召喚した貞子さんが俺を呪い殺そうとずっと見つめてくるんだが…… 作:芋けんび
間違いない。この時代を感じるブラウン管のテレビを施設の至る場所に置いたのは貞子さんだ。目的は皆に呪いのビデオを観せるためなのか?俺達を纏めて呪い殺すつもりでいるのか貞子さんは。
───怖い。
全身の震えが止まらない。首元に迫る色の悪い手を、俺は振り払うことができずにいた。死がすぐ目の前にあると言うのに。昔ネットで調べた情報だが、どうやら貞子さんと目が合った者は呪われて死ぬらしい。どうすんのこれ。俺思いっきり目合っちゃったよ?今も殺意ビンビンに感じる眼差しで俺を睨み付けて来るんだけど。というか、何でロビンは俺の横にいるのにずっと険しい顔でローマ立ちしたまま動かないの?ローマなの?ポージングなの?俺の命よりポージングが大事なのか?
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙」
「どうなってやがるんだ!?この女の目を見た瞬間に体がまるで金縛りにあった様に動かなくなっちまった!」
動かなくなっただと?え、じゃあ俺の体がさっきからピクリとも動かないのも貞子さんの仕業ってこと?そんなんどうやって逃げればいいのさ。
「くそ!俺が横にいながらなんてザマだ。早く逃げろ旦那!このままだと…フガァ!?」
「───」
自身の長い髪の毛で器用にロビンフッドの口を塞ぐ。それどうやって動かしてるの?念?
逃げろって言われたってさぁ!だから逃げられないって言ってるじゃん!ちきしょう…怖すぎて泣きたくもないのに涙が出てきやがった。俺の命もここまでなのか。俺が死んだら人類はどうなるんだ。どんなに極限状態で逃げ出したいって思っても、今更引き返すことなんてできやしない──後戻りしても、そこにあるのは朽ちた橋。その先を渡ることなんて俺にはできない。だから俺は…おれ─あれ?気づかなかったけど貞子さんって意外と胸大きくない?おまけにめっちゃ顔立ち整ってて美人だし。心なしか、いい匂いまでしてくる気がする。柑橘類みたいな…レモンかなこれ。とにかくフレッシュな香りがする。臭いと思われたくないから清潔感に気を使ってるのかな。そういう所を気にする貞子さんって、
「可愛い…ね」
「ア゛ア゛ア゛ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙」
俺の首元に手を近付けて唸っていた低い声が途中で止む。
両目から大量の水を流しながら何言ってるんだ俺は。死の恐怖と混乱で頭までおかしくなったのか?俺はもうすぐ殺されるんだぞ。いや、こんな美人に殺されるなら本望か。…いや待て。何か様子がおかしいぞ。しゃがみ込んで頭を抱えてどうしたんだ。明らかに悩んでるような仕草だ。悩んでる?何に?
「あ、あの…?」
「………」
「消えた!?」
忽然と貞子さんが目の前から一瞬で消えた。あまりの驚きに目を見開く。だからさっき俺の背後に音もなく立ってたのか。そんなのアサシンじゃないか!でも、どうして急に手を止めたんだ?明らかに俺を殺す意思はあったように思えたけど…。ただの気まぐれ?それとも何か別の理由があるとでも…。
「旦那大丈夫か!?すまねぇ…。俺がアンタを守らなきゃならねーのに、何もできなかった。にしても、あの女は一体何なんだ?」
「ロビンが謝る必要はないって。金縛りで動けなかったんだし。あのローマ立ちはなんかイラッと来たけど!あの人は新しく仲間に加わってくれた貞子さんだよ」
「したくてあの恰好したんじゃねーよ!偶然あの状態のまま金縛りにあったんだっての。にしても、貞子さんねー…。どう考えても危険度EXのヤバい奴だと思うすけどねー…俺は」
「ヤバいのは俺も認めるけど…。でも、少なくとも召喚に応じてくれたってことは俺達に力を貸してくれるってことだと思うよ。俺はそう信じてる」
「ったく、あんたはまたそうやって…。現在進行形で殺されそうになってたのは何処の誰でしたっけ?」
頭をガシガシ掻きながらクソデカため息を吐くロビン。…なんだよその顔は。確かに自分でもバカな考えだとは思うけどさ。震え上がるほど恐ろしい眼だったけど、悲しそうに見えた俺はとっくに呪われてるのか?
