帰還の道中は何事も無く、無事にイコルの街に到着した。
その頃にはオルガも子供達も目を覚ましており、四人は船から降りる。
親元に帰ってきた子供達とその親達は皆泣きながら再会を喜ぶ。
その光景を見て、レギアス達はほっこりとした感情を抱く。
「……・ま、依頼料はこれで良いか」
「ま、欲を言えば美味い飯と酒があれば良いんだがな」
「あと着替えと湯浴みだ」
「確かに……・私達、ちょっと臭うわね」
「失礼、よろしいか?」
隊長格の騎士がレギアス達に話しかけた。彼の後ろには他の騎士達も整列している。
レギアスがどうかしたのかと訊くと、騎士達は一斉に右拳を胸に当てて敬礼する。
隊長格の騎士が代表してレギアス達に謝辞を口にする。
「我らがイコルの港の子供達を助ける為に尽力してくれたこと、誠に感謝致す」
騎士がそう言うと、港の住人達も次々にレギアス達の周りに集まり礼を言っていく。
皆、大切な子供達を守ってくれたことに泣きながら感謝している。
レギアスはこんな風に感謝されるのが照れくさいのか、鼻先をかいてそっぽを向く。
「今更だが、まだ名乗っていなかった。私の名はガロンド。グランファシア帝国騎士団第十三師団団長だ」
「師団長? 隊長だとは思っていたが、師団長だったのか」
オルガは目の前に立つガロンドと名乗った騎士の立場に驚く。
師団長と言えば、軍の中でもそれなりに大きな組み分けをされている組の長である。
階級も高く、色々な実力と実績を示した者しか、その地位を任せられない。
そんな大物がどうして港の警備等をしているのだろうか。
「師団と言っても、田舎の港町を守る程度の規模さ。最近の帝国騎士団は大きく変わってな」
「変わった……・? その話、詳しく聞かせてくれないか?」
レギアスはガロンドの話に引っ掛かりを感じた。
ガロンドは了承し、特別に宿の部屋を用意させてレギアス達を迎え入れる準備をさせる。
その際、ベールがレギアスの袖を引き、小声で尋ねる。
「レギアス様、先を急いだほうが良いのではないのでしょうか?」
「急ぐにしても、補給が必要だ。もう金も尽きてる。物資も情報も無い状態で、次の遺跡に向かうには無謀すぎる」
「しかし……・」
「生贄のことは分かってる。だが無理はできない。俺達には休息が必要だ」
「……・分かりました」
ベールはそう言って顔を俯かせる。
優しいベールのことだ。生贄にされてしまう人達が心配なのだろう。
レギアスはベールの頭に手をぽんっと乗せる。
「レギアス様……・?」
「大丈夫だ。もう俺は投げ出さないさ」
「……・はい。それは信じていますわ」
ベールは笑みを見せる。
宿側の準備ができ、レギアス達は案内される。
宿に到着すると、レギアス達は真っ先に湯で身を清め汚れと疲れを流す。
着ていた服は宿屋の人間が回収し、入念に洗ってくれている。
身を清めた後は宿側が用意してくれた服に着替え、食堂に案内される。
食堂のテーブルには豪華な料理が並べられており、更に酒まで用意されて、オルガは勿論のこと、四人はゴクリと唾を呑む。
四人は席に着き、豪快に食らっていく。
レギアスとオルガは当然だが、王女であるベールとアナトも一心不乱に食べる。
男二人に比べたら慎ましいものだが、それでも食べる勢いは凄まじい。
山盛りに並べられていた料理は瞬く間に無くなり、四人は満足する。
茶や酒で一服していると、ガロンドがやって来る。
「どうかな? 少しは休めただろうか?」
レギアスとオルガは親指を立てて満足だと答える。
ガロンドは笑い、空いている席に座る。
「さて、話を聞きたいと言っていたが、何を訊きたい?」
「その前に、俺達の事情だが――」
ガロンドがレギアスの言葉を手で制す。
