勝ち逃げツインターボ   作:TrueLight

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職権乱用トレーナー

 トレセン学園に配属され、己を鍛えるためだけに取得したトレーナーライセンスの恩恵に与って早くも1年が経過し、2年目にしてようやく俺は1人のウマ娘を担当することになった。そしてそれも早数ヶ月だがトレーニングは順調だ、光陰矢の如し。

 

 理事長にトレーナーとしてウマ娘を担当して欲しいと頭を下げられた時は気が進まなかったものだが、いざ指導するようになってしばらく経ってみればそう悪くない……いや、むしろ良いことのほうが多いように思えてきた今日この頃だ。

 

「んぁ~……ぽかぽかしてきた……」

「頭痛とか無いか?」

 

「ん~ん、だいじょうぶ!」

「そうか。ちょっとでも違和感覚えたり体調悪くなったら言えよ」

 

「わかった!」

「じゃあ続けるぞ。眠くなったら寝てもいいからな」

 

 学園指定の水着姿でマッサージベッドにうつ伏せになっているウマ娘、ツインターボ。その背中やトモ、四肢の先までオイルを使ってじっくりと筋肉をほぐしていく。ついさっきまで激しいトレーニングに取り組んでいたため、全身ガチガチで疲労物質が停滞しやすくなっていた。しっかりと回復させ、さらに強靭な肉体を作るためにせっせとマッサージしてやれば、現状にすっかり慣れきったターボはいつの間にか浅い眠りについていた。

 

 思わず笑みがこぼれる。やはり、想像以上にターボの指導を楽しいと感じていた。鍛えれば鍛えるだけ成長するターボの姿にトレーナーとしての充実感を覚えるのだ。

 

 ターボは同年代のウマ娘に比べて頭が回らないところがあるが、それを補って余りある才能がある。スカウトする時に直接伝えたアレコレもあるが、特筆すべきは驚異的なまでの回復力だろう。

 

 初めて出会った日、ターボはその日開催された全ての模擬レースに参加した。この時点で明らかにおかしかったのだ、普通は疲労で歩くことすらままならない筈である。最終的にはそうなったものの、ターボはやり遂げた。得意な距離も不得意な距離も、ヘロヘロでシンガリとは言え最後まで走りきった。

 

 レースからレースに移動するほんの少しのインターバルで、最低でもそれだけ回復するスペックを最初から備えていたのだ。ダイヤの原石にもほどがある。実際に試さないと断言出来ないのでスカウトする時には話さなかったが、俺がしっかりケアしてやればその才能を活かして効率よくトレーニング出来る確信が最初からあったのだ。

 

 正直、普通のウマ娘なら俺のケア……とりわけ今行っているオイルを使用したリンパマッサージや血行促進なんて断固拒否されてもおかしくない。ウマ娘相手だからトモと濁しはするが、それは臀部から大腿にかけてを無遠慮に触れ回るということだ。状況によっちゃ出るとこ出られても不思議じゃない。

 

 しかしこれも短所と考えていた子供っぽさゆえに受け入れてくれたのだとすればそれすら僥倖、俺にとって最高に相性の良いウマ娘だったと言える。走ることへのこだわりもそうだ……ターボの担当となってからも自身のトレーニングや短距離の目標記録達成に挑戦しているが、これも以前より身が入っている自覚がある。

 

 ――似たような場所に立って。至りたい場所があって、そこから見える景色を共有したいと思える存在は貴重で……ありがたいものだ。

 

「……どーしてこうなっちまったんだ」

 

 トレーニングを始める前、ターボと合流してから少しして漏らした言葉を意図して繰り返した。陸上競技が栄えていないと知った時は絶望していたのに。今までは孤独に、自己満足だけで自身に課していた人類最速。

 

 それが今ではターボの指導に時間を割き、十分な鍛錬は行えずにいる。にも関わらず、モチベーションは上がり、そのおかげか進捗として満足に足るタイムが出せるようになってきた。

 

 一回の人生と、さらにそのロスタイムとで自分のことはよく知っているつもりだった。走ることに関しては言わずもがな。けれどターボと出会って、まだまだ俺なんて浅かったのだと思い知らされた。

 

 どうしてこうなってしまったんだろうか? 今までの俺は……少なくとも自覚している限りもっとストイックだった筈なんだが。ぬるま湯につかっているような居心地の良さに反して、肉体は冴えを取り戻し、見当違いな願望すら抱いてしまっている。

 

「……お前が最速のウマ娘に成った時、隣に立つ俺もまた……」

 

 そんなことを考える日が来るなんて、思ってもみなかった。だがやってみせよう。自分を鼓舞する理由はきっと多いに越したことはない。ターボがいずれ最速と呼ばれるようになると確信している点については、担当トレーナーゆえの贔屓目に見られるかも知れないが。俺はいたって本気だ。

 

「……とれーなーも……たーぼつけよう……」

「?」

 

 物思いに耽りつつマッサージしていれば、何やらよく分からんことを言われた。顔を覗き込んでみるとよだれを垂らして、心底幸せそうに寝息を立てている。呆れて笑ってしまった俺は許されて良いはずだ、誰だって笑っちまうに決まってる。

 

「もう立派なヤツ、付けてもらったよ……さ、ターボ起きろ! 飯にするぞ!」

「んぇ? ……ご飯っ!?」

 

 バッと起き上がってキラキラと目を輝かせるターボ。だが塗られたままのオイルと、口から垂れていた涎がいくらか勢い余って飛び散ってきた。台無しだ。

 

 マッサージのためにトレーニング後はタオルで汗を拭くだけに留めていたターボが風呂に入っている間に、アイツが学園で勉強中に下ごしらえを済ませておいた食事の準備に取り掛かる。

