時遡らせしは魔王の子   作:はたけのなすび

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では。


十五話

 ()明月(めいげつ)の屋敷は、怪我や病を患った者にも門を開いている。

 何も明月が特別なのではなく、胡家の仙士はそういうふうに市井の中で暮らす者が多い。

 無論、彼らの本拠地である百薬峰に籠っている者もいるが、そこを旅立ち中原に点在する胡家の薬療院を巡って生きる者もいるのだ。

 彼らの本領は丹薬を作ることにあり、市井に降りることすらも珍しい病や怪我、妖魔悪鬼を見つけ新たな丹薬の糧とするためであり、修行のひとつだ。

 なので、時折やり過ぎる胡家の者もいる。

 特に、珍しい病にかかった者や珍しい妖魔によって傷を負わせられた者と出会うと、治療の前にまずその観察を優先させてしまう場合があった。

 漣宇も、前世において病人の治療より先にその観察を優先して危うく死なせかけた胡家の者とやり合ったことがある。

 なので、あまり胡家の者に対してよい印象というのはなかったのだ。それは、明月に出会うまでの話だが。

 

「ほんとあの人元気っつーか……活動的だよなぁ。うちの師兄と気が合うわけだ」

「丹薬の材料探しで、よく師兄を連れ回すと言っていたが」

 

 明月に押しつけられた馬の手綱を引き、馬小屋へ向かう道すがら言えば、斗生は屈託なく返してきた。

 宋家の大師兄、鐘白霜を兄弟子と呼ぶことに、何も戸惑いを見せない斗生は本当によく宋家に馴染んで来ているようで、それがなんとも漣宇には嬉しい。

 そう思いながら、漣宇は口をとがらせて見せた。

 

「そうだけどさ。普通、胡家のやつらが集めてる薬の材料ってのは珍しい草とか花とか木の実とか、あっても精々でかい洞窟の奥の湧き水とかだろ。新鮮な人食い蛇の生き胆取りに行くからついて来い、なんていうやつには初めて会ったぞ」

「修行に熱心で、かつ実力があるからできるのだろう」

「だけどそのくせ怪我を治してくれ病気を癒してくれってな普通の人たちにも応えるし、ろくに金取らねえよな。口ではぶつぶつ言うけどさ、その間に手が動いて包帯巻いて薬を作ってちゃ何してんだよって感じだ」

「……その点、しっかりした周路燕殿がここにいてよかったと思う。特に金銭面で」

「ああー、確かにな。金が無いなら物々交換って決まりを作ったって聞くし、路吟ちゃんもよくお手伝いして楽しそうだし」

「うん」

 

 斗生たちが宋家へ逃げる原因となった、妓楼での事件。そこで知り合った周路燕と路吟の親娘は、今もこの屋敷で働いている。

 妓女だった路燕だが、ここではくるくると忙しく働いている。

 屋敷の家事から、病人怪我人の対応から、妓女だった彼女には慣れないことばかりなのだと思うのだが、彼女はいきいきと仕事を進めていた。

 白魚のような手が水で荒れようと、肌が日に焼けようと、白粉を塗って店の中に引き籠っているよりこっちが性に合っていると笑う彼女は、漣宇にとっても気持ちのいい人間だった。

 娘の路吟もそんな母の側にいて、泣きもせず聞き分けよくきゃっきゃと笑っており、その相手をするときは斗生の氷の無表情が少し緩んでいるのだ。

 

(ただの前世の元従者が幸せそうで嬉しい……ってだけじゃないんだよなぁ。ま、妹なんだからそれも当然か)

 

 斗生が前世において朱家でどんな暮らしをしていたかを、漣宇は知らない。斗生本人が大半を忘れ、その上敢えて語りたがらないために全貌は見えてこない。

 見えてこないが、路吟のこととなると少しどころかかなり派手に我を忘れる節がある辺り、幼い斗生は妹を守らなければならなかったのだろう。妹を守るという行為が、習性として染みつくほどに。

 だとしたら、何故大事な妹を側にはおけるが危険も伴う従者として使っていたのだろうか。

 知りたいと思うのだが、これに関しては漣宇はまだ聞き出せていなかった。

 

「師兄からの用事済ませたら、路吟ちゃんに会っていくか?」

「うん」

「だよな!あの子も絶対待ってるぞ」

「……うん」

 

