うまく話がまとまらなかった
シンボリルドルフ
日本競バ界はルドルフ以前とルドルフ時代とルドルフ以後の三時代に分類されるとまで言われる絶対強者。
URAファイナルズ決勝を含めた戦績──19戦19勝はその数字だけで見事なものだが、その内容を見ると宝塚記念とジャパンカップ、有馬記念の連覇を含めた13冠(なんとクラシック級のうちに7冠に達していた!)という驚異的な成績を残している。
シニア級2年目にマイル路線に
個人的にはサクラバクシンオーやキングヘイローといった短距離マイル路線の王者と、永遠なる皇帝が競い合うレースは万金を積んででも見たいものだが、レースの運営つまり営利という目線では……
トレセン学園生徒会室。その生徒会長の椅子ではなく応接セットに座るシンボリルドルフ。
ルドルフは休憩がてら情報収集にと広げた雑誌を閉じ、メモ用紙に『短距離チャンピオンとのレースを望む声』と書き込む。
「うーむ。レースを望むファンの声……チャンピオン、チャンプ……王者……」
『二大マイル覇者サクラバクシンオーと皇帝のレースをしてほしい!』
『はー。じゃ、やろっか』
『短距離王者キングヘイローと皇帝の勝負を見せてほしい!』
『おう。じゃ、やろっか』
「ふむ、私の口調では『はー』や『おう』は少し不自然か。ここはトレーナー君に言ってもらうかな」
──ルドルフくん、トレーナーは漫才の相方ではないし、むやみにエアグルーヴのやる気を下げることは許されないんだ。
誰をも魅了する皇帝は、ドリームトロフィーリーグに移籍してからやや余裕が生まれていた。
何もなければ、そのうちマルゼンスキーのように親しみをもって接することができる生徒会長となっていたかもしれない。
しかし、そうはならなかった。
絶対皇帝が自らの内にある独占欲と自尊心に気付き、それを燃え上がらせてしまう出来事が起きてしまったのだ。
『トォオカイテイオーォッ! 宝塚に続き、菊花賞を制覇ッ‼︎ クラシック三冠‼︎ 無敗のクラシック三冠です‼︎』
『トウカイテイオー、トレーナーに飛びついて喜びを分かち合っています。美しい光景です』
『ダービー後には不安を抱えていましたが、終わってみれば努力と才能で全てを薙ぎ払って見せました!』
「分かっているさ」
レースの映像と、レース雑誌を見ながらルドルフはため息をつく。生徒会室の開け放した窓からは、トレーニングをする学生の賑やかな声が聞こえる。その賑やかさの中でも、絶対に聞き漏らすことなどあり得ない声がある。
「ボクのトレーニングを見た後なのに、他のコのこと見てたの⁉︎ 信じらんないよ!」
「────‼︎」
「トレーナーが見るべきは誰か、教えてあげるよ!」
「分かっているさ、テイオー。君にはトレーナー君が必要なんだ」
トレーナーに自らをアピールしようと走るテイオー。それを真剣に見つめるトレーナー。そんな2人を生徒会室から眺めるルドルフ。トウカイテイオーは、ルドルフのトレーナーの次の担当バだった。
ダービー後に『骨折か?』とまで報道されたトウカイテイオー。だが、トレーナーの狂気すら感じる献身と当たりを引き続ける奇跡的なケアによって、菊花賞どころか宝塚記念で復活してみせた。
トウカイテイオーの征く道には、トレーナーの手助けが必要なのは誰もが認めるところだ。
「だが、それでも……トレーナー君は私のトレーナーだ」
私のモノだとまでは言わない。トレーナーは物ではないからだ。
ドリームトロフィーリーグでは夏と冬の2回しかレースの機会がない。そのため、トレーナーの指導もそこまで微に入り細に入りとはならず、生徒会業務もあり週に何回か直接指導を受ける時にしかトレーナーと会うことはなくなっている。
つまりルドルフは、親が妹にかかりっきりになっていることに嫉妬して赤ちゃん帰りしてしまう幼児のような状態に陥っていたのだ。
そして、そんなルナちゃんの神経を更に逆撫でする事件が起きる。
ギンギヲギンにサイケサイなウマ娘が新たにトレーナーの担当バとなったのだ。
その名は────
「ゴォーオルドシップ! 今1着でゴォール‼︎」
「狂っとまわってワーォ。1着のポーズっ」
ゴールドシップ。破天荒とはこのウマ娘のためにある言葉。宇宙戦艦ゴルシ。ファッションキチマル。隠れハイソ。
プライベートでは狂ってるウマ娘もいるが、ゴールドシップは公的な場でも取り繕うことをしないため『中央トレセンのヤベー奴代表』という扱いをされている。
しかし、ルドルフは後輩がヤベー奴だからと言って嫌うことはしない。
トレーナーがゴールドシップに振り回されて、一緒に過ごすはずだった休日の予定が潰されても、疲弊したトレーナーがヒィヒィ言いながら仕事に追われても不機嫌にはならなかった(休日の予定は埋め合わせがあったし、疲弊したトレーナーを手伝うという名目で共に過ごす時間を設けられたため。何せルドルフは時間に余裕があった)。
手のかかる後輩だなぁ、と微笑ましく思えていたのだ。あの瞬間までは。
それは偶然だった。たまたま足を運んだ図書室で、ルドルフはゴールドシップとトレーナーが話しているのを聴いてしまったのだ。
「すげー暇そうなヤツがいるなって思ったんだ。暇が服着て歩いてるみたいでさ。暇と服って漢字が似てるよな」
(トレーナー君が暇なはずがないだろう。私と、テイオーの指導だってあるし、学園の業務も抱えているんだぞ……!)
