ウマ息子 イケメンダービー (嘘だッッ!!)   作:マックイーンめぐんでくだしゃい

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感想とかくれると嬉しいです。


自分の事をラノベ主人公だと思い込んでいる一般ウマ息子

 ウマ娘。それは驚異的な身体能力を持ち、頭部に耳、腰から伸びる尻尾が生えている、人間に限りなく近く、しかし明確に異なるとても神秘的な種族が居た。

 

 彼女達は陸上競技に情熱を抱き、そのレースは人間の心を、世界を虜にさせて見せた。別世界からやってきたウマソウルが、ウマ娘達の闘争心を燃やし、厳しいレースを勝ち抜いたウマ娘はステージに上がり、ウイニングライブと呼ばれるライブで歌って踊り――

 

 

 

まるで意味がわからんぞ!?

 

 えー、コホン。失礼、お見苦しい所をお見せいたしました。

 

 しかし理解できる部分はある。まずウマ娘とはどう考えても馬の擬人化だ。そして恐らく、ウマソウルというのは()()()()()の馬の魂の様な物。この()()で行われているレースは、多分競馬だ。馬券の類こそないものの、馬と来てレースとなれば、競馬を連想するのは自然だろう。

 

 しかし自分はその競馬についての知識が皆無である為推測になるが、このレースは前世であった競馬が再現されているのではなかろうか。

 

 でだ。さっきから前世だなんだとほざいている点からあっ(察し)となったことだろう。ええ、お察しの通り。

 

 自分は転生者だ。そしてこの世界は唯の異世界ではない。恐らく……

 

 

 何かのハーレムクソラノベの世界ではないかと考えている。

 

 

 確かな確証があるわけじゃない。ただ、何故ウマ娘には女性しかいないのか? ウマ息子はいないのか? 生物学的な話は兎も角、この特異な種族に女性しかいないという点は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この世界が物語の世界であるならば、恐らくその物語の中心的な存在であるウマ娘が女性ばかりであるのも納得がいく。

 

 であるならば、恐らく自分は主人公という奴だ。これだけは間違いないと言える。この場合転生と言うより憑依と言うのだろうか? しかし何故そこまで確信を持って言えるのか。

 

 その前に一つ、インフィニット・ストラトスというラノベ作品に触れる。このラノベは、軍事バランスをひっくり返すほどの力を秘めたパワードスーツであるISという物があり、それは本来女性にしか使えないのだが、何故か男である主人公はそのISを使えるのだ。そういう理由でヒロイン達と一緒にISでもって戦っていく学園バトル物の物語なのだが、この世界とインフィニット・ストラトスにはちょっとした共通点が見えるのだ。

 

 女にしか存在しない(使えない)世界で、男にして唯一ウマソウル(IS)存在する(使える)主人公。

 

 見て欲しい。俺の頭部に生えているこの馬の耳。俺のケツより少し高い位置に生えている馬の尻尾。先ほど、ウマ娘には女しかいないと言ったが、俺の場合コレでイチモツが存在する。

 

 何故だかは分からない。だが、俺という例外がいたのだ。

 

 もう分かるだろう。この主人公は、アスリートとしてウマ娘と混ざって走り、時にキャッキャウフフな展開を楽しんでいたに違いあるまい。

 

 しかしまあ、この主人公はインフィニット・ストラトスの主人公みたく鈍感ムーブでもかましていたのではなかろうか。なにせこの体、性欲よりも闘争心の方が圧倒的に強い。大方、ヒロインからの誘いをレースに因んだ勘違いをしていた……という所だろう。

 

 まあ、だが俺は違う、みたいな事言うつもりはないのだが……

 

 

 ……少し考え事をし過ぎた。今日は受験という大事な日じゃないか。しっかりせねばなるまいて。

 

 昨日は速く寝たおかげで殆ど二度寝という欲望がない。鞄の中身をチェック。……大丈夫だ。持っていくべきものは全部入ってる。

 

 体操着入れにジャージ、ヨシ! シューズ、ヨシ! 蹄鉄、ヨシ! 服装は指定されていなかったから多分大丈夫だとは思うが、なるべく清潔感のあるものを選んだ。面接もあるのだから手は抜けない。

 

 親父がくれた合格祈願のお守りも鞄についてる。神頼み、ヨシ! 現代人としてスマホは語るに及ばず。

 

 持ち物、ヨシ!(現場猫)

 

 さて、朝ごはんで補給だ。

 

