私の弟子になりなさいっ!   作:南波グラビトン

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19話

(……外国の子か)

 

 年の頃は16前後だろうか。

 

 少しくすんだ桃色の髪をポニーテールに纏めた、まだ幼さの残る美しい少女だ。ノースリーブのシンプルな黒いワンピースに身を纏い、左の手首には小さな十字(ロザリオ)を巻いている。

 

 キリスト教徒なのだろう。

 ボンヤリとその子を見ていたら、スマホが通知でブルリと震えーー

 

 

 

 

「ーー? 誰か、そこにいらっしゃるのですか?」

 

 

 音に反応したのか、ピタリと足を止めた少女にそう声を投げかけられた。

 

 盲目だったのか。

 優しげな金色の垂れ目はしかし、よく見れば確かに光がない。杖を持たず盲導犬もいないが……おそらく、霊視に近い、肉眼とは違う領域で周りを見ているのだろう。それなり以上の修行を積んでいるようだ。

 

 

 

「いるぞ、驚かせたか?」

「はい……凄いですね。全く【エネルギー】を感じませんでした」

「そういう生まれなんでな」

「それはそれは、よほど数奇な宿命に照らされているのですね?」

 

 

 口元に手を当て、

 上品にクスクスと笑うその子。

 フンワリとウェーブする桃色のポニーテールといい、ニコニコと優しげな金色の垂れ目といい、見る者を安心させるかの様な柔らかさを放つ少女だった。仕草もどこかお嬢様然としていて、絶妙に相手の警戒心を解く雰囲気を纏っている。

 

 

 

「通夜に来たのか?」

「はい、ここに悲しみに暮れている人がいると聞きまして」

「成る程。だが、ここの葬儀場は仏式だぞ?」

「主の恵みはキリスト教徒のみに齎されるものではありません。異教徒であろうと、何も持たぬ乞食であろうと、悲しみの海に溺れる事を主は望みませんので」

「愛か」

「貴方もそれを、お望みでしょうか?」

 

 

 ニコリと笑顔を向けられて、まぁ欲しいなと、正直にコクリと頷いた。するとフワリと彼女に抱きしめられる。

 

 

「……!?」

 

 低めの体温が伝わり。

 予想外の行動に強張る体。

 

 えっと、初対面だよな…?

 ヨウカという飛切りの美人で耐性は付けていたはずだが、こういう儚げな外国の美少女は……また違っていいものだ。ドキドキするし、顔面偏差値と柔らかな雰囲気から、思わず惚れてしまいそうになる。

 

 デートに行くところまでは想像した。

 がーー

 

 

 

「……見えていないのかもしれないが、俺は男だからな?」

「…? それが、どうかされたのですか?」

 

 

 主の愛は、性別を厭わないらしい。

 赤子をあやす様に、背中をポンポンと撫でられてーー彼女の心臓(ハート)チャクラから放たれた非物質(アストラル)レヴェルの光が、俺の全身を羽衣の様に包み込んだ。

 

 無才能故に。

 体に【エネルギー】を宿さぬ俺では、その『羽衣』を感じる事は出来ないが……それでも、誠意や慈愛というものは十全に伝わってくる。

 

 鈴虫だけが音を響かせる中。

 10秒、20秒と無言で抱きしめられーー

 

 

 

「ーー貴方に幸多からん事を」

 

 最後にニッコリとそう言って、彼女が葬儀場に入っていった。

 

 

(……ヨウカやリッカさんに比肩する様な、かなりの修行を積んだ宗教家だったな)

 

 

 もしかしたらその筋では有名な人なのかもしれない。名前くらいは聞いておくべきだったと今更ながらに思う。俺をハグしてくれたし、もうその時点で素晴らしい子だ。

 

 可愛かったなと、幸せな気分に浸る。

 

 

 

「ーークー君? 此処にいたのですか? 通夜振舞いが始まりますよ?」

 

 入れ替わりで、ヨウカが顔を覗かせてきた。

 

 

「あぁ……今行くぞ」

「はい。って、ちょっと待ってください」

 

 襟元を掴まれた。

 ムムムと不審げな瞳で睨まれる。

 スンスンと服の匂いを嗅がれてしまう。

 

 

「どこの修行者ですか?」

 

 えらくピンポイントな質問。美少女にハグしてもらった事は認めるが、なんで修行者だと断定するんだ?

 

 

 

「匂いですよ。線香の匂い」

「線香なら葬儀場でも焚かれてるだろ、その匂いじゃないか?」

「い~え違います。こんな特殊な線香は焚かれてません」

 

 

 断言するヨウカ。

 そんなに分かりやすい匂いなのか。

 

 軽く自分の匂いを嗅げば、確かに……少し癖のある、しかし不思議と落ち着く独特な残り香が残っていた。強いて言えば、薬草の臭いに近いだろうか。

 

 

 

「それは『没薬(ミルラ)』と呼ばれるお香ですよ。人類最古のお香で、東方の三賢者がイエス・キリストに捧げたお香としても有名ですね」

 

「詳しいな。嗅いだだけで分かるのか」

 

「宗教とお香は切っても切れない関係ですので。それに、私の出身は淡路島ですよ?」

 

「…?」

 

「知らないんですか? 淡路島は、日本で一番最初にお香が伝わった島なのですよ? 日本書紀にもそう書いています」

 

「雑学王じゃないんでな」

 

「まだまだ勉強不足ですね?」

 

 

 

 呆れ顔のヨウカはフフンと小馬鹿にした様に笑って、何やら溜飲を下げたようだった。

 

 

 

「そんな勉強不足なクー君には、特別に私の弟子になる権利をあげますが?」

 

「さて、キリスト教の勉強でもし直すかな」

 

「あ、ダメですよダメです! よくないですよ! クー君は日本人なんですから、神道が一番合っているんです!」

 

「でも、ヨウカはハグしてくれないからなぁ」

 

「そ、それくらい私もしてさしあげますが!?」

 

 

 混乱気味にムギューと抱きつかれ、柔らかすぎる感触。

 

 お、おぉ……言ってみるもんだな?

 甲乙は付け難いが、流石に先ほどのあの子とはボリュームが違う。勇気を出して、腰まで届く艶やかな黒髪を撫でればーーしかしそんな『良い雰囲気』を介さずに、幼馴染がセールストークを捲し立て始めた。

 

 

 

「何故クー君に神道が合っているかを説明するとですねーー」

 

 コイツは、本当に……

 

 

「さっきの子の方が、よっぽど色気があったぞ?」

「何を意味の分からないことを仰っているのですか? そんな事よりーー」

 

 

 止まらない勧誘。半ば呆れつつそのご高説を聞く俺は、通夜振舞いの会場に戻る。

 

 沢山の仕出し料理が並べられた会場にはしかし、先ほどまで死にそうな顔をしていた未亡人の姿が無かった。裏で休んでいるのだろうか、それとも寝ずの番をしているのだろうか。

 

 

 思いつめすぎて、体調を崩さなければいいんだが。

 

 


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