紅き眼の系譜   作:ヒレツ

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Episode 2-3

 スターズ。USNA軍統合参謀本部直属の魔法師部隊であり、その部隊数は十二に至る。各部隊長にはそれぞれ「カノープス(りゅうこつ座α星)」「アークトゥルス(うしかい座α星)」「リギル・ケント(ケンタウルス座α星)」「ベガ(こと座α星)」「リゲル(オリオン座β星)」「プロキオン(こいぬ座α星A)」「ペテルギウス(オリオン座α星)」「カペラ(ぎょしゃ座α星)」「アルタイル(わし座α星)」「アクルックス(みなみじゅうじ座α星)」「アルデバラン(おうし座α星)」「アンタレス(さそり座α星)」のコードネームが与えられ、彼らを統括する総隊長には、太陽を除けば地球上から最も明るい恒星である「シリウス(おおいぬ座α星A)」がコードネームとして与えられ、世界最強の魔法師部隊とも言われているほどの力を有している。

 

 そんな彼ら、とは言ってもシリウスを始めとして数名程度が日本に訪れたのには理由がある。

 

 アトラス・キーストーン。最年少で部隊長の席に就き、アルデバランのコードネームを国より授かった“元”スターズの一員。彼が日本にいるとの情報を得たがために、スターズの面々は遥か遠くの地より足を運んだ。

 

 裏切り者を処分するために。

 

 アトラスがスターズを離反したのは三年ほど前。その際に数名の部隊長と大勢の隊員、戦場となった都市が犠牲になった。数十万規模の大勢の死者と被害を生み、その都市も未だ復興の目処が立たずに廃墟と化している。

 

 その際に一撃で生じた被害規模から戦略級魔法師に匹敵すると目されており、非公式な戦略級魔法師とされている。また、便宜上使用された戦略級魔法を「ヴァリアブル・ボンバー」としている。これはスターズにいた頃には会得していなかった魔法であること――スターズのメンバーは一様に使用魔法が登録されている――、他にも規模の異なる爆発が確認されたこと、二年を経て尚正体がわからないことから付けられたものだ。もっとも、アトラス本人はアメリカ出身ということもあり、公式ではないがアメリカのコンベア社が開発した戦略爆撃機であるB-36の愛称として用いられている「ピースメーカー」と呼ばれている。

 

 魔法の正体が全くわからないわけではない。先日トーラス・シルバーが発表した飛行魔法、それよりも遥か前に魔法によって作り出されたと思われる物体に乗って飛行していたことから、古式魔法の一種だとはわかっている。ただ、古式魔法とは単に言っても種類は様々存在し、それを特定するだけの情報が無かった。

 

 身内間の争い、と言ってしまえば話は簡単だが、実際問題そう簡単にはいかない。USNAを離れたアトラスは国外逃亡をし、逃げた先でもいくつも問題事を起こしてきた。その範囲はフットワークの軽さからか世界各地であり、最近の出来事で言えば、南アフリカの無法地帯に単独で行き、文字通りの止めを刺してきたことだろうか。いつ、どの場所に表れるのかは不規則ではあるが、現れた場所では等しく多くの被害を与えていた。それが日本だけ例外、ということはあるはずも無い。

 

 USNAも指を加えて見ていたわけではない。常に捜索し続け、見つけては交戦してきた。けれど、繰り返されるのは味方と交戦場所の甚大な被害ばかり。いつしか大国の特有の圧倒的物量による押しから少数精鋭に変わっても尚、結果は変わらなかった。最も大きな要因としては、アトラスが空を自在に移動できることにある。二次元と三次元ではやはり三次元の方が有利。爆発物を上空から撒くだけでも、地上に大ダメージを与えることさえできるためである。

 

 だが飛行魔法の発表によって、ようやく同じ土台を手にいれることができた。そうなればスターズにも戦略級魔法師は存在している以上、勝敗は五分五分に持ち込める。殺傷能力だけならばこちらの方が有利なことから、それ以上かも知れない。

 

 それだけの条件を得れば、当然大国のプライドから独自で行動を起こしたかった。自分の尻も拭けないなど、笑い話にもなりはしないからだ。外交においても影響を及ぼしてしまう。

 

