お兄ちゃんはつらいよ   作:アルピ交通事務局

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第50話

 2月1日(土)本日は学校は無い日だが、社畜である私には休みと言うものはない(笑)

 昨日、いきなり社長にボーダーに出向しろと命じられた。私的にはボーダーを精神的経済的に追い詰めればそれで良かったのだがここまで騒ぎが大きくなるとは思いもしなかった。いや、ホント。

 

「改めて自己紹介をさせていただきます。神堂財閥からボーダーに出向して参りました三雲昴です」

 

 昨日はスーツだったが本日は私服でボーダー内の開発室に足を運び、軽めの挨拶をする。

 暫くすればトリガー工学を学んだ神堂財閥の優秀なエンジニア達がやってくる。そうなれば私はその人達の上司となる。と言っても、トリガー工学に関してはちんぷんかんぷんなのでお飾りの上司だ。

 

「トリガー工学等を担当するエンジニア達は別の日にやって来ますのでお気になさらず」

 

 周りからはそんな事を言われても困るといった視線を向けられる。今まで独占していたトリガー技術が流れてしまったのだから仕方がない事。

 とはいえ私にそんな視線を向けられても困る。私の主な仕事は開発や研究じゃない。ボーダーの組織をより良くする事……組織の立て直しだ。今でも大分社長が無茶を言ってきていると思っている。ゆっくりと茶を飲んで修の勇姿を見たかっただけなのに。

 

「昨日のトリガー構成のままでいくのか?」

 

 紙コップに入ったジュースを飲みながら雷蔵さんは私のトリガー構成について聞いてくる。

 昨日は修の為に色々とやったけども今日からはボーダーの利益になる様にしなければならない。トリガー構成を変えて欲しいと頼もうと思ったが止まる。

 ボーダーの意識を改革しないといけないがボーダーは軍隊でなく防衛隊だ。無理に変な事をすれば確実にクレームが届く。

 その辺はボーダーと合同でやっていく。学力関係は大本となるデータの様な物が必要で、真っ先に処理しておかないといけないのはマニュアル作りだろう。

 

「マニュアルの様な物を作ろうと思いますので、結構な回数でトリガー構成を弄ると思います。なので、最初はメインにレイガスト、スラスター、バイパー、ライトニング、サブにグラスホッパー、メテオラ、シールド、エスクードでお願いします」

 

「……いや、大丈夫なのか?昨日の太刀川戦はチラって見たからトリオン量は問題は無いだろうけど、どれも扱うの難しいぞ」

 

「でしょうね」

 

 雷蔵さんは私のトリガー構成にビビる。素人が扱っていい感じのトリガー構成じゃない。

 エスクードかグラスホッパーのどっちかを抜いてバッグワームを入れるか、いや、それとも……悩むな。

 

「でも、私はコレからマニュアルの様な物を作らないといけないんです。コレが出来ないアレが出来ないの泣き言は言ってられません」

 

「レイジ以上の完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)を目指すつもりか」

 

「器用貧乏です」

 

「あ、そうだ。上からお前にもポイントを与えとけって10000ポイント用意されてるけど、レイガストに10000ポイントでいいか?」

 

「弧月でお願いします」

 

「お前もかぁ!!確かに弧月が完成されてるのは認める。それでもレイガストを使ってくれよ!!」

 

「そういう意味じゃないですよ。上がるなら自力でね」

 

 弧月を使って10000超えを目指せと言われれば余裕で出来る事だ。だが、レイガストで10000超えを目指すのはかなり難しいと思う。だからこそ10000超えを自力で狙う価値はある。

 雷蔵さん的には1人でもレイガストのマスタークラスが増えてほしいのだろう。確か一条しかレイガストの10000超えはいない。

 

「ポイント詐欺は良くない事だと思う。三雲は既に10000超えの攻撃手並に動けてるんだからな」

 

「グイグイと来ますね」

 

「レイガスト民を1人でも増やしたいんだ……レイジはグーで殴るし雪丸はスラスター改造するし、村上は基本的に盾としてしか使わないし……部隊を組んでる奴でレイガストを使ってる奴等合計何人か知ってるか?お前の弟を含めて4人だ。お前の弟がどういう風に戦うかは知らないが圧倒的に人口が少ない。レイガストのなにがいけないんだ」

