「落ち着いたか」
「ご迷惑っ……お掛けしました……」
大泣きしていたユウリも漸く落ち着きを取り戻す事が出来た、が今度は先程までの自分の事が恥ずかしくなったのか顔を真っ赤にしながら顔を伏せてしまっている。
「自分で分かってるなら良い、だがお前さんは今回が初めての旅だ。だからこそ先輩の言葉には耳を傾けような」
「はいっ……」
消え入りそうな声、それだけ反省している―――のもあるがそれ以上に泣きじゃくっている間ずっとリョウマに抱き着いたままだったので其方の意味でも恥ずかしさが強い。リョウマもそれを何となくだが理解しているので敢えてそれは追及しないでおく、彼女自身だって忘れたい事なのは間違いだろう。
「あ、あのっリョウマさんその……服っ……」
「服が如何かしたか」
「あ~ほらっユウリの涙とかで濡れまくってるわよ」
「ああそういう事」
この程度気にしないから忘れていいと返しておく、ポケモンの特訓をしていれば服が燃えたり濡れたりするのは最早当たり前の事でしかない。
「ユウリ気にしない」
「だ、だって……」
「女の子の涙で服が濡れる、寧ろ勲章」
「何でお前がそれ言うかなぁ……まあ男冥利には尽きるわな、それに―――トウコにもよく濡らされたから慣れたもんだ」
えっ……?とユウリが顔を向けると何故か胸を張っている先輩がそこにはいる、言葉少なめでクールな印象を受ける彼女も自分と同じようにリョウマの胸の中で泣いていたというのがいまいち信じられないがリョウマ曰く、寧ろ旅が始まったばかりは泣きまくっていて困らされた位だったらしい。少しだけ意外と思っているとそろそろ話を変えて欲しいだろうと気を利かせたソニアがエーフィについて話を変える。
「それにしてもリョウマの最初の相棒ってエーフィだったのね、その内見せるからって話してくれなかったけど……この子がエーフィ……」
「フィ」
そうよ私がリョウマの相棒よと胸を張るように得意げな顔を肩の上で作っているエーフィにソニアは興味深そうな顔を向けていた。イーブイから派生する進化ポケモンの一匹、エスパータイプのエーフィ。イーブイ自体はガラル地方にも生息しているが矢張り生息数は少なく希少なポケモンとして有名。
「ほらっエーフィ、これから一緒に旅する二人に御挨拶だ」
「フィッ」
肩から降りると鼻を鳴らす、まるで二人を品定めするかのような仕草にソニアは思わず緊張してしまう。がユウリは緊張しない所かその美しい毛並みに見惚れてしまっていた。ビロードのような美しく艶のある毛並みに額の美しい紅玉、極めて気品があるように感じられる。しかしそんなエーフィはソニアには何処かそっぽを向き、ユウリを慰めるように手を舐める。
「フィッフィ~フィ」
「こらエーフィ……悪い此奴ちょっと気難しいところあってな」
「えっリョウマって今の意味分かるの?」
「当たり前。エーフィは私よりもずっとずっと長い」
リョウマが幼少の頃からの付き合い故に雰囲気や仕草で何を伝えたいのかは簡単に理解出来る、エスパータイプなのでテレパシーのような物で意志を伝える事も出来るがそんな事する必要すらない程に互いに通じ合っている。
「ソニアはこれからに期待、ユウリには頑張れだとさ」
「ああはい、頑張ります……でいいのかしらこれって……」
「多分な……まあこのまま旅の注意する事とか説明しておくか」
エーフィには周囲警戒を頼むが、本人はえ~?何で私がそんなことするのよっと言いたげな顔をしている。だがリョウマが頼むよっと押すとしょうがないわねっと僅かにツンデレっぽい仕草をしながらリョウマの膝の上に乗りながら周囲警戒を始める。
エーフィは敏感かつ細かな体毛によって空気の流れから天気や相手の行動を感じ取る事が出来るので警戒態勢さえ作れればこの状態でも十分に役目は果たしてくれる。まあ膝に乗ったのは完全にそうしたいからだろうが、ついでに触り心地の良い毛並みを撫でながら進行する。
