未完の神話 / Beyond the Ruminant 作:うみやっち
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「…………あ……れ?」
ネプテューヌはベッドの上で目を醒ました。最初に見えたのは見慣れた自室の天井。窓からは朝焼けの光が差し込んできている。
「夢……?」
夢にしてはリアルだったが、夢だとしたら納得するところもある。プラネテューヌが静かすぎた事、自分とイストワールとネプギア以外が消えていた事、まるで津波のように隆起した大地に飲み込まれた事……。これら全て夢だとしたら納得がいく。
ネプテューヌは額の汗を拭うと、深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。しかし、気持ちを落ち着かせたからこそ、気付いたことがある。
「……静かすぎる」
時計を見る。午前の七時十九分。部屋に響くのは秒針の音だけ。そう……夢と同じ状況だ。
(……また夢?)
ネプテューヌは自分の頬を思いっきり叩いた。痺れるような痛みが、頬と手に伝わる。
「違う……」
現実だ。だとしたら、この後起こることは……。
ネプテューヌは携帯電話を手に取り、電話をかけて耳に当てた。
『ん……ネプテューヌ? どうしたのよこんな時間に』
まずノワールにかけた。
「ノワール、そっちは……大丈夫?」
『何が?』
「地面がめくれ上がってきて、飲み込まれたりしてない?」
『何、悪夢でも見たの?』
「悪夢で終わりならいいんだけど……夢と同じ状況だから……不安で……」
『同じ状況……って?』
「静かで、人がほとんど消えてて……」
『……待って』
静寂。僅かな時間だが、不安な気持ちが増幅してしまう。
『……こっちも……同じね』
「そんな……」
『……明らかに異常ね。ブランとベールの方はどうなの?』
「まだわからない……」
『そう……。じゃあここは私に任せて。二人の状況を調べておくから』
「そんな、私も手伝うよ」
『あなたは……少し心の整理をした方がいいと思う。さっきからずっと泣きそうな声してるし。そんな状態じゃ、何かあった時咄嗟に対応出来ないわよ』
ノワールの言うことも一理ある。精神的に不安定な状態では、判断を誤ることもあるかもしれない。
「……わかった。ごめんね」
『いいのよ。少しだけ休みなさい』
「うん……」
電話を切り、ベッドに横になる。体が重く、力が入らない。
(この感じ、夢と同じ……。なんでここまで一緒なんだろう)
ぼんやりとした頭で考える。未来予知の能力に目覚めたのか、女神だから鮮明な予知夢を見たのか、それか……
(時間が巻き戻った……? いや、まさかね。流石にありえないよね)
大きく溜息をつき、なんとなく自分の手を眺めた。一瞬、ノイズが走ったように見えた。これも、夢で見た現象だ。
(シェアエネルギーが不安定化してるって、言ってたっけ。)
なるべく見ないようにするために、手を視界から外した。更に不安になるような要素を増やしては、精神的にもたない。
しばらくして、ネプテューヌの携帯電話が鳴った。ノワールからだ。
「……ノワール?」
『えぇ。そっちは……無事?』
明らかにさっきより元気がない。ノワールも同じ状況なら、自分と同じく、シェアエネルギーが不安定化してることにより、体調を崩しているのだろう。
「なんとかね」
『そう。ルウィーとリーンボックスも同じ状況みたい。本当に、何が起こっているのよ……』
「わからない。でも、何とかしなくちゃ」
『わかってる。でもこの調子じゃまともに動けないわ。体は重いしなんかブレるし、幻聴も聞こえるし』
「……幻聴?」
自分にはない症状だ。
『そう。さっきから波みたいな音が聞こえてるのよ。ここから海まではかなり距離があるのに』
「……っ! ノワール、逃げて!!」
『え?』
「早く!!」
『わ、わかったから』
波の音、それは夢の中でネプテューヌが最期を迎える前に聞いた音。それが聞こえたという事はノワールの死が近いということ。
『ちょ、何よあれ!』
「え、何……」
『街が……いや、大地が……めくれ上がってる!?』
「ノワール!! 早く!!」
『早くって……』
直後、轟音が耳を劈き、そして電話が切れた。
「そんな……」
ネプテューヌは重い体を無理矢理動かし、部屋を出ながらブランに電話をかけた。
『なんだよ、こんな時に……』
聞こえてきたのはホワイトハートの声だった。
「ブラン……? なんで女神化してるの?」
『なんでって、アレを止めるために決まってんだろ』
「……! 無理だよ!」
『やってみなきゃわかんねーだろ。今この姿でいるのも精一杯だが……私は、私の国を守る……。それが守護女神としての、義務だ!』
無理だ、とは言ったが、ほんの少しだけブランに期待していた。もし女神化してアレを止められるなら、まだ希望はあると……そう思えたからだ。電話の向こうからは風を切る音が聞こえた。その後、微かに鈍い音が聞こえた。ネプテューヌは祈った。ブランがあの大地の波を止め、再び電話を手に取り「守ってみせた」とネプテューヌに報告してくれる事を……。
しかし、その未来は訪れなかった。ノワールの時と同様に轟音が鳴り響いた後、電話は切れた。
「…………」
「お姉ちゃん!」
廊下の向こう側からネプギアが走ってくる。
「お姉ちゃん、大丈……夫?」
「ネプギア……」
ネプテューヌは持っていた携帯電話をトン、と優しくネプギアの胸に押付けた。
「お姉ちゃん?」
「ベールが無事か……確かめてくれないかな……」
ネプテューヌは俯いたままだった。その顔から一粒の雫が落ちる。汗なのか涙なのか、ネプギアにはわからなかった。しかし、今ネプテューヌが精神的に相当やられていることは、わかる。
「……わかった。任せて」
ネプギアはネプテューヌの携帯電話を手に取り、ベール宛に発信をした。女神の力でも止められないという現実、既に二人の親友を失ったショックで、ネプテューヌは精神的にかなりのダメージを受けていた。
でも、諦めた訳では無い。いや、諦めてはいけない気がした。自分が守ってきたこの国を、世界を崩壊させてはいけない。一旦心を落ち着かせるために、ネプギアに見えないように涙を拭い、窓から空を見上げた。なんてことは無い、普通の空。
「……ん?」
見上げた先に、こちらを見下ろす影があった。逆光で細かいところまではわからなかったが、人のような影で、そしてどこかで見たことがあるような影……。
目を凝らしてよく見てみたが、いつの間にか影は消えてしまっていた。
「今のって……」
「お姉ちゃん、ベールさんのとこ繋がらな……。お姉ちゃん!!」
ネプギアに腕を引っ張られる。後ろに倒れそうになりながら見えた光景は空を埋め尽くすプラネテューヌの街並み。
「あ……」
直後、倒れてきた壁や落ちてきた瓦礫によって、二人は押し潰された。まだこの現象の謎も解けてない。何故夢と同じ事が起こったのかも分からない。この事態で、女神として何も出来てない……。未練を残したまま、ネプテューヌの意識は途切れた。
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