 

「爽快感」

 

 なにが足りないかって単純に爽快感が足りないと思う。

 それにシンプルに重くて防御的で、前に出て攻めるポジションの人間が持つタイプの武器とは言い辛い……扱いづらいと言うよりは、扱い方を知らなければならない、といったところか。

 

「まぁ、とにかくこれから一通りのトリガーのマニュアルも作りますしレイガストも普段使いしますのでご理解の方をお願いします」

 

「わかった……で、マニュアル作りなんだがお前1人じゃ無理なのも分かっている。東さんって隊員と協力して取り掛かってくれ。話は既に通ってるから狙撃手の訓練所に居るはずだ」

 

「分かりました」

 

 やはり出てきたか東さん。雷蔵さんはパパっと私のトリガーを用意してくれた。

 色々とトリガーに関して談義しておきたいが、それだと遊んでいると思われるのでトリガーを起動するとメタリックブルーのジャージっぽい隊服へと変わった……悪くないが……まぁ、遊びならこれでいいか。

 

「っと、知り合いに会わない様にしないと」

 

 ボーダー内を歩くが昨日の今日で色々と話題になっているだろう。

 妖怪ランク戦しようぜなど相手にしている場合ではないし……何名か会いたくないボーダー隊員達もいるし。

 トリオン体では百歩神拳等は使うことは出来ないが気配探知能力は使える。今日からランク戦があるらしいのでボーダー内に隊員は多くいる……今、学年末で浮かれてる人とそうでない人がいるが、どっちの住人なんだろうか。

 

「ふむ……悪目立ちしていますね」

 

 昨日、太刀川さんとどんぱちやり合った事は既にボーダー内で浸透している。

 服装を変えても顔は弄っていないのであれ、もしかして?といった視線を向けられている。これは利用するしかないな。

 的当てを行うブースのところが空いているのでそこに向かってライトニングを構築して狙撃を始める。先ずは100mから。ボーダーの狙撃銃はしっかりと出来ていて、真っ直ぐ飛ぶ。風圧や気圧等を一切考えなくていい。

 私の容姿が沖矢昴だからだろうか。銃に関しては何故か才能が発揮される……ライトニングは今回はじめて触る狙撃銃だが150,200,250と50m毎に刻んでド真ん中に当てる事が出来て最終的には800m先までド真ん中に当てる事が出来た。850mからはズレて1kmとなると的に当たらなかった……ただ努力すれば当てる事が出来るという確信はあった。

 

「800mって」

 

「平均的な狙撃距離超えてるだろ」

 

「それよりも撃ってる銃、ライトニングだろ。なんであんなに飛ぶんだ」

 

「ライトニングでもある程度のトリオン量があったら伸びるだろう」

 

 結果的には更に悪目立ちをしてしまったが、これでよし。

 相手側にナメられるよりはスゴい人なんだと印象付ける事が出来れば後々言葉に力が宿る。ハードルも上がるけど。

 

「東さんですね。どうでしたか軽めの余興は」

 

「初狙撃で800mか……とんでもない逸材だな」

 

 悪目立ちした事で私の居場所を東さんに発見される。

 私が800mの狙撃に一発成功はインパクトがあったのか素直に称賛される。

 

「サイドエフェクトかなにかあるのか?」

 

「いえいえ、私はそんな便利な能力は持ってませんよ……ただ実弾入りの拳銃をぶっ放した事があるだけです」

 

「実弾入りの拳銃?」

 

 黒服の組織ならば警察の射撃場の様にバンバン撃つことが出来た。

 過去に何度か本物の拳銃を撃っていた経験が今ここで生きてきている。

 

「海外で撃ったのか」

 

「さて、どうでしょう。っと、無駄話をしに来たわけではないです。はじめまして、三雲昴です」

 

「東春秋だ。上から話は聞いている」

 

 今日は初出勤だから自己紹介をしまくらなければならないな。

 東さんが待っていたぞと握手を交わしてくれると周りからの視線は更に強くなる……煽っておいてなんだが、やりすぎたか。

 

「東さんもなにかと忙しい身なのに、わざわざ私の仕事に付き合ってくれて本当に助かります」

 

「いや、助かるのはこっちだ」

 

「と言いますと?」

 