「旅をする上で一番警戒するべきなのは野生のポケモン。彼らにも彼らなり生活スタイルがあるし縄張りなんかもある、それを荒らされたと思えば攻撃を仕掛けてくる。あのイワークみたいにな」
「えっリョウマはあのイワークが縄張り主って分かってたの?」
「立派なイワークだったからな、多分あれは進化待ちの個体だな。進化の時期が近くてちょっと神経質になってたんだろうな、だから完全に戦意が無いって分かってたのに攻撃を仕掛けてきたんだろ」
「じゃあ、やっぱり私が悪かったんだ……」
明確な理由があって攻撃してきた、自分がいけなかったんだと強く反省する。
「ポケモンって言うのは俺達が思っている以上に賢いし強い。だから侮るって事を一番しちゃいけない、常に尊敬の心を忘れないようにな」
「尊敬……」
「ああっそうだ。例えばだ、俺とトウコが旅の途中で見た事だが……コイキングっているよな、あの一番弱いポケモンとも言われるあのコイキング」
それにソニアは勿論、ユウリも頷いた。みずタイプなのに川の流れにさえ負けてしまう程に弱いポケモンとして世界的に有名、だが同時にその進化系であるギャラドスになるという事も有名。
「コイキングは進化の為にとある島の滝を昇って行くんだ、並の水ポケモンでも大変な滝を幾つも」
「それって昇れるの?だってあのコイキングでしょ」
「思った、でも違った」
「ああ。コイキング達はその滝を次々と昇って行くんだ、中にはその年には無理でも次の年には昇るって奴も居るってコイキング調べてるウォッチャーのおっちゃんが言ってた。幾つかの滝をコイキングたちは必死に力強く昇っていく」
その話にソニアは思わずメモを取っていた。研究者としてもトレーナーとしても完全に意識から除外していたコイキングがそんな事をするなんて知らなかったから、そしてそこまでの力を持つなんて事も知らなかった。そしてユウリはポケモンの神秘を垣間見たような気分になり喉を鳴らしながら真剣に聞いていた。
「そして昇り切ったコイキング達はその日の夜、月明かりに照らされる中―――ギャラドスに進化していったんだ。弱弱しいコイキング達は猛々しいギャラドスになってコイキング達を連れて海へと帰る。また来年、進化する為に力を蓄えようとするコイキングと一緒にな」
これがポケモンの力強さ、そして賢さ。今は敵わない、出来ないのなら次の機会に備える為に力を付けようとする。それはこの世界に生きる全てのポケモンに共通する行動と言っても差し支えない。
「トレーナーにとって一番大切なのはポケモンを理解する事だ。それは野生でも手持ちでも同じだ、縄張りを持つなら爪痕とかで自分の存在を主張する。そしてそれは手持ちでも応用できる、例えば俺のエーフィだが……ちょっと素直じゃなくてな」
「フィッ!!フィィィッ……フィッ~♪」
そんな事ないわよっ!!と大きく鳴くが直後に喉を指で摩られて気持ちよさげな声を漏らす。
「昔っから甘えん坊でな、常に自分を見て欲しい上にちょっと嫉妬深くてな」
「もしかして私達に挨拶してって事でちょっとご機嫌斜めだったって事……?」
「あるだろうな」
それを見てユウリはエーフィとの関係が羨ましかった。リョウマはエーフィを、エーフィはリョウマを心から理解しあっている。それは唯長い付き合いだからという訳ではなくそれだけ強い絆で結ばれている証明でもあるのである。自分もあんな風にダンテから貰ったポケモンと築けるだろうかと不安になるがトウコが肩を叩く。
「トウコちゃん……」
「まだ始まり、先は長い」
「―――そうだよね、まだまだ私の旅はこれから……リョウマさんこれからいろいろ教えて貰ってもいいですか!?」
「おう色々頼れ」
その言葉に瞳を輝かせながら漸く浮かべた笑顔のまま頭を下げた。そして同時に胸に暖かいものが灯る、助けて貰っただけではない。本当にこの人は尊敬出来る人なんだと思うとそれが熱くなってくる。もっと色んな事を学びたい、もっと色々知りたいと思って改めてそれを口にする。
「私頑張ります!!」
新人トレーナー・ユウリ。彼女の冒険は此処から始まる。
コイキングのくだり、アニポケネタ。