勝ち逃げツインターボ   作:TrueLight

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スタミナトレーニング

 4月。ターボが目標とするトリプルティアラ、その1つ目である桜花賞を制覇することが叶ったが、その翌週にはこちらもまた想定通り、トウカイテイオーが皐月賞を一着でゴールした。

 

 ターボ自身からも、学園でなにやら「カイチョーに続くのはボクだからねっ!」なんて言われたらしいと聞いたが。皐月賞を制覇した際、まずは一冠目と人差し指を掲げてみせたことからも、()()()()()()()()()()、トウカイテイオーはターボを意識してくれていると感じられた。

 

 G1レースを制した際のパフォーマンス。それをすることでトウカイテイオーに挑戦状を叩きつけることが出来る。俺はそうターボに伝えたが、元はと言えばこの提案はシンボリルドルフにされたものだったのだ。

 

 チームリギルの面々と併走して貰う際に親交を結んだ彼女に、いずれトウカイテイオーにライバルとして意識してもらえるようトリプルティアラに向けて励んでいると俺は(こぼ)したが、ならばと助言してくれたのが例のパフォーマンスだった。どうやらトウカイテイオーはシンボリルドルフに憧れているらしく、これをすれば間違いなく刺激出来るだろうと。

 

 結果は目論見通り、マスコミも同様のパフォーマンスからかターボとトウカイテイオーを紙面に並べることが増え、いずれどこかで競うことを望んでいるファンも増えてきたようだ。シンボリルドルフがどういう意図でアドバイスをくれたのかは分からないが、とにかくターボは以前よりの願い通り、自称ではなく自他共に認めるトウカイテイオーのライバルになってみせたのだった。

 

 そして5月を迎えた今も、次のレースに向けてトレーニングに励んでいる。トリプルティアラの2つ目、2400Mを走るオークスである。スピードとスタミナを兼ね揃えた女王を決めるクラシック競走。スピードは十分、ならばとスタミナを鍛えている真っ最中だった。

 

「うぉおおおおおおおおおっ!!」

 

 場所はいつものガレージ……ではなく、学園の中心部にあるトレーニング施設の一つである共用プールだ。桜花賞を制してからはほとんどまともにコースを走る練習をしていない。もちろん勘が鈍らないように定期的に走らせるが、費やせる時間のほぼ全てをスタミナ育成に当てていた。

 

 バシャバシャと楽しそうに水を掻いてレーンを往復するターボの姿に頬が緩むが、ターボの身体能力の推移をまとめたデータに視線を移すと少しばかり眉を寄せてしまう。

 

 ──間に合うか?

 

 正直なところ、俺は焦っている。次の目標であるオークスは2400M、ターボにとって未知のステージであるからだ。昨年9月に出走した芙蓉ステークスの2000Mがターボの経験上最長の距離。当時でスタミナの維持できる理論値が1600Mだったことを考えると、それが2000Mに迫ろうとしている現状はそう悲観したもんじゃない……が、やはり最後の最後にターボが踏ん張れるかどうかという神頼みにも似た状況になってしまう。

 

 その最後を。踏ん張れたかどうかを。その結果走りきれたかどうかを、ターボ一人のせいになんてしたくはない。だから出来るだけその距離を縮めるべく奮闘している。スタミナが保つ距離を伸ばす。ターボが孤独に掻き分け進まねばならない茨の道を可能な限り取り払うのだ。

 

「はっ、はぁっ!」

「! よしターボ、ラストだ! ここまで来たら休憩にするぞ!」

 

「はっ、うんっ!! う、お、お、おぉお~~……!」

 

 バテた様子を見せ始めたターボが泳ぐレーン、その反対側に入り待つ。俺のところまで帰ってこい、と。果たしてターボは、沈みそうになる全身に活を入れ、苦しそうにしつつも顔を水面につけず犬かきを続けた。

 

「うぅ~~っ……ごぉーーるっ!!」

 

 俺の胸に飛び込んだと同時に全身を弛緩させるターボ。俺も露出が少ない水着を着ているとは言え共用の施設であり、周囲には他にもウマ娘やトレーナーが居る。このままでは見咎められる可能性があるためすぐさまターボの脇に手を差し込んで水面から持ち上げてやり、プールサイドに腰を下ろさせた。

 