「ここだけの話だがあの記者会見の後にボーダーに入隊したいという人が5倍に増加した。その結果、1月、5月、9月のボーダー入隊が変わって毎月の入隊になるんだ。今まで以上にボーダーに入隊する隊員が増えるのはいいが、その分事前にする訓練なんかが出来なくなる。隊員も多く増えるし、何処かでマニュアルみたいなのは必要だと思ってたところなんだ」

 

 そう言われれば、ヒュースの入隊のところでそんな事を言っていたな。

 最終的に実戦で勝った奴にポイントを与えるという結構な無茶振りをしていた……アレは色々な意味でC級が可哀想に見えた。

 

「私は社長にボーダーの歪な部分を直してこいと言われたんですが、いいのですかね」

 

「確かにC級のランク戦は試行錯誤したりトリオン体の動かし方を覚えさせるモラトリアムの期間と考えられる。ただそれをすれば理論派なんかの頭で考えて動くタイプがどうしても1歩遅れを取る。ランク戦は基本的に記録されていて見放題だが、何処がどういう事かなど大事な部分を説明してくれない。そこが問題だ」

 

「確かに遅れますね」

 

「まぁコレは武富がランク戦に解説が必要な時に上層部に熱心に言わせた事の1つなんだがな」

 

 ああ、確かにそれっぽい事だな。

 ちゃんと面識して数分間だけど東さんがどれだけ有能なのか分かる。多分、桜と同等だ。

 

「とにかくマニュアルの様な物があれば全体的な底上げをする事が出来る……多分、ボーダーのトリガーを完全に熟知している人の方が少ないから、この際出来る限りの事はやっておきたい。エスクードや鉛弾なんかもな」

 

「やるなら総当たりでやっておきたいですからね」

 

「ただそうなると……俺もアドバイスを送る事は出来るが実際に使いこなせるかどうか」

 

「ああ、それなら私が。多分、サイドエフェクトを利用した戦法以外なら大抵の事は出来ます」

 

「頼もしいな……でも、お前が実際にやる役としてもう一人やられ役が必要になるな」

 

「その辺りは適当でいいと思いますよ。不特定多数の人に効果ありな方がより実戦的ですから……ただ」

 

「なんだ?」

 

「ボーダーはあくまでも防衛隊で、防衛する側の人間。ランク戦の対人戦もいいですがトリオン兵を想定した戦闘も必要です。この前、なんか新型が来てたらしいですし」

 

 対人戦ばっか鍛え上げても意味はない。その内来るであろうエンジニアの人達にトリオン兵の作成を依頼しておこう。

 マニュアル作りは狙撃手は1番後回しで、トリオン能力云々がものをいう射手や銃手よりも割合的に多い攻撃手系のトリガーを優先的にやる事となる。

 

「三雲、今どんなトリガー構成にしている?」

 

「メインをレイガストにしてます」

 

「レイガスト、また随分とマイナーだな」

 

「弟も同じ物を使っていますのでね……出来ればレイガストの事を色々と書きたいですけど、1番不人気らしいので弧月に変えてきます」

 

「いや、今日はそのままでいい。それよりもお前が実際のところどれぐらい出来るかを見せてほしい……ボーダーのトリガーに馴れる為にもランク戦はある程度は熟しておかないと」

 

「昨日の試合を見ていないんですか?」

 

「記録に残っているらしいが、惜しいことをした」

 

 それは凄く残念な事だったとしか言いようがない。

 取りあえずランク戦をしてみて実際に感じた事等をレポートみたいに纏める事で方針は決まり、狙撃場を後にしてやって来たのはランク戦を行うブース。昨日もやって来たけどネカフェっぽいなと思う。

 

「東さん、お疲れさまです……あれ?」

 

「確か、三雲先輩?」

 

「小荒井、奥寺、ちょうどいいところにいてくれたな」

 

 誰か手頃な相手は居ないかと考えていると隣りにいる人気者こと東さんに挨拶をする隊員。

 東さん率いる東隊の隊員である小荒井と奥寺、両名16歳。ぶっちゃけた話、私とそこまでの交流は無い。顔見知り程度であり、どうしてここに居るのか首を傾げている。

 

「一対一で三雲と勝負をしてくれ」

 

「それはいいですけど……は!?もしかして東さん、三雲先輩を弟子にしたんですか!?」

 

