幸せになれないウマ娘   作:森森ノ森

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色々修正します(予定)


誰も知らない。何も知らない

「うーん、一体どうすれば良いのかな?」

 

 机で項垂れながら、スペシャルウィークは考えていた。が、良い考えは思いつかないらしく、頭を抱えてしまっている。

 時々良い考えが思いつきそうになるが、大抵今日のお昼ご飯は何なのだろう、と言う考えに集約してしまう。

 こんな時大食いである事が恨めしく、尚且つ若干恥ずかしく思えてしまう。羞恥心に身もだえてしまいそうだが、今は考えを纏める事が先決。

 

「でも……思い浮かばない」

 

 自室で夜遅くまで考えても、トレーニングをしながら考えても、人参を齧りながら考えても、残念な事に納得の行く案は思いつかない。

 

「本当、一体どうすれば良いのかな? ストロングブラッドさんと仲直りするには」

 

 スペシャルウィークの最近の悩みはソレだ。数日前、散々な結果に終わってしまった、ストロングブラッド確保作戦。

 スピカの面々から結構なヘイトが集まったのは言わずもがな、若干空気がギスギスしていると言えない訳でも無い。

 

 錯覚なのかもしれないが、少なくともスペシャルウィークはそう感じてしまう。だからこその仲直りな訳だが、余りにも前途多難すぎた。

 そもそもストロングブラッドは他者と関わる、と言う事を非常に嫌う。極力避けてしまう程に。

 

 実際誰かと一緒に会話している所なんて見た事は無いし、親しい友人が居ると言う噂も聞いた事が無い。彼女を取り巻く、数少ない噂のほとんどは良くないモノだし、余りにもガードが固すぎて隙らしい隙が無い。

 

「ああ、もう! 一体どうしよう! なしてぇ。なして私達の事を避けるの? うーん、分からない! 全く分からない!」

 

 机で唸っても仕方が無いのだが、分からないのだから仕方がない。周りにも声は聞こえてしまっているらしく、周囲は若干ビクッと驚いてしまう。

 

「どうかしたのかしら? スぺさん! 悩みなら、このキングが聞いてあげるわよ! 寛大なるキングの慈悲に感謝なさい!」

 

 スペシャルウィークの悩みを聞きつけてやって来たのは、何とも高笑いが似合いそうな、お嬢様然としたウマ娘。

 ブラウン色の髪は肩辺りで切り揃えられ、若干ウェーブがかっている。若干高圧的な態度ではあるモノの、所々に優しさが散りばめられている。

 

 顔立ちは整っており、美人と言って差しつかえない。仮に右手の甲を頬につけて、高らかに笑ってしまえば大層絵になる事だろう。

 名前をキングヘイローと言い、良くキングと主張する、スペシャルウィークのクラスメイトの1人だ。

 

「あ、キングちゃん……って、髪結構ボロボロになってるけど、大丈夫?」

「大丈夫よ! 今日、少しウララさんが寝坊してしまったから、仕方なく髪の手入れとかしてたらこんな風になっただけだから。全然、気にしないで!」

 

 文句を言いながらも、相部屋であるハルウララの髪を整えているキングヘイローを想像する。余りにも微笑ましい光景なので、若干苦笑してしまう。

 

「それで、一体何を……って、本当に何を悩んでいるの⁉」

 

 キングヘイローは机に置かれたノートを見て、思わず素っ頓狂な声を上げる。それもその筈、ノートには奇妙な文字羅列の他に、夥しい数描かれた人参や、一体何を召喚するのか、余りにも不気味な魔法陣が記載されているのだ。

 日夜、学生寮の相部屋であるハルウララと、普通では無い毎日を繰り広げているキングヘイローも驚きを隠せない。

 

「え? スぺさん。貴方もしかして、マンハッタンカフェさん辺りに、変な影響でも受けた訳⁉ まさか、オカルト方面に興味があるのかしら⁉」

 

 能天気で、大食いで、天然。

そんな三要素が揃っているスペシャルウィークに、オカルト好きだなんて属性が付与されれば、いよいよ残念美人の仲間入りを果たしてしまう。

 

第一怖すぎる。

時々「あ――、キングちゃんの近くに居ますね」なんて、見えない誰かの話をされたら、流石のキングヘイローでも精神がもたない。

 

「一度落ち着くのよ! 幽霊なんて物はこの世にはいないし、オカルトは大抵造り物やフィクション! 目を覚まして、スぺさん!」

「いや、流石にその考え方は曲解しすぎじゃ無いかな? もう、キングちゃんも一度落ち着こうよ。はい、ひっひっふー」

「その呼吸法は色々と間違ってるでしょうが‼」

 