「あら。ロー、おはよう。朝ごはんもうできてるから、さっさと食べちゃいなさい」

 

「ん、はよ」

 

 おふくろに軽く挨拶して食卓につく。親父と姉さんはもう既に食事を始めていた。

 

「いただきます」

 

 俺の食事は他の3人と比べて常軌を逸した多さだ。山盛りの銀シャリ、ラーメン用の皿に入った味噌汁、鮭の塩焼きも10個とまるでギャグ漫画のような有様だ。

 

「毎度毎度思うけど、バカみたいに多いわよね。友達に聞いたけど、ウマ娘でもそんなに食べるの珍しいらしいわよ?」

 

「姉さん、よしてくれ。これでも抑えた方なんだ」

 

「別に悪いとは言ってないわよ。入試頑張んなさいよ」

 

「ああ、ありがと」

 

「そりゃこんだけ食べりゃ、体もデッかくならぁな! 1年前はこーんなチビ助だったのによぉ!」

 

「親父……そろそろ食費教え――」

 

「まーたその話か! 気にしなくていいっつってんだろ? 食べたいだけ食べればいいんだよ! ウチだってそこまで家計苦しいわけじゃないんだからよ!」

 

「そうか……すまん」

 

「まーたアナタったら、そんなこと言って! またローが太ったらどうするの!」

 

「食いたいだけ食う! それが男ってもんよ!! な、ロー!」

 

「さあな。入試の折に詳しい人とかに話を聞けるようならそれとなく聞いてみるよ。ゴックン! ごっそさん!」

 

「ちょっとロー!? ちゃんと噛んで食べてるの!?」

 

「噛んでる噛んでる! んじゃ行ってきます!」

 

 食事を終え、鞄と体操着入れを手に玄関のドアから飛び出した。

 

 駅に向かう途中、近所のおっさんおばさんとすれ違う。暇を持て余しているのか、朝からタバコだ。

 

「おー! マス坊! 今日受験か!」

 

「早起きだな、おっさん! そうだよ! 誰もが羨むエリート校だ!」

 

「すごいわねぇマス坊。そういえばお姉ちゃんはどうしたの?」

 

「姉さんも同じ日に受験! 親父が送ってくんだよ。俺は電車!」

 

「そうなんだ、偉いわねぇマス坊。頑張っておいで!」

 

「ありがと! 2人もいい加減禁煙したらどうだ?」

 

「「断るッ!」」

 

「そんなに元気じゃまだ死にはしないな! んじゃあな!」

 

 軽く挨拶を済ませ、走ること1分もしないうちに駅に到達した。ベンチに腰掛けて、電車を待ちながら国語、算数、理科、社会、そしてレース座学を予習する。これは電車に乗った後も続いた。

 

 たったの1秒たりとも時間を無駄にはできない。俺が受けようとしているのは、東京都府中市にある日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称トレセン学園。難関中の難関だ。入試に落ちた。受かってもその後の過酷なトレーニングに耐えられず、離れてしまう。残酷な現実に打ちのめされて涙を流したウマ娘は数知れず。そんな噂の絶えない学園、準備をし過ぎるという事はない筈だ。

 

 

 気が付いたころには、もう乗り換えの時間だ。もう自分の県を出て東京に入ってる頃だろうか。

 

 乗り換えた後も、予習は続ける。集中……集中……しゅうちゅ――

 

 ぐいっ

 

「ぬぁいってえええええ!?」

 

 誰かに尻尾を掴まれて思い切り引っ張られた。誰か知らないけどあのマジで止めてください。それ本当に痛いんです。

 

「ちょっ、何してるの!? ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」

 

 尻尾の痛みを尻目に見てみると、母親であろう大人の女性と……幼稚園児ぐらいの年だろうか。幼女が一人。状況を鑑みて、幼女が尻尾を好奇心に従い、面白半分に引っ張ったという所だろう。

 

「だ、大丈夫です……」

 

 子供のやる事……穏便に済まさねば……俺だってガキの性分があったんだ。

 

 いやいや、だから幼女先輩!? 隙あらば俺の尻尾掴もうとしないで!?