「おかあさん!」
「マスターマスター!」
「ジャック…とナーサリーか。どうしたんだい?」
「このテレビ?だったかしら?凄いわね!色んな場所に落ちてたわ!」
楽しそうにキラキラ笑顔でぴょんぴょん跳ねる二人。子供は可愛いなぁ、いや、別に俺はロリコンじゃないからね。
「まぁ貞子さんがカルデアの至る場所に置いてるみたいだからね」
「私やジャックのお部屋にも沢山置いてあったの!」
「いっぱいあったから解体したよ」
「看護師さんなんて「殺菌です!」って言って廊下を走り回ってたのよ。廊下を走るなんてお行儀が悪いわ」
ということは、サーヴァント達や俺の部屋にもブラウン管のテレビがあるって事か。ん?あれ?ってことは…性格に難がある人は怒るんじゃ…。ギルガメッシュとかギルガメッシュとか。あと、ギルガメッシュとか。ますます貞子さんが何を目的としているのかが分からない。とりあえず、ダヴィンチちゃんやドクターに報告しないと…。
「魔力で構築された特殊な小型のテレビねー。私の部屋にもいつの間にやらあったから何個か分析の為に分解してみたんだ。そしたら面白い事がわかったよ」
「分解したの!?」
「フッフ、もちろんだとも!私を誰だと思ってるんだい?万能の才人、レオナルド・ダ・ヴィンチだよ?こんな研究しがいのある代物を目の前に我慢なんてできないさ」
だからって部屋の中を本やら謎の部品やらでぐちゃぐちゃにするのはどうなのかと俺は思うんだけど。
「このテレビは魔力で構築された極めて複雑な構造でできている。同時にサーヴァントから魔力を吸収して自分のものとする性質がある事がわかったんだ」
「魔力を吸収…?」
「それだけじゃないよ。このテレビには映像を観た者に特殊な”呪い”を付与する効果も備わっている事がわかった。何の映像なのかまではまだ特定できてないし、この呪いについても不明な点が多くてね。私も解析できてないんだ」
こちらが質問する暇も与えないくらいに、早口であれこれ説明するダヴィンチちゃん。話に全くついていけねーよ!あれはもう完全に親から新しい玩具を貰って喜んでいる時の子供の顔だ。全身からキラキラのエフェクトが幻で見える見える。
魔力を吸収?
特殊な呪い?
そんなの素人の俺には何一つ理解できないよ…。
「………」
薄暗い廊下をユラユラ歩く1つの人影。先程まで眩いばかりの明るさで辺りを包んでいた照明は今は何故か弱々しい。そんな人影に近付く二つの影があった。
「よう、髪の長いねーちゃん。聞いたぜ。あんた、この施設中にヘンテコなテレビを置きまくってるらしいじゃねーか。この廊下の暗さもねーちゃんの仕業かい?」
「槍を担ぎながら何をそんなに警戒してやがるんですかこの駄犬は。まずは自己紹介が先でございましょう?」
「駄犬じゃねーよ!自己紹介ねー…。それもそうか。俺はクーフーリン。間違ってもこの駄狐みてーに犬なんて呼び方はするんじゃねーぞ」
「シャラップ!誰が駄狐ですか!…ゴホン。私は玉藻の前と申します。以後お見知りおきを。おや?貴方様の気配…。んー、妙ですねぇ。霊基がちぐはぐ過ぎると申されますか…これはウイルスと怨霊の融合?いやいや、そんなまっさかぁ。だってこれは余りに…」
「…………」
ユラユラとゆっくりとした動きで二人に迫り来る。長い髪に覆われたその隙間からは、鋭い眼がギロりと二人を睨み付けている。
「あ、あれ?もしかして私、彼女にとって触れてはいけない地雷とか踏んじゃったりしちゃいましたか…?」
「さぁな。地雷かどうかは知らんが、あちらさんはやる気満々なのは確かだぜ。お手並み拝見と行こうじゃねーか!」
クーフーリンが待ってましたと言わんばかりに肩に担いでいた槍をクルっと一回転させ、獲物を見つけた鷹のような好戦的な目つきで戦闘態勢に入る。
「…………」
鈍い動作から一変して、裸足で勢いよく廊下を駆け出しーー
「………!」
派手につまづいてコケた。
「「え?」」
(……きこえますか…人の子よ…私は神です……今… あなたの…心に…直接… 呼びかけています…貞子さん成分が足りないなら…今すぐ…貞子さんとさだこちゃんという漫画を読むのです……あれは面白いです…マジやばなんです…)