【完結】ゆかりさんの弟はスペランカー系恋愛つよつよ勢です 作:永瀬皓哉
その日は世間一般的に言うところの休日というやつで、朝から不満たらたらの内心をどうにかこらえて出勤した結月たまきは、休日出勤(今月2度目)という社畜の嗜みを終えて帰ると、そこには見慣れたヒールとブーツが並んでいた。
ヒールの方は、同居中の未成年女子大生のもので間違いなく、もう片方のブーツはというと、一時期ほぼ毎日会っていた「彼女」のものだろうと、特にリアクションもなくのそのそと玄関を上がっていく。
「ただいま、あかりちゃん。それと、茜も」
「おかえりなさい、たまきさん!」
「おー、お勤めおつかれさん。お邪魔してんでー」
満開の笑顔で出迎えるあかりの奥でソファーに横になりながらひらひらと手を振るのは、たまきの高校時代からの腐れ縁であり――大学時代は付き合っていた時期もある、つまりは「元カノ」の琴葉茜である。
元、とはつくが、決して険悪な別れ方ではなかった。むしろ、長年ほとんど友人と恋人の間を行き来するような関係だったからこそ、実際に付き合ってみたことで互いの関係性が何か気付いてしまった、という方が近いだろう。
つまるところ、この二人はどこまでいっても「友達」――もっと的確な言葉を探すなら、「親友」であったのだ。そして互いにその関係を心地よく思っていたからこそ、こうして「親友」という元の鞘に戻ることに躊躇がなかった。
今日もこうしてなんの連絡もなく家に上がり込んできていることも、たまきとしてはあかりとの同居よりは抵抗がない。
「上着とカバン預かりますよ」
「ありがとう。今はちょっと疲れて食欲ないから、ごはんは後にするよ。お風呂もその後で。一時間くらい仮眠とるから、そのくらいになったら起こして」
「わかりました。今日はちょうどいい抱き枕もあるので、好きに使っちゃってください」
「あれ? 君もしかして今そこにいる僕の親友のこと抱き枕って言った?」
ねぇ、ちょっと? と問い詰めるようににじり寄ったところでどこ吹く風という様子のまま二階に上がっていってしまうあかりを冷え込んだ瞳で見送ると、溜息をひとつ吐いて茜のいるソファーへと移動する。
「ごめん茜、仮眠したいからちょっとどいてくれる?」
「えー、ウチもさっき横になったばっかでやっとうとうとしてきたんやけど。あかりちゃんの言う通り抱き枕にしてもええからこのまんまにしてくれへん?」
「抱き枕扱いされるより動く方がイヤなの……?」
困惑と呆れの混ざった表情を隠し切れず、かといって彼女を物理的に退かそうとするには彼の肉体は貧弱すぎた。致し方ない、と早々に諦めをつけると、彼はソファーと茜の間に体を滑り込ませ、そのまま彼女を後ろから抱き締めた。
姉とそう変わらない身丈の彼女は、成長しきったこの年齢になっても姉をまったく追い抜けなかったたまきの身長をやや上回り、抱き枕としては十分な大きさと温かさを保っている。
「茜」
「なんや?」
「懐かしいね」
「……せやな」
何が、と問うのは野暮だろう。
それ以上の言葉を交わすことなく、背後から洩れる寝息を聞きながら、茜も同じように意識を手放した。
◆
「いや寝すぎじゃん……仮眠ってなんだっけ……」
「あ゙ー……ひっさびさにやってもうたわ……。これは確実に怒られるやろなぁ、葵に」
「お二人ともあの後ちゃんと起こしましたよ。3回くらい頭引っ叩きましたけど、覚えてます?」
「「いや全然」」
ですよね、というあかりの呆れまじりの態度に苛立ちすら覚えないほどに、二人はやらかしていた。
現時刻は午前8時半。たまきも茜も、急な呼び出しがなければ仕事はない。とはいえ、ここが住まいであるたまきと違い、茜はそうもいかない。ご近所とはいっても女性が男の家に上がり込んで朝帰りとなれば、事実がどうあれ誤解は免れない。特に彼女の場合は――。
ぴんぽーん、という聞き慣れた呼び鈴の音が家に響く。それが二度、三度と続いたところで、あかりが玄関へと向かった。まだ話し声すら聞こえないが、たまきと茜には既に玄関の向こうに立つ人物に見当がついていた。
どしどし、と明らかに怒気の込められた足音が近付き、そしてリビングのドアが開く。
「お姉ちゃん……いい加減にたまきさんの家に行く度に朝帰りするのやめてくれる……?」
「あはは……お、おはようさん、葵……」