 スペシャルウィークの肩を、前へ後ろへと、小刻みに揺らすキングヘイロー。揺らし過ぎたのか、スペシャルウィークの眼はぐるぐると回っており、若干意識が飛んでしまっていそうな状態だ。

 そこで助けに来たのは、釣りの雑誌を読んでいた1人のウマ娘。

 

 全身から気だるげな雰囲気を出しており、マイペースそう。若干制服は着崩されており、所々がシワだらけになってしまっている。

 蒼空を連想させる、水色の髪は肩辺りで切り揃えられている。瞳は酷く眠そうで、目の前にベッドが在れば眠ってしまいそうだ。

 

 容姿は可愛らしく、美形だらけのウマ娘達の中でも、一際存在感を放っている。少女の名前はセイウンスカイ。

 スペシャルウィークとキングヘイローのクラスメイトだ。

 

「まあまあ、一度落ち着けたから良いじゃん。それで、スぺちゃんは一体何を悩んでいたのかな? スカイちゃんに教えてくださいよ」

「え? あ、えっと……実は……」

 

 セイウンスカイに促されるがままに、スペシャルウィークは事の経緯を話し始める。数日前に起こった、ストロングブラッドとの出来事を。

 そして、一体どうすれば仲直りをする事が出来るのか。

 

「見た所、先程ノートに書かれていた事とは全く関係が無い様に思えたんだけど」

「ふむふむ。成程。キングちゃん。何かいい方法って無いかな?」

「って、私⁉ 貴方、さっき如何にも私が解決しますよ、みたいな事を言ってたのに……」

 

 非難気な眼差しを向けられるも、セイウンスカイは口笛を吹いて明後日の方向を向く。余りの白々しさに呆れたのか、はたまた慣れてしまったのか、小さく溜息を吐いた後にキングヘイローは自身の意見を述べる。

 

「結論から言ってしまうと、難しいと思うわね。そのストロングブラッドさんと、スぺさんの目的はある種の平行線。交わり合う可能性は極僅か、と言った感じかしら。話し合いの場を設けるのなら、多少はマシになるけど、本人は捕まらないのでしょう?」

 

 質問対して、スぺシャルウィークは頷く。

 これは事実だ。

 あの日以降、何度もストロングブラッドと話し合いを設けようとしたモノの、見つけ出す事すら叶わなかった。

 トレセン学園に来ていない、と言う訳でも無いのだが何故か見つからない。誠に不思議でしょうが無い程だ。

 

「第一怪我を負わせたのに謝らない、って所が非常に気に食わないわね。どう? 今度会ったら、このキングが一度モノ申してあげるわよ!」

「ソレは大丈夫だよ。ありがとう、キングちゃん。そもそも、私達も少し強引すぎたかなと思うし」

「ある意味スピカの弊害よね」

 

 チームスピカに於いて、誘拐や罠に嵌めると言った力技はほぼ日常茶飯事だ。良くも悪くもスペシャルウィークもスピカに染まっている証拠。

 いや、全く喜べないか。

 

「しかし喧嘩ねえ。そう言えば、私達って喧嘩した事とか無いんじゃない? ましてやあのスぺちゃんが誰かと喧嘩するとは、結構珍しいかも。因みに、参考までに聞くけど、そのストロングブラッドっていう人はどんな人なの?」

「え? どんな人、どう言えばどんな人だったけ………」

 

 口にしようとして気が付く。

 自分はまだ、ストロングブラッドと呼ばれるウマ娘を、スピカの一員を何も知らないでいるという事に。

 元々、ストロングブラッドの事を知る為にあんな事をしたのだから、知らないと言うのも仕方がない。が、それでも圧倒的に情報が少なすぎる。

 

 レースが途轍もない程に強い事。他者と関わるという事を、極度に嫌っている事。何故か食堂に行かない事。前髪が覆われている事。他者に興味を持っていない事。

 頭に思い浮かぶのは精々指で数えられる程度。仮に、これが自身の尊敬しているサイレンスズカであれば、数えきれない程思い浮かぶだろう。

 

 だからこそ、若干の寂しさを覚えてしまう。仲良くしたい、なんて思って居る癖に、まだ自分はそこまで知っていないという事に。

 何か無いのか。

 他に何か無いのか。

 考えて、考えて、考えて思い出す。あの日のレースで抱いた彼女の印象を。しかし、ソレはさらなる思考の渦へと陥る羽目になる。

 

「確か、走るのが辛そうだった……かな」

 