「うちの部隊の空き枠に捩じ込むつもりですか!?」

 

「はっはっは、さーてどうだろうな」

 

 変な方向に勘違いをする小荒井と奥寺。

 東さんは全てを察した上で汚い素振りを見せる。当然と言うべきか小荒井と奥寺は対抗心の様なものを燃やしてくる。

 やるならば実験と言うよりも真剣勝負の方がいい。中高生の対抗心による勝負は燃え上がり、より真剣勝負感を増していく……ただ……まぁ、いいか。

 

「一対一を引き受けてくれますか?」

 

「小荒井、先に行かせてもらうぞ」

 

「ああ。三雲先輩には悪いけど、勝って見せつけないと」

 

「……東さん、モテモテですね」

 

「まあな」

 

 東さんは大人なので皮肉が一切通じない。

 取りあえずランク戦を行う個室に入るのだが、そう言えば幾らぐらいポイントをくれたのかと確認をするとレイガスト4000ポイントだった。

 これを倍の8000ポイントにして、更にスコーピオンも8000にしてソードマスターをコレから目指さないといけないのか……気が遠くなる。

 

「奥寺くん、1本だけにしましょう」

 

 何本勝負にするか話題に出たので1本にしておく。

 奥寺は10本の方がいいと言ってくるがこればっかりは譲ることは出来ない。昨日は社長の命令だったから10本勝負をしたが、私は1本勝負がいいんだ。

 

『ランク戦、1本勝負開始』

 

 フィールドは市街地の十字路。

 私はレイガストを構えると奥寺は弧月を構える。

 

「レイガスト……」

 

 奥寺と対戦する際にチラリと他の正規の隊員がなににどれぐらいポイントがあるか確認した。

 案の定と言うか攻撃手系のトリガーの上位は弧月とスコーピオンでありレイガストのマスタークラスはいなかった。

 奥寺もレイガストを使う隊員との戦闘経験は少なく、意外なのか思わず口にして呟く……さてと、私の記憶が正しかったら奥寺は弧月使いでそれ以外に攻撃系のトリガーを持っていなかった。

 

「未知の相手にどうでる?と見せかけての、スラスター起動!!」

 

 ここは手堅く持久戦を、と見せかけての開幕スラスター。

 やはりというかレイガストはスラスターを使う前提で運用しないといけないトリガーだ。

 斜めに切り上げる形でレイガストを振り回しスラスターで推進力を得る。スラスターの推進力が加わっているレイガストを真正面から受け止めるのは無理だと判断した奥寺は後ろに避けようとする。

 

「うぁ!?」

 

 奥寺の背後にはグラスホッパーを出してある。奥寺はそれに見事に引っ掛かった。

 レイガスト+スラスターをまともに相手にしたら負けなので避けるのは当然の考えなので読みやすい。奥寺は前に跳び出るのでそのままレイガストで切り上げられて1本取られる。

 

『三雲さん、もう1本、もう1本お願いします!!』

 

 見事なまでにやられた奥寺はもう1本と強請る。

 当然、私は嫌だと断る。

 

「後がつかえてるんです。さっさと次にいきましょう、次に」

 

『……分かりました』

 

 かなり不服そうだが、後につかえているのもまた事実。

 奥寺は去っていき、次に相手になるのは小荒井。彼もまた弧月使いで、それ以外にはシールドとグラスホッパーといったトリガー構成になっている。

 

『ランク戦1本勝負、開始』

 

 奥寺が入っていたブースに小荒井が入ってきて、5分後にランク戦がはじまる。

 さっきの戦いで私がレイガストとスラスターとグラスホッパーを使うことが割れていて、相手を詰ませる戦法も見せて、更には5分という考える時間まで与えた。たった5分だがとても重要な5分間、どう生かすか。

 私は当然の如くレイガストを構え、小荒井は弧月を構える。小荒井は前進し私に斬りかかる。受けでなく攻めで来たか……となると、こちらは受け切るか。重さもあるレイガストはあまりブンブン振り回す事は出来ない。受け身の体制になる。

 

「か、固い」

 

 素早く弧月で攻撃してくる小荒井。基本的にはレイガストで受ける。

 頑丈も売りのレイガストはブレードモードでもかなりの耐久力があるようでヒビ1つ入らない。

 私や後の空閑の様にグラスホッパーを使いに来るかと警戒心を強めているが使ってこない。相手に踏ませる戦法は出来ないのと、至近距離なら必要は無いから使わないと言ったところだろうか。

