勝ち逃げツインターボ   作:TrueLight

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ロケットスタート

 6月下旬になり、俺とターボはメイクデビューに挑むべく中山レース場に赴いていた。俺は免許を持っていないのでどう移動したものかと考えていたが、そこは天下のトレセン学園。当然のように送迎バスが用意されていた。

 

 有難い反面、同乗していたウマ娘やトレーナーの中にはライバルもきっと居たことだろう。行きはともかく帰りは少し気まずくなりそうだ。なぜならターボがぶっちぎりで一着を奪ってしまうからである。

 

 そんな皮算用にも似た杞憂を抱いているのは少しばかり現実から逃避したいからだ。バスから降りてレース場に向かう道すがら、周囲には人、人、たまにウマ娘、そして人である。メイクデビューとはつまり新人戦だ。輝かしい経歴を持つ訳でもないひよっこのレースにも関わらず、これほどまでに人が集まっているところを見ると改めてとんでもない世界に生まれ変わったものだと実感する。

 

 もしくはメイクデビューだからこそ、だろうか。一番最初のレースから応援していたウマ娘が、誰の記憶にも記録にも残るような栄光をのちに掴み取ることがあればそれほど鼻が高いこともない。はたまた応援していたウマ娘が先日引退してしまい、新しい希望(スター)の出現を夢見て。そんなところだろうか?

 

 まぁどちらでも期待を裏切ることは無いと思う。今日一人のウマ娘が華やかなレース人生の一歩目を踏み出すことは間違いないのだ。ぜひとも目に焼き付けてほしい。最速のウマ娘の誕生を……!

 

 柄にもなく高揚した内心を自覚しつつ今日の主役に目を向けた。

 

「うぅうう~……燃えてきたっ!!」

 

 うずうずした様子で体を縮こまらせて震えたかと思えば、我慢できないとばかりにバンザイしてやる気を爆発させるターボ。緊張していないようで何より……なんだけど恥ずかしいからやめてほしい。周りのお客さんにクスクス笑われてるぞ。

 

「やる気十分だな。さ、すぐにレースが始まるぞ。もう控え室に行ってこい」

「うん! よぉしっ、ターボぜんかーーいっ!!」

 

 言うや否や控え室の方へ文字通り爆走して去っていくターボ。無事スタッフに捕まって大人しく案内されていくところまで見届けてから俺もコースへ足を進めた。出走するウマ娘のトレーナーであることを示すネックストラップを下げていれば、みんな言わずとも最前列へと道を空けてくれるのだからモラルの高さが窺える。前世では考えられないことだ。

 

 この世界でウマ娘のトレーナーと言えば、子供でも知ってる名誉ある職種だと考えれば観客の対応も当然かも知れない。小学生に将来なりたい職業を聞いたら3割以上はトレーナーと答えるらしいしな。どこ調べか分からんが。

 

 印籠でも掲げているような気分に浸りつつ観客席の最前列まで通してもらえば、アナウンスがバ場状態は良好だと伝えていた。中山レース場、芝の1800Mコースがターボのメイクデビューを勝利で飾る舞台。ターボはダートもある程度適性があるんだが、今後の進展を考えると芝に舵を切るのが良いだろうと判断した。

 

 続々コースに現れるウマ娘たち。その中にちょこんと交ざっている、さっきまで着ていたジャージを脱いで体操着と短パン姿になったターボへと視線を向け、無意識にほっと胸を撫で下ろした。

 

 外では気負わなかったウマ娘がコースに入った途端緊張でガチガチになるってのはそんなに珍しいことじゃない。ましてやメイクデビューなんて言わずもがな。

 

 そんな中、観客席から見てもターボは心身ともに良い仕上がりだ。他の娘と見比べるとより顕著で、騒がしい観客たちの声にターボの活躍を期待する声が耳に入り、口角が上がるのを自覚した。

 

「あっ、トレーナー! ちゃんと見ててねー!!」

「ああ! お前の速さ見せてくれ!!」

 

