魔法科高校の劣等生 神のいる学校生活   作:梅輪メンコ

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病院での攻防戦

「深雪先輩のお顔を拝見したい・・・」

 

「何言ってるのさ。夕方に生徒会室で別れたばかりじゃん」

 

「ですが香澄ちゃん。こうしてじっと待っているだけなら、深雪先輩とお茶でもご一緒している方がずっと建設的だと思いませんか?」

 

「僕はやだよ。会長のお宅にはあいつがいるじゃん」

 

深雪が暮らしているマンションと水波が入院している病院は、近所と言っていい距離にある。徒歩で行くには少々遠いが、車を使えば五分も掛からない。先日のお見舞いで水波からこれを聞いて以来、泉美は度々そんな愚痴を零していた。

なお、二人がいるレストランは、先日の師族会議で役割が決まって以来、七草家が貸し切っている。元々予約客しか入れない営業形態の店だから、拠点とするにはもってこいだった。七草家に割り当てられた仕事は、パラサイトと化した九島光宣を待ち伏せて捕える事。捕獲が困難な場合は誅殺もやむを得ないとされているが、香澄も泉美も、出来れば光宣を殺したくないと思っているが、野放しにするくらいならやむを得ないと納得している。

 

「それにしても、ホントに来るかな」

 

「私は来ると思いますよ」

 

「そうかなぁ・・・光宣だってバカじゃないし」

 

「むしろ香澄ちゃんより頭は良いと思いますけど」

 

「確かに光宣はボクより頭が良いけど、泉美もボクとそんなに成績変わらないじゃん!」

 

「でしたらもう、一般科目の課題をお手伝いしなくても良いという事ですね?」

 

「ま、待った!そういうのはずるい!今はそんな話をしてるんじゃないだろ!ボクが言いたいのは、光宣だって待ち伏せを警戒しているんじゃないかって事!」

 

旗色が悪くなってきたのを察し、泉美に口を開かせないよう、香澄は矢継ぎ早に言葉を放つ。泉美はクスッと笑ってから香澄の言葉に応える。

 

「その程度は予想しているのでしょうね。もしかしたら私たちが控えている事も、お見通しかもしれません。しかしそれでも、光宣くんは来ると思いますよ」

 

「えっ? どうして?」

 

「子供の頃から病気がちだった所為でしょう。光宣くんは物事に執着しない男の子でした」

 

「・・・そうだね。もっと我が儘になって良いのにって、何度か歯痒く思った記憶があるよ」

 

香澄たちは光宣と、そう頻繁に会っていたわけではない。また香澄たちも他の子共から見れば、物事に執着しない質だった。そんな香澄たちから見ても、光宣は物も事も欲しがらない子共だったのだろう。

 

「その光宣くんが、人であることを捨ててまで水波さんを望んだのです。それ程までに激しい想い……残念ながら私には理解出来ませんが、決してあきらめないだろうという事だけは想像出来ます」

 

「泉美にも分からないんだ・・・」

 

「ええ。乙女として、誠に遺憾ではありますが」

 

「乙女って・・・まぁ、泉美は乙女だろうけどさ。そういう気持ちに、男も女も関係ない気がするんだけどね……。でも、気持ちは兎も角現実問題として、水波の身辺は四葉家、十文字家、そして七草家で固めてるじゃない? こんな敵ばっかりの中に突っ込んでくるかな? それとも、恋は盲目ってやつ?」

 

「香澄ちゃん、恋は盲目はそういう意味ではありませんよ?」

 

「えっ、そうだっけ? 恋をすると理性や常識が無くなっちゃうって意味じゃないの?」

 

「国語の辞書にはそう書いてありますが、理性が無くなるというのは相手の欠点が分からなくなるという事で、常識が無くなるというのは自分や相手、家族の社会的地位や立場を省みなくなるという側面を差しているのですよ」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

「それに光宣くんが待ち伏せにもこだわらずやってくると私が思っているのは、光宣くんが冷静な判断力を失っていると推測しているからではありません」

 

「・・・じゃあ、何で?」

 

「光宣くんはきっと・・・」

 

泉美が声を潜める。声だけでなく、表情でも「大きな声では言えない」とい語っていたので、香澄も泉美に顔を近づけた。

 

「四葉家と十文字家と、私たち七草家を恐れていない。そう思うからです」

 

「・・・光宣はそういう自信過剰なタイプじゃなかったと思うけど」

 

「光宣くんの実力なら、その自信は過剰ではありませんでした」

 

「それは・・・」七草家くらいなら出し抜けるかもしれないけど」

 

「今の光宣くんは、パラサイトの力を得ています。またそれ以外にも、嘘か真か大陸の古式魔法師の亡霊を取り込んだとか」

 

