ジェイドはものすごい速さで飛んだ。行きよりもずっと高く、ずっと激しい光を放ちながら飛んだ。
島国サヌークを超え、オザッカを超え、やがて盆地の向こうに小さく王都が見えてくる。
「あぁっ! 燃えてるわ!」
ユリアは思わず叫んだ。王都はあちこちから黒煙が上がり、物々しい雰囲気が伝わってくる。
ユリアは初めて見る戦争の恐ろしさに思わず背筋が凍る。あの煙の下では多くの人の命が奪われているのかもしれない。優しかった侍女たちがひどい目に遭っているのかも……。ユリアは目の前が真っ暗になり、うなだれた。
◇
王都が徐々に近づいてきて、被害の様子が明らかになってくる。黒煙は中心部のあちこちから立ち昇っており、宮殿の美しかった庭園も黒焦げになっていた。
「どこに行けばいい?」
ジェイドは王都へと急降下しながら聞いてくる。
「きゅ、宮殿北側の大広間にお願い!」
ユリアは青い顔でガタガタと震えながら答える。
ジェイドが宮殿に接近していくと、炎の矢や氷の槍といった攻撃魔法があちこちから一斉に放たれた。
ユリアは金色の魔法陣のシールドを展開してそれらの攻撃を弾き飛ばし、ジェイドは攻撃が放たれた拠点に次々とエネルギー弾を打ち込んでいく。
ズン! ズズン!
宮殿のあちこちが爆発炎上した。きっと何人も死者が出たに違いない。
ユリアは、すでに取り返しのつかないレベルで戦争に関与してしまったことに顔面蒼白となり、思わず震える自分の手を見た。
しかし、これが自分の選んだ道なのだ。元大聖女として王都を守り続けた
ユリアは涙をポロポロとこぼしながら前を向いた。
◇
宮殿の大広間の大きな窓から中の様子が見える。どうやら宴会が行われているようだった。もう呑気に祝勝会をしているのだ。よく見ると、侍女の女の子をはべらせて酒を飲んでいる。ユリアはぎゅっと奥歯をかみしめ、覚悟を決めた。オザッカを追い出した後の事など後で考えればいい。今は彼女たちの救出が先である。
「ジェイド! 大広間の壁をぶち抜いて!」
と、叫んだ。
ジェイドは一瞬考え込み、意を決すると、
「……。分かった。まかせろ」
そう言って、中に人がいない辺りの壁にそのまま体当たりしながら着地した。
ズガーン!
激しい衝撃音を放ちながら大広間にドラゴンが乱入し、浮かれ切っていたオザッカの将校たちは呆然とする。
「キャ――――!」「うわぁ!!」
大広間には悲鳴が響いた。
直後ユリアは
「
と、叫んで激しい光を放つ。
大広間には金色に輝くオーロラが展開され、無数の光の微粒子が人々に降りかかっていく。
将校たちも女の子たちも意識を奪われ、バタバタと次々と倒れた。
しかし、上級将校たちは魔法をレジストし、立ち上がる。
「これはこれは、元大聖女様じゃないですか」
一番奥で、頬に大きな傷を持つ筋骨隆々とした男が声を上げる。将軍クラスだろう。
「今すぐ王都から出ていって!」
ユリアは男をにらみ、叫んだ。
将軍はドラゴンをチラッと見ると肩をすくめながら言った。
「いいでしょう。ドラゴンと事を構えるほど馬鹿じゃない……。その代わり、王都の統治権は公爵殿に取ってもらってください。王都がまとまらずに荒れては困るのでね」
「それはダメよ。今回の侵略の裏に公爵がいることくらい知ってるのよ!」
将軍はピクッと眉を動かし、腕組みをして考えこむ。すると隣の将校が言った。
「大聖女さまはドラゴンを使って公爵家を滅ぼすつもりですか?」
「王都の街の人たちの安全と平和のためなら何だってやるわ!」
しかし、将校はいやらしい笑みを浮かべて言う。
「あなた、追放されたんですよね? 何の権限でそんなことを?」
ユリアはハッとする。追い出す正当性を問われるとユリアは弱い。政治的に言えば無関係な第三者がドラゴンを駆って王都を侵略している形になってしまう。
そして、言葉を失い、ギュッと唇を噛んで将校をにらんだ。
「黙れ!」
ジェイドの重低音の叫びが大広間に響いた。
その腹に響く重低音は本能的に人間には抗いがたい恐怖を呼ぶ。将校たちは青い顔をして黙り込んだ。
「今後どうするかはお前らには関係ない! 今すぐ撤退の指示をしろ!」
ジェイドはそう叫び、将校に撤退の指示を出させた。
王宮の外でパッパッパー! パッパッパー! と、撤退ラッパの音が響きわたる。
「て、撤退させました……」
将校は報告する。
するとジェイドは、
「ご苦労」
と言って、カッ! と衝撃波を放ち、将校たちを吹き飛ばした。
屈強な将校たちもドラゴンにかかれば赤子同然である。皆意識を失って転がっている。
ユリアは侍女たちを起こし、オザッカの将校たちを縄で縛るように指示すると、アルシェを探しに牢屋へと急いだ。