――もし明日世界が終わるなら、最後に何をしたい?
いつも通りの朝の喧噪の中、クラスの誰かが放った一言が、嫌に僕の頭に残っていた。
突然終わりを迎える物語なんて、あまりに不出来だ。それに、この平和に満ちた日常生活において〝その時〟の事を考えるのは、時間の無駄でしかないだろう。
……そう思っていたんだ。彼女に出会うまでは。
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朝目を覚まし、自宅近くの駅から電車に乗り高校へ向かう。
学校へ着いてしまえば後は友人ととりとめもない話に花を咲かせたり、教師の文句を言ったりと年相応で普通な時間を過ごすのみ。……だから、と油断していたワケでは決して無い。
彼にとってはあまりに突然の出来事で、準備のしようがなかったのだから。
「――見つけた」
その日、セカイは夜道を一人で歩いていた。とはいえ完全な真っ暗闇では無く、街灯が淡く足下を照らしてくれている。
さて、そんな彼の目の前に現れたのは、一人の少女だった。
「誰……?」
街灯の明かりに照らされ彼女の輪郭が浮かび上がる。
腰の辺りまで伸びた艶やかな銀髪に、黄金色の瞳。服は春先とは思えないほどの厚着で、全身を包むようにぶかぶかの白いコートを着ている。
――不審者か……?
「私の名前は、
外見を裏切らない透き通るような声で、少女は言葉を紡ぐ。……が、勿論普通の男子高生であるセカイにとって彼女は見知らぬ存在で、自然と続けて疑問をぶつける事になった。
「……僕なんかに会って、どうするの?」
セカイの疑問に、天と名乗った少女は小さく息を吸う。
やがて彼女は意を決した表情でセカイの目を真っ直ぐ見据え、再び口を開いた。
「落ち着いて聞いて。――明日、この世界は終わるの。……止められる可能性があるのはキミだけなんだ、一色セカイ」
この平和な日常は、明日唐突に終わりを迎える。
あまりに荒唐無稽な話に、セカイは苦笑いを浮かべていた。
「……終わるって、どういう意味?核戦争でも始まるの?」
「明日、四月十日の午後三時二〇分に、この町に〝ある物体〟が飛来するの」
「隕石の衝突が原因で世界が滅ぶってこと……?洋画の世界じゃあるまいし」
セカイの言葉に、天は首を横に振る。
「正確には少し違う。……その隕石の中にいる〝ある生物〟が原因で世界は終わるの」
「……そのエイリアンを倒せるのが僕だけだって言うのか?作り話にしてもちょっと出来が悪いよ」
ため息交じりに
「……信じられないのは、仕方ないと思う。でも、確実に〝その時〟は明日くるから」
「ご忠告どうも」
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結局、翌日セカイは学校を休むことにした。
彼女からの忠告を真に受けたわけではないが、たとえ冗談だとしても昨日の話は少し気味が悪く、とてもいつも通りに登校するような気分にはならなかったのだ。
「……で、なんでウチに来てるの?」
「ここからなら、すぐに君を連れて目的地へ移動できるから」
「……そうですか」
ため息交じりに二人分の
「ほら、これでも飲んで冷静になって」
「……まだ私の話を疑ってるのが少し気になるけれど。まぁ、無理も無いよね。ありがとう。
――熱っ」
「猫舌か……?アイスにするべきだったかな」
「……いや、これはそういうのじゃないから」
急ぎカップから唇を離し、天は珈琲にふぅふぅと息を吹きかける。
――いや、それが猫舌じゃないなら何なんだ。
と、ツッコみたい気持ちは胸の中に秘め、セカイは部屋の時計を確認する。
時刻は午後二時半。彼女の言うところの世界の終わりまで、残り一時間を切っていた。
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〝ソレ〟が私に語りかけてきたのは、ちょうど自分の体が周りの子たちのものとは違うと気づいた頃だった。
彼からの言葉はいつも荒唐無稽で、あまりに話の規模が大きくて。けれど。
――もしそれらの話が本当なら、私は自分の命に価値を見出す事が出来ると……そう思ってしまったんだ。
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町民に避難指示が出たのは、全てが手遅れになった頃だった。
「……ほら、嘘じゃなかったでしょ?」
セカイが空を見上げると、いつもの景色の代わりに、赤く燃える巨大な塊が空の彼方から接近する姿が見えた。
「嘘だろ……」
「……信じてくれた?」
天はセカイの目を真っ直ぐ見据える。信じるも何も、今こうして目の前で事が始まってしまった以上彼には首肯する他なかった。
「でも……僕にしか止められないって!あんなデカいのをどうやって止めるんだよ!」
彼女の言っていた終わりの始まりまで、およそ一〇分。
自宅アパートの窓からでもはっきりとその姿は見えていて、実際の大きさなど見当もつかなかった。
「あー……えっと」やや気まずそうに視線を逸らし、天は薄く笑う。「ごめん、とりあえず逃げるとするよ」
「は……?」
セカイの困惑しきった顔に一瞥もくれず、天は彼の手を強く引く。
かくして、〝この世界〟最後の逃亡劇が幕を開けた。
よろしくな。