思いをした。それを努力で乗り越えて、また手強いライバルと出会って。負けて、努力して、勝って──。

 

「あぁ……シンボリルドルフ。俺にそれを実現できる力なんて無いけれど──」

 

 未だに引きずっている。その理由はそれこそ、走り抜けた前世が幸福であったからに他ならないのだ。

 

「俺は君の理想に、夢に。心から共感するよ」

「──そうかっ!!」

 

 皇帝という称号からは想像がつかないほどに、花開くような笑顔でシンボリルドルフは俺の手を握った。偽りでなく、その夢を実現させる一助になれればいいと、そんなことすら思う。

 

 まぁそれも、俺の最速と。それ以上にターボの最速を成し遂げてからの、遠い未来の話だが。

 

「気張りなターボォー! へばったら晩飯はピーマン祭りだよーっ!!」

「ぎゃあああああああああああああああああ!?」

 

 保護者に追い立てられるターボを尻目に、俺は皇帝と名高いウマ娘の強さに触れたのだった。

 


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