 馬の首をとんとんと叩き落ち着かせながら、斗生は軽く頷く。

 斗生はどうも馬や猫など獣全般に懐かれやすいらしく、馬房に馬を帰す作業はあっさりと片付き、二人はそのまますんなりと馬小屋を後にすることができた。

 そもそもは、大師兄から明月に宛てた書簡を渡しに来たのだ。他家からの遣いに自分の馬の片付けを押しつけて消えた明月は非常識と言えば非常識だが、斗生も漣宇も気にしてはいなかった。

 

「明月先生、大師兄からの書簡を持ってきました」

「よくやった。そこへ置いておけ」

「あ、それは駄目なんですよ。俺たち、先生が中身を読んで確認するまでいなさいって大師兄に言われまして。だから明月先生、この場で一応中身を確かめてくれませんか?」

「……チッ」

 

 他家の名士に対するには少し以上に気安く、斗生と漣宇は明月の部屋を訪れて要件を言い、明月はそれに軽い舌打ちで応じた。斗生たちに舌を打ったというより、己の行動を先読みしている白霜相手の舌打ちだろう。

 しかしまぁ、白霜が手紙を読むまで見届けてくださいと言うのも無理はないのだ。

 明月は整理が苦手なのか、自室は書物と書き付けが洪水を起こしている。

 彼がこの部屋を使うようになったのは半年前からのはずなのだが、よくもここまで物を増やしたと言いたくなるほど散らかって、足の踏み場がないのだ。

 寝床の上にまで書物や筆や何かを書きなぐった紙の束が散っているのだから、書簡を部屋に置こうものなら、あっという間に埋もれてどこかへ行ってしまうだろう。

 それを明月もわかっているのか、斗生から書簡を受け取るやざっと中身を確かめる。

 何が書いてあるのかはわからないが、読むにつれて明月の眉間のしわは深くなっていった。

 

「漣宇、斗生」

「はいっ!」

「はい」

「僕がこれに返事を書くまで、そこいらで遊んでいろ。終わったら符で呼ぶ。……路吟なら、路燕と一緒に裏の畑にいる。それからもう一人遊びに来ている」

「わかりました!」

「わかりました。ありがとうございます、明月先生」

 

 筆を片手にしっしと手を振って応じた明月に礼をして、斗生と漣宇は部屋を出る。

 今は明月の屋敷に傷病人は押しかけていないのか、屋敷の中は静かだった。緑豊かな屋敷だが、庭に植えられている木々や草花はどれも薬にも毒にもなるものばかりで、如何にも胡家らしい。

 その緑豊かな屋敷の中でもひときわ植物の気が濃い裏手で、大小の人影が二つ動いていた。

 近づけば、気配を感じたのか腰を折って作業をしていた路燕が立ち上がる。頬には泥が飛んでいたが、彼女は気にしたふうもなく朗らかに笑った。その足元には草をいじっている路吟がいて、こちらを見るなりぱっとほほ笑む。

 

「あら、(げん)公子と(がく)公子、こんにちは。またお使いなの?」

「公子なんてのはよしてくれよ、周姐さん。だけどお使いはその通りだよ。先生が師兄への手紙書くまで遊んでろってさ。何か手伝えることあるかい?俺たち力あまってるから、何でも運べるぜ」

「あら、ありがとう。それなら、あっちに積んだ白菜を厨房に運んでちょうだい。さっき宋家の坊ちゃんにも頼んだんだけど」

「へ?」

 

 まさにそのときである。

 建物の影から、青の衣を身に着けた小さな貴公子が現れる。

 宋家跡取り宋聲心(そうせいしん)は、斗生と漣宇を見ると走ってきた。手には野菜籠があり、腰帯にはいつもの剣が吊るされている。

 

「お前たち、やっぱりここにいたんだな!」

「うん」

「俺たちは大師兄からお使い頼まれたんだよ。聲心こそどうして来たんだ?」

「遊びに来た!ここにいたらお前たちも来るだろうしな」

「またか……」

 

 胸を張る聲心は、斗生と漣宇にやけに懐いている。

 前世の聲心は、もっと気難しくて言葉がきついと感じるときが多かったと漣宇は思う。無論、それ以上に聲心と漣宇は気が合ったし仲も良かったが、きついと感じるときの聲心は本当にきつかった。

 前世で引き取られてきたばかりの、正真正銘幼かった漣宇は、誰かの邪魔にならないよういつも声を殺しているような状態だったから、尚更聲心を怒らせないようにしていたものだ。