 

「葉子! いい加減にしなさい!」

 

 葉子と言われた幼女が尻尾を掴もうとして、俺が尻尾を咄嗟に引っ込めた所で母親に叱られた。

 

 だが少し言葉の圧が強かったのか、「う……ううっ……」と瞳を潤した。

 

 これは不味い。こんな人の目が多い中、子供が大声で泣きだせば母親は盛大に恥をかくだろう。

 

「あー……お、お嬢ちゃん! ちょっとこれを見てもらえるかな?」

 

 葉子がこちらに振り向く。そこで俺が差し出したのは親指だけ立てた右手。バッチグーの形だ。その立てた親指を、左手で覆い被せるようにする。これで葉子の視点からは左手で右の親指を掴んだように見えるはずだ。

 

「ふんっ! ぬう~お~!」

 

 そこで俺は左手と右手が、血管が浮き出る程に力を込めて、左手を上に上げる……ように見せかける。葉子の視点では、左手で親指を引き抜こうとしているように見えるはず。

 

 ようやくという所で親指を折り曲げて隠し、左手をちょっとずつ上に上げる。葉子は仰天を隠せない。なにせ葉子からは左手で親指を引き抜いたように見えるからだ。

 

「お”~あ”~!! お、俺の親指があああ~~~」

 

 親指が取れた……という設定で右手を震わせ……

 

「ああ、ああっ、ああ~~~あ……あるッ!!」

 

 瞬時に右手を開き、あたかも取れた親指がよみがえったかのように見せかける。

 

 ちょっと年を食ってれば誰でも見破れそうなガバガバマジックだが、どうだ……?

 

「……わあ~~!」

 

 セーーフ!! どうやら涙を忘れて喜んでくれたようだ。これで丸く収まった。

 

「ふぃ~……」

 

「す、すみません……何から何まで」

 

 そう言う母親は、葉子を抱きかかえて尻尾を掴まないようにした。

 

「あ、いやいや! こんぐらいお安い御用っす!」

 

「いえ、本当にありがとうございます。……もしかして中央のトレセン学園に?」

 

「あ、はい! 入試受けるんです!」

 

「そうなんですか! すごく難しいって話ですけど……」

 

「らしいっすね。偏差値も高いし実技も厳しいとか。まあ、だからこうやって電車に乗ってる合間に予習とかをですね」

 

「じゃあ、葉子ったら勉強の邪魔を……?」

 

「あーいや! それは本当に大丈夫です! こんなことで合否が分かれるようなら根本的な勉強不足ですから!」

 

「本当にすみません……あの、合格できるよう、祈っていますね。それと、もしもレースに出るようなことがあれば、応援しに行きますね」

 

「! はい、ありがとうございます! 励みになるっす! あっ、じゃあ、有マ記念では俺に投票よろしくお願いします! なんて、気の早い話ですかね?」

 

 こうしてお互いに笑みを零した所で、「まもなく、府中。まもなく、府中。お出口は――」というアナウンスが流れてきた。

 

「あ、じゃあ俺もう行きます」

 

 俺は開く扉に待機して、今か今かと扉が開くのを待った。

 

 母親は優しく手を振り、「ウマ娘さん! お名前何て言うの?」と葉子が聞いてくる。

 

 

 

 

 

「『マスタングロード』と言います! よろしくお願いします!」

 

 

 

 

 

 それだけを言い残して、開いた扉に飛び込み電車を出た。

 

「…………ウマ娘、よね?」

 

 最後にその疑問が、母親の頭の中に残った。

 

 

 

 

 駅を出た後、俺は自動車も追い越す勢いでトレセン学園に一直線で向かった。途中でウマ耳とウマ尻尾の特徴的なウマ娘を見かける。目的地に近づくにつれ、そのウマ娘も多くなっていく。やがて辺り一面がウマ娘で覆いつくす程になった所で、到頭到着したのだった。

 

「ここが……トレセン学園……」

 

 既に空気が違った。弱者に立ち入る資格なしと言わんばかりの威圧感、それでいて爽やかな匂い。気のせいか、学園から熱気が漂ってくるようにも感じる。

 

 上等だ。俺だっていい加減な気持ちで来たわけじゃない。勉強も運動も、自分なりに努力はした。親父とおふくろも、飯を沢山食わせてくれた。ウマソウルは滾り、しかしウマ耳とウマ尻尾の動きを抑える。心は熱く、頭はクールにってやつだ。

 

 大丈夫だ。いざ、尋常に勝負――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウソです助けて……(泣)

 

 いや、確かにテストは難しい。だがそれ以上にこの視線だよ。

 

 こういうのは電車に乗ってた時からあったんだ。そりゃ珍しかろうよウマ息子なんて。187cmという長身なのも拍車をかけている。周りのウマ娘が怪訝そうな目で見てくるんだ。()()()()が!

 

 ワンサマー(織斑一夏)の気持ちが分かった! 周りの異性達に見られるってしんどい!