 自分で言っておいて、何を言っているのか分からなかった。思わず、スペシャルウィークは首を捻ってしまう。

 話を聞いた2人も同様に、意味が分からなかったのか、首を捻ってしまう。そして、気まずい空気になる。

 悩みは解決しなかった。

 

 

 

 

 考えに考えた結果、余計に分からなくなってしまったスペシャルウィーク。頭を抱えても、頭を捻ったとしても、事態は一向に良くなるわけが無い。

 それでも捻り、唸ってしまうのはある種の逃避なのかもしれない。『走るのが辛い』文字にしてみれば簡単ではあるが、心底理解に苦しむ言葉だ。ウマ娘と言うのは走る為に生まれて来たようなモノ。

 

 時に数奇で、時に輝かしい歴史を持つ別世界の名前と共に生まれ、その魂を受け継いで走る。それこそが運命、と言っても良い程に。

 にも関わらず件のストロングブラッドは『走るのが辛い』と言う感情を抱いてしまっていたのだ。例えるのならば、呼吸の仕方を周りはちゃんと出来ているのに、1人だけ全く出来ていない様な感じだ。

 

 全くもって理解する事が出来ない。

 仮に「ねえ、呼吸の仕方ってどうするんだっけ?」なんて聞かれても「え? 呼吸って普通に出来るでしょ?」としか言えない。

 つまりはそういう事だ。

 

「でもなぁー、これが分かれば少しは仲良くなれると思うんだけどなあー」

 

 走るのが辛いのでは無く、走りたいと思って居るのに、走る事が出来ない。と言うのであれば分からなくも無いのだが。

 人参を齧りながら、スペシャルウィークはテーブルにて項垂れている。場所は生徒達がこぞって利用する食堂。

 

 人の波は途切れる事は無く、厨房ではおばちゃん達がせわしなく働いている。スペシャルウィークの昼食はハンバーグ。

 沢山食べる、と言うウマ娘の性質を理解しているのか、ハンバーグの大きさは本来の数倍に、中心には生の人参が突き刺さっており、濃厚なソースが掛けられている。

 

 ご飯は山盛り――所謂昔話盛りになっており、凡そ食いしん坊であるスペシャルウィークだからこそ、食べられる量だ。

 普段ならモノの数分で平らげてしまう寮なのに、今日は余りに進みが遅い。数分が経過しているにも関わらず、まだ半分ほどしか食べられていない。

 

 理由は至極単純で、今も尚、ストロングブラッドの事に関して悩んでいるからだ。悩んで、悩んで、悩んではいるモノの、依然として答えは出ない。

 八方塞がりという奴だ。

 

「なしてぇ……なしてぇ良い考えが思いつかないの?」

 

 いい方法が思いつかない悲しみから。ご飯を食べているのに、ちゃんと食べられていない悲しみから、若干涙を流しながらも食事をとる。

 周囲から見ればさぞかし奇怪な光景として映るかもしれないが、その背後に居るのはオグリキャップ。

 スペシャルウィークと同等、もしくはそれ以上の量を誇る昼食を食べている最中の為、注意は分散される。

 

「うう、一体どうすれば……」

「どうかしたんですか? スペちゃん。悩みがあるなら、相談した方が良いと思いますよ」

「そうですよ。スペちゃん。私達の仲じゃ無いデスか! 水臭いデース!」

 

 首だけを動かし――口に人参を咥えたまま――見ると、そこには2人のウマ娘がそれぞれ、スペシャルウィークと同席していた。

 1人は顔がプロレスラーのマスクで覆われている。快活とした雰囲気を身に纏っており、髪はポニーテールに結ばれている。

 

 名前をエルコンドルパサー。

 スペシャルウィークの友達でライバルだ。

 そして、もう1人が嫋やかな雰囲気を醸し出す少女。クリーム色の髪は、腰辺りに届く程長いにも関わらず、絹の様に滑らか。

 和やかな微笑みを浮かべているのは、グラスワンダー。此方も、スペシャルウィークの友達でライバルだ。

 

 友人の申し出はありがたいが、この悩みは余りにも難解で複雑だ。果たして、相談しても良いモノなのか――と考えてしまう。

 腕を組んで考えてしまう。

 思わず唸ってしまう程に、考えてしまう。

 

「グラスちゃん。エルちゃん。本当に、聞いてもらっても良いの? 多分、結構難しい悩みだと思うけど」

 

 流石に黙っているのも申し訳ないので、一応断りを入れておく。何故なら、これから口にする悩みは「呼吸ってどうやるんだっけ?」と同等の破壊力を持つ、余りにも素っ頓狂な質問なのだから。

