ロルカの手記 ハーメルン版   作:凪K

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6 ロモスの災厄 1

◆◆

 

 

 次の皆既日食は半年後、カール王国の真上で起きる。

 それとハンス博士からの手紙にはもうひとつ、皆既日食が起きる範囲にはロモスの一部も含まれるだろうって書かれてたらしい。

 

「それでロモスにも警告の手紙を?」

「はい。パプニカやベンガーナが教えてくれたみてえに、今度はカールからも伝えとくべきだろうって国王さまが」

「そうですか……」

 

 ショーロンポーとかいうちっちぇ肉まんじゅうの、最後のひとつを口に放りこむ。

 ちょっと苦いお茶をひとくち飲んでオレは続けた。

 

「むこうじゃもう知ってるかもしれねえけど、念のためにって」

 

 ロモス行きに選ばれたのはオレを入れて10人。

 正使は貴族のテオドアって人で、残りはこの人の護衛ってことだった。

 

「魔法でぱぱっと行ってこれりゃあいいんですけどね」

「ロルカ君は魔法使えないんですか?」

「ぜんっっぜん! です。契約もできなかったんで、こりゃもう剣のほうで頑張るしかねえなって」

「ふふ、君ならきっと素晴らしい戦士になれると思いますよ」

「あー…ど、ども」

 

 アバンに言われるとなんか気恥ずかしかった。

 騎士になったのは学者は無理だからってだけの話だったからな……。

 

「そ、それにしても10人もいるんならひとりぐらい、ロモスに行ったことある奴を入れといてほしかったですけどね」

 

 オレみたいに魔法が使えなくたって、移動用のアイテムはある。

 だけどそういうのはたいてい、行ったことがない場所に飛ぶことはできなかった。

 

「もしかすると──パプニカやベンガーナに派遣された人たちも、それらの国に行ったことがない人が優先的に選ばれているんじゃありませんか?」

「へっ? いやオレにはそこまでわからねえですけど……なんでですか」

 

「いろいろな国へ、すぐに飛べる人材を増やしておこうというお考えかなと思って。他国に協力を求めるにしても、戦えない人たちを避難させるにしても、そうしておけば手が足りなくなるなんてこともなくなるでしょうから」

「──⁉ そんな事態になるかもしれねえってことですか」

「ん~~。念のため、くらいのことかとは思いますけど……。何が起きるかわかりませんからねえ」

 

 腕組みして首をひねってるアバンからは、あんまり差し迫った感じがしなかった。

 

「アバン様はロモスに行ったことあるんですか?」

「ええ。緑豊かで素朴な感じの国でしたよ。とはいっても私が訪れたのはずいぶん昔のことですから、今ではいろいろと変わっているのかもしれませんけどね」

「それってやっぱり、魔王を倒す旅の途中で?」

「──……」

 

 ちょっと間があった。

 

「え? アバン様って勇者だったんですよね? ダイより前の……城でヘルマン様って人がなんかそんなこと言ってたんですけど──」

「まだ知ってる人がいるんですねえ…でも、それはここだけの話にしておいてくださいね」

「──? は、はい」

 

 アバンがロモスに行ったのは、武術の神様って呼ばれてた人に会うためだったらしい。そのころのロモスは山深い土地が多くて、動植物系のモンスターがよく出たって話だ。中でも魔の森って呼ばれてる一帯は土の性質のせいとかで、植物系のモンスターが異常にでかくて強かったってアバンはいってた。

 

「マンイーターや人面樹、人面蝶……あとたまにあばれ猿、とかでしたかねぇ。一体一体の強さはそうでもなくても、とにかく数が多くて大変でしたよ」

「その、武術の神様って人にはなんで会いに行ったんですか?」

「教えを乞いたいと思いまして。私は当時自分の剣技を完成させようとしていて……まあ早い話、我流だけでは限界があると感じてたんですよね」

「剣技……」

 

 魔王を斃したってんだから、アバンは相当強かったんだろう。

 その剣技を教えてほしいってオレは頼んでみたんだけど、騎士団に伝わってる流儀があるでしょう、あなたはそっちで強くなってくださいって断られちまった。

 

「ちぇっ。まあでもマンイーターだの人面樹だのってくらいなら大丈夫か」

「いえいえ大昔の話ですよ? 年月が経てば生息するモンスターの位階が上がっているなんてよくあることですし、狂暴化のことも気になります。くれぐれも油断はしないように」

「へいへ、あ……じゃなくって、はい」

「私にはふだん通りでいいんですよ」って、アバンは苦笑した。

 

 

◆◆

 

 