 

 いかんいかん、集中集中。そうだ、この視線をテストに集中することによって無理やり無視する。大丈夫、問題はちゃんとわかる。通じるぞ……今までの勉強が……トレセン学園の入試に……!

 

 こうして、午前中に行われたトレセン学園入試の筆記試験は終了する。職員さんの案内に従い、カフェテリアで食事をとらせてもらう。これで一息――

 

 

 

 

 

 つけませんでした……(震え声)

 

 今現在より多くの視線を集めております。試験中だったから比較的視線は少なかったのだと実感する。いやいやカフェテリアで食事をとるよりもテストしてる時の方が気が楽ってどういう事ぉ?

 

 そうだ、現実逃避してカフェテリアを堪能するナリ!

 

 わあー! ビュッフェ形式のカフェテリアだー! よそい放題食べ放題だー! わー、プロレスラーが付けてそうなマスクをしたウマ娘が見てるナー。

 

 カレーライスおいちい! とんかつを乗せてカツカレーにしてもっとおいちい! トレセン学園さいこう! わー、ロングのパーマでウマ耳カバーが青いウマ娘が見てるナー。

 

 パクパクですわ! 食べ放題最高ですわ! 食材が何でもそろってますわ! クッソうめえですわ! わー、栗毛の大和撫子風のウマ娘が見てるナー。

 

 んほおおおおおおシメのデザートも超美味いのおおおお! 甘いのは何でもしゅきだけど特に和菓子がしゅきなのおおおおお! 羊羹が口の中でとろけるのおおおおおおおおおおおおお!!! わー、菊の髪飾りをしたショートヘアーのウマ娘が見て――

 

 

 お願いしますもう勘弁してください……

 

 よそった分を全て完食した所でもう精神が持たなかった。顔を両掌で覆うが、気休めにもならない。

 

 あと何でか知らないけどさっきから窓にウマ娘がいるし、何だこの銀髪ロングウマ娘!? 窓の出っ張りをつま先だけで立ってるし、その状態で何で連邦に反省を促すダンスを踊れるんですかねぇ? そのウマ娘は視線だけはガッツリこっち向いてるし……

 

 いやまあそりゃね、期待してないと言えばウソになるのよ? 主人公がハーレムを築くように自分もハーレムとまではいかずとも、可愛い彼女ができたらなーとかは確かにちょっとだけ思いましたよ! ウマ娘は皆美人だからな! だからこそこの仕打ちですか!? そりゃ確かに不安になるよね! 女しかいない所で、黒一点とか。そこを何とかお願いしますこれからやる実技テストと面接しっかりやります、レースもトレーニングも勉強も真面目にやるから勘弁してえええええええええ!

 

 

 

 カフェテリアで食事を終えた後、受験者は更衣室でジャージに着替える。かくいう俺は、職員さんの指示に従ってトイレで着替えていた。緑色のスーツを着ていた職員のお姉さんが言うには、急な事で男性用の更衣室を用意できなかったのだそうだ。

 

 そりゃそうだ。たった一人の為に男性用の更衣室を突貫工事でという訳にはいかないだろう。ましてや受かるか分からない受験者に。トイレで済むんだから我儘などほざく訳にはいかない。

 

 ジャージに着替え終わると、職員さんが実技試験の会場まで案内してくれた。控えめに言って、とても助かる。東京ドームもかくやと言うほどの広さは、迷わないという自信を損失させるには十分すぎる。

 

 会場に到着すると、職員さんから受験番号364番が描かれたゼッケンを手渡され、それを羽織ると準備運動をするよう指示される。その後、列に並ばされる。

 

 列の前にはレース場があり、まっすぐ進むと途中からカーブ。カーブを突破して直線に入り、そこを進むとゴールになる。距離は800メートル。短距離最短の1000メートルより短く、スタミナは気にしないでよさそうだ。ゲートは9門あるが、安全面を気にしてか5人ずつでの出走だった。

 

 先頭のウマ娘5人が出走。審査員5人がタイムを計る。しかし皆速い……! 流石は中央を受ける受験者。

 

 こんな中で走り、結果を残さなければならない。チャンスは一回。レースに関する教育が中心のトレセン学園では恐らく、実技の評価が最も重要になる。ここでコケたら最悪、たとえ筆記と面接がよくても……

 

 ……大丈夫だ。今までの努力を信じろ。平常心、平常心、へいじょ――ま、周りはあまり気にしないようにしよう(震え声)。努力は必ず実るとは限らない。ましてや中央ならば尚更だ。だが、それが諦めなければならない理由にはならない。

