重波   作:べっこ


オリジナル歴史/戦記
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第1話

 他の列強が取ってつけたような同族論や宗教論議で旧大陸に引きこもり、不毛な陣取り合戦と山登りに精を出す中、人の土地で空きテナント占領をしつつ漁夫の利で列強の一角に食い込む海洋国家があった。

 しかしそれらを維持しつつ本国の状況を安定させるために旧大陸への戦争にいやおうなしに国力を割かれた結果、内地外地問わず重税が課されたことに加え、交易保護のための不均衡な関税が一方的に課され、新大陸植民地との摩擦が激化。暴動は民兵を巻き込み内紛へ発展していた。

 沈む日に向かって船は進む。その甲板の上でタバコをふかしながら強い日差しを避けるよう艦橋裏の壁にもたれかかる。思い出すは五年前、あの新人兵長との初仕事のことであった。

 

 港からネズミが入ったとのことで、川沿いに下り住宅街を通り過ぎ貧民街のあたりを虱潰しに痕跡や目撃情報を求めてドサ回り。新大陸から出戻ってきたという兵長はもともとこういった場所の生まれで非常にその手の作法に長けていた。

 首都郊外の一角、もともと紡績や水運で食っているそこそこの大きさのこの町は、国が蒸気機械による大量生産を試すために地元資本家と共に建てた工場の煙突が遠目に見え、その煙と共に日を隠す陰鬱とした場所であった。

 些細な情報でも収集する必要がある上、情報提供者は事の本質を理解していないため、さなか関係のない案件に関しても耳に入ってくる。

「ホシとは関係ないでしょうけど、例の工場にちょっかい出しに行ってるやつはそれなりにいるようですね」

「仕事を奪われる恐怖はひとしおだろう。機織りが人員が半分でよくなり効率化され、綿糸の需要が増えるかと思ったらそれもまた機械によって合理化された。このまま蒸気機関が発展すればいよいよ人はいらなくなる。おまけに三流ブンヤやカストリ雑誌どもが煽り立てるからなおたちが悪い。だがそう的外れな指摘でもない、そのうち馬や風、水夫の代わりに機械がモノを運ぶようになる、当の本人たちにはまだピンと来てないようだが。炭鉱だと汲み上げポンプに使ってる蒸気機関がいたくお気に召したオーナーがこれでモノを動かそうと発明家共に金をばらまいてるらしい」

「ははぁ、曹長。私は向こうから戻ってからまだ日が浅いもんでよくわからないですが、時代に取り残されたというより頑固者が風を読み違えているようにも感じますね。これに関しては押さえつける側の議会や資本家共も彼らのことを笑っていられんでしょうが。しばらくぶりに来てみれば、内地というのはこうもすえた臭いのするものでしたっけ」

 兵長は苦笑いを浮かべながら路地を先導する。というのも南方大陸から帰って以来普段はデスク勤務が多い私はこの辺を調べたことはなかった。兵長曰くこういった町は猥雑なだけに見えても住む者にとってある程度暮らしやすく作られているらしく慣れれば歩き方というものが分かるらしい。

「すんません曹長また行き止まりだ」

本日何度目かの行き止まりだ、しかし彼の土地勘が鈍っているわけではない。建物と建物の間や橋の上下、時には二階から張り出したように家やバラックが増築され迷宮を作り出しているのだ。また道をふさいでいるのは家屋だけではない、急ごしらえの質屋や市場が巧妙に生活の隙間を埋めているのだ。

そして、昼間だというのに路地がこれほど薄暗いのは建物が密集しているかだと思ったがそれだけではない。煤だ、煤が建物を灰色に染め上げ視覚的に薄暗い街を見せているのだ。税金対策で窓を埋め立てた家々は文字通り黒い壁としてそびえているのだ。

 

川に目をやると赤子、否、人形が浮き沈みしてゆっくりと下流へと向かっているその上を黒い靄のような虫の群れが通り過ぎ、対岸では裸で川に入る少年たちがそれを慣れた様子で払いのけ、網に入った大小様々な黒々と輝く戦利品を運んでいる。担ぐ肩を変えたとき飛び散るしぶきが壁に当たると、煤の下かすかに見えていた波模様が焦げた蛾となり逃げるように飛び去って行く。

ここ十年程度で劇的な変化である。

しかしこれらはまだ序の口なのだろう、次々と新しい蒸気機械が発明されている。いずれこの町にあるような工場がより大規模にあちこちにできる。現在より高圧で動かすものも検討されていると聞く、機械も発展すれば都市部はみな黒くなり川が腐臭で満ちることは火を見るより明らかであった。

「知ってはいた。何度か来たことはある、しかしながら改めて目の当たりにすると」

「すごいですね曹長。自らの足元を削ってボタ山を作っているのがこの国です。護国卿閣下もまさかこれほどになるとは予想していなかったでしょう」

窓のない街並みを抜け、一つ目の妖怪のようになった家ばかりが立ち並ぶ通りを過ぎたあたりで、西の風がかき集めた雲は、そのダムの隙間から僅かに漏れたかと思えばいよいよ決壊し、先刻まで日に当たっていた場所をしたたかに打ち付けた。