 取りあえず、事の顛末を話す。

 結果は、当然と言うか、予想通りと言うべきなのか、2人も難色を示す。明らかに困惑した顔で、言葉に詰まっている。

 

「これは、確かに難しい悩みデスね」

「走るのが辛い、と言う感覚は感じた事が無いのでしてー」

 

 予想していた通りの解答だ。ウマ娘は基本的に走る事を楽しい、と思って居る。だからこそ、レースに出て戦ったり、高順位を勝ち取って喜んだり、ウイニングライブで命一杯踊る事が出来たりしている。

 つまり、ストロングブラッドと他のウマ娘とは明確なズレが存在している。と言う決定的な事実が明らかになった訳だ。

 が、明らかになったからと言って、どうにかなる訳が無い。寧ろより複雑になっているし、いい方法は思いつく事が無い。

 

「何か良い方法は無いのかな?」

 

 何度言ったか分からない悩みを、幾度となく繰り返す。口にした所で、言葉にした所で、どうにかなる訳でもない。

 けれど、口にしないとやってられないと言うのも、また事実であった。全く人生とはままならないモノだ、と溜息を吐いてしまう。

 一度体重制限が理由で、一食ご飯を三杯までに減らされてしまった様な憂鬱さだ。あの時は本当に辛かった。

 

「その本人に相談出来れば、少しはマシになるとは思いますが……」

「見つからないとなると、結構難しいデスね」

 

 グラスワンダーは焼き魚を丁寧にほぐしながら。エルコンドルパサーは、食べ物にデスソースをぶちまけながら提案する。

 状況は一向に良くならない。

 そして、今の食事の状況も。

 

 デスソースの勢いはすさまじく、少なからず周囲に飛び跳ねる。エルコンドルパサーの持っているデスソースは、少し舐めただけでも舌が焼けてしまう特別製。そんなモノを舐めてお前の味覚は大丈夫なのか? と質問したくなるが、エルコンドルパサーは毎日よく掛けて食べているので大丈夫だろう。

 

 が、周りは当然大丈夫とは言えない。飛び散ったソースの行く先は、近くに置かれたグラスワンダーとスペシャルウィークの食事へと入り込んでしまう。スペシャルウィークとしては、少々掛かったくらいは大丈夫だが、グラスワンダーはそうは行かない。

 

「エル、少しソースの勢いを弱めた方が良いんじゃ無いんですか?」

「大丈夫デース。これ位掛けた方が美味しいんデスよ‼」

 

 今は穏やかな笑みを浮かべながら、エルコンドルパサーを諫めるが効果は無い。心なしか、圧を感じてしまうのは、錯覚なのだろうか。

 しかし、デスソースをかけまくってテンションが上がりに上がっているエルコンドルパサーの耳には届かない。

 

「エル、良いですか? 食事と言うのは、皆が楽しく食べる事が出来てこその食事なのです。ですがそこで誰かが自己中心的な行動を取れば、皆が不愉快な思いになってしまいます。貴方は、分かっていますよね」

「あ、ソースが……」

 

 グラスワンダーの警告も虚しく、デスソースによる猛攻は続いて行く。そしてとうとう、噴出されたデスソースが、グラスワンダーの頬に付着した。擬音を付けるのであれば、ベチャ、と言った所だろうか。

 付着した瞬間、グラスワンダーの微笑みはどんどん険しくなっていき、怒っているのは誰の目からも明らかだった。

 

 気が付いた瞬間、エルコンドルパサーの身体は地面に叩きつけられていた。周りに配慮してなのか、エルコンドルパサー自身に配慮してなのか、少し開けた場所で。威力はほんの少し控えめで。

 

「あ、あれ? グラ……ス?」

「うふふ。エル、寝技の練習でもしましょうか。ついでに、身体も柔らかくなるから一石二鳥ですよー」

 

 これはマズい。状況から、本能的に察するが、時すでに遅し。

 既にグラスワンダーの怒り最頂点に達しており、浮かべる笑みの背後には般若の姿が現れてしまっている始末。

 幻覚なのか⁉ と一瞬思ってしまうが、案外そうでも無いらしい。

 

「あ、あの、グラス、本当にごめんな……」

「問答無用でしてー」

 

 謝罪も虚しく、グラスワンダーの仕置きは無慈悲に始まる。メリメリ、パキパキと、明らかになってはいけない音が響く。

 

「ノオオオォォォ‼ グラス、そこは、そこは、曲がりまセン‼」

「大丈夫ですよ。もっともっと、行けましてー」

 

