86−エイティシックス 戦争が生んだものとは   作:梅輪メンコ

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女神

征海艦の艦橋は、航海の指揮と艦隊全体の戦闘の指揮を執るために統合艦橋が二階層をぶち抜く形で置かれ、操船要員と指揮系統の要員が詰め、更に今回の作戦では機動打撃群の指揮官であるレーナと管制要員が予備のスペースを使っていた

 

統合環境の窓は装甲板で防がれ。代わりに無数のホロスクリーンが外に映る嵐の様子を映し出していた。レーナはシンから借りたワンサイズ大きめの鋼色の軍服を着て少しふわふわとした頼りない足取りで入ってきたがホロスクリーンを見て銀の瞳が緊張感を取り戻した

 

「艦長。そろそろ最終ブリーフィングを」

 

「おー、了解・・・エステル。指揮をーー・・・」

 

「兄上!」

 

イシュマルの言葉を遮って蔓模様の通信士官が言った。予定にない通信にイシュマルのみならず艦橋にいた全員が緊張した様子を見せた

 

「・・・出してくれ」

 

「了解」

 

通信士官がコンソロールを操作し、陽動のミシア艦隊からの通信が統合艦橋に響いた。連邦が供与したレイドデバイスではなく。無線で

 

『アルシェ第八艦隊、聞こえるか!』

 

オーシャンフリートを隠すために敢えて同じ陽動艦隊の名前を使っているが。無線の声は焦った様子だった。無線を使ったのも、おそらくレイドデバイスを忘れさせるような出来事があったのだろう。そう予測しながら通信を聞いた

 

『こちらミシア第九艦隊旗艦エウロパ。ーー新型レギオンの攻撃でギンガ大破!その他艦艇に被害無し!そちらは今もフリゲート艦二、快速艇一のままか!?』

 

ギンガ大破。その言葉だけで艦橋は騒然とした。アルガニア最強を誇る空中艦。その最大の盾となる波動防壁を突破してギンガに攻撃が当たった事となる。どうやって波動防壁をくぐり抜けたのか。だが、そこは問題ではなかった。イシュマルは慌ててレイドデバイスに手を取ると慌てて確認を取った

 

「エウロパ。こちらステラマリス。状況を教えてくれ」

 

そう聞くと返ってきたのは拠点に近づき、電磁加速砲のヘイトを買っていたギンガが新型のレギオンと思われる兵器によって第二砲塔下部に突き刺さり弾薬庫に引火。燃え上がっているとの事

 

「船内要員の回収は?」

 

『はっ!現在、乗員の救助を行なっているとの事です』

 

「そうか・・・分かった。では、貴艦隊もその新型レギオンに注意されたし」

 

『了解』

 

レイドデバイスと通信が切れるとイシュマルは艦長席に深く座った

 

「はぁ・・・なんて事だ。何故よりにもよって貴女が・・・」

 

イシュマルの言い方にレーナは不思議に思うとイシュマルは告白した

 

「まぁ・・・この際言っても問題ないか。実はこの作戦、本当は陽動艦隊全滅を覚悟していたんだ」

 

「それは・・・」

 

イシュマルの告白にレーナは固まっていた。だが、確かにそうだった。去年の大攻勢でギアーデ連邦は大量の巡航ミサイルを駆使し、電磁加速砲型を大破に持ち込んだ。地面効果翼機を投入し、一個戦隊をその喉元まで送り込んだ。

高価な巡航ミサイルを保有する国力も。独力で地面効果翼機を開発する技術力もない小国が射程400kmの砲撃域を突破するには人血を持って争うしかない。

最初の案にレーナは俯くとイシュマルが声をかけた

 

「そんな顔をするな。それに、その計画に待ったをかけたのがあのジル司令だ」

 

そう言うとイシュマルはことの経緯を話した

 

「ジル司令はアルガニアに作った船団国群避難所に避難してきている人数の少なさに真っ先に連絡を取ってきてな。本当の事を明かすと電話越しで俺を怒鳴って何とかするからと言って。その後に、俺達に何かの装備を渡したんだ。名前は教えてくれなかったがおそらく例の波動エンジンとやらを使った兵器だろうと思ったさ。そしてジル司令は俺達に言ったんだ『貴女達はこれ以上誇りを捨てないで下さい。これ以上の誇りを捨てて仕舞えば何も残らなくなってしまう』ってな」