「たまきさんも、もうお姉ちゃんとはそういう関係じゃないんですから、男女の友人らしく適切な距離を保ってくれます?」
「ごめん……」
やはり、とそこに仁王立ちで二人を睨むのは、茜の双子の妹の琴葉葵。二人が付き合っていた頃はたまきのことを「お義兄さん」と言ってからかいながら慕っていた彼女は、二人の破局と同時にたまきに対してだけでなく、姉の茜に対してもある程度のラインを引いた態度になってしまった。
とはいえ、少なくとも表面的には良好なご近所付き合いを続けてくれている分、そもそも他者から向けられる視線にあまり関心のないたまきとしては、あまり精神衛生上の問題はなかった。むしろ、それで参っているのは家族として同じ家で暮らす茜の方だという。
「で、ちゃんと一線は保ったんですよね?」
「それ毎回聞いてくるけど、茜と付き合ってた頃ですらそういうことはしてなかったからね? キスまでだからね?」
「そりゃそうですよ。当時は学生だったんですから。でも、今はそうじゃないでしょう? だったら、恋人でもない相手の男の家で一夜を明かした姉の心配をするのは妹として当然だとは思いませんか?」
「今日びの妹って姉の貞操管理もしてるの……?」
「いや知らん知らんこわいこわい。少なくともウチの知っとる「当然」の範疇やない」
琴葉家の常軌を逸した「当然」に慄きながらも、ひとまず暴走し続ける葵を茜に任せて帰らせると、さてもうひと寝入り、とソファーに横になる。
すると彼の懐に何かがもぞもぞと納まり、彼の頭が温かい何かに包まれた。
「昨日は茜さんに譲りましたので、今のうちに昨晩の分を補給させてもらいますね!」
「いやだからこの構図は風俗のそれなんだよ……。せめて頭の位置を合わせてくれないかな」
「こんなに可愛い女子大生の胸に頭を埋められておきながらそんなに冷めたこと言うのたまきさんくらいですよ」
「残念ながら僕は僕より身長が高くて慎まやかな胸の女性が好きだから……」
そう言うたまきの身長は154センチ。あかりよりも3センチ高いのだが、それよりもあかりにとって衝撃だったのは――。
「もしかして茜さんって付き合いの長さとか抜きにたまきさんの理想の女性……!?」
茜の身長は158センチ。たまきよりも4センチ上で、何がというわけではないが、まったくないわけではないものの平均的な女性よりも随分と大人しいサイズをしている。
「え? うん。そりゃ女性としての魅力を感じない相手と付き合ったりしないし……」
「男の人ってみんな自分より若くて小さくて巨乳の女の子が好きなんじゃないんですか!?」
「偏見すごすぎて笑う」
とりあえずたまきに巨乳フェチがないことを納得してもらうと、あかりはおずおずとたまきと同じ頭の位置まで下がり、彼の脇に手を入れてその体を抱きしめる。
昨夜は休日出勤と思えない激務の末に帰宅して、そのまま風呂にも入らず眠ってしまっただけあって、普段よりも彼の体臭を強く感じてしまう。が、それでもあかりはブレなかった。
「もうこの匂いだけで興奮できます」
「こわ……。えっ僕このまま寝て大丈夫? 起きた時に手遅れになってたりしない?」
「大丈夫ですよ。わたしいつでも産む覚悟はあるので!」
「ちがう、そうじゃない」
さすがにこのままあかりの変なボルテージを上げ続けるのは危険だと判断したのか、彼女をソファーに置いて風呂に向かう。
が、しかしこの時たまきは既に少し眠かったのである。普段通りの冷静な判断力はどこにいったのか、背後から同じ歩幅で近付く気配に気づくことなく、風呂に入ってしまった。
「お背中流しますね!」
「えっ何、今日のあかりちゃんそんなに溜まってるの? 自分の部屋で発散してきたら? そのテンションのまま立て続けにガンガン来られるとさすがに恐怖を覚えるよ」
「いえ発散自体は今朝お二人を起こす前にしてきたので……」
「女子大生の性欲ってみんなそうなの? えっこわ……今度から道行く女子大生みんなケダモノにしか見えない……」
身近(半径1メートル以内)な女子大生によって世の女子大生にあらぬ風評被害がつけられたところで、とうとうたまきが白旗を上げた。
「あーもう、じゃあ後でまた眠るけど、そしたら僕が起きるまで接触禁止。それが守れるならいいよ」
「うーん……そうですね、今回はそれで妥協しましょう。今はそれよりも
「君はもう少し性欲を包み隠した方がいいよ」