 たまらずたまり場で安馬車を拾い帰路に就く。

 雨が降ったからか、先程までとはうって変わって地面から滲み出ているような臭いが立ち上り、それと雨の臭いが混じりあい南方植民地の記憶を想起させる。そして昼の臭気が消えたからか、入り口を通り過ぎる度に路地裏の得も言われぬ悪臭が、大通りにいても鼻を突いてきた。

 進むこと暫く、無言の私に気を使ってか兵長があれこれととりとめのないことや、既に聞いた覚えのある四方山話を私の生返事を尻目に矢継ぎ早に投げてきた。

「曹長さんはこの臭い苦手でしょう。昼間の臭いは煙たさが勝っていましたが、この雨の臭いはここ本来の臭いでしょうから」

これが好きなやつはよほど趣味が悪いとしか言えないだろう。

「えぇ、俺も嫌いですよ。でもこれが俺の故郷の臭いで、俺の故郷の臭いじゃないんです。矛盾しちゃってますけどね」

声音が特段変わった訳ではなかった。ともすれば先ほどまでのくだらない話に埋もれてしまっていただろうその話題に思わず肩が揺れる。そんな私を知るや知らずか、兵長は視線を前のまま、しかしどこか遠くを見るかのように続きを語る。

「俺の親父は北嶺の出身だったそうです。出稼ぎの第一波だか第二波でこっちに来たみたいで。俺がこれを知ってるのもお袋が偶に思い出したかのように何度もこれだけ話してくるからなんですよ。細かいこと教えなかったのは、やっぱ碌でもない人間だったからなんでしょうけど。俺にとっちゃ勝手に想像する北嶺の光景が故郷だったんです。独り立ちして実際行ってみると思ってた以上に厳しいとこでしたけど、天狗川に腹表にして浮かぶよか、好きなとこの土になった方が俺は満足できる気がして。だから新大陸の屯田兵のポスター見たときには驚きました」

 あれは確か入植者をできるだけ多く送り込むための方策で、貧民や北嶺人を三等兵相当の疑似階級を与えて放り込み厄介払いする意図もあったはずだ。

「知らないかもしれませんが、あれには三年勤めたら一等兵として軍がそのまんま雇ってくれるって触れ込みでしてね。ほかの奴は死ぬかちっちゃい土地もって地主になるかだったけど、だから驚いたんです自分がこんなに生きることをあきらめてなかったなんて」

 兵長の話がひと段落したところで丁度オフィスが見えてきた。

遠目にも川には目に見えて船の数が増え、雨から貨物を守ろうと甲板を駆け回る水夫たちの喧騒がよく聞こえてくる。

 所属と積み荷を見る限りほとんどが東から来た船でこれから西に向かうところであったのだろう。そしていつも通り渋滞し、いつも通り災難にあっている。いい加減ドックでも作ればいいものを。

 降車し、何の気なしに周りを見れば先ほどはうって変わって密集した建物の明かりがあたりを照らしていた。

 オフィスはいつも以上に静まり返っていた。手透きの人員は全員出払っているのだろう。そんな中冷えた体にコーヒーを流し込みながらデスクで人心地をつける。

「コーヒー。話には聞いたことありましたけど、美味いですか? それ」

「ならようこそこちら側へ。この苦みと香りがブルジョワ的贅沢というものだよ」

「はぁ、まだまだ縁遠い話ですね。うん、やっぱり苦い」

 私が芝居がかってコーヒーの贅沢を説くも、兵長は一口飲んだ後は砂糖とミルクをこれでもかと注ぎ、渋い顔をしながら飲み干す。

目の前の悪逆非道を直視すまいと窓に目をやれば、港では茶の荷下ろしでひと悶着おきているようであった。大方関税がらみであろうが。

 亜大陸のコーヒーが疫病で減産して以来、向こうからは茶葉ばかりが送られてくるようになってもうずいぶん経つ。他国との競争にも負け、本国に流れてくるコーヒー豆の量が乏しくなり、コーヒーショップがその数を減らす一方で茶の人気が高まり、その需要は増え続ける一方であった。

「兵長は茶のほうが好きかね?」

「えぇ、まぁ。こっちに来てからはさっぱり飲んでいませんがね」

「それはまたどうして? むしろ価格はこっちの方が安いはずでは?」

「あぁ、曹長はご存じないんですねぇ。あっちは非正規や他国からの供給のおかげでむしろ価格は控えめなんですよ。本国経由や亜大陸からの正規品は高くってどうも。これは他のやつもそうなんですが、特にここ最近は先の戦争と他の植民地の保護のためにってんで余計な関税とか中抜きが多くって密貿易なしにはやってられませんよ」

 兵長は早口で後半は最早捲し立てるように訴えてくる。

「こっちだってそうでしょう、紙、インク、印紙、茶、砂糖、おまけに窓! 今度はドアにでも税金をかけるつもりで?」

 

 そこから先はなぜか覚えていない。だが事実私がこうして船に揺られていることが事の結末を示しているのだろう。

 



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