元男子高校生、現最強魔術師候補——彼女面メスガキが住み着いた我が家に同居人が増えました。   作:草葉 ヤス

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第一話   不知裕介は木綿豆腐と女子校生を拾う

 

 パパ活、援助交際、神待ち。

 それは、家に居場所がない少女や何らかの理由で家に帰る事が出来ない少女が、経済的余裕のある成人男性を頼り夜を明かす宿や食事などを求める代わりに何かしらを提供すると言う、限りなくブラックに近いグレーラインに存在する社会問題だ。

 多様化や社会問題の発生によっておこる様になった社会現象の代表は、魔術と科学に共和によって他の国や都市に比べて大きく発展しているこの進化特区オリュンパスでも時折発生する。

 巡回している警察官や民間警備員の数が多いオリュンパスでは外に比べて数が少ないものの、完全にゼロになっているという訳では無い。

 

 さて、なぜ突如そんな話が持ち上がったのかというと、今現在それらしき状況が目の前で起こっているからだ。

 進化特区オリュンパス内の第七居住区内にある小さなコンビニエンスストアへつながる路地。チカチカと揺れる電灯の光に照らされるメデューサの様に曲がりうねった髪の毛を持つ一見普通の男子高校生、不知(しらず)裕介(ゆうすけ)は、同じマンションの一室で暮らす同居人からの頼みを受け、今夜の晩飯となる鍋の具材、木綿豆腐を買うため夜の帳が降りた街中を歩き、コンビニへ向かっていた。

 

 住居のマンションの周囲には、家賃の値段に影響を及ぼす程にスーパーマーケットと言う物が無く、複数のコンビニエンスストアを豆腐を求めて彷徨っていた裕介だったが、次こそあると良いな、と考えながら足を運んだ自宅から少し離れたコンビニの前、駐車場にて見るからに自分とほぼ同年代だろうと思われる栗毛の少女と、その少女に声を掛ける汗かきの小太り中年が会話している場面に遭遇した。

 

「ね、ねぇ。よ、良かったらウチ来ない?ほら、君ずっとここにいたよね……」

「えっ?……良いの?」

「う、うん。ほら、ご飯もいっぱいあるし、ゲームも、あと、漫画も沢山あるから、ね、ね?」

「ホントッ!?行く行くッ!」

 

 会話の内容だけであったとしても、何処となく危険な香りがたつ危なげな会話。

 それを放しているのが、土埃で汚れた灰色のフード付きパーカーと足を大胆に露出したホットパンツを身に纏った、顔に生気の無い少女と見るからに下心があるとわかる成人男性となると、もはや弁明の余地も無いだろう。

 この場にお巡りさんがいれば、何のためらいも無く肩に手を置き、ニッコリと微笑みながらパトカーの車内へと案内するだろう。

 

(あのおっさん、露骨すぎだろ。それにアイツも気づけよ。めっちゃ胸と足見られてんぞ)

 

 豆腐を求めて歩き回っていた足を止め、明転を繰り返す舞台の様に光が揺れる電灯の下に留まった裕介が、眉を(しか)めて目の前の二人を眺める。

 

 ご飯、と言う単語に反応して目を輝かせている少女は、薄汚れた衣服やどことなく痩せているような印象を抱かせる頬を見るに、家出中か何かだろうか。スラリと伸びた足やキラキラと輝かせる顔に傷らしきものが一つもない所を見ると、少なくとも家庭内暴力等による家出ではない様に思える。

 それに対し少女に声を掛ける中年男性は、何処にでもいるようなサラリーマン風だ。少しばかり腹部が出ている事と、鼻の下をこれでもかと伸ばしている事と、ギラギラと血走った眼で少女の真っ白な太ももやパーカー越しでもわかる程膨らんだ胸部をチラチラと眺めている事を除けばどこにでもいるサラリーマンだ。

 

(……正直、おっさんともあの女とも面識はねぇけど、流石に……)

 

 舞台の上で俳優が探偵の扮装をして考えるように、裕介もまた明転するスポットライトの下で小首を傾げて目の前に広がる光景に対する行動を思案する。

 

 一番簡単でリスクもメリットも無い手段としては、何も見なかった事にしてこのままコンビニの中へ入ってしまう事だ。少女と中年どちらの名前も知らない間柄だ。ただの通行人として隣を通り抜けたところで何かが起こる事は無いだろう。

 しかし、その手段では胸の内に何とも言えない後味の悪さの様な物が残るだろう。今目の前に広がっている光景が、ほんの数時間後にどういった光景になるかなど、そういった女性との経験がない裕介にでもわかる。そしてそれが、少女にとって望んでいた物とは違うのもまた明らかだ。

 それを止められる立場にいて、それでいて止めないと言う手段を取ったと言う事が心の内に杭として残るだろう。

 

 次は目の前の二人の会話に割って入り、あの中年を退ける事だ。正義感に満ち溢れたヒーローの様に、ちょっとあなた達何してるんですか、と声を掛ければ、少なくともあの中年には動揺も走るだろう。

 何せ、あの少女は見るからに未成年だ。それはあの中年もわかってるはずで、そしてこのオリュンパスであっても未成年に手を出すと言う事は社会的な死を意味する事だ。あのスーツ姿から見ても、あの中年がこの事を勤務先に知られるのは避けたいだろう。

 しかし、その手段では万が一の場合こちらが手傷を追う可能性がある。人を見かけで判断してはいけません。母の教えから考えるに、あの中年がいきなり豹変して襲い掛かってくる可能性も決してゼロではない。

 無論、対抗する手段が無い訳では無いが、無益な争いを行うのは裕介にとっても好みではないし、リスクを伴い行動もまた好みではない。

 