 

「大体見えてきた……終わらせる」

 

「っ、来る」

 

 言葉を使い、小荒井の警戒心を更に高める。手数が未知の相手に受けに回るのは危険だ。

 間合いを付かず離れずの一定の距離で保ちつつ斬りかかるので左手にトリオンキューブを出現させレイガストをシールドモードへと切り替えて

 

「スラスター、起動」

 

 そのまま小荒井にぶつける。

 シールドモードのレイガストはちょっとやそっとの事では斬って破壊する事は出来ず、更にはスラスターの推進力もあるので逸らす事も難しい。

 レイガストにぶつかった奥寺はそのまま押されてしまい私との間にそれなりの間が空いて更には1手遅れてしまう。この1手があればいい。

 

「メテオラ」

 

 レイガストを消すと同時にメテオラを飛ばす。

 威力は低めで弾速に振ったメテオラだが、私のトリオン能力なら多少威力の割り振りが低くてもどうとでもなる。身動きが上手く取れず1手遅らされた小荒井はメテオラを避ける事も防ぐことも出来ず、そのままやられてしまった。

 

「昨日の相手が相手だっただけに軽いな」

 

 太刀川さんを相手にした後だからか、2人は物凄く軽い。

 個人ではマスタークラス(8000点)に届いていないがコンビで来れば物凄く強いとの噂だが……それはまたその内だな。

 

「なにか言いたい事はあるか?」

 

「一瞬で詰みにまで持ってかれて負けました」

 

「三雲先輩、滅茶苦茶防御が上手かったっす」

 

 ブースから抜け出し東さんの元へと戻る。

 東さんは敗因について尋ね負けてしまった事に奥寺と小荒井はションボリとしている。やり過ぎたとは思っていない。

 

「東さんがわざわざ目を掛ける事あって、なんていうか1手1手に無駄が無いっていうか洗練されてたっていうか……三雲先輩、滅茶苦茶強かったです」

 

「ありがとう。そう言ってくれると日々の努力が報われるよ」

 

「三雲先輩、これから一緒に頑張りましょう!!」

 

 私にぐうの音も出ない負け方をしたので奥寺はあっさりと受け入れた。

 こんな強い人が味方なんだなと目を輝かせて握手を求めて来ているので私はその手を弾いた。

 

「誰が何時、貴方達の部隊に入ると言ったんですか」

 

「え……入らないんですか!?」

 

「奥寺、そこから間違っている。三雲はボーダーの隊員じゃないんだ」

 

「どういうことですか?」

 

 ここでネタバラシをする。

 東さんは奥寺と小荒井に私はボーダーの隊員でなく、神堂財閥からボーダーに派遣された派遣社員でトリガーに慣れさせる為にあえて真実を教える事なく戦わせた事を教える。

 

「トリガーを普段から触ってない人に負けた……俺達が1年以上頑張ってたのってなんだったんだろう」

 

 外部の派遣社員だと分かると小荒井は落ち込む。

 1年以上必死になってやったのを一瞬にして無にしてやったから、これは心に来るだろう。ただこれが日常に切り替わるので気にしていたらキリが無い。

 

「三雲先輩、もう1戦してください」

 

「嫌です」

 

「仕事に忙しいのは分かりますけど、そこをなんとか。トリガーに慣れる練習相手だと思ってもいいですから」

 

「嫌です」

 

「勝ち逃げするつもりですか!」

 

「ふむ……」

 

 今日から部隊でのランク戦がはじまる。色々とあの手この手を考えているだろう。

 奥寺のランク戦を別に受けても支障は来さないが……受けたくないのが本音であり、それを言えば昨日の様な空気が流れる。初日からお通夜の状態の空気を醸し出せば円滑に仕事は出来ない……ここは悪役にでもなる

 

「み、三雲先輩!俺と戦ってくれませんか!!」

 

 そんな事を考えていると笹森がやって来て頭を下げてきた……。

 

「皆さん、これからチームでのランク戦があるのに私にかまけていいんですか?」

 

 東さんはまだいいとして、この3人はこれから必死にならないといけない。派遣社員と遊んでていいのか。

 