「よく頑張ったな。また往復距離が伸びたぞ?」

「はっ、はぁっ……えへへっ! はぁ、たーぼ、泳ぐの好き!!」

 

 人目のある場所で、それも互いに水着という状態でベタベタするのは良くないんだぞ、なんてお小言をくれてやりたい気持ちはあるんだが。やはりトレーナーとしては、真っ先にその努力を、その結果を労ってやりたい想いが勝ってしまう。そのせいでいつもタイミングを逃すわけだが。

 

 これまでのトレーニングでは桜花賞に向けて、とにかくスピードと。競り合った際のプレッシャーに負けてしまわないよう、勝負根性を鍛えることに腐心してきた。ターボは泳ぐことが好きなので、プールへはどちらかと言えばトレーニングの息抜き程度に連れてきていた。

 

 しかし、最近のトレーニングは坂路で鍛えるのが2割。ウッドチップコースで走るのが3割。そして実に4割をこのプールで過ごしている。残り1割は今までのトレーニングを総合的に復習するに留めており、つまるところスタミナを伸ばすことに注力しているのだ。

 

 俺の焦りは他のトレーナーに訓練メニューの推移を見てもらえば一目瞭然だろう。それほどにオークス、2400Mのレースはターボにとって難しい競走なのである。中距離の範疇とは言え未経験の長さ。間違いなく途中でスタミナが切れ、背後からはG1レースに相応しいウマ娘がスパートをかけて追い上げてくる。

 

 やれることはやってきたつもりだ。その上で、どうしても間に合わなかった部分。当日までの期間は三週間を切った。どこまで伸ばすことが出来るか……。不安が鎌首をもたげる内心が表情に出ないよう押し殺し、息を整えるターボにちらりと、思わず視線をやってしまう。この子は大丈夫だろうか、と。間に合うだろうか、と。

 

「ふーっ、ふー、ふふー♪ ふふふふ~ん♫」

 

 当の本人は、そんなことは知らんと。ニコニコと上機嫌に水面をぱしゃぱしゃ蹴り、息も整わないまま身体を揺らして鼻歌に興じていた。……心にネガティブな感情が過ぎった時、ついターボを見てしまうのはこれが理由だろうか。どこまでも楽観的な……そう。()()()()な。笑顔だけで不安も苦悩も吹き飛ばしてしまうような明るさが、俺の目を惹きつけて止まないのだ。

 

「……まっ、なんとかなるか」

「? なぁーに、トレーナーっ」

 

 泳ぎやすいようにと後ろに結った髪を手で梳いてその気楽さに与れば、ターボはこっちが受け止めることを疑いもせず後頭部から体重を預けてきた。

 

 実際のところ、ギリギリ間に合う目算ではあるのだ。ウマ娘それぞれに合った育成というものがあるが、ターボにとってスタミナを伸ばすのに最も効率が良いのがプールでのトレーニングだ。その上本人は泳ぐのが大好きと来た。プールに来た途端ストレッチもせず飛び込もうとするくらいだ。モチベーションという意味でも、適性という意味でも最高の状態、最高の環境に身をおくことが出来ている。

 

 きっと俺とターボにはこのくらいが丁度いい。俺は可能な限り悲観論であらゆる準備をする。それをターボは信頼して、俺についていけば絶対に大丈夫なのだと突き抜けて楽観的に歩んでくれる。

 

 考えなしなターボを俺が諌め、考えすぎな俺をターボが癒やしてくれる。だからまぁ、きっと大丈夫だろう。俺とターボなら。

 

「いや、負けてられないなって思ってな」

 

 ターボの信頼に負けないよう、俺もターボに信頼を。それを可能にするくらい考えて、そしてターボを育て上げる。それを繰り返せばきっと、不可能なんて無くなるのだろう。

 

「うんっ! ターボ、ぜったいテイオーに勝つんだからっ! そのためのトレーニングだもんね!!」

 

「あぁ、そうだな」

 

 そういう意味じゃなかったんだが、いちいち訂正することでもない。この真っ直ぐなウマ娘を、最後まで真っ直ぐ走れるよう。その道を整えられるよう。

 

「よしっ、ある程度は回復したな? ちょっと疲れはあるだろうが、今度はその状態で泳ぐぞ──最後まで、頑張ろうな」

 

「おーっ! こんじょぉおおーーっ!!」

 

 周囲の生暖かい視線は意図して無視し続けた。


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