 エルコンドルパサーは身体中に駆け巡る激痛に絶叫して、グラスワンダーは只々楽し気に笑うだけ。

 ある種の狂気的な光景だ。

 スペシャルウィークも自身の抱えている悩みが無ければ、戸惑いある種の恐怖を抱いていたかもしれない。

 

 しかし、悩みを抱いていたスペシャルウィークは、ぼんやりとその光景を眺めていた。傍から見れば、精神を病んでいるのでは? とも取れる光景だ。

 だが、スペシャルウィークはじーっと見続けて、何かを閃いた。事実、頭から電球の様な何かが現れて来た程だ。

 

「そう、だよね。やっぱり、そうだよね‼ やっぱりこれしか無いよ! よしっ、そうと決めれば早くしなくちゃ!」

 

 はやる気持ちを抑えながら、スペシャルウィークはテーブルに置かれた食事を掻き込む。普段なら味わう所だが、今はその時間すら惜しい。

 昼食を抜く、と言う選択を取らない辺り、流石は食いしん坊と言うべきだろう。ものの数分で食事を終え、急いで後片付けをする。

 グラスワンダーによる、エルコンドルパサーのストレッチ(自称)はまだ終わっておらず、未だに絶叫が響き渡っている。

 

「グラスちゃん。エルちゃん。ありがとう! 私、ちょっと行ってくるね!」

 

 2人の返答を聞く間もなく、スペシャルウィークは――スピカの元へと足早に駆け抜けていく。

 

「……どういう、事デスか?」

「うーん、恐らくは解決したんじゃないかと」

 

 2人は顔を見合わせて、困惑気な表情。先程のスペシャルウィークからの質問と同じ位、困惑していた表情だった。

 

「それはともかく、ストレッチを再開しましょうか」

「え? グラス、もう許して下さ……アァァァァァァ‼」

 

 食堂にて、また絶叫が木霊するのであった。

 

「へー、そんなに人参を賭けても良いの?」

「あらそちらこそ、そんなに人参を賭けて、良い度胸じゃありませんの?」

「ハッ、今のアタシはツキが回っている。フフ、見てろよ! ここで奪われた人参を全て奪い取って見せる!」

「……お前ら、そんな風に賭け事なんかしやがって……まあ、俺も同類だから、偉そうな事は言えないんだがな……」

 

 上から順に、トウカイテイオーとメジロマックイーン。ゴールドシップと、無理矢理巻き込まれた沖野が机に座っている。

 右手は額に置かれており、手には一枚のトランプが。机の上に置かれているのは、数本の人参たち。

 

 それぞれの4本、3本、5本、2本と言った具合に、まるで掛け金の様に置かれている。否、様では無く、掛け金として置かれているのだ。

 理由は至極単純で、四人は賭け事――数多の種類の一つでもある、インディアンポーカーに興じているからである。

 

 簡単にルールを述べるのであれば、自身は額に置かれたカードが見えず、相手のカードだけが見える状況下。

 相手のカードより、自身の額に置かれているカードが大きければ勝ちのゲームだ。因みに、それぞれの数の大きさは、上から順に1、1、1、2だ。

 

 勝てると踏んだ三人は、見事に負けてしまい、沖野に全て人参が譲渡された。沖野はウマ娘では無いので、大量の人参を貰っても嬉しく無い。だが、勝ちは勝ちなので、取り敢えず全部貰っておくことに。

 これから人参尽くしの料理が、数日は続く事だろう。

 

「そう言えばトレーナー。ストロングブラッドとはどうやって出会ったっけか?」

「はあ? なんだ、藪から棒に?」

「あ、それボクも気になる!」

「私も一応聞いておきたいですわね」

 

 数日前、散々な振る舞いをしたストロングブラッドではあったが、ソレでも気になる者は気になるらしい。

 相手を蹴落とそうなどと言った害意や敵意などでは無く、只々純粋な好奇心。仮にここで断れば、面倒な事になるのは嫌でも予想できる。

 

「と言うか、ゴールドシップ。お前も、一応その時の事は知ってるだろ?」

「いんや、正直覚えてない」

「お前なぁ……」

 

 普段から奇行が目立つゴールドシップ。記憶力は良い方だったし、覚えていた筈だったと思って居たのだが……。

 と考えて頭を振る。

 

 まあ、本人が覚えていないと言っているのだから、別に追及する事も無いだろう。時間に余裕がある訳だし、聞かせても問題は無い。

 思えばストロングブラッドとの出会いから、それ程時間が経っていないと言うのに、やけに懐かしく思えてしまう。

 

 生きているのではなく、只死んでいないだけの少女。

 あの時のストロングブラッドは、そう表現するのが適切な有様だった。

 




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