申し訳ないですが、バランの予選は丸ごとカットです。理由としては、どっちにしろバラン勝つし、戦闘が単調だしでつまらないと思ったからです。
楽しみにしてた方すいません……
バランはその後も予選を好調に駆け上り、決勝戦も制して無事にCブロックを一位で通過した。彼が決勝を制して待機場所に戻ってくると、ちょうどFブロックの方では準決勝を行なっている最中であった。
バランは手近なボックス席に腰を下ろすと、キリトが帰ってくるのを待った。五分ほどすると、力が抜けて憔悴しきってるキリトが準決勝を終えて戻って来た。
「キリト」
「バラン……お前、決勝に勝ったんだな。おめでとう。これで二人とも本戦にでr」
「キリト‼︎」
「っ⁉︎」
バランはついにキリトに対して大声を上げて怒りを爆発させた。
言い方は悪いかもしれないが、バランから見てキリトがしている事は完全に筋違いにしか見えていなかった。
「キリト。もう一度言うが、お前は明日の本戦に来んな。今のお前が来ても足手まといだ」
「っ、なんだと⁉︎ふざけるなよ!お前にだけに任せられる訳ないだろうが!」
「だったら剣で示せと言っただろ。俺たちはこれまでそう生きて来た。それに……」
「お前は一人じゃないだろ。アスナだけじゃない、俺やクライン、エギル、リーファ、リズ、シリカ……他にもたくさんいる。俺たちは親友だ。何かあるなら、ちゃんと誰かに相談しろ」
バランはキリトの目を真っ直ぐ見ながら小さな、しかしはっきりとした声でそう言った。キリトはその気迫に飲まれたのか、口を半開きにしてバランの事を見ていた。
「さて、次はシノンとだな。……直接対決するって言ったんだから、全力でやれよ」
「………あぁ、わかった」
キリトは俯くと、聞き取るのも困難なほど小さな声で返事をした。だが、バランには彼の迷いのようなものが吹っ切れたのがありありとわかった。
「……さぁ、シノンに見せてこい。お前の剣を」
バランはそう言いながら、キリトの肩を叩いて気合を入れさせた。
キリトは小さく頷くと、いつもの少しムカつくような笑みを浮かべながら転送の光に包まれ、決勝戦のフィールドへと送られた。
バランは席に座ると、ドームの中央にあるモニターに映し出される試合の様子をじっと観戦するのだった。
準決勝で、対戦相手の《スティンガー》をハンヴィーの防弾ガラスごと撃ち抜いたシノンは、オレンジの足場の待機場所へと飛ばされた。相手の名前はもちろん《キリト》。
「(……やっぱりか)」
そう心の中で呟いた直後、シノンは予選決勝のフィールドであるハイウェイの路上へと転送された。
このフィールド《大陸間高速道》は他のフィールドと同じように広さは一キロ四方なのだが、中央を東西に貫く幅百メートルのハイウェイから降りる事はできないので、実質的にはただ細長いだけのマップであった。
シノンは周りを見渡して、狙撃場所に一番適した二階建てバスの二階席へと駆け上がった。
「(アイツは、物陰を移動しながら接近してくるはず。……チャンスは、こちらの位置を特定できていない最初の一発だけ……当てる、必ず)」
シノンはそう考えながら、ヘカートを伏射体勢で構えてスコープレンズを覗き込んだ。そして同時に、キリトに対して何故これほどまでに勝ちたいと思うのか、自分でも驚いていた。
「(なんで……?今日会ったばかりなのに……。アイツが私に似ているから……?)」
シノンはふとそう考えたが、すぐに首を振って自分の考えを否定した。
自分に共感できる人間が、ましてや自分を苦しめる闇を一緒に背負ってくれる人間なんかいるわけがない。助けられるのは自分の強さだけ……。
シノンは自分にそう言い聞かせると、改めてスコープを覗き込み……思わず声を漏らした。
「な………⁉︎」
ヘカートのスコープにはキリトの黒い姿がはっきりと映っていた。しかし、彼は走ってはおらず、道のど真ん中を堂々とシノンの方に向けて歩いて来ていた。
「(私の狙撃なんかいつでも躱せるって事……⁉︎)」
シノンは自分の心の奥から怒りが込み上げてくるのを感じ、スコープの倍率を上げてキリトの動きを正確に確認しようとした。
