凛とイザック
時刻は1時を回り、5陣営のマスターのうち女性2人が寝床に入り、男性3人と士郎が酒盛りをしてる中、その様子を片付けながら眺めていた凛にイザックが近寄り、声をかける。
「ミセス・エミヤ。
少し…」
彼は脱いだ神父服と十字架のペンダントを近くの机に置けば、親指で玄関の扉を指す。
「…えぇ、分かったわ。
士郎、ちょっと出てくる。」
士郎に声をかければ、彼は不思議そうな顔をしながら「あぁ、気をつけてな、凛。」
と声をかける。
カラン、と鈴の乾いた音が静かな港に響く。
イザックは扉を押え、凛が出てくるのを待つ。
「それで、何の用かしら、イザックさん。
口説こうとしても無駄よ?私は人妻何だから。」
港を歩き、広い広場のようなところに出る。
そこで凛は振り向き、イザックの方を見る。
「…私事ですが、少しお話をしても?」
イザックはそんな彼女の目を見てそう問いかける。
彼女は何も言わず、頷く。
「…これは、私が10歳の頃です。」
彼は少し頭を下げ、こう話を切り出す。
「あの頃、私は親に捨てられた悲しい子供でした。
酒に溺れた父と男に溺れた母。
彼らは俗に言う、ろくでなしでした。」
空に浮かぶ星々を見て懐かしむように、だが寂しそうに続ける。
「そこで、私はとある1人の神父に拾われ、教会で孤児として育てられました。
…フランスのド・ロベール教会。
私はそこを管理する神父の苗字を頂きました。
ド・ロベール教会まで私を連れてきたその男は、それから度々フランスに訪れては私の事を気に来てくれました。
…彼はその度に私にある武術と魔術の稽古をつけて貰っていました。
しかし…。」
彼はそこまで言うと、俯き、続ける。
「彼の訃報が私の元に届きました。
2004年の、冬の日でした。」
彼がそう言うと、凛がハッ、とした表情になる。
「そう、その男の名前は
彼はよく貴女や魔術の師であるお父上のお話を私にしてくれました。
…だが、彼は外道だった。その事を知った時は酷く落ち込んだものです。
しかし、彼は私の恩人だ。
どんな人であろうと、どんなことをやった人であろうと私はあの人を愛している。」
彼がそう言うと、拳を構え、凛の方を見る。
「…お手合わせ願いたい、ミセス・
姉弟弟子として、互いにあの人を知る者として。
彼の残してくれた唯一の贈り物である『八極拳』。
貴女にもその心得があるでしょう?
我儘ですが…
私に、あの人の温もりを思い出させて欲しい。」
それを聞けば、一瞬キョトンとしたような表情になるが、フッ、と笑い
「どこにそんな神父がいるのよ。
まぁいいわ。でも、手加減はしてよね。」
と言って彼女も構える。
「…では、お手並み拝見…!」
そう言えば一気に距離を詰め、彼女の胸を狙う。
「速…!」
一瞬戸惑ったが、冷静に後ろに下がり、華奢な肘から繰り出さられるとは思えない威力の肘打ちを彼の腹に打ち込む。
「くふ…っ!
いい打ち込みだ…!」
彼はふらり、とよろけ血反吐を吐くが、ニィ、と笑みを浮かべ、すぐに体勢を立て直す。
「はぁっ!」
掛け声と共に彼は腹に打ち込もうとする。
だが、その肘が凛の腹に当たることはなく、手のひらで受け止められる。
それから打ち合いが小一時間ほど続き。2人は地面に寝そべっていた。
「はぁ〜!!疲れた!
久々に打ち合いなんてしたわ。」
凛は大きなため息を着くと、イザックの方を見る。
彼の服には土埃が付着しており、ボロボロだった。
「ねぇ、イザックさん。
貴方、わざと受け止めさせてたでしょ。」
彼はそれを聞くと腕で顔を隠し
「……なんのことでしょうか。」
と小さく呟く。
「私がまだ未熟だっただけです。
決して手を抜いたという訳ではなく。」
そう言って立ち上がると、凛の方に手を出し
「戻りましょう。
ミセス・エミヤ。この寒さはレディの体に堪えます。」
と言いながら微笑む。
彼女はそれに微笑み返し、手を取ったのだった。
3章に繋がる前のちょっとした日常編を書いてみました。
後2.3話こんな話を書くので3章突入はしばしお待ち。