「詮索はせんよ。お二人が誰で、何の目的で帝国に居るのかは、会話を聞いて大凡察した。このイコルで危害を加える者はいないだろうが、用心のため口にしないほうがいいだろう」
「……・なら、そうさせてもらおう。で、訊きたいことだが、帝国軍が変わったと言ったな?」
「ああ。機械騎士、アレの導入で騎士団の大半から人間が居なくなった」
ガロンドは今の帝国騎士団の体制をレギアス達に教える。
師団長ともあろう人間が、外部の人間に話すことは重大な違反になるだろう。
しかしガロンドはレギアス達に恩もあり、レギアス達が善人であること、そして帝国の在り方に疑念を抱いているからこそ、話をする。
「上層部の人間を除いて、帝都や他の重要拠点には機械騎士と魔導騎士のみで構成された。人間は俺達のように地方へ飛ばされるか、他の職に就かされるかのどちらかだ」
「それじゃあ、帝都には人間の騎士は一人も居ねぇのか?」
「管理する為の人間を数人残してな」
「何じゃそりゃ? 騎士の名もへったくれもねぇな」
オルガはグラスに入った酒をグビッと飲み干す。
オルガは騎士という名前を誇りに抱いており、それこそ大昔の騎士の在り方に強い憧れを持っている。
今の騎士は剣や盾などを使わず、近代化した銃器や兵器など使用する。帝国がその代表だ。
その点、マスティアは銃器を使うが、剣や盾、魔法も使用する昔の騎士に通ずるモノで、オルガは気に入っている。
だが人の身を危険に晒さないようにするという考えには否定的ではなく、それがオルガの中で複雑化しているのだ。
「……・それ以外で、帝国軍に変わった動きはあるか?」
「フム……・そう言えば、帝国軍に妙な人間が出入りしていると言う噂が立ってたな」
「ゲディウスと言う名の男か?」
「いや、名前は分からないが、『女』だ。長い白髪の」
ガタリッ――。
「っ……・!?」
レギアスが椅子を蹴るようにして立ち上がり、驚いた表情を浮かべた。
突然のことにアナト達は吃驚する。
「そいつは……・剣を二本携えてるか?」
「いや、すまない。噂話だし、少し前の話だ。そこまでは分からない」
「……・そうか」
レギアスは座り落ち着きを取り戻す。
その『女』の事についてレギアスに尋ねても、この様子では答えてくれないのだろうなと、アナト達は理解している。
レギアスが答えないと言うことは、今の自分達に必要の無いことなのだろうと判断して話を流した。
「しかし、その噂が流れ始めた頃から機械騎士の導入が急速に進んだのは確かだ」
「……・そうか。ところで、ミドガルズオルムの遺跡、もしくは神殿について何か知っていることは?」
落ち着いたとは言え、考え込んでいるレギアスの代わりにアナトが尋ねる。
ガロンドは「フム……・」と顎を摩り、何かを思い出したようにハッとする。
「それなら、俺が帝都を出る寸前に耳にしたぞ」
「聞かせてくれ」
「ミドガルズオルム神殿に特務師団を派遣して調査をすると聞いたが、今回のを見る限り、ただの調査ではないだろう」
「特務師団……・?」
レギアスはその言葉に覚えがあった。
イルに渡された資料の中に書かれていた人物の名前と一緒に書かれていた。
「ウォーカー……・」
「よく知っているな。そうだ、ウォーカー・ヴァレンタレス大佐。若くして大佐の地位に就いた奴が率いる部隊だ」
「と言うことは、ゲディウスもいるかもしれない」
レギアスは要塞での戦いを思い出す。
アーシェが守護の魔法を施してくれたコートを容易く破り、自らをドラゴンと名乗った男。
ベールに今回の計画を教えた理由は謎だが、彼の者の戦闘能力は注意しなければならない。
マスティアの国境要塞ガルバロンの惨状を見るに、あの時は力の末端も出していなかった筈。
もし先の神殿にいるのならば、厳しい戦いになるかもしれない。