「・・・亡霊はさすがに無いんじゃない?」

 

「・・・とにかく」

 

周公瑾の亡霊を吸収したという件については、泉美も本気で信じていなかったので、香澄のツッコミに対してあまり反応を示さなかった。

 

「光宣くんが一段と強くなっているのは間違いないと思います」

 

「香澄ちゃん、泉美ちゃん、現れたわよ!」

 

香澄の返事を聞く前に真由美が二人を呼びに来たことで、この場の議論は打ち切りとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「櫻井さんは!?」

 

厨房の奥に通じるドアから姿を見せた真由美に、勢いよく立ち上がった香澄がまず尋ねたのは水波の安否だった。生徒会で一緒に活動している泉美よりも、クラスメイトの香澄の方が水波に対する親愛の情は深いようだ。

 

「大丈夫。病院内に忍び込まれる前に捕捉したから」

 

「十文字家の方々がですか?」

 

「いいえ、うちの部下よ」

 

尋ねたのは泉美だったが、彼女が聞かなければ香澄が質問しただろう。香澄が「やるじゃん」という表情で目を輝かせたが、彼女の眉はすぐに曇る事になった。

 

「一分も持たずに蹴散らされちゃったみたいだけどね。今は十文字家の人たちが駆けつけてくれて、何とか食い止めているところ。お父様にも連絡したけど、到着まで十分以上はかかる。十文字くんにも報せが言ってるはずだけど、五分以内の到着は望めない」

 

「それまで、私たちで足止めしなければならないという事ですね?」

 

「そういうこと」

 

香澄と泉美は、ただのんびりと真由美の話を聞いていたのではない。二人は耳を傾け口を動かしながら、CADを手首に巻き目を保護する通信機内蔵のゴーグルを着け、防護ベストを身体に固定していた。

 

「準備完了」

 

「私もです」

 

「OK。行くわよ」

 

同じいでたちの真由美がドアを開け、香澄と泉美がその後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女たち三人が現場に到着した時、戦闘は一時的に終わっていた。道路に倒れている四人の魔法師に駆け寄り、泉美と香澄は脈と呼吸を確かめる。

 

「生きてる!」

 

「こちらもです。大した怪我は無さそうですね」

 

真由美は肩で息をしている二人の魔法師に近寄り、ゴーグルを額に上げ顔を見せ、自分の足で立っている二人の魔法師に話しかける。

 

「光宣くんは何処へ行きましたか?」

 

「右手の路地へ姿を消しました。そちらを守っている者に迎撃するよう伝えてあります」

 

右側に病院内に通じる扉は無い。窓を破るつもりか、それとも屋上から忍び込もうと考えているのか。いずれにせよ、光宣は逃げ去ったのではないだろうと真由美は思った。

 

「分かりました。私も彼を追います。あなた方は持ち場に戻ってください」

 

「よろしくお願いします」

 

十文字家の二人は真由美に一礼して病院の裏口前へと戻っていく。彼らに与えられた任務は院内への侵入を阻止する事。七草家の魔法師に加勢するためにここに駆け付けたが、本来の役目からすれば、入り口から離れ過ぎていた。

 

「二人はその人たちをお願い」

 

「お姉ちゃん、一人で行くつもり!?」

 

「危険です!」

 

香澄と泉美は姉を止めようとしたが、真由美は笑み一つ浮かんでいない真剣な表情で頭を振った。香澄と泉美でも見た事があまりない表情だったので、二人はそれ以上何も言えなかった。

 

「怪我人を放っておくわけにはいかないでしょう。重症でなくても、意識がはっきりしていないのよ。それに、光宣くんが裏口の方へ戻ってこないとも限らないわ」

 

別の場所へ行ったと見せかけて、警戒が薄れたところから再侵入を狙うのはよくある手口だ。二人とも姉が示した可能性を否定出来なかった。

 

「・・・了解だよ、お姉ちゃん」

 

「お姉様、お気をつけて」

 

「ええ、二人もね」

 

ゴーグルを掛け直して、真由美は病院の右側に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如高まった魔法の気配。真由美はそれを追いかけて、病院沿いの路地からさらにもう一本外側の側道へ駆け込んだ。

雷光が、中空に閃く。地上約五メートル。厚い雲に覆われた夜空を背景にした、誰もいない暗闇から電撃が放たれた。標的は二人の男性魔法師。作戦開始前に克人から紹介された十文字家配下の術者だ。

一人は片足から出血し、傷を押さえて蹲っている。無事な方の魔法師が仲間を背にして立ち、魔法障壁を形成して雷撃を受け止めた。通常の放出系魔法ならばシールドに止められた時点で終わりだが。現代魔法で攻撃の起点を標的から離れた位置に設定するのは、敵の事象干渉力に魔法発動を妨げられないようにするため。それ以上の意味はない。