 ──ロモス。

 勇者ダイの物語だと、山みてぇにでっけえリザードマンをダイがナイフ一本でやっつけたって話の舞台だ。そいつは動物系モンスターの大群を率いて、ロモスの城を襲ってきたらしい。

 当時のロモス王はダイに感謝して、ダイにオリハルコンの冠を授けたんだとか。

 

「あと武術大会の話とかか。魔王軍の手下が、参加者を襲ってきたってやつ」

「ああ、なんかありましたね。勇者ダイの仲間だった武闘家が勝ち残ってて、見に来てたダイたちと一緒にその魔族を退治したとかって」

 

 先輩たちとしゃべりながら、何重にも垂れ下がってるツタを剣で斬りはらっていく。テオドアさんを護衛しながら踏み込んだのは、アバンとの話にも出てきた魔の森だった。

 襲ってくるモンスターと戦って、森を切り開きながらちょっと進んで、またモンスターと戦っての繰り返しだったけど、10人もいればそんな道行きにも割と余裕があった。

 

「そのへんの話は──おっと」

 

 ツタを切りはらって振りぬいた先輩の剣が、音をたてて岩をかむ。

 ねじれた大木の根元に、ベビーパンサーが丸くなったくらいの大きさの岩があった。まわりに生えてる雑草に埋もれてて見えなかったんだろう。

 

「またかよ……」

 

 剣をひいた先輩がちょっと嫌そうな顔をする。

 魔の森に入ってから、オレたちは何回かこういう岩に出くわしてた。

 だいたいどれも丸っこくてつるっとした岩だ。人が加工したってわけじゃなさそうだけど、なるべくキレイなやつを選んで置いたって感じのが多かった。

 

 オレたち騎士団のメンバーは最初気づかなかったんだけど、そばに枯れた花が散らばってたり、割れた皿の破片が埋もれかけたりしてたらしい。それに気づいてたテオドアさんが、「獣の墓なんじゃないか」っていってた。狩人とかが獲物以外の獣を殺しちまったとき、こんな感じに葬ってやることがあるんだそうだ。

 

 嫌そうな顔をしてた先輩も、いちおう簡単に祈りを捧げて。

 ツタを切りはらう作業に戻りながらロモスの話が続いた。

 

「そのへんの話って、なんかモヤモヤすんだよなあ」

「えっ? なにがですか」

「いやさ、さっきの話。武術大会の。魔王軍の手下ってやつ、結局なにが狙いだったんだろって思わねえ?」

「…………」

 

 オレは武術大会の話がどんなだったか思い出してみる。

 

 魔王軍に対抗するため、強い者を求めてロモス王は武術大会を開いた。

 試合はトーナメント形式で行われ、決勝に残った8人の中に勇者ダイの仲間がいた。この人は唯一の女性だった。

 そこに魔王軍の手下が現われ最強の8人を生きた檻に閉じこめたんだけど、勇者ダイと仲間の武闘家が檻を壊して、魔王軍の手下をやっつけた。

 

「確かに、言われてみれば……」

「生きた檻ってのもよくわかんねえし、殺さずに閉じこめただけってのも謎だし」

「あー、勇者ダイの記録ってそういう感じのトコ多いよな。書いてないとこは考えろ、ってことなのかねえ」

「そうではないだろう。おそらく当時の人々にはそれで伝わったということなのではないのかな。古い書物は朽ちてしまう前に写本を作るものだが、書き写すときに文字を間違えて意味が変わってしまったり、次に書写した者がそこへ独自の解釈を加えてしまったりして、内容が変わっていってしまったなんてケースも太古の書物にはしばしば見られる現象だから…もしかするとそういう可能性もあるかな」

 

 最後のは、テオドアさんがいったことだった。

 そんなことがあるのかって、みんな驚いてた。オレも驚いたけど、言われてみりゃあってもぜんぜん不思議じゃねえ話だ。誰だって間違えることくらいあるもんな……。

 

 

◆◆

 

 

 オレたちはまあ順調に森を進んでたんだけど、ようやくロモスのお城が見えてきたなってころにはもう日が暮れかけてた。お城の門が閉まるまでには間に合いそうもなくて、途中で見つけた村に行って、ひと晩泊めてもらおうかって話になった。

 

 村の人たちはみんな親切で、気持ちよくオレたちを受け入れてくれた。

 

 だけどこっちは10人の大所帯だ。

 全員まとめて世話になれるような家なんかもちろんなくて、オレたちは何軒かの家に分かれて泊めてもらうことになった。テオドアさんと護衛隊長のコイオスさんのふたりは教会だ。

 