 

「・・・」

 

ジルの行動力に驚くと共にジルの意見に賛同できる所もあった。そしてイシュマルはその言葉に思わず戸惑ってしまったと言っていた

 

「本当、いい歳した大人が若い女性に怒られてしまったさ・・・でも、有り難かった。大切な家族を失わずに済んだのだから・・・」

 

イシュマルは帽子を少し深く被りながら話した

 

「だからこそ。俺たちは彼女の為にこの作戦に参加したんだ・・・なのに・・・」

 

そう呟くとイシュマルはレイドデバイスを起動するとマイクを手に取った。全長300mの艦隅々にまで届く艦内放送。知覚同調の対象は征海艦隊全構成艦の艦長と副長、通信士官に

 

「各位。こちらはステラマリス艦長、イシュマル・アバウだ」

 

返事はない。だが、征海艦を動かす血潮である乗員達の謹聴の気配

 

「本艦隊は現在、敵本拠まで直線距離一八〇キロの位置にある。陽動艦隊は敵砲と交戦中・・・残念なことにギンガは新型レギオンの攻撃で大破した。しかし、我らオーシャンフリートはギンガの救ってくれた命に報いる為に予定より早く戦端を切る」

 

ギンガが大破したことに驚愕した乗員達であったが。イシュマルはまず征海氏族でない彼らに声を掛けた

 

「エイティシックスたち。摩天貝楼拠点に着いてからがそっちの出番だ。しばらく揺れるが、ビビんなくていい。むしろ滅多にないアトラクションだと思ってくれ。征海艦はーーこの艦だけは、沈めない」

 

自国を守るために少年兵の力を借りてしまった。無論ギアーデ連邦が善意で機動打撃群を寄越したはずはない。けれど、自分達船団国群が、自国の失態に巻き込んでしまった子供達。

絶対に生きて帰さなければならない。何としても彼らだけは、無事に陸まで送り返す。

それが艦隊を守る守護神(波動防壁)を渡してくれたアルガニア連邦の見返りだから・・・

 

「最後の敵は屑鉄になってしまったが、先に逝っちまった艦隊司令達が悔しがるような航海としよう。俺たちを救ってくれた女神に恩返しをしよう。千年語り継がれるような勇猛と果敢を見せてやろうぜ・・・これこそが、」

 

千年後、子孫達は語るだろう

 

「我らが、()()()()()()征海艦隊ーーその最後の征海航海だったと言われるように」

 

最後という言葉にレーナはまるで征海艦隊がこの作戦で永遠に失われてしまう様な言い方に信じられなかったが。知覚同調越しに艦橋一階のフライト・コントローラールーム、そこにいるヴィーカが呟いた

 

『ーー航空母艦は・・・軍艦では最大の火力を誇るが、それ一隻では極めて脆弱な艦種だ。周囲を護衛と警戒、防空を担う駆逐艦と巡洋艦に固められて初めて制空戦闘に専念できる・・・護衛を失えば容易く撃沈される。征海艦隊でもそれは同じ、という事だろう』

 

イシュマルガ言うには征海艦隊はこの作戦後、アルガニア連邦に殆どの艦艇の売却と解体が決まっているとの事。売却で得た金で亡命政府の資金にするのだと言う。征海艦隊を失うという事は、それはレグキート征海船団国群の誇りもまた失われるという事だった。誇りを失っても祖国を生きながらえさせる為に。

 

小国故のーー力なき無惨

 

イシュマルはその事をまるで感じさせずに、楽しみにしていたハイキングのように言う

 

「お前達との戦いは俺が見届ける。俺とステラマリスが語り部となる。百年にわたって爺になっても、最後の息まで語ってやるさ。そんで千年後にはステラマリスが、彼女だけが征海艦隊と征海氏族の存在、船団国群のかつての誇りのありかを記念碑として証立ててくれるだろうよ。だから、派手な戦いにしようぜ」

 

そう言うとイシュマルはマイクを切った




原作9巻までの内容は《一応》毎週投稿の予定です(途中でやる気なくなって終わる可能性大)

砲口径はインチ派か。センチ派か

  • インチ派
  • センチ派

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