 

 ちなみにトレーニング施設にマッサージベッドを始め調理器具やら果ては冷蔵庫まで持ち込んでいるが全て自費、かつ施設そのものの管理を担っているからギリギリなんにも言われていない。走る以外に趣味のない人間で本当に良かった。去年の給料ほとんど手つかずだしな。

 

 ……担当しているからってここまで担当ウマ娘に干渉するのは良くないかも知れないが、ターボがレースを勝ち抜くためには必要だと判断したのだ。

 

 俺が競技選手時代に気を遣っていた食事制限なんかの知識や経験は、ウマ娘に対しては意味を成さないとこれまで考えていた。今でもそれ自体は変わっていない。走るために必要なモノだけを摂取し、余計な食事をせず減量が必要だった人間(おれ)に比べ、ウマ娘にはそんなもん必要ない。

 

 いやまぁ食べた分がただ脂肪になってしまっただけなら身体を絞る必要があるウマ娘はいるだろうが。基本的にはたくさん食べて、体重を増やして、体力を付けて。それがレースを走り抜くことに直結する。だから食事に関して俺の知識が役立つことはそうないだろうと思い込んでいたのだ。

 

 しかし、これもまたターボに限っては知識を役立てることが出来た。

 

 というのも、ターボは偏食かつ少食なのだ。学食に行っても他のウマ娘に比べるとあまり食事をとらないらしい。そしてそれは非常にマズイことだった。

 

 ウマ娘は人間とほとんど外見に差異が無いにも関わらず、その肉体スペックは雲泥の差である。俺はその理由の一端に貯蔵エネルギーが関わっていると予想していた。

 

 医者でもなんでも無いので確かなことは言えないが、ウマ娘は大量に食事をとることで、人間よりも効率的に、そして長期的に筋グリコーゲンやそれに準ずるエネルギーを貯蔵しているのではないか、という考えである。

 

 これが的はずれでないのなら、ターボの偏食や少食は致命的と言っても過言じゃない。体力の回復速度から考えるに肉体的スペック、今の話に繋げるなら食事によるエネルギー貯蔵のパフォーマンスは化け物じみているターボだ。これが日々十分な食事をとらないことで損なわれていくとしたらあまりにも勿体無い。どんな良い素材も使わなきゃ錆びつくのだ。

 

 だからこそ、差し出がましいかもと思いつつも俺はターボの食事を毎日用意することにした。少なくとも夕食は必ず、トレーニング後に一緒に食べるようにしている。本人が断れば無理強いはしないけどな。

 

「あっ、カレーだ! やったー!!」

「お、上がったか。しっかり噛んで、たくさん食べるんだぞ」

「うんっ。トレーナーのご飯がいっちばん美味しい!!」

 

 そりゃお前の好みに合わせて作ってるからな……と口には出さず考えるのみに留める。手早く盛り付けて手を合わせると、二人一緒に「いただきます」。

 

 ターボと出会ってから痛感したが、リラックスする時間は必要だ。過酷なトレーニングを毎日のように課すのであれば尚更。

 

 栄養バランスは俺が考えれば良い。ちゃんと咀嚼して流し込めるだけ流し込んでもらうためにちょっとしたお小言は言うが、味に気をつけてやれば言わずともたくさん食ってくれるしな。ただ楽しく食事して欲しいと思う。

 

 たまに不味いモン出しても根は良い子だ、俺が料理に気を遣ってることに勘付いてか時間をかけても食ってくれる。泣きそうな顔で食べてたり、食事が終わると死にかけてたりするが、よく食えたと褒めてやれば、にへらと笑って次も食ってくれるので問題ない。デザートにちょっとした甘味でも用意してやれば言うことなしだ。

 

 ……あれ、俺の職業ってトレーナーだよな? 保育士じゃないよな?

 

 まぁとにかく今日の飯はお気に召したようだし、献立に悩むのはその日の昼で良い。……それより、近々ターボはメイクデビューだ。正直、これそのものに勝利することは容易だろう。出会ってから数ヶ月、その確信に足る努力をターボは続けてきた。

 

 最初はとにかく走った。どこまでなら全速力でスタミナが保つのか……逃げられるのか。タイムを測り、それが同世代のウマ娘とのレースに通用するのか、実力がどれくらいの水準にあるのか把握することに努めた。

 

 適切なケアと食事で少しずつ身体を仕上げ、ターボが走りたいように走れる性能に近づけた。より速く、より長く。全模擬レース最下位がなんだ、成長度合いで言えば他のどのウマ娘より圧倒的に右肩上がりだ、と自信を持って言えるほどである。

 

 ……さすがに、走り方の矯正までは出来なかったが。ターボは感覚派で、実のところこれに一番時間がかかるだろうから後回しにしていたのだ。最終的には走る距離ごとに変えてもらう可能性もあるし、場合によってはスカウトの時に説明した"寄り道"になっちまう。今回は基礎能力の向上に注力し、それは十分に成果が出た。間違いなく行けるはずだ。

 

「ターボ」

「んご?」

 

 口にスプーンを突っ込んでリスみたいに飯を食っていたターボに一瞬思わず苦笑し、意識して勝ち気に笑ってみせた。

 

「メイクデビュー、勝つぞ」

 

 俺の言葉に目を丸くすると、ターボは……まずはもぐもぐと口の中のカレーを咀嚼し、よく噛んでごっくんと嚥下した。うん、偉いぞ。

 

「うんっ! トレーナー見ててね、ターボが一番にゴールするところ!!」

 

 あぁ、見せてくれ。……そして、見極めなきゃならない。強さはもうよく分かっている。これから知るべきは……ツインターボの弱点だ。

 


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