 実際アトラスが発見された場所が領土内ならば、当然そうしただろう。だが残念ながら、発見場所は日本。いくら友好国とは言え、無許可で横行闊歩は出来ない。

 

 日本はそんなUSNAに対し、アトラスの情報の開示と国が有する、新たに編成された少数精鋭の魔法師部隊と協同チームを組ませることで捜査権を与えた。指揮を取る権限はUSNAに与えるオマケ付きで。恩を売る目的でもあり、失敗して被害が出た際に責任を擦り付ける目的でもあり、運がよければ貴重な戦略級魔法師のサンプルが手に入るチャンスでもあったからだ。二兎追うものは一兎をも得ず、そんなことわざがある。今回の兎は三匹ではあるが、現段階で二兎は既に捕まえたようなものだ。一匹の兎だけを狙うならば、成功率は変わってくる。

 

 それに日本としては、なんとしてもサンプルが欲しかった。国際的に公にされた十三人の戦略級魔法師の内、日本には五輪家の長女である五輪澪しかいない。魔法が国力に結びつく今の時代、戦力はいくつあっても欲しいものだ。何より、日本も一枚岩ではない。十師族とは関わりなく、個人的に所有できる武力が欲しい連中はいくらでも存在している。

 

 幻冬を通じて秋水に依頼が来たのは、そんな欲望に身を染めた連中からだった。

 

 秋水に表向き命じられたのは、戦力の補強として加わること。裏では、アトラスが扱う魔法の情報を持ち帰ること。生死問わず、肉体がある方が好ましいとのこと。簡単に言えばハイエナをやれということだ。もっとも、スターズに協力する軍隊そのものが大きな一匹のハイエナのようではあるが。

 

 彼らは現代、古式、BS問わずに優秀な使い手の集まり。動物を模した仮面を被って素顔を隠しており、同じ隊服を来ているだけの仕事上の間柄で、互いの素性も知らない。名前も当然、偽名で呼び合う。彼らが本当に信じるのは報酬による依頼主との繋がりと、最後まで信じられる自分自身の力のみ。ゆえに仲間ではなく協力者としか言いようはないが、皆プロ、集められたメンバーの中に私怨を持つ相手がいても、任務中は私情を挟むことはない。

 

 隣に立つ男に対して、秋水も今だけはそういった私怨を切り離し、共に依頼をこなす協力者だと考えていた。年齢は恐らくは最年長だろう。他の者を見るとおよそ二十代から三十代が多く、鍛え上げられた肉体は日頃から鍛錬を積んでいる人間だということが分かる。過半数は軍属の人間で、同じ人間の息がかかっていると考察した。

 

 最年少は自分だと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。日本ではなくUSNA、それも総隊長のシリウスではあるが、眼を使って見る限りは同年代のように見える。素顔までは分からないが、変化(へんげ)のような術を用いて容姿を偽っていることは明らかだった。

 

 そのことについてとやかく言うつもりはない。正体を隠している事はこちらも同じであり、水面下のことはさておき、表面上は協力している関係にわざわざ亀裂を生じさせるような事をする必要はない。大方、威厳を持たせるためにやっているのだろう。深紅の髪に金色の瞳は他者を威圧するには十分な容姿だ。

 

 しばらく見ていると視線を感じたのか、シリウスと目があった。仮面の奥底に潜む真紅と金色は互いの実力を推し量るようでもあり、二、三度瞬きをした後に双方同じタイミングで視線を外した。

 

 話も終盤に差し迫り、四十代ながらスマートな雰囲気を持つ、ベンジャミン・カノープスと名乗った男性が今回の談合のまとめを淡々と話していく。日本に潜伏しているも居場所が特定できないために、しばらくは捜索が続くようだ。最後に、仮に見つけたとしても独断行動はしないようにと念押しされた。

 

 

 話し合いも終わり、それぞれが帰路に着く。来る際には茜色に染まっていた空も、今ではすっかり暗くなっており、時折月に雲が掛かっては辺りを薄暗くしていた。夏という季節は昼間よりも夜が鬱陶しく感じるもので、日が沈んでも生暖かい温風が不快感を逆なでする。

 

「どうだ?」

 