 

 絶対に……

 

「受験番号361番、362番、363番、364番、365番、ゲートに入って準備してください」

 

 受かって見せる。

 

 他4人のウマ娘と共に、ゲートに入る。全員が走る構えを取り、ゲートが開くのを今か今かと待ちわびる。

 

 …………

 

 ……

 

 ガパッ――

 

 晴れの日に窓を開けたかのような解放感。重々しい金属音がウマ耳を震わせた瞬間、体が勝手に動いていた。

 

 俺はそこそこいいスタートを切れたと思う。他のウマ娘は……1人大きく後方に居る。出遅れたのか?

 

 先頭に立ったのは俺だ。身長というアドバンテージが効いてる。他のウマ娘は大体150cmぐらい。30cmほどの差がある。足が長い分、一歩で進める距離も長いんだ。

 

 直線はよほどの実力差がない限りその差が埋まることはない。逃げと言う奴だろうか。俺はカーブの直前まで全力で直線を駆け抜けた。

 

 新潟直線1000mのような直線だけのコースならこのまま突き進むだけでよかったのだが、カーブがあると話は変わってくる。減速せざるを得ない。

 

 だがそれは他のウマ娘も条件は同じ。大丈夫、800mならこのペースでも最後まで持つ。

 

 ってちょっと待て!? すぐ後ろに一人来てる! 減速したからか!?

 

 冗談じゃねえ! 合格が掛かった一大勝負、差し切られてたまるかっ!! 

 

 もっと、速く……速く……速く!

 

 あと何mだ? いや、そんなこと考えてる場合じゃない。この直線が最後の勝負。逃げ切ること以外考えるな!

 

 もっと地面を強く蹴れ! 速く動け俺の足ッ!

 

 逃げきれ、逃げ切れ、逃げ――

 

 

 

 ……何とか、1着に終わったっぽかった。タイムは59秒と言い渡されたが正直良いのか悪いのか分かんね。

 

 直前まで俺を差し切ろうとしていたウマ娘は、歯ぎしりして拳を壁にドン! と打ち付けた。出遅れていたウマ娘に至っては、審査員にやり直しを懇願している。

 

 俺は彼女たちに、どんな感情を抱いたらいいのか分からなかった。俺の実力が、少なくとも彼女達には通じたという事実を喜べばいいのか、それとも彼女達の夢が閉ざされるかもしれない可能性を悲しみ、嘆けばいいのか。

 

「っ……!」

 

 しっかりしろ。まだ終わりじゃない。面接が残っている。

 

 来そうな質問のおさらい、イメージトレーニング、やることはまだある。ベストを尽くせ……!

 

 

 

 職員さんの案内に従い、トイレで元の服に着替えた後、少し休憩時間が設けられた。

 

 周りからの視線を、面接の対策ノートとにらめっこでもして気を紛らわせていると、俺の番は直ぐに来た。

 

 職員さんに案内されて到着したその先には、会議室と書かれた表示板。

 

「次の方どうぞ!」という声が聞こえたので、俺は扉を3回ノックする。「許可ッ!! 入ってくれ!」という返答が来たので、「失礼します」という一言の後にドアを開けて入った。

 

「本日はよろしくお願いします!」

 

 俺がそう言い、30°のお辞儀を行うと、「礼儀正しさ、関心ッ!! こちらこそ、よろしく頼むッ!」と特徴的な返答をしたのは、漢字が書かれた扇を仰いで席の真ん中に座っている……ロリ? 何故ここにロリが?

 

 だがさらに驚愕すべき人物がいる。

 

 左の席に座っているウマ娘、誰もが知っている有名人、『シンボリルドルフ』! この人も面接官をするのか……! まだ生徒だったはずだが、さすがは自由な校風……!

 

 右の席に居るメガネの女性も見たことがあるぞ。確か、シンボリルドルフのトレーナーで、トレセン学園所属最強のチーム『リギル』のトレーナーだった筈だ。名前は……忘れてしまったが。

 

「では、掛けてくれ!」

 

 目の前にある一つの椅子に座る許可が下りたので「失礼します」と一言断り、着席。

 

 足の開き具合、ヨシ! 拳の位置、ヨシ! イメトレ、(多分)ヨシ!

 

 ヨシ!(現場猫)

 

「紹介ッ!! 私の名は秋川やよいだ。このトレセン学園の理事長をやっている!」←(HA?)