だがこの電撃は単なる電子の流れでは無かった。斜めに数メートル走った電光は、残像で光の蛇を空中に描き出す。それが魔法障壁に衝突して砕け散るのではなく、その上を張って側面に回り込もうとする動きを見せた。事象に形を与える。生物の象徴的な形態を加えるという追加的なリソースを費やす代わりに、魔法によって作り出した現象で操作性を高めるテクニック。

確かに高度な技術だが、繰り返し雷撃を発生させさせる方が効果的な気がすると、真由美はシールドの上を移動する電光の蛇をみてそう思ったのだが、すぐに自分の思い違いだと気付いた。十文字家の術者が構築した魔法障壁は半球ドームの形状を取っている。横に回り込んでも、シールドを越える事は出来ない。しかし無駄に思われた雷蛇が、シールドをぐるりと一周して自らの尻尾を咥え、術者をシールドごと拘束する円環になった。これを目撃して、真由美は漸くこの魔法の目的を理解した。これは足止めの魔法だ。

雷光の蛇は電撃の硬化を持つだけで、シールドに圧力を加えたり、ましてや障壁内部の魔法師を締め上げたりはしないが、シールドを解けばたちまちその中に立てこもっていた人間に雷撃が襲いかかるだろう。また雷蛇はシールドに巻き付いているように見えるが、実際には魔法障壁に接触する位置で固定されている。シールドを張ったまま移動しようとすると、雷蛇を固定している魔法との力比べになる。

さらに空中から雷が放たれた。一本だけではなく、続けざまに三連撃。電撃は雷光の蛇となり、十文字家の魔法師二人をシールドごと取り囲む。半球ドームの魔法障壁を縛る、三重の円環。最初の雷蛇は消えていたが、第二段で放たれた雷撃が六箇所で交差してシールドを取り囲んでいる。

真由美は雷撃の射出ポイントに想子の弾丸を放った。真由美の想子弾に、達也が使う術式解体のような威力は無い。だが狙ったポイントを正確に撃ち抜く技術は人後に落ちない。

真由美が放った想子の弾丸は、空中に設置されていた魔法の砲台を正確に捉えた。魔法を継続的に遠隔発動する想子情報体。真由美の想子弾は、その砲台としての情報構造を破壊した。

真由美には通常の魔法以外に、知覚系の先天的な特殊能力がある。遠隔視系知覚魔法『マルチスコープ』。魔法としても実現可能だが、真由美はそれを先天的特殊能力として自由に行使出来る。

これは異例な事だった。一人の人間が魔法と超能力を兼ね備える事は出来ないはずなのだ。超能力は念うだけで用を捻じ曲げる代わりに、特定のパターンの事象改変しか出来ない。しかし真由美は、多彩な魔法と特殊な知覚能力を両立させている。彼女は達也とは別の意味でイレギュラーな魔法師と言える。

今、真由美は彼女に備わった異能『マルチスコープ』を全開にしていた。様々な角度から見た視覚情報が一斉に流れ込んでくる全力の『マルチスコープ』は、彼女の精神に大きな負荷を掛ける。僅か数分でも意識に霞が掛かってくるので、全力を出す事は滅多に無い。無理を承知で真由美が探しているのは、この近くに隠れているに違いない光宣の姿。

 

「(見つけた!)」

 

真由美の執念が実ったのか。それとも、彼女の強い思念がそれを見せたのか。彼女の異能『マルチスコープ』の視界に少年の背中が映った。顔の見えない、後姿であるにもかかわらず、この世のものとも思われぬ麗しく妖しい人影。真由美は視点を動かして、その人影の顔を確認した。正面から「見た」瞬間、彼は顔を背けたが、その一瞬で十分だった。

真由美が手首のCADに指を走らせる。発動した魔法は、彼女の代名詞ともいえる『魔弾の射手』。空中に砲台を造り、そこからドライアイスの弾丸を放つ魔法。三つの砲台が、光宣に集中砲火を浴びせる。

遠隔視の視界の中で『魔弾の射手』は確かに光宣を捉えていた。真由美が見ている少年の人影が地上から消える。彼女の『マルチスコープ』は、光宣の麗姿を見失っていなかった。彼の姿は、空中にあった。

真由美は新たな砲台を造り、ドライアイス弾を浴びせるが、空を駆ける人影は、複雑なステップを踏んで弾丸の大半を躱した。

光宣が病院の屋上に着地する。真由美は上空からの視界だけを残して『マルチスコープ』に費やすリソースを絞り、光宣を捕縛する為の魔法を待機させて跳躍の魔法を編み上げた。雷撃に捕まった味方を置き去りにして、真由美は屋上へ跳びあがった。

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