 オレが世話になったのは、村のはしっこ、もう魔の森がそばまでせまってるって場所にある小さな家だ。そこに住んでるのはオレと年が近そうな夫婦だった。

 

 オレは薪割りや農具の手入れなんかを手伝いながら、魔の森で何度も見かけた岩のことを話した。仕事をしながらいろんなことをしゃべってて、話の流れで、って感じでいっただけだったんだけど、それでなんか空気が変わった。

 

「──?」

 

 若い夫婦はお互いに顔をみあわせて、ちょっと迷ってるみたいに見える。

 なんだ? って思ってるオレに、旦那さんのほうが話しはじめた。

 

「なんでも昔、この村には大変な災厄があったそうなんですが……」

「災厄?」

「ええ。おぞましいモンスターがとつぜん魔の森に現れて、まともに戦うこともできず村は全滅するかどうかの瀬戸際にあったんだと。ですがその頃の王子様がお城の兵士たちと駆けつけてくださって、それでなんとか助かったんだそうです」

 

 魔の森のあちこちにあった墓は、その時に作られたもんらしいって話だった。

 

「私たちは子どもの頃から、あれらに近づいてはいけないと教えられてきました。モンスターの呪いがふりかかるから、と──」

「……えっ?」

 

 オレはてっきり、モンスターとの戦闘に巻き込まれちまった獣とかの墓かと思ってた。

 だけどふたりの話じゃあ、あの岩を置いただけみてえな墓は、みんなその時のモンスターを埋めたもんらしいってことだった。

 

「ですからこの村の人間は、誰もそういう墓に近づきません」

 

 どうやらオレたちは魔の森の中でも、村の人たちが避けて通るあたりをわざわざ突っ切って来ちまってたらしい。オレたちは剣をぶち当てちまったり、テオドアさんなんてちょっと触ってたりしてたけど大丈夫か?

 

「…ん? いやちょっと待ってください。花が供えられてたり、お供えがされてたみてえなアトがあったんですけど、誰も近づいてねえってことはないんじゃ…」

「え?」

「えっ?」

 

 ふたりは同時に声をあげて、心底びっくりしてるみたいだった。

 

「村の者ではありえません!」

「じゃあ誰か、オレらみたいな通りすがりの人かもしれねえですね」

「そ、そうですよきっと! 私たちこうして無事に暮らせてるんだから──」

「あ、ああ。そうだよな……」

 

「あの、そのモンスターってどんなやつだったんですか?」

「詳しくはわかりません。ただとてもおぞましく恐ろしいモンスターだったとしか」

「なんでもその時の災厄で、王様も呪われてお亡くなりだったとか」

「えっ? でも村を助けてくれたのは王子様だったって」

「ええ、ええ。その王子様はこの村を助けてくださったあと、すぐ次の王様になられたんだということです」

「ってえことは、城にもモンスターが?」

「いえ、私の祖父などはこの村やお城だけのことではなかったんだろうといっていました」

「本当に大変な災厄だったんでしょうね……」

 

 奥さんが身震いする。

 よくわからねえモンスターが国じゅうに現れて、王様まで亡くなって、なのに詳しいことはわからねえってんじゃ無理もねえ。この家は魔の森に近いから余計なんだろう。

 

(……!)

 

「そっ……その災厄って何年くらい前のことだったんですか⁉」

「えっ? ど、どうだろう」

「ひょっとして100年前のことなんじゃ」

「さあ…、はっきり何年前かなんて考えたこともありませんでしたし──」

「名前は? 村を助けてくれたって王子様の名前とかわからねえですか⁉」

「ええと、確か──バペル? いやパベル様だったかも」

 

 どっちだかはっきりしねえけど、その王子様が王様になったのが100年前のことだったら。この村をおそったって災厄も皆既日食と関係があるのかもしれねえ。

 そう思ったらいてもたってもいられなくなった。

 

 

◆◆

 

 

 だけど100年前の皆既日食はロモスで起きたことじゃねえ。

 村の教会に走ってったオレは、隊長にいわれるまでそのことに気づいてなかった。

 

「まあお前にしちゃ上出来だよ、相談に来ただけな」

 

 きしし、と笑いながら隊長がオレの肩をたたく。

 またしばらく笑い話のネタにされんだろうなと思ったら、テンション上げてたさっきまでのテメエが恨めしかった。

 

 オレはただの護衛のひとりだ。他国の王様にいきなり質問なんかできねえだろう。

 だからテオドアさんから聞いてみてもらえねえかって頼みにきたワケだったんだけど、あぶねえところだった……。

 