 ならばどうするか。裕介が一度目を閉じ、肺の中により多くの空気を集めるように息を吸い込んで生まれた、選ぶべき手段は実に効率的な物だった。

 

「おまわりさ~ん!あのおっさんが未成年淫行しようとしてます~!!」

 

 国家権力の体現者、すなわち警察官(おまわりさん)へ報告する事だった。

 地面にそびえ立つように両足に力を籠め、ピンと伸ばした右腕でコンビニ前の二人を指差し、もう片方で手を口の横へ添えメガホンの様に使い、少女や中年からは死角となっている別の路地へと声を荒げる。

 無論、こんな時間に人通りがほとんどない寒蘭とした住宅区を見回っている警察官といない。

 裕介が声を飛ばした路地の奥にも、警察官どころか人影一つ見当たらない。しかし、それがわかるのは路地の様子を確認できる裕介のみだ。

 少女と中年からは死角となっていて確認が出来ない。そして確認が出来ない状況では、人は自分にとって都合の悪い方を考えてしまう。

 

「な、なっ!?そんなつもりじゃっ!」

 

 ジロジロと少女の体を舐めるように眺めていた中年の顔が一気に青ざめ、ワタワタと両手を振り回しながら慌てだした。一方、少女はと言うと何が起こったのか分からない、と言った様子で目をパチパチと瞬かせながら裕介と中年に視線を向けていた。

 

「本当に、そんなんじゃないからぁっ!」

「えっ、あっ、ちょっと!?」

 

 バタバタとせわしなく両腕を振り回していた中年だが、裕介が顔を向けていた路地から警察官が姿を表さない事、裕介の声がまるで遠くの誰かに声を掛けるように大きなものであった事から、警察官がすぐに来れる距離ではないと考え、そして脱兎のごとく逃げ出す。

 その動きは小太りな体型には見合わない程俊敏な物であり、歳を感じさせない程に軽やかな走りだった。

 取り残された少女は走り去った中年の後ろ姿へ慌てたように手を伸ばし、何か抗議するような声を零す。そして中年の姿が見えなくなったところで、しおしおと萎むようにその場にしゃがみ込んでしまった。

 

 それを見た裕介が、少し駆け足気味に少女の元へ駆け寄る。

 

「おいアンタ。大丈夫か?」

「……ッ!」

 

 突如床にしゃがみ込み、一見すると体調でも悪いのかと思えてしまう様な素振りを取った少女へ駆け寄った裕介に与えられたのは、声を掛けた少女からの敵意の籠った視線だった。

 夜明け前の透き通った空の様な、光り輝くアメジストの様な、そんな瞳に怒りを籠めて、鋭い視線を裕介へとぶつけてくる。

 

「もうっ!あのおじさんご飯くれるって言ってたのにっ!」

「……いや、あれ絶対体目当てだったろ。あの目つき思い出してみろよ」

 

 鋭い視線に身を貫かれながら、はぁ、と小さなため息を零しながらスチールウールにうねった髪を掻きながら、少女へ言葉を返す。

 裕介の言葉を聞いた少女は不満そうに眉を(しか)めながら数秒程黙りこくり、そして何かに気づいたようにパッと目を見開かせたと思うとワナワナと小刻みに震えだして顔を真っ赤に染めた。

 どうやら先ほどまでの状況について、理解が出来たようだ。

 

「あのなぁ。何があったのかは知らないけど、もっと自分を大事にだな」

「う、うん。そう、そうね。ありが……」

 

 とう、と続くハズだったであろう言葉は、突如周囲に響いた地響きの様に大きなぐぅぅぅぅ、と言う音にかき消されてしまった。

 音からして誰かの腹の音なのだろうが、この場には雄介と謎の少女の二人しかいない。更に、その少女が腹を抱えるように両腕を回して力なく頭を下げていた。

 つまり、この音の出所は目の前の少女であり、そしてその少女は物凄く腹が減っているのだろう。

 

「うぅぅ……。お腹、空いたぁ…………」

 

 掻き消えるような、掠れた力弱い声が少女の口から零れる。

 土埃で汚れた衣服や生気が感じられない顔から見るに、もう長い期間食事を取っていないのかもしれない。

 

「……とりあえず、俺の家来るか?腹減ってんだろ?」

「えっ?ご飯あるっ!?」

「まぁ、豪華な物ではないけどな」

 

 毒も食らわば皿まで、乗り掛かった舟と言う言葉がある通り、この場で少女を見捨てていくわけにもいかない。

 それこそ、知らぬふりをして少女と中年から目を逸らした場合以上の杭が胸の内に撃ち込まれる事になるだろう。このままこの少女を捨て置けば確実に野垂れ死ぬ。

 

(しかしコイツ、身の危険って言うのを考えないのか?)

 

 つい先ほど全く同じ手口であの中年に釣られそうになっていたと言うのに、数分も開けずに同じ手口で警戒心を失った少女を見て頭に小さな鈍痛が走る。

 しかし、少女の様子から見ても余程空腹が応えているのだろう。それに変に警戒されてもこの先面倒なだけ、と独りでに納得して視線を少女からコンビニへと向けて足を動かす。

 

「……もしかして、そこが君の家?」

「な訳あるか」

 

 学園祭の高校生漫才ですら出ないようなひねりの無いボケを言ってのけた少女へ鼻で笑ったような言葉を返す。

 いや、ここで待っていろ。や、ちょっと買い物がある。と言わなかった自分にも非があるか、と考えて裕介が足を止めて少女へと視線を向ける。

 

「ただ豆腐を買ってくるだけだよ」

 

 目の前の少女の事も重要だが、ひとまずは同居人から頼まれた木綿豆腐の確保も同じように重要なのだ。


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