 偶然かそれとも俺を探していたのか、視線が重なるとパッと表情を明るくしてターボが声を上げる。少し気恥ずかしいがここに至って注目されたくないなどとは思うまい。ターボは選手で俺はトレーナーなのだ。一蓮托生、俺も声を振り絞って激励した。

 

 ニカっと歯を見せてサムズアップし、アナウンスに従ってゲートに向かう他のウマ娘にターボも続いた。コースを走るのはターボを含めて9人で、うちターボは8番のゼッケンをつけている。スタートは外枠から2番目の位置だ。

 

『――続きまして8枠8番、3番人気となりましたツインターボ。スタートの瞬間を今か今かと待ち焦がれているのがハッキリと見て取れます』

 

『緊張しているようには見えませんが、前のめり過ぎるとレースを焦ってしまうこともあります。とはいえ楽しそうな笑顔は見ていて気持ちが良いですね、どのような走りを見せてくれるのか。期待しましょう』

 

『そして8枠9番に――』

 

 ゲートインと共に実況が紹介してくれるが、やはり傍目から見てもターボに緊張の色は無いらしい。掛かってしまうのでは無いかと不安の言葉を頂戴したが、むしろ後学のためにそういった経験もしておきたいものだ、と思うのは流石に驕りが過ぎるだろうか。

 

 不遜なことを考えている間に9人のウマ娘はゲートインが完了。さぁ、始まるぞ……!

 

『出走準備整いました。そして――ゲートが開き、スタ――』

 

 その瞬間、時間が引き伸ばされたように感じた。注目するのはもちろん8番ゲートに控えたターボ。開門をしっかりと見届けるため注視すれば、その一挙一投足が鮮明に見て取れる。

 

 スタートと同時……上体を倒し、芝の大地を踏みしめるターボ。ゲートが開ききるのとほぼ同時に0からトップスピードに乗り、いの一番に疾走を開始した。土を大きく後方に飛び散らせながら文字通りのロケットスタートである。

 

『ートっとぉ!? 真っ先に飛び出したのは8番ツインターボ! 全速力でハナを突っ切ります! 2バ身、いや3バ身後ろを続きますのは3番――』

 

 実況が各ウマ娘たちの位置を早口に伝えてくれるが、その間にもターボはどんどん2番手に差をつけて前へ前へと駆けていく。誰がどう見てもマトモな走りとは言えないだろう。……ゲート訓練の賜物だな、管理させてもらってる訓練場の片隅でホコリを被っていた訓練用ゲートを引っ張り出した甲斐があるってものだ。

 

 ターボは脚質上最初から先頭を奪って駆け抜けることを前提にしている。間違ってもスタートで出遅れる訳にはいかないのだ。そこでクラウチングスタートを模したスタートダッシュを叩き込んだのである。0から100……とは行かないまでも、先行争いに負けることは無いだろうレベルまで鍛えることができた。開幕の加速力はダントツだろう。

 

 訓練の成果に頷いている間にもどんどんレースは加速し、同様にターボも後続を引き離しながら容易に第2コーナーを駆け抜けて行く。

 

『ぐんぐんと先頭を行きますツインターボっ。さぁ1000メートルを超えて――と、とんでもないペースです! ラップタイムは信じ難い数字をマークしています!』

 

『オーバーペースに見えますが……まだ表情には笑みを浮かべていますね。このまま走り切ってしまうのか期待してしまいます……! 2番手とはすでに10バ身以上の差がついていますが、果たして』

 

 唖然とした声音の中にも興奮を滲ませて後続のウマ娘たちの戦況も続ける実況と解説の両人。呆れるのも無理はない、このまま最終コーナーにも届かずスタミナが切れるのは誰の目にも明らかなのだろう。

 

 ――普通に考えれば。

 

『未だハナを突っ切ります8番ツインターボ、ついに第4コーナーを過ぎて310メートルの直線に入りましたがッ――落ちません! 速度が落ちないツインターボ! 名が体を表しているのか、2つのターボに背を押されているかのようです!!』

