「これは……、どういうことだ?」
ジェイドは首を低くしてユリアを下ろしながら言った。
「誰も……いないのかしら?」
「いやいや、まだ宵の口、ディナータイムだ。誰もいないなんてこと無いだろう」
ジェイドはそう言うと人に戻る。
そして、二人は不気味に静まり返る宮殿へそろそろと近づいて行った。
正面の巨大なドアを引いてみると、ガチャリと重厚な音がして動く。カギもかかっていない。
二人は顔を見合わせ、うなずき合うと恐る恐るドアを開けた……。
中は真っ暗で、静まり返っている。
「誰も……、いないみたいよ?」
ユリアがキョロキョロと見回した時だった。急に魔法のランプがポツポツと光り始め、豪奢で広大なエントランスを照らしだす。
ひっ!
思わずジェイドにしがみつくユリア。
ジェイドはそっとユリアの頭をなで、辺りを見回す……。
エントランスの床には青を基調とした壮大なモザイクが施され、大理石でできた真っ白との壁との対比が美しく、壮麗な雰囲気を演出していた。
そして、優美な曲線を描きながら二階へと続く赤じゅうたんの階段、王宮よりも立派な造りにユリアは
「お待ちしていましたよ、グフフフ……」
いきなり声がした。
二人が見上げると、正面の階段をニヤけた男がスタスタと下りてくる。
それはユリアも見覚えもある、頭の薄くなった小太りの中年、ホレス公爵だった。
「こ、公爵! いたのね!」
ユリアは公爵の不気味さに気おされながら声を上げる。
「ドラゴンを殺す様子なんて、家の者には見せられないのでね……」
いやらしい笑みを浮かべるホレス。
『ドラゴンを殺す』というホレスの言葉にユリアは激しい違和感を覚えた。そんなことただの人間にできる訳がない。なぜ、そんなことが言えるのだろう? ホレスの異様な雰囲気にユリアは背筋に冷たいものを感じた。
「よ、よくも追放なんてしてくれたわね! あなたの悪だくみはバレてるの。法廷で裁いてやるから神妙にしなさい!」
ユリアは勇気を振り絞って叫ぶ。
「グフフフ、弱い犬ほどよく吠える……ほわぁぁぁ!」
ホレスがそう叫ぶと、全身がボコボコと膨れだし、肌の色も緑へと変わり始める。
「へっ!?」
思わず後ずさりするユリア。
グッ、グッ……グギャァァ!
ホレスが瞳を黄色に光らせながら苦しそうに喚くと、シャツがパン! と破け、ボコボコと盛り上がった筋肉が不気味に緑色に光った。それは、もはや人間ではない、まるでオーガのような姿だった。
ひぃぃぃ!
異形に変化してしまった公爵、その異様さに圧倒されてユリアはジェイドの後ろに隠れる。
「この姿を見た以上、君たちには死んでもらわんとな……」
ホレスはそう言うと、スラリと幅広の剣を引き抜いた。それは瑠璃色に輝く刀身を持つ美しい剣。表面には幻獣の模様が彫ってあり、もはや宝剣といった風格がある。
「くっ! なぜ、お前がそれを!?」
ジェイドの表情が険しくなる。
「そう、ドラゴンスレイヤー、龍退治用の神の剣だよ、グフフフ」
ホレスはまるで曲芸師の様にドラゴンスレイヤーをブンブンを振り回し、クルクルと回した。
ちっ!
ジェイドは美しい顔を歪めると、気合を込め、全力の衝撃波をホレスへと放った。
ズン!
衝撃波はホレスに直撃し、周囲の階段やインテリアがぐちゃぐちゃに壊れて吹き飛ぶ。
しかし……、ホレスは無傷だった。
「物理攻撃無効、魔法攻撃無効、ドラゴンと言えどこの身体、かすり傷一つつけることはできんよ、グフフフ」
そう言いながら、ホレスはブンとジェイドめがけてドラゴンスレイヤーを振った。刀身から放たれた青く輝く光の刃がジェイドを襲う。ジェイドは瞬時にシールドを展開したが、刃はシールドを素通りし、そのままジェイドの身体を切り裂いた。
ぐはぁ!
ジェイドの肩口がザックリと斬れ、血が噴き出す。
「ダ、ダメだ……、逃げる……ぞ!」
そう言ってジェイドはユリアの手を取って出口に駆けだしたが、
「逃がさんよ」
ホレスはそう言いながら瞬歩で一気に間合いを詰めると、ジェイドめがけてドラゴンスレイヤーを振りかかぶった。
「ダメぇ!」
ユリアはジェイドの手を振りほどくと、渾身の炎魔法を瑠璃色の刀身に放つ。
ボン!
刀身が爆発し、その衝撃でドラゴンスレイヤーはホレスの手から離れ、カン! カン! と音を立てて床に転がった。
「くっ! このアマが!」
ホレスは瞳に憎悪の炎を燃やし、逃げようとするユリアに向けて魔法の鎖を放つ。
きゃぁ!
鎖は不気味な紫色の光を放ちながら、まるで触手のようにユリアに巻き付いていく。
ユリアは魔法で何とか鎖を外そうとあがいたが、全ての魔法は跳ね返され、あえなくグルグル巻きにされ、引き倒された。
「いやぁ!」
「ユ、ユリア!」
ジェイドは傷口を手で押さえ、血をボタボタとたらしながらユリアを助けようとしたが、ホレスはドラゴンスレイヤーを拾って再度ジェイドに狙いを絞る。
「ダメ! 逃げてぇ!」
ユリアの悲痛な叫びが広間にこだまする。