「まだランク戦にまで時間があります。1本でもいいです……ランク戦をお願いします」

 

「ええ、いいですよ」

 

「……え、いいんですか?」

 

「何故そこで驚くんですか。仕事に支障をきたすわけでもないんですから全力で、それこそ防衛任務中に出てくるトリオン兵だと思って掛かってきてください」

 

「は、はい!!」

 

 私がランク戦をしてくれると嬉しそうにする笹森。

 いいなと奥寺と小荒井は羨ましそうにしているが、既に戦う権利は無くなっているんだからやめろ。諦めるのも大事なんだ。

 

『ランク戦1本勝負、開始』

 

 ブース内に入り、1本勝負をすると早速笹森は動いてきた。姿を透明化するカメレオンを起動した。

 ……どうしよう。笹森がカメレオンを持っている事は知っている。初見殺しになるし強力なトリガーではあるのだが

 

「それは私に効かないんだ」

 

 私には修行をして会得した気配探知能力がある。

 カメレオンはあくまでも透明化するトリガーであり気配を完璧に断つトリガーではない。笹森が何処に潜んでいるのか分かっているのでブレードの形状をナイフぐらいの大きさにしてスラスターを起動して投擲する

 

「なん、で……」

 

「悪いな、笹森。気配でバレバレだ」

 

 カメレオンを起動している間は他のトリガーは使えない。

 レイガストの投擲に反応しきれなかった笹森はそのまま貫かれてやられてしまった……これは私だから出来る勝ち方だから参考にしてくれとか言えないか。所謂マスタークラスと呼ばれるレベルじゃない隊員と3本やって3勝で終わるが喜んでいる場合じゃない。昨日、慣れないどころか初のトリガー構成で太刀川さんとバチバチとやりあえたのでこれぐらいは出来て当然だ。

 

「ボーダーのトリガーに慣れてきたか?」

 

「いや、こればっかりはまだ……セットしているのに使っていないトリガーもまだあるのでもっと数を熟さないと」

 

「他になにをセットしてたんだ?」

 

「メインに射手のバイパーとライトニング、サブにエスクードを」

 

「また随分と玄人向けのトリガーを」

 

「雷蔵さんにも似たような事を言われましたよ」

 

 そんなに尖った構成だろうか。確かに全隊員がセットしているバッグワームはセットしていないが……もっとエグいのもあるはずだ。

 

「三雲先輩、まだ時間あるんでやりましょうよ!」

 

「……参りましたね」

 

「小荒井、無茶を言うんじゃない。三雲は仕事でここに来ているんだ」

 

「えー、でもバイパーとかエスクードとかあるって聞いたらやってみたいじゃないですか」

 

「……東さん」

 

「なんだ?」

 

「ちょっと厳し目にしときます」

 

「……ああ、頼む」

 

 もっと勝負をしたいと言いたげな小荒井。奥寺も笹森もやってくれるならばと言った顔をしている。

 

なにを甘えた事を抜かしている

 

 東さんから許可はいただいたので厳し目にいく。大規模侵攻以降使っていなかった池田ボイスを出して3人を見る。

 

「甘えたって、そんな」

 

それはどうだろうか……小荒井くん。この前の大規模な侵攻は大変だったか?

 

「そりゃあまぁ……見たことないトリオン兵がやってきて東さんがオレを無理矢理緊急脱出(ベイルアウト)させてくれなかったら危うく拐われるところでした」

 

そうか……そんな危険な目に遭っていると言うのに、どうして次があると思っている?

 

 ランク戦はトライアンドエラーの場なのでこんな事を小荒井に言うのはお門違いかもしれないが、言っておく。

 

ランク戦というのは実戦を想定した訓練だ。ならばつい先程、小荒井くん、奥寺くん、笹森くんは敵にやられて緊急脱出した事になる……トリオン体が破壊されて新たにトリオン体を再構築するのにどれだけの時間を費やすかは知らない。だが、これだけはハッキリと言える。君達は東さんの様な優れた指揮能力を持っているわけでもオペレーターの様にバックアップを出来るわけでもない、現場に立って戦うのが仕事だ……倒された時点で君達は今日はもう戦えない

 

「それは……」

 