 

「シンボリルドルフです。中央トレセン学園所属のウマ娘です」

 

「私は東条ハナと言います。中央トレセン学園所属のトレーナーです。こちらのシンボリルドルフの担当をしております」

 

「では早速ッ!! 君の名前を教えてくれ」

 

 しっかり平常心を保て……! 多分、こうして大物を面接官にすることによって緊張を促し、失言を誘うのが目的だ。

 

「はい! マスタングロードと言います!」

 

「マスタングロード君、これより面接を始めよう! まず、この学校を志望する理由を教えて欲しい!」

 

「はい、貴校を選んだ理由は、レースに出て、そして勝ちたい。強くなりたいからです!」

 

「なるほど、しかしそれはほかの地方のトレセン学園でも出来ますよね。何故あえて中央トレセン学園を希望したのですか?」

 

 東条さんの発言に、そら来た。と思った。

 

「中央トレセン学園は地方とは全体的なレベルが違います。設備、人員、レースの盛り上がり等も、地方とでは明確に差があります。妥協はしたくないんです。中央に相応しい人員になれるよう、努力してきたつもりです」

 

「そうですか……では具体的にどのような努力をなされてきたのですか?」

 

「そうですね……例えば、レースの中距離を視野に入れて、2400mに耐えうる体力を作るために毎日走り込みをします。ただの道路を走っているだけですし、実際のバ場とは明らかに違うでしょうが、それでも2400mを20往復。時間がある時はもっと増やします。これを欠かしたことはありません。それと、柔軟体操も毎日やっています。そのおかげで、足を広げながら体を地面にペッタリと貼り付けることも出来るようになりました」

 

「ふむ、なるほど……では次の質問に移ろう! 筆記試験と実技試験を実施してもらったと思うが、その感想を聞かせて欲しい!」

 

「結果が出ていないので、まだ何とも言えませんが……個人的にはおおむねよくできたのではないかと思います」

 

「なるほど……今度は私から」

 

 そう切り出したのはシンボリルドルフだった。

 

「君の交友関係について聞かせて欲しい。友人は、自分にとってどういう存在かな?」

 

「ッ……!!」

 

 そ、想定していた事だが、何て質問しやがる……! これが皇帝ルドルフか……! 友達がいることを前提で話をするとは!

 

「じ、自分個人の考えとしては、時に助け合い、時に戦い、共に切磋琢磨していく存在であると認識しています! し、小学校の頃からウマ娘の競争相手がおり、レースの知識を共有したり、並走したりと、互いを高めあいました!」

 

 半分……いや、4/5ぐらい嘘だ。同級生のウマ娘と一緒にレースをしたりとかはしたが、6バ身差でフルボッコにしてからはメチャクチャ嫌われた。ヒトオスからは、ウマ娘のくせにランドセル黒なのかよ! とか言われてからかわれたし(ウマ息子だって言ってんだろヒトオスのクソガキがよぉ……)、ヒトメスからはウマ娘泣かした件でどんな噂が経ってるのかこれまた嫌われたし、そもそも俺友達いねえんだわ!! 

 

 前世じゃ上等とまでは言えないまでも、一人も友達がいない今世よりはマシだったんだよ! 何でこうなったんだチクショウ!!

 

 さて、面接で嘘をつくという暴挙に及んでしまったが、これが吉と出るか凶と出るか……

 

 その後も、何度か質問をされて、友達の件に関して以外は一応危なげなく答えられたと思う(虚勢)。

 

「終了ッ!! これにて、面接を終える! ここまでご苦労だった! 帰宅して結果を待つように!」

 

「はい、ありがとうございました!」

 

 許しを得て俺は逃げるように会議室から退室した。別に友達の事聞かれたから苦手意識を持ってる訳じゃないんだからね! 勘違いしないでよね!