キリトの右手には例のフォトンソードが握られており、顔こそしっかりと上がられてはいたものの、とてもではないがこの近距離からのヘカートの弾を回避しようとしているようには見えなかった。
「ふ……ふざ……!」
"ふざけるな"。そう思いながらトリガーを引こうとした次の瞬間、突然キリトはフォトンソードを起動して体の前で構えた。
まるでこちらの位置に気付いているかのようなその行動に、シノンは驚いた。しかし同時に、バランと同じくらい規格外の男に勝ちたいという気持ちが強く湧き上がった。
「(ここでキリトを、そして本戦でバランを倒せば……今度こそ、乗り越えられる‼︎)」
シノンは己の心が今までにないほど高ぶるのを感じていた。それとは裏腹に、
そして次の瞬間、キリトのフォトンソードが振るわれて飛来したヘカートの弾を真っ二つに斬った。
「(そんな⁉︎あり得ない⁉︎)」
撃ち砕いたバスのフロントガラスの破片が舞う中、シノンは目を見開いてそのあり得ない光景をまじまじと見た。
スナイパーの利点とは、最初の一発目のバレットラインが相手には見えない事であり、その一発目の弾を避ける ましてや斬るなど不可能であった。
シノンが驚きで固まる中、キリトは凄まじい勢いでハイウェイをシノンの方へと走り出した。
流石にシノンは歴戦のスナイパーであり、ボルトハンドルを素早く引いて二発目を装填すると、次はキリトの右腕を狙って射撃した。
しかし、今度はバレットラインという情報がある為、キリトも先程よりは迎撃しやすくなる。果たして、キリトは飛来した二発目を一発目と同じように真っ二つにした。
「(なら……この手よ!)」
シノンは三発目を装填すると、今度はキリトではなくハイウェイ上に点在している廃車の中から、キリトに一番近い車に向けて射撃した。
このGGOはMMOでありながらもFPSの流れも汲んでいる為、車やドラム缶などは一定以上のダメージを受けると爆発するリスクが存在するのだ。シノンのヘカートは元々対物狙撃銃であり、それで車を撃ち抜けば、結果は一瞬でわかる。
「……ビンゴ」
シノンは車の腹から小さな火が見えると、小さな声でそう呟いた。そして即座に四発目を装填して来たる時を待った。
キリトは最初、シノンが自分ではなく車を狙った意味がわからなかったが、すぐに理解して車から離れるべく右へと跳んだ。
次の瞬間、車は凄まじい大爆発を起こして、キリトにその爆風が押し寄せた。微かに体勢が崩れたその瞬間、シノンはキリトに向けて射撃した。
勝った
シノンはそう確信した。なんと言っても相手の体勢は崩れており、一方こちらは万全の状態で狙撃している。自分なら万が一にも外すことはない。
しかし、シノンのその確信はコンマ一秒後にはあえなく崩れ去った。
なんとキリトは手に持っていたフォトンソードを投げたのだ。
普通、剣を相手に向けて投げるのは戦いにおいて大悪手である事は間違いない。敵に武器を取られてしまうリスクがあるからだ。
それなのにキリトは投げた。そしてその剣は、見事飛来した四発目の弾丸を綺麗に斬り裂いた。
「嘘……⁉︎」
シノンは彼女らしくもなく、口を半開きにしてキリトの事を唖然と見つめた。その間にも、キリトは投げた剣を拾いながらシノンの方へと走って来ていた。シノンは反射的に五発目を装填したが、もはやキリトを狙撃で倒すのは不可能だと結論付けていた。
ならばどうするのが最善なのか。
シノンは考え込み、そしてある決断をした。
シノンはバスから降りると、その陰に隠れてキリトが接近してくるのを待った。
なんとシノンはスナイパーにとっては自殺行為とも言える超至近距離からの射撃をする事にしたのだ。通常、至近距離からの射撃は敵に反撃を貰いやすいため、HPが低いスナイパーは絶対にそんな行動はしない。
しかし、だからこそキリトも予想しないだろうと踏んだのだ。そしてキリトの反撃を貰わないギリギリの距離である十メートルからなら、
「(できる……私なら、必ず……!)」
キリトの足音がどんどんと近くなってきたが、シノンは出来るだけキリトを引きつけるために隠れ続けた。
「(………今‼︎)」