レギアスは魔力を使えるようになったことに心底安心する。
いくらなんでも魔力無しで勝てるような相手ではないことは確かなのだから。
「その調査は、いつ行われるのでしょうか?」
ベールが訊いた。その調査が既に終わっていたとしたら、それは犠牲者が出てしまったということになる。
ガロンドは答える。
「ミドガルズオルム神殿は今も尚、強い魔力が流れている。魔力が強くなる満月の夜にしか神殿は姿を見せん。そして、満月の夜は二日後だ」
ベールはそれにホッとする。まだ犠牲者は出ていない。
しかし残りの猶予は二日しかない。此処から二日で間に合うだろうか。
もし間に合わなかったら、罪も無い人達の命が大勢失われてしまう。
そんな事は絶対にさせないと改めて決心する。
「レギアス、此処から神殿までどれ程掛かる?」
「馬なら三日掛かる」
「そんな!? それでは間に合いません!」
ベールが声を荒げる。
だがレギアスはベールを制して話を続ける。
「ガロンド、帝都から此処までどうやって来た? 今の帝国で、まさか徒歩や馬なんて言わないよな?」
「勿論、輸送車だ。電力で動く物だな」
「譲ってくれ」
「良いだろう。どの道もう使わん」
「助かる」
トントン拍子に話が進んだ。
ベールは目をキョトンとさせて首を傾げる。
よく分かっていないベールに、レギアスは説明する。
「此処からクルマを使えば、一日程で到着する。間に合うってことだ」
「本当ですか!? よかった……・!」
ベールは胸を撫で下ろす。
「運転はできるのか?」
「オルガが一通りできる」
「任せてくれ。だが念のために見ておきたい」
「分かった。整備しておこう。今日はこの宿で休んでいけば良い」
「お前達はこれからどうするんだ?」
アナトが腕を組みながらガロンドに尋ねる。
子供達を救うとは言え、帝国に叛旗を翻したようなものだ。
このまま此処に居たら、帝国から何かしらの動きがあるはずだ。
穏便に済むとは思えないのである。
ガロンドは難しい表情を浮かべるが、すぐに軽く笑みを浮かべる。
「なぁに、何とかなるさ。いざとなったら全員で海にでも逃げるさ」
「た、逞しいな……・」
アナトはガロンドが本気で言っていると分かり、表情が引き攣る。
ガロンドは笑い、自分も酒を注いでグラスを持った。
レギアスとオルガも酒を注ぎ、グラスを持つ。
ベールとアナトは酒ではなく甘いジュースだが。
「汝らの道に、幸あれ。乾杯」
チンッ、とグラス同士がぶつかる音が響いた。
翌朝、レギアス達は港町の入り口で住民達に見送られていた。
乗ってきた馬たちはガロンドに譲り、自分達は輸送車に乗る。
運転席にオルガ、助手席にレギアスが乗り、後ろの広い後部座席にアナトとベールが乗り込む。
「それじゃ、達者でな」
「ウム、お前達も……・ああ、そうだ」
「ん?」
「詮索はしないと言ったが、これだけは聞かせてくれ」
「何だ?」
「お前の名だ。恩人の名前は知っておきたい。あとの三人は予想ついているが、お前はな」
「……・レギアスだ。何かあれば、
「あいよ」
オルガはクルマを走らせた。
エンジン音を駆り立て、レギアス達は次の目的地であるミドガルズオルム神殿へと向かう。
レギアス達を見送ったガロンドは、レギアスの名前に聞き覚えがあるのか首を傾げる。
「レギアス……・レギアス……・何処かで……・」
ガロンドはハッと思い出す。
嘗て己の人生の中で経験した一番激しく悲惨な戦争で、その名を聞いたことがあると。
人竜戦争、その戦争でドラゴンをたった一人で倒した英雄。
マスティアの守護者、騎士レギアス。
「ふ、フハハハハッ! そうか! 彼が! もっと恐ろしい姿を想像していたぞ!」
ガロンドは愉快そうに笑い、彼らが進むその先の無事を祈るのだった。