 

 

 

「ふう……やっと終わった……」

 

 校内を出ようとしている途中で、自販機を見つけたのでコーラを購入。少しだけの間、入試の疲れをコースを走っているウマ娘を眺めながらコーラを飲んで一休みしていた。

 

 試験は終わった。後はもうなるようにしかならない。そこまで希望の見えない結果じゃないんだ。そんなに不安がる必要はないだろう。

 

 そうとは分かっていても……

 

「前世であれだけ落とされたからなぁ……」

 

 そういえば目の前にあるコースで走っているウマ娘達……見覚えがある。鹿毛のボブカットは『エアグルーヴ』。草を咥えてるポニーテールは『ナリタブライアン』か。おっぱいとタッパのデカい金髪は、勝負服がやべぇと噂の『タイキシャトル』だな。 それから――

 

「なるほどなるほど、がっちりした足だな! 服越しでも分かるぞぉ!」

 

「ふぅおっ!?」

 

 太腿の触覚を刺激する10本の棒。それが指、及び手であることを察した俺は、恐る恐る後ろを振り向いた。

 

「しっかしウマ娘は言っちゃなんだが触りなれたもんだが、ウマ息子は初めてだなぁ! トモの作りもなかなか――」

 

「いやいやいやいや、何やってんだアンタ!?」

 

 やはりと思った俺は、すぐさま後ろに飛んで()()から距離を取る。年齢は30代前後のヒトオスといったところだろうか。口にくわえているのは、副流煙が発生していない事からタバコではないだろう。ペロペロキャンディかココアシュガレットというやつか。癖毛に左側頭部の刈り上げと非常に特徴的な髪型だ。

 

 あろうことか……俺は今、この男に痴漢された。

 

「君、中央の受験を?」

 

「えっ? ああ、はい……そうっす」

 

「そうかそうか! その足だ。合格間違いなしだんだろう?」

 

「い、いや……そうと決まったわけじゃ――」

 

「ところで君、何処出身? 年齢は? ウマ息子って他にもいるのかぁい?」

 

 目の前の不審者 男は質問一つするたびに一歩にじり寄り、手もイソギンチャクの様にわさわささせている。その様はまるで、わざと恐怖感を煽っているようにも見えた。

 

「ち、痴漢野郎に教える事なんかなんもねえよ! あと俺はホモじゃねえ!!」

 

 間違いない。この男は「ねえねえ君キャワうぃーねぇー! 今から俺らと遊ばなーい?w」とか言ったりするチャラ男だ(断言)。ただ一つ違うのは、彼が同性愛者だという事だけだ。

 

 身の危険を感じた俺は、踵を返してその場から逃げ出した。

 

 トレセン学園内に出入りできているという事は、彼も此処の職員なのだろうか。だとしたら早まったことをしただろうか。しかし不用意に他人の太腿を触った上に個人情報を引き出そうとしたのは例え中央トレセン学園だとしても許容は出来ない。

 

 ある種の不安を抱えながらも、俺は即座に学園を出て電車に一直線に向かうのだった。

 

 

 

 

「ホモじゃない、か……なんか勘違いされちまったかな? だがあのトモ、いいものを持ってる気がするな! アイツには是非ともスピカに――」

 

 そこでピロロロロと着信音。中央トレセン学園所属のトレーナー、『沖野リョウ』はすぐさま着信に応答。

 

「たづなさんから? 一体何の用だ? ……もしもし、何か用で……えっ、今から会議室にですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よかったですね、理事長。彼がこの学園にふさわしい人材で」

 

「行幸ッ!! 最悪、成績不良でも面接の評価と言い張って学園で囲むつもりでいたが、筆記試験3位、実技試験5位! これなら誰も文句は言えまい!」

 

 マスタングロードの面接官を担当していた『秋川やよい』と、その秘書『駿川たづな』と、チームリギルのトレーナー『東条ハナ』は、一仕事を済ませた後会議室まで歩を進めていた。

 

「しかし幸か不幸か、随分と発見が遅れたものだ。まさか役所が、医師の診断書もあったというのに、ウマ息子だと言われてデマだと思い込んでいたとは」

 

「私も驚きました。役所から提出された書類にはウマ娘と書かれていましたが、医師の診断書でははっきりと()()()()と診断されていました。――病院にも確認を取った結果、その……陰茎も確認されているようで、間違いありません」

 

「だが……憂鬱ッ……マスタング君、ひいてはウマ息子の扱いは我々が舵取りを行っていく以上、これから忙しくなりそうだ!」

 

「それなんですが理事長、私立那智須大学から、マスタング君の引き渡しの要求が来ています」

 

「煩労ッ!! またその手合いか! マスタング君は我々の所有物でなければ奴隷でもないというのに度し難い! 抑々、こういう手合いからマスタング君を守る為に我々がこうやって行動しているのだ! だがURAの幹部からも、彼をモルモットにすべきという意見が出るなど、世も末だッ!!」

 

 そこで疑問に思ったのが東条だった。

 

「それでは、あのまま返しても良かったのですか?」

 

