めぐる季節を繰り返し
夕陽眩しくて 街に広がってそして君に会える La La La
僕の鼓動が 胸を突き抜け
風に乗って降り注ぐよ
「地獄です」
「はい?」
「地獄の中でも最下層の地獄——阿鼻地獄です」
♦︎♦︎♦︎
「地獄…?」
真宵ちゃんに全てを説明された後、阿良々木さんは私と同じような反応をとった。
困惑。
加えて私も困惑していた。聞く限り阿良々木さんは想像を絶する死に方でここに来たらしいのだ。何しろ、日本刀でバラバラにされたと言うのだ。
炒飯のようにバラバラに。
パラパラ殺人である。
到底日本だとは思えない事件だよなぁ…いや、たしかに日本刀を使っている時点で明らかに現場は日本なんだけど…この人、どんな波乱な人生を送っているのだろうか…現世で真宵ちゃんと関わりがあり、更には自身も吸血鬼という話から呪霊———怪異との関わりは深いみたいなんだよね…こんなポジティブの塊みたいな人が呪いと関係しているなんて到底信じられな…いや、五条先生がいたんだった。そっかそっか、なら納得だね。
「で、ここは何地獄なんだっけ?」
「蟹地獄です」
「いやさっきと違うじゃねぇか。なんだよ蟹地獄ってそれもう北海道じゃねぇの?もうちょっとお洒落な名前だったろ」
「寝起きの癖に我儘が多いですねララバイさん」
「僕の名前を子守唄みたいに言ってんじゃねぇ。僕の名前はあらら」
「でしたね。失礼、噛みました」
その言葉を聞いて堪えきれなくなった阿良々木さんは、じわりと涙を浮かべた。
———いや、なんで?
「ち、違う、わざとだ…!」
「…神はいた…」
「この場面で言うと深みが違う!」
いや、いくらなんでも慣れすぎでしょ… どれだけ同じ内容の会話をしてたらこんなにスムーズな流れができるの?それに泣きながらでもこの一連の流れを遂行しようとする意志も凄い。
怖い怖い。
怖いですよ、お二人さん。
「あの、真宵ちゃん」
私は彼女の耳元に駆け寄って尋ねた。
「はい?なんでしょうか」
「これからどうするの?」
「安心してください。全て私に任せていただければなんとかなります」
なんでも知っているおねーさん監修の計画ですしね、と真宵ちゃん。なんなのその人。本当に信じていいの?そんな胡散臭い異名持っているお姉さんを?
「では行きましょうか」
私の疑問は置いてけぼりにしてスタスタと歩き出す真宵ちゃん。その歩みに迷いはないようだ。なんちゃって。
…ていうか、どこに行くの?
「え、どこに?」
阿良々木さんも私と同じ疑問を抱いていたようで、私も思いを代弁してくれた。しかし真宵ちゃんは「ふふ」と不敵な笑みを浮かべて笑うのみで———
「どこに行く、だなんて面白いことを言いますね阿良々木さんは。
「は?いやどういう———」
ことだ、と言いたかったのだろうがそれは叶わず、言葉に詰まる。
絶句。
衝撃。
そんな言葉が似合うであろう表情を阿良々木さんは見せていた。かく言う私も鏡を見たらきっとこんな顔をしているはずだ。まぁ、この場面では当たり前の反応だと思う。そりゃあいきなり
「ま、ま、ま、真宵ちゃん、ここど…きゃっ!?」
言葉を必死に紡ぎながら真宵ちゃんに現在地を確認しようとして、しかし先程の阿良々木さんと同様に言葉に詰まってしまう。
それは何故か。
私の前には真っ赤な何か———なんてぼやかしてもそう簡単に恐怖心は消えないだろうけど———うん、諦めて現実を見よう。
———血だ。
血が一本の線となって、奥へと続いている。
終着点はどこだろうか、と前方を確認し、今度こそ声を我慢
「きゃあああああああああああああ!!」
できなかった。
視線の先には、金髪の女性が倒れていて。
四股が千切れていた。
切断面からドクドクと血が溢れ出しているのを目の当たりにしてしまう。
我慢なんて無理だ。むしろ限界まで張っていた緊張感が爆発して、より大きな悲鳴を上げてしまった。
だって、仕方ないじゃん。
真宵ちゃんがいたおかげですっかり忘れていたけど、ここは地獄なのだ。血で血を洗って穢れを祓うような、そんな場所。
思い出してしまった。呪霊ではなく、人間だった頃の恐怖心を。
「あぁ….」
私は怖くて、蹲ってしまう。
怖い。
怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
誰か助けて。
憂太。
———1人は怖いよ。
「おい、大丈夫か?」
「あ………」
まさか憂太か、と思ったが勿論そんなはずはない。ここにいる男性は阿良々木さんしかいないのだから。
憂太はまだ、死んでなんかいないのだから。
次に出会えるのは60年後か70年後か、もっと先か。そう思うと切なさが増大する。
(いや。違う。そんな事ではダメだよね)
むしろそうであってほしい、と。長寿と幸せを願わなければいけない。人生を全うして、いつかまた会えたら憂太の思い出話をいっぱい聞くんだ。
それまでは何としてでも我慢しなくちゃ。
好きなものは後に残しておくタイプだしね。…あんまり関係ないかな?
「…はい、大丈夫です」
「そうか。立てる?」
そう言ってすっと手を差し伸べてくれた。有り難く力を借りて、起き上がる。そしてふと思う。
この手の温もりに憂太を感じてしまったのは気のせいなのかなぁ。なんて。
はは。気のせいに決まってるのに。
…会いたいな。
「それにしても…なぁ八九寺。これは一体何なんだ?」
私が見た血塗れの人物の正体は。
倒れているのは、四肢を切断された瀕死の吸血鬼。
凄惨なるありさまの、伝説の吸血鬼。
鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼——キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードだったのである。
と、いうのは後から聞いた話だ。
「幻ですよ」
真宵ちゃんがパチンを指を鳴らすと同時に、あれほどリアルだった光景がみるみる闇に溶けこんでいき、やがて真っ黒な世界に元通りになる。
「これから阿良々木さんには、貴方の過去を振り返ってもらいます」
ようこそ阿良々木博物館へ。
真宵ちゃんはキメ顔でそう言った。
感想・評価などお願いします!