勝ち逃げツインターボ   作:TrueLight

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ターボ寄り三人称視点


桜花賞

 4月上旬、阪神レース場。ツインターボは不敵な笑みでターフに仁王立ちしていた。腕を組み、ぐるりと周囲を見渡せば、自分と同じく勝負服に身を包んでいる見知ったウマ娘たち。ほとんどのウマ娘に負けたことがあり、そして勝ったことがあった。

 

「トリプルティアラ、その1つ目だ。今日のために頑張ってきた。……勝ってこい、ターボ。そしてトウカイテイオーに並び立て。──ここからが、お前とトウカイテイオーの勝負だ」

 

 両肩に手を置き、額を突き合わせてトレーナーはそう言った。ツインターボはそれに言葉で返さず、ただ笑みを浮かべてぐりぐりとおでこを擦り付けた。鏡合わせのように、ツインターボと同じく挑戦的な笑みを浮かべたトレーナーを見て、自分の気持ちが伝わったのだと嬉しく、そして心強く感じた。

 

 言うまでもない。勝って帰るから安心して見てろ。ただそれだけのことだ。

 

 背中をポンと一つ叩かれ、コースに送り出された。不安はない。緊張も気負いも多分ない。ただ熱量だけがある。身を焦がすような気持ち(エンジン)が、早く走らせろと身体を震わせる。

 

『咲き誇る桜が女王の誕生を待ち望む! クラシック第一弾、桜花賞!! 一番人気はウオッカ! トライアルレースのチューリップ賞を制しました!!』

 

『マイルレースで疑いようのない実力の持ち主です。G1は二戦目となります、初勝利となるでしょうか』

 

『虎視眈々と上位を狙っています、三番人気はダイワスカーレット!』

 

『チューリップ賞ではウオッカに譲り二着となりましたが、前のめりな姿勢と粘り強い走りが魅力です。少々気負っているように見えますが、果たして』

 

『対抗する二番人気はツインターボ! 真っ向勝負に注目です!』

『すでに言わずと知れた逃げウマ娘でしょう、今日の噴射口が最後にどちらを向いているか、その瞬間まで目が離せません』

 

 ウオッカ。直近のレースでツインターボを負かしたウマ娘。しかし大舞台で勝ち切ったこともある。相手にとって不足はない。

 

 そしてダイワスカーレット。学園ではあまり話したことがなかったが、同じく直近のチューリップ賞で負かされた相手だ。背後からかけられたプレッシャーを思うと、さすがのツインターボも気が抜けない。

 

 けれど。

 

「今日のために頑張ってきた。……勝ってこい、ターボ」

 

 それが全て。チームリギルの面々との併走が、模擬レースが。ツインターボの心の何処かで燻っていた苦手意識を、恐怖心を薄れさせていた。今日のために。ツインターボのためにトレーナーが心を砕いてくれていることに疑いはない。

 

「──勝つ」

 

 目を見開き、その口元はやはり笑んでいる。しかし今までとは雰囲気が違った。例えるなら──獰猛な。獲物を捕らえる肉食獣のような、威嚇する意思を隠さない。そんな笑み。

 

 おそらく、実際にG1レースを制して。それ以上に、歴戦のG1ウマ娘に揉まれることで培われた精神性。今回のレースを。この桜花賞を競う17人のウマ娘たち。その全員が──()()()()のだ。

 

 見下しているのではない。驕りは負けに直結するだろう。しかし、やはり怖れはないのだ。彼女たち(リギル)から叩きつけられたプレッシャーが、ツインターボの心に落ち着きを。それ以上に"ぶっちぎってやる"という闘争心を植え付けていた。

 

『各ウマ娘、ゲートに入って体勢整いました』

 

 空は薄い雲が青を覆い隠している。ツインターボの鼻先、ちょんと雫が弾けた。けれど──瞬き一つせず。その視線はただただ、眼前を塞ぐゲートに注がれている。

 

『スター』

 

 バタンと一斉に開門(オープン)

 

『トです!』

 

 レース開幕がアナウンスされたその時には、すでにたった1つの青がロケットのごとく飛び出していた。

 