「いや、まったく関係がないともいいきれないかもしれないよ」

「へっ?」

「謁見の状況にもよるけど…、聞けそうなら私から聞いておいてあげよう」

「い、いいんですか?」

「まあ私も下級貴族にすぎないからね、ちゃんとした約束はできないけど」

「いっ、いえ! マトモにとりあってもらえただけでも……ありがとうございます!」

 

 なんてやりとりがあって──

 とりあえずテオドアさんに頼めたってだけで納得したオレは教会をあとにして、もとの夫婦の家へ帰ろうとしてた。

 

 村ン中の道は平らな砂地で、湿った森のけもの道とはぜんぜん違う。

 だけど村は中心にある教会から離れるほど、だんだん森っぽくなってくみてえな感じがした。木々のあいだに建ってる家を何軒かとおりすぎて、もうちょっとで森にのみこまれちまうんじゃねえかってくらいの家が見えてくる。オレが世話になってるあの夫婦の家だ。

 

(……?)

 

 その家より少し先──魔の森の中を横切ってく人影があって、オレは首をかしげた。暗くてよくは見えなかったけど、髪の長い男だったってのはわかる。

 

(だけどあんな人いたっけか?)

 

 宿を求めてこの村に来た時、村長さんはオレたちをみんなに紹介してくれた。まあ村人全員じゃなかったのかもしれねえけど、オレはなんとなくテオドアさんがいってた花や供え物のアトのことを思い出して、そいつが消えてったほうへ、魔の森の中に踏み込んでった。

 

 もう夜だったし、最初はあんまり深入りするつもりもなかったんだ。

 木々のあいだにちらちらそいつの後ろ姿が見えるようになってきて、オレはちょっと目をこすった。むきだしのそいつの肩や腕が、なんか金属みてえに見えてきたからだ。

 

 そいつはオレたちがツタやなんかを斬りはらったアトを時々見上げたりしながら、森ン中をずんずん進んでく。運良くモンスターにも出くわさず、そいつはオレが思ったとおり、丸っこい岩を見つけて立ち止まった。

 だけどオレが思ったみてえに、花をたむけたり供え物をしたりする様子はねえ。

 

 人形みてえに突っ立ったまま、じっと岩を見下ろしてるそいつの全身は、やっぱり金属みてえだった。メタルスライムなんかが人型になったらあんな感じになるんじゃねえかな。上半身だけじゃなくなんにも着てなくて、どう見ても人間じゃなかった。

 

 ヤベえような気もしたんだけど、何をしてんだってほうがずっと気になって、オレはしばらく身を潜めたままそいつを見てた。

 

 じっとしてたそいつが動く。

 なんか気合でも入れたみてえな動作のあと、そいつはかがんで岩に手をかけると軽い感じで横へ転がした。そのまま犬みてえに土を掘り始めて──

 

「おいっ⁉ 何やってんだ‼」

「──⁉」

 

 ぎくっと動きを止めたそいつは、ホントに驚いたってカオでオレをふりかえった。

 悪ぃことしてるって自覚があるヤツのカオだって感じたら、警戒心がちょっとすっぽ抜けた。

 

「そりゃ墓だぞ、それも──」

 あんたと同じ、モンスターの墓だろ。

 

「……っち、んなこたあ言われなくてもわかってんだよ」

 立ち上がったそいつは、ものすごくばつが悪そうに吐き捨てた。

 

「だけどこれしか方法がねえ」

「…? なんの話だ」

「お前にゃ関係ねえだろうが。ってかお前なんなんだよ、急に出てきやがってよォ」

「オレはロルカだ。そっちこそ何モンなんだよ、こんなとこの墓を暴いてどうするつもりだったんだ?」

「…………」

 

 気のせいか、なんか恨めしそうな目をむけられた。

 

「どうもしねえよ、っつーか、どうにもできねえ……な」

「はぁ⁉ なんだそりゃ」

「うるせえよ黙ってろよ……ああ、クソッ‼」

 

 急に髪をかきむしって、そいつはどかっと地面に座り込んだ。

 あぐらをかいたそいつは、テメエが掘った浅い穴を情けねえ顔つきで見下ろしてた。なんか事情がありそうだったけど、それがなんなのかオレにはさっぱりわからねえ。

 

「意味ねえんだよなァ、オレがこんなことしたって」

 

 メタルな野郎は肩を落として盛大なため息をついてた。

 オレのことなんかもう意識もしてねえって感じでもういっぺん立ち上がると、さっさとルーラでどこかへ飛んでいっちまった。

 

(一体なんだったんだ? ありゃあ……)

 

 わけがわからなかったけど、そう悪いヤツには思えなかった。

 

 

 

 


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