 四人用のキャビネットに乗り込んだ際には既に鴉を模した仮面も外し、スーツを着込んでいる幻冬の姿は仕事帰りのサラリーマンのようにも見える。秋水は隣に座ることなどせず、真正面に座ることもせず、対角線上に座っていた。付け加えれば、それぞれが逆の窓から景色を見ている。

 

 車内の空調設備は比較的新しい物で問題ないはずだが、鉛のように重苦しい雰囲気だった。

 

「シリウス以外は問題無いように思えます。シリウスに関しても、近距離に持ち込めれば負けることは無いでしょう。ですが、長距離戦となれば結果はわかりません」

 

 スターズ総隊長であるアンジー・シリウスは公にされている戦略級魔法師の総称である十三使徒の一員であり、扱う魔法はヘビィ・メタル・バーストとされている。内約は爆心地点から全方位にプラズマ放射する系統魔法で、その威力は十三使徒最強とされている。その威力上、長距離向けであることは誰にでもわかる。一から再生できる魔法でも有していない限りは、道連れになる使用方法はしないだろうというのが秋水の考えだった。

 

 ここで負けるかも知れない、という言葉を使わないのは、単なる意地から来るものでは無い。相応のリスクを背負えば、秋水にも長距離からの攻撃方法は持ち合わせている。おそらくそれは、CADを操作して一秒の何分の一と言う一瞬の時間で発動される魔法よりも早く発動することできる。大きな代償を払って会得した術である以上、それなりの強力なものでなければ決して釣り合うことは無い。

 

 仮に戦うことになった場合、どちらが先に魔法を仕掛けるかが勝敗を分ける鍵になる。単純ながらも、それは戦いにおいては非常に重要で、無視することは出来ない因子だ。

 

「それよりも、アトラスの使用魔法ですが」

 

 来るかどうかわからないことよりも、今は確実に戦う事になると思われる相手の情報が優先。先ほどは古式魔法の中のどの系列に該当するかは不明とは言われていたが、予想はできていた。

 

「おそらくは忍術だろう。爆遁の血継限界の可能性が高い」

 

 血継限界は、裏葉が持つ写輪眼のようなものから、五代性質変化を組み合わせ、同時に発動する事で新たな性質変化を生み出す物の二種類の事を指す。爆遁は土と風の性質変化を組み合わせた物だとされている。

 

「忍術は本来我ら裏葉が有してきた物だ。USNAなどに渡す訳にはいかん。あれはなんとしても我らが回収する」

 

 血継限界ならば魔法そのものよりも、同時に複数の性質変化を扱うことが出来ることに着目せざるを得ない。写輪眼を用いても決して模倣できないその術は、研究しがいのあるもの。そのためにも、アトラスの肉体が必要だった。

 

 一番良いのは、生きたまま捕獲すること。

 

 次が死体を出来るだけ損傷が少ない状態で捕獲すること。

 

「仮にUSNAが持ち帰りそうならば……わかっているな?」

 

 最悪なのは、USNAに死体が渡ること。

 

「ええ。全て処分します」

 

 今は同盟を結んではいても、いつまでもそれが続くとは限らない。どれだけ理性的に取り繕っても、所詮人はいざという時には感情が優先する生き物だ。何が火種となって争いが生まれるかわからない以上、敵となるかもしれない相手に力が行き渡るならば、いっそのこと処分してしまったほうが良い。

 

「わかっているならば良い」

 

 その言葉を最後に、しばらく無言状態が続く。

 

 電車のように定期的に揺れるわけでも、停車駅を告げるアナウンスが流れるわけでもければ、エンジンの駆動音がBGM代わりになってくれることもない。静かな空間が提供される代わりに、気まずい状態は増長されてしまう。今できることはせいぜい、停車場所に着くまで窓から眺めることのできる夜景を眺めることによって時間を潰すこと位だろう。絶え間なく変わっていく景色はどこか歴史の年表でも眺めているようでもあり、多少の退屈しのぎにはなった。

 

「……九校戦、出るそうだな」

 

 静寂を破ったのは幻冬の言葉。

 

「はい」

 

 返事は素っ気いないものだ。抑揚もほとんどなく、愛想の欠片さえない。

 

「何に出る」

 