「アタシと出会えて、アンタの人生おもしろくなっただろ?」
その言葉が聞こえた瞬間、シンボリルドルフの中で何かが弾けた。
『シンボリルドルフが出るレースはつまらない』
『退屈だよね、レース展開が』
『結果が分かりきってるもん』
『見てて面白くないね』
ルドルフはつまらないと言われるのが大嫌いだった。
結果は分かりきっていると言ってレースを見ないでウマホを見る観客に、そしてそんな観客の姿を見て「仕方ないよね」と諦めを顔に浮かべる他の出走者に、怒りを覚えたこともある。
──つまらないだと? そのつまらなさを獲得するために、私とトレーナーがどれほど努力したと思っている。
──仕方ないだと? 外野の予想で萎れてしまう程度の闘志で、この皇帝に挑むつもりだったのか?
シンボリルドルフは巷でいわれるような気性ではない。実は激情家のきらいがある。
ブチ切れたルドルフは、ゴールドシップを敵と認識し、ぶちのめす為に行動を起こした。
「……長距離G1、つまりは菊花賞と春の天皇賞に出走する許可をいただきたい」
「は?」
皇帝による奇襲を受け、菊花賞と天皇賞春への出走権を強請られたURA上層部は混乱した。
ルドルフの主張はこうだ。
「国際化により長距離G1の価値は下がり、ウマ娘の負担軽減という観点から菊花賞を回避するトレーナーも増えている」
「しかし、ステイヤーとしての才能を持って生まれたウマ娘にとって、輝ける最高の舞台が菊花賞と天皇賞春というレース」
「この区分のレースを盛り上げるために、私シンボリルドルフを参戦させてほしい」
「1着になったとしても、私の名前は載せなくて良いし、私の勝ち星を増やすこともしなくていい」
「ただ私が走ることにより、レースへの注目度が高まり、レースの価値が高まれば幸いに思う」
URAはシンボリルドルフに借りがある。本人もトレーナーも乗り気だったヴィクトリアマイルと安田記念挑戦を、マイル路線を荒らされては堪らないとお願いしてドリームトロフィーリーグに移籍してもらったのだ。
それに、長距離レースの人気が落ちているのも確かだった。前半でスローペースだったり後半でダレたりするくらいなら2,000メートルでいいのでは? という考えを持つURA役員も少なくない。
URAはシンボリルドルフの限定参戦を認める決定を下した。
しかし、春の天皇賞までは期間が短く規則や周知が難しいため、秋……つまりは菊花賞からの参加となった。そしてそれは、ルドルフの狙い通りだった。
「クラシック三冠最後の一冠、菊花賞!」
「今回からなんと、特別枠としてドリームトロフィーリーグから出走者が出走します! 失礼、私も興奮が抑えられません」
「本日一番人気はここまで無敗、二冠ウマ娘ゴールドシップ」
「私が一番期待しているウマ娘です。対するは……G1だけでも13勝、皇帝シンボリルドルフ!」
ワァァァアア──
「おっ、皇帝サンは人気者だなぁ」
地下バ道にて。あたしの焼きそばとどっちが人気あっかなぁ? などと言っているゴールドシップに、ルドルフは声をかける。
「ゴールドシップ。私はキミに……いや、むしろキミ以外の全てに謝らないといけない」
「んー? なんだそりゃ?」
「私はキミを叩き伏せたいがために、キミの無敗クラシック三冠を阻止するためだけに、この場に立っている」
「およ? ゴルシちゃんは皇帝に睨まれるようなことした覚えはねーけど?」
「キミは、私とトレーナー君の日々を否定した。暇そうにしていたと、面白くなさそうにしていた、と」
「あー、そんなこともトレーナーに言ったっけ。盗み聞きとは趣味わり〜ぜ」
「そうだな。私は悪趣味で傲慢で嫉妬深く、粘着質だ」
──だから、キミが私と同じ無敗の三冠バとしてトレーナー君の隣に立つことが、我慢ならん。
「キミを叩き伏せ、キミの面白い日々よりも私の日常の方が上だと証明しなければ、私の気がおさまらない」
「へっ、なるほど。おもしれー、アンタおもしれーぜ。栗毛にしとくにゃ勿体ねー」
「いや、鹿毛だが」
「イヤシカ毛か。皇帝なのに卑しいのか高貴なのかハッキリしろよ!」
「……言葉は不要か」
バチバチと闘志が火花を散らす地下バ道。そこから離れた関係者席。
「いや、なんでルドルフがクラシック三冠に出てくんだよ」
蚊帳の外に置かれたトレーナーは、ただひたすら困惑していたという。
まあ、最初はゴルシの無敗クラシック三冠をルドルフに阻止されたから描き始めたんですけどね