君達がランク戦に真剣になっているのは確かだが、その真剣の度合いは部活動に本気で取り組んでる者と同じだ。これが仮に一種のeスポーツならばそれでいい。だが、違う筈だ。前回の大規模侵攻、君達は現場にいた。前回の大規模侵攻で死人が出た。前回の大規模侵攻で拉致されたC級がいた……だったらもう少し重く感じろ。私は味方側だが、味方ではない、外部の派遣社員だ

 

 仲間内で回している試合じゃない……私の1本は重いぞ。

 

「とまぁそんなわけで私は基本的に1日1本だけ相手をします。そこで私が負ければトリオン体は使い物にならなくなり緊急脱出したも同然で次なんて事は言いませんし勝ち逃げしても構いません。でも、どれだけ駄々をこねても1本だけしか相手にしません……ランク戦も本番ですが、防衛任務も本番です……なので明後日試合をしたければ受けますよ」

 

「あの、三雲先輩……ありがとうございます」

 

 言いたい事を言い終えると笹森は頭を下げた……はて?

 

「お礼なんて言われる事をした覚えはありませんよ」

 

 私は基本的にはランク戦を1本しかしない。その理由は真剣勝負だから。そう伝えただけだ。

 

「……東さん、俺達甘えてました。1本ってスゴい重いんですね」

 

 奥寺も私の言葉に感じる事があったようだ。1本の重みを思い出してくれたり理解してくれて良かった。

 

「三雲先輩、明日もう1本お願いします」

 

「私、明日は休みですから絶対に嫌です」

 

「おいおい……」

 

 小荒井から挑まれるも断ると東さんは呆れていた。話の流れ的に良いですよと言うと思ったら大間違いだ。明日は休日で仕事がない日なんだ。

 プライベートまでランク戦をしようとは思わない。確かにランク戦は単位を犠牲にしてまでハマる面白さはあるにはあるが、あくまでも仕事と割り切っておかないと大変な目にあう。

 

「私、夏休みとか春休みなんかの長期休暇の時は8時間+2時間残業で、それ以外は平日では学校終わりから10時まで働いて、土曜日だけ8時間+2時間残業で働くんですよ……休みの日くらい仕事を忘れさせてください」

 

「え、もしかしてブラック企業で働いているんですか?」

 

「いえ、上に働き方改革を求めて週4で働いています。みなし残業とか一切無しですしホワイトです」

 

 なんなら週4で回すことで無駄なく働けている。2時間残業をするのが確定なのがミソだ。

 

「と言うわけで明後日なら戦います……ただその前にランク戦に目を向けてくださいよ」

 

 私は外部の派遣社員なんですから。

 今日はもうどうやっても戦う事が出来ないのとこの後、ランク戦が控えているので3人はこの場から去っていった。

 

「厳しすぎましたかね?」

 

「いや、丁度いい薬になった……あんな事があったばかりだ。意識を引き締め直すのは何処かで必要になる。」

 

「それはよかった……上から意識を改革して来いと命じられてどうしたものかと思いまして、この調子ならイケる」

 

「ただ、個人も部隊もどっちのランク戦も訓練の場だ。訓練も発明と同じである程度は失敗する前提でやるものでボーダーの訓練は死なない訓練でトライ・アンド・エラーを繰り返す事ができる。ボーダーの隊員の多くは中高生であんまりガッチガチに固めれば大きなストレスになってしまう」

 

「そうなると東さんの様な人に掛かる負荷が重くなりますよ」

 

「子供を多く使う組織だ。そこは仕方がない」

 

 やだ、東さん滅茶苦茶イケメン。伊達に多くのボーダー隊員から慕われていないな。

 ともあれ今セットしているトリガーを全て使っていないので、後何名か手頃な隊員を狩っておこうかと思う。

 

「あのぉ、すみません」

 

「ん?」

 

「私、武富桜子と申します。三雲昴さんですよね」

 

「はい、そうですが」

 

「お願いしたい事があります!!」

 

 どうやら仕事が更に増えそうだ。

ギャグ短編(時系列は気にしちゃいけない)

  • クイズボーダーオクタゴン
  • 切り抜けろ 特別課題
  • 予算振り分け大運動会
  • 格付けチェック
  • ボーダーのすべらない話
  • 劇団ボーダー
  • 特に意味の無い性転換
  • 劇録!派遣エリート三雲昴の1日

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