「流石に身体能力に天と地の差がある相手だ。そう易々とリスクの高い行動はとれないと考える。それに当たり前の事だが、URA内でもそういう意見は少数派だ。国家権力に介入できるような状態じゃない。警察に賄賂を渡して、マスタング君の件を見逃してもらうというのも極めて難しいだろう。当分は大丈夫だと思うが、まあ、このまま地元で暮らさせるという訳にもいかないか……」

 

「…………今後、トゥインクル・シリーズはどうなるんでしょうか……」

 

 心配そうに胸に手を当てるたづな。

 

「杞憂ッ!! そう心配するものではないぞ、たづな! 確かに、人間の男と女とで身体能力に差があるように、ウマ娘とウマ息子とでも同じようなことがあるならば、公平性に欠けるという意見も勿論あるだろう。だが、現状ウマ息子が一人しかいない以上、それを証明するのは不可能だ。公平性に関しては、ウマ息子が増えた時に考えればいい! 今は、マスタング君の身の安全と、学園生活を保障する努力をしよう」

 

「理事長……はい、私も全力を尽くします!」

 

「……それで、そのために私も呼ばれたわけですか」

 

「明察ッ!! 後ろ盾は中央トレセン学園だけでも十分だとは思うが、万全は尽くしたい! そこで、集客力と影響力の大きいチーム、リギルにマスタング君が加入することは、非常に大きな意味を持つ! 勿論、加入させるかどうかは東条くんの判断だが、どうだろう! 私個人の考えでは、彼はリギルでも恥ずかしくない活躍ができると考えているが……?」

 

「…………ふぅ、分かりました。前向きに検討させていただきます。しかし、特別枠のようなものを作っては公平性に欠けます。彼が入部テストを申し込んだ時の話になりますが?」

 

「いいだろう! 彼の向上心ならばきっと、リギルの入部を申し込む事だろう! そういう訳だ、たづな。今ここに居るトレーナーを全員かき集めてきてくれ! マスタング君の事情について話をしておかなければならない! スカウトも控えてくれと言う話も含めてな!」

 

「はい!」

 

「それと、学園用の制服に、ウイニングライブ用の制服はもう出来ているか?」

 

「大丈夫ですよ、既に手元にあります」

 

「彼専用の個室はもう出来ているか?」

 

「既に滞りなく」

 

「克明ッ!! 近いうちに学園に呼べそうだな! 迎え入れる準備を引き続き頼むぞ!」

 

「はい、分かりました!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロー、ちょっと大変よ! すぐに来て!」

 

「は? どうしたおふくろ。またGか?」

 

 入試を終え、リン〇フィットをプレイ中の俺だったが、途中で乱入してきたおふくろ。この慌てっぷりを見て俺は例のアレを思い浮かべたが、どうも違うようだ。

 

「違うのよ! 今トレセン学園から電話があって、しかも相手はシンボリルドルフさんよ!?」

 

「は? なんで?」

 

「入試の事じゃないの? 待たせてるから、いいから早く出て頂戴!」

 

「わーったわーった」

 

 急かされた俺は、swi〇chの電源を切って電話の方に向かった。

 

 とは言え納得は行かないのは事実。普通は封筒等に書類を入れて通知を行うか、学園に受験番号が書かれた貼り紙で表示するものだと思っていたが、中央トレセン学園はこういう形式なのだろうか。

 

 受話器の前まで歩を進めた俺は、さっそく応答。

 

「もしもし、お電話変わりました」

 

「もしもし、マスタング君かな? 入試ぶりだね」

 

 マジでシンボリルドルフだ……

 

「シンボリルドルフさん、今日はどういったご用件でしょうか? もしかして、入試の結果ですか?」

 

「要件の一つはそれだ。試験の結果は合格だよ。おめでとう、君は4月から正式に中央トレセン学園の生徒だ」

 

「へっ? 合格……マジっすか?」

 

「ああ、合格だ」

 

「いよしゃああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 

 や  っ  た  ぜ

 

 投稿者 変態糞ウマ息子 8月16日水曜日 7時14分22秒

 

「あ……っと、すみません。失礼しました。それで、要件の一つって事は、他にも用が?」

 

「こちらとしては寧ろ、そっちの方が本題でね。これから順を追って説明するつもりだが、そうだね。まずは単刀直入に言おうか。

 

マスタングロード君、急な話だとは思うのだが、出来れば今すぐにでも決めてもらいたい。もう既に君を迎え入れる準備は出来ている。

 

明後日から、君はトレセン学園の寮で生活して欲しい」

 

「……はぇ?」


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