 

『後続はいま第3コーナーから第4コーナーへ。ツインターボの大逃げに惑わされず冷静にラップタイムを刻んでいましたが、これが仇となるでしょうかっ……』

 

 メイクデビューの緊張に加え、全速力で先頭を突っ切るターボの存在に、たしかに他のウマ娘たちは冷静に対処したと言えるだろう。ターボにはいずれ限界が訪れ、容易に追い抜くことが出来るだろう、と。

 

『あぁっとツインターボ、ついに足が鈍りました! がっ、すでにゴールまで100を切っています! 後続が激しく2番手を争いながら第4コーナーを抜けますがツインターボ、ペースを落としつつも前に前に進んでいきます!!』

 

 たしかにその時は来た。でもそれはもっとゴールから離れた場所で起こると思っていたはずだ。すでに100M地点を通過し、そしてそんな距離はウマ娘にとってはあってないようなモノだ。実際には100Mもバカにしたものじゃないが……少なくとも、あと数秒後には先頭がゴールに飛び込んでもおかしくないと、後続がそう考えてしまうほどには絶望的な距離。

 

『非常に苦しそうな表情ですツインターボ、しかし足を止めません……! 後続も必死に追いすがりますが10、いや9バ身覆らず――』

『逃げに逃げて今ゴールイン!! ツインターボついにハナを譲らず駆け抜けました!! 続いて飛び込むのは――』

 

 ――気づけば、大きく息を吐いていた。勝ちは確信していたが、しかしなんと言っても自身が指導したウマ娘が初めてレースに参加するのだ。殊の外俺も緊張していたらしい。視線の先では大の字に倒れて胸を上下させるターボの姿が見えるが、その表情にはわずかに笑みが見えている。……多分、全力で走りきったという充足感だけが胸にあるんだろう。結果には考えが及ばず、ただただ駆け抜けた清々しさだけが。

 

 ターボの後にゴールしたウマ娘たちのほとんどは多少の余力は残しているはずだ。少なくとも倒れ込んでるような娘は他にいない。中には全力を出しきれなかったか、悔しそうな顔をターボに向けるも、勝者とは思えないほどヘロヘロな清々しいまでのバカ面を見て思わずと言ったように頬を緩めていた。

 

 ……でも、そろそろ結果に向き合ってもらわないといけない。自分が何着だったのか、タイムはどれくらいだったのか。自分の今の全力としっかり向き合ってもらわないと、次には進めないからな。

 

 着順掲示板を一瞥してから思わず笑みを浮かべ、俺は今日の主役に向かって声を上げる。

 

「ターボ! よくやったぞ!!」 

 

 ある程度息は整ったのか、ターボは上体を左腕で支えて起き上がり、空いた右手でピースサインを見せる。満面の笑みは俺の言いたいこと、成し遂げたことを理解していると言わんばかりだが、残念ながらまだ足りない。

 

「お前が――最速だ!!」

 

 俺の言葉の意味を考える間もなく、実況からアナウンスが入る。その内容はと言えば……。

 

『着順が確定しました……一着は8番ツインターボ! タイムは――1分43秒7!! レコードタイムです! コースレコードを更新しての一着となりました!! 1分44秒9を1秒強縮めてツインターボがレコード勝ち!!』

 

『メイクデビュー戦なのでレースレコード更新とはなりませんが、現在の1800メートル芝のレコード1分43秒8を、わずかコンマ1秒とは言え超えて駆け抜けましたね……!』

 

 その言葉に観客席が少しばかり静まり返る。でも……数秒後には、鼓膜を破るような喝采が聞こえるのだ。

 

「――……っ、や! やっったぁあーーーーっ!!」

 

 未だ尻を地面からあげずに、それでも両手を掲げて喜びを露わにするターボに向けて。祝福と期待を込めて大きな拍手と祝福の声が贈られたのだった。

 


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