シノンはスナイパーとしての勘を信じて車の陰から飛び出すと、瞬時にスコープレンズを覗き込んでキリトを狙った。そして次の瞬間、ヘカートの弾はその轟音と共にキリトへと飛んでいった。ヘカートの強烈な反動を受けて後ろに倒れる中、シノンはキリトから視線を外さなかった。
そして見てしまった。
マズルフラッシュの向こうに映るキリトの剣が青白い雷閃が走り、ヘカートの弾が二つに分かれて彼方へと飛んでいくのを。
「(斬られる……‼︎)」
シノンは本能的に腰のMP7を抜いてキリトに向けようとしたが、キリトはそれよりもはるかに速いスピードで向かってきた。そして不思議な事に、その光刃はシノンの首元で寸止めされた。
シノンは右手にヘカート、左手にMP7を下げたまま後ろに仰反るような体勢であったが、キリトの左腕が支えていた為、後ろに倒れることはなかった。
まるでダンスのワンシーンを切り取ったかのように二人は密着しながら、しばらくの間お互いの目をじっと見ていた。
「どうして、私の照準が予測できたの……?」
シノンは固まっていた唇をどうにか動かしてキリトに囁いた。
わずか十メートルという距離では予測線と実射撃の間にタイムラグはほとんどなく、照準を予測するのは不可能であった。
そればかりか、シノンがあの時狙ったのは動体ではなく左脚を狙ったのだ。
「スコープレンズ越しでも、君の目が見えた。一発目のは……なんていうか、感じたんだ。そこに弾が来るって……」
強い
もはやキリトの強さはVRゲームの枠を超えている。シノンはそう感じ取った。しかし同時に、ある疑問が浮かんだ。
「それほどの強さがあって、あなたは何に怯えるの……?」
一回戦が終わった後、待機ドームの片隅で深く震えていたキリトを、シノンも見ていた。だからこそ、これほどの強さを持つキリトがあんなに怯えている理由がわからなかったのだ。
キリトはシノンの質問にすぐには答えなかった。何かに耐えるような厳しい表情を浮かべながら、彼はとても小さな声で話し始めた。
「こんなのは強さじゃない。……ただの技術だ」
「嘘、嘘よ……‼︎テクニックだけでヘカートの弾を斬れるはずがない‼︎あなたは知っているはず。どうすればその強さを身につけられるの⁉︎私は……私は、それを知る為に……‼︎」
シノンは光刃があるのも忘れて、瞳の端に涙を浮かべながらそう問い詰めた。キリトは真っ直ぐにシノンの事を見ていたが、やがて小さな、しかし蒼い炎のような熱量を持った声でシノンに訊ねた。
「もし……もし、その銃の弾丸が現実世界のプレイヤーをも本当に殺すとしたら……そして殺さなければ自分が、あるいは誰か大切な人が殺されるとしたら……その状況で、それでも君は引き金を引けるか?」
「っ……⁉︎」
シノンは呼吸も忘れ、両眼を見開きながらキリトの事を凝視した。
キリトが自分の暗い過去を知っているかのように話したので、シノンは一瞬そう思った。しかし、すぐにそうではないと感じ取った。
「(……この人も昔、同じような事があった……?)」
シノンが心の中でそう呟いた時、キリトは光刃を消して首を振りながら言った。
「俺にはもうできない……だから俺は強くなんかない。……俺は……自分のしてしまった事に、ただ目をつぶり、耳を塞いで、何もかもを忘れようとしてきたんだ」
何かに思い詰めているように俯くキリトを見て、シノンは思わず左手のMP7を路上に落としてしまった。そしてその指先がキリトの頬に触れる寸前、キリトは苦笑いを浮かべながらシノンの事を見た。
「それじゃあ、決闘は俺の勝ちって事でいいかな?」
「え……?あ、ええと……」
「なら、降参してくれないかな。女の子を斬るのは好きじゃないんだけど……」
その言葉に、シノンは自分の状況を再度認識して……羞恥から顔を真っ赤にした。この情けない有様がGGOの至る所で生中継されているという事にようやく気付いたのだ。
シノンは後ろに一歩下がると、やけくそ気味に叫んだ。
「……次は絶対負けない。明日の本大会、私と遭遇するまで生き残りなさい‼︎」
そして顔をそっぽに向けると、『リザイン‼︎』と大声で叫び、出てきたウィンドウを右手で勢いよくタッチした。
うん、キリト君が覚醒してるのがよくわかりますね。