『まずはツインターボ! 良いスタートを切りましたッ。続くのはジュエルルビー、しかし外からモイストアイズが二番手を競います!』

 

 阪神レース場、ゆったりとした弧を描く第3コーナーへと疾走するツインターボ。チューリップ賞ではダイワスカーレットにプレッシャーをかけられ続けた。そして今日、そうなっても良いようにとトレーナーがトレーニングしてくれた。抜かりはなかった。

 

 しかし──幸か不幸か、背後に迫る足音はない。されど拍子抜けする暇はなく、どのみちやることに違いはない。

 

 ただ全力で。最初から最後まで、一番前を走るのだ。

 

『二番手集団固まっておりますが、最内からはスッとニシノフラワーが単独二番手、ユキノビジンと共に上がって行きますッ。ジュエルルビーモイストアイズ、さらに外からはシャレミーリズム、ブラボーツヴァイも好位の一角!』

 

 小雨が身体の前半分を濡らすが、後ろ半分は湿りすらしない。ツインターボが気持ちよくハナを突っ切る中、その背後では絶え間なく二番手争いが繰り広げられている。

 

『外からさぁナイスネイチャッ。抑えきれない感じで先団に取り付きます! 続いて上がっていったダイワスカーレット! これを後ろから見るようにスイープトウショウッ──さぁ3コーナーカーブしたところでウオッカが追走!』

 

 相変わらず忙しい実況も当人たちの耳には入らず、その先頭を駆けるツインターボは早くも第4コーナー半ばを過ぎようとしていた。

 

『先頭はツインターボッ! リードは10バ身以上!! ニシノフラワーが単独二番手の位置に上がっています!! ダイワスカーレットは三番手ッ。そしてその後方、六・七番手の位置にナイスネイチャッ、虎視眈々です! そして最内にはユキノビジンが追走しております! スイープトウショウも間から直線コースへと向かいましたッ!!』

 

 先頭から先行集団の様子を興奮した様子で続ける。それが中団に差し掛かろうというところでターフビジョンは再び先頭のウマ娘──ツインターボを映し出した。

 

『未だ先頭は大きなリードでツインターボ! しかしッ、外に持ち出していったダイワスカーレットとウオッカが足を伸ばしてくる!! 続いて間からは懸命にナイスネイチャも前に接近してくるが!?』

 

 直線500M。ツインターボの脚は──鈍らない。

 

「だぁりゃあああああああああああああああ!!」

 

 ゴールに向けて吼える。今までは自らを奮い立たせるように、背後に迫る()()を振り切るように叫んでいた。しかし今日のソレは、過去にコースで響いたモノとは一線を画していた。

 

 ただの雄叫びだ。意思の発露だ。()()に辿り着くという、それだけの決意表明だった。

 

『ダイワスカーレットッ、ウオッカッ! ナイスネイチャ! この3人が先頭に食らいつきます! 5バ身! ダイワスカーレットここで抜け出して4バ身!! ウオッカ三番手、四番手! ナイスネイチャまだ伸びる!!』

 

 後ろに迫っている強敵たちの存在に、ツインターボの心は躍る。

 

 ──まだ、こんなにリードしてる!!

 

「ターボ、俺はゴールで待ってる。ただ真っ直ぐ走って、俺の前まで駆け抜けろ。──1番最初に、俺のところに帰ってこい」

 

 それが出来ると確信して、大きな手は優しく頭をなでてくれた。それだけで十分だ。それだけが、他の何より重要だ。

 

 最後まで駆け抜けるためにッ──!!

 

「ターボはッ! ここだぁああああああ!!」

 

 目前のゴールに。すぐそこの観客席に。似合わないスーツで前のめりに自分を見つめているトレーナーに。何度だって伝えたいのだ。

 

 ここがターボの帰る場所だって。

 

『まるで鈍らないツインターボッ! ダイワスカーレットが追い込むッ! ダイワスカーレット追い込むがッ──ツインターボ今ゴールインッ!!』

 

 どうだっ、ターボが勝ったぞ! って!!