 

 だが今は、二十何年分の人生を積んだせいなのだろう。

 

 年端も行かない聲心の言動は、全部かわいく見えてしょうがない。

 斗生はさすがに聲心をかわいらしいとまでは思っていないようだが、聲心がちょっとした癇癪を爆発させても落ち着くまで静かに待っている。

 多分、聲心をまだまだ肉球が薄桃色な子猫か何かと思っているのだろう。子猫に引っかかれても、怒るような斗生ではない。

 玄斗生が怒りを露わにするのは、それこそ実父の暴虐を前にしたときぐらいなのだろうから。

 理由こそ違えどまったく怒らない斗生と漣宇は、気難しさと誇り高さのため同年代の友人ができていなかった聲心にとって、甘えやすい相手になったらしかった。

 前世のころは兄弟のように仲良く育ち、取っ組み合いの喧嘩もした悪友で親友だった聲心に、年の離れた兄のように慕われるのは不思議な気分だったし寂しい気もしたが、今更変えられない。

 腰に手を当てて少しそっくり返る聲心と、いつも通りぼうっとした無表情の斗生を見ていると悪戯心が湧いて来て、漣宇は手を一つ打った。

 

「よし、遊びに来たってんならこうしよう。誰が白菜全部運ぶか勝負だ!いいだろ、斗生?」

「いい」

「や!」

 

 どんっ、とそこで斗生の足に激突する小さな影があった。

 誰なのかは見るまでもない。そこにいたのは、小さな手足で斗生の足に子熊のように抱き着いている路吟だった。

 

「玄にぃには、ぎんとあそぶの!まぃあぅの!」

「まいあうの?……ああ、毬があるのか。毬投げしたいのか、路吟?」

「ぁい!」

「うん、わかった」

 

 斗生は屈んで、ひょいと自分の足元にしがみつく路吟を軽々抱きあげた。

 相変わらず妹に甘々の兄ちゃんめ、と漣宇は苦笑いをする。

 路吟にくっつかれると斗生はまず何でも言うことを聞く上、妹ちゃんも妹ちゃんで、強情っ張りなのだ。

 お気に入りのお兄ちゃんを取られたくないのか、漣宇や聲心が一緒に遊ぼうとすると、いやいやと駄々をこねる。

 皆で一緒に遊ぶことより、独り占めしたお兄ちゃんが自分と遊んでくれるのが大好きらしいのだ。一番ご機嫌になるのは、母と斗生と三人で遊んでいるときだから、とてもわかりやすい子である。

 今の路吟は、斗生が母親違いの兄ということを知らない。そのはずなのに、母親の次に甘えるのは斗生なのだ。何故なのかわからず、漣宇にはただ相性が良かったんだろうと思うほかない。

 路燕が我がまま言っちゃだめよと叱っても、おちびちゃんはこのことだけは譲ろうとしないのだ。

 しまいには漣宇と斗生と路燕のほうが折れてしまい、路吟を止められる者はいなくなっていた。

 これ以外では本当に聞き分けのいい子らしいのに、斗生がらみでは膠のようにぺったりとくっつく駄々っ子になる。

 斗生もそれを知っているから、漣宇と聲心の方を見た。

 

「白菜勝負はまた今度でいいか?」

「ああ、いいぞ。いいよなー、聲心。白菜運び終わったら、俺と剣勝負しようぜ」

「また漣宇とするのか?ぼくは斗生とも勝負したい!いつもそいつがくっついてるじゃないか!」

 

 不機嫌そうに聲心が言えば、路吟がぷくっと頬を膨らませて斗生の脚にひっしとしがみつく。

「やぁ!玄にぃはぎんのなの!まぃすぅの!」

「路吟、俺は誰のものでもないぞ……。聲心、剣勝負は月穹河に帰ってからやろう」

「ほんとだろうな?」

「誓って」

「……わかった。じゃあ絶対後で勝負だからな!漣宇、行くぞ!」

「うわ、先に走るなんてずるいぞ!俺は野菜籠も持ってないのに!」

 

 路吟を抱きあげた斗生にひらりと手を振って、斗生は漣宇を追って駆けだす。

 肩越しに振り返ると、母の異なる兄妹の寄りそう姿が見えて、漣宇は少し頬が吊り上がるのを感じたのだった。

 

 




ヒロインが異母妹のガチ幼女ってどうなんでしょうかねこれ。

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