 

『桜花賞制覇ッ! ツインターボ!! ダイワスカーレットが二着となりました! G1レース二勝ツインターボッ、メンテナンスはエンジン・噴射口共に良好──!!』

 

「フッ──、フッ──!」

 

 ギザギザの歯を噛みしめる。全身が熱い。きっと頭から湯気が出てるだろうと確信した。余裕なんて無い。いつも通り全力で走りきった。

 

 でも今だけは、これまでのようにターフで転がる訳にはいかなかった。

 

「ハッ、ハァッ……。ふぅ……あっちゃぁ、また3着かぁ……。相変わらず凄いねぇターボは」

 

 かけられた馴染みのある声に振り返ると、そこには友達でありライバルの一人でもあるナイスネイチャの姿。勝利した喜びを共有したい衝動に駆られたが、ツインターボはぐっとこらえて。肩で息をしながらサムズアップのみに留めた。

 

 ツインターボの様子に何かしらの意図を察したのだろう、ナイスネイチャは一瞬キョトンとするも、次の瞬間には苦笑しつつどうぞどうぞと身を引く。

 

「これは挑戦状だぞ、ターボ」

 

 そうしてトレーナーに入れ知恵された、一つのパフォーマンス。

 

「まだ勝負は先の話だ。でも、桜花賞で勝って。観客に向かってこれをやれば、トウカイテイオーは絶対にお前を無視できなくなる」

 

 本当だろうか? そんな疑問は微塵も浮かばない。トレーナーがそうだと言えば間違いなくそうなのだから。あのトウカイテイオーが。自分の名前をいつも間違えるライバルが。コレをすることで自分を意識する。それならば叩きつけない理由はない、いつかの勝負に向けた挑戦状を。

 

 普段のレースと様子が違うことに勘付いたのはナイスネイチャだけではなく、観客席に向き直るツインターボの姿にコースは徐々に静まり返っていく。そして──。

 

「にっ」

 

 ツインターボは満面の笑みで、ギザギザの歯を見せつけながら右手を掲げた。左手は腰に当てて胸を張り、疲労で震えそうな脚で真っ直ぐターフに立つ。その右手を見た観客は、実況解説は──トゥインクルシリーズを駆けるウマ娘は。その形に何を見ただろうか。

 

 喜びを表すピースサイン。勝利を誇示するヴィクトリー()サイン。

 

 あるいは……G1レースの勝利カウント──?

 

「「「ぉ……ぉおおおおおお!!!」」」

 

 そのいずれにせよ、今年の桜花賞を制した小さな桜の女王に。観客席からは惜しみのない祝福の雨が降ったのだった。

 

 雲はいつの間にか晴れ。しかし天上の青とは交わらず、小さくも大きな青は堂々と地上の緑を彩っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トレーナー!」

 

 薄闇に包まれつつある阪神レース場、その関係者用の駐車場。ウイニングライブも大盛況に終わってすでに一時間ほどが経っており、統制されたように帰路に就いて行った観客もない一帯は、数時間前の光景を思うと閑散として物悲しく感じるかもしれない。

 

 けれど高揚した声を上げる少女の存在が、周囲に降りかかっている帳に似つかわしくない明るさを感じさせた。疲労がそうさせるのか、ばたばたと足音を立てて駆け寄ってくるその姿に、背の高い男は苦笑しつつ忠言を黙殺する。

 

 頑張ってきたのだ。今日のために努力して、そして勝ち取って帰ってきたのだ。最初に贈る言葉が小言の類だなんて冗談ではない。しかし外で立ったまま、レースの勝利を祝ってやるのも空気が読めていないだろう。なんせ周りには同じトレセン学園の、ついさっき負かした女の子やそのトレーナーも居るのだから。

 

 だからとりあえず、一言だけ。

 

「よっ。おかえり、ターボ」

 

 その言葉に、ツインターボは鼻をふくらませて瞳を輝かせる。

 

 だって、何度伝えたって足りないのだ。

 

「ただいまっ! トレーナー!!」

 トレーナーの隣(ゴール)に早く帰りたいって、心がずっと叫んでるのだ。




参考資料:桜花賞(G1) ダイワスカーレット
https://www.youtube.com/watch?v=oMerGqtp2lI

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