「アイス・ピラーズ・ブレイクとモノリス・コードです」

 

「そうか……。これはあくまで予測の範囲を出ないが、奴が行動を起こすとすれば九校戦に対してだろう。注意しておけ」

 

 この時期、日本における行事として最も有名なのは九校戦。アトラスの目的が定かでない以上断定することはできないが、いくつか浮かぶ候補の一つには入る。USNA側も、それは重々に理解しているはずだ。それでも口にしなかったのは、断定することは危険だということもあるが、やはり日本に可能な限り介入されたくない思いがあるのだろう。

 

 だが幻冬が敢えて口にした以上、何かそう思わせるだけの手がかりがあったのだろう。伊達に秋水の二倍以上生きているわけではなく、幻冬の情報網は秋水よりも大きい。けれど、どこから情報を得たのかを聞くことはしない。少しばかり背負う荷物が増えることになるが、注意しておけばいいだけの話。思春期特有の父親を毛嫌いする感情にしては、些か度が過ぎていた。

 

 車内に表示されている、二つのコロン()によって挟まれたふた桁デジタルの数字が十から等間隔で一ずつ増えていき五十へと変わった頃、減速して停車すると同時に扉が開く。

 

 秋水は腰を上げ、車外へと出る。そこは裏葉の家がある場所からはまだ距離があった。周囲に立つ建造物はマンションの類が多く、窓からは不規則に部屋の灯りがこぼれている。その中に全ての灯りが付いている建物も、そうでない建物も無かった。

 

「では、俺はここで」

 

 返事を待つこともなく扉が閉まり、幻冬を乗せたキャビネットが次の目的地を目指しては進んでいく。ブランシュの一件で多額の報酬を得た秋水は、五月以降から一人暮らしを始めていた。特に高級住宅街というわけではない。衣食住に困らず、精神的な疲労を感じない場所であればどこでも良かった。

 

 改めて外の空気を吸うと、都会から田舎に行った際に感じるのと似通った空気の差を感じた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 様々な事情が絡み合っていく中でも、時は常に等しく流れていく。アトラスの情報を集めつつも、九校戦の練習に時間を費やしていた秋水にはほとんど自由な時間が無かった。それでも、それを苦には思わなかった。長期の依頼は過去に何度か経験しており、暇な時間があったとしてもほとんどは自己の鍛錬に使っている。自由時間がないとは言っても、さほど普段の生活と変わりはしなかった。むしろ、学校で過ごす時間が多くなった分、心理的には充実していたかも知れない。

 

 そして、八月一日が訪れる。

 

 この日は九校戦へと向かう日であり、門出にふさわしく、朝から燦々と太陽が照りつけていた。朝であっても侮ることはできず、屋外に出てただ立っているだけでも汗は自然と出てくるほど。アウトドアでもしていない限り、誰も好き好んで外にずっといようとは思わないだろう。四季が明瞭な反面、湿度の高い日本の気候ではそれが不快に感じてしまうのは贅沢な悩みなのかもしれない。

 

 秋水は冷房のよく効いたバスの中から、そんなことを考えながら窓の外にいる達也の後ろ姿を呆れたように見ていた。誰よりも先に到着し、選手達の点呼を取っている達也がいつからあの場所に立ち続けているのかは比較的集合時間ギリギリに来た秋水には知る由もない。発汗量から目測しようにも、発散系の魔法を用いて汗を取り除いていることからもそれは不可能。秋水がわかるのは、それなりの時間案山子のように立ち続けていること、良くも悪くも真面目だということ。この場合は、バカを頭につけても問題ないかもしれない。

 

 現在、時刻は九時半近く。集合時間であった八時から時計の長針が一周半しようという時間だった。

 

 時間になっても出発しないのは、真由美が家庭の事情で遅れるという旨を受け、彼女を待つと秋水の周囲にいる三年生たちが決めたからだ。このことを聞いたときは、何を考えているのだと毒づきたくなってしまったのは仕方のないことだと秋水は自身に言い聞かせていた。反対しようにも既に決定したことに加え、学校での立場は最下層の一年生。社会の縮図とも言える学校において、言っても無駄なことは目に見えた。

 

 目線を窓から外し、身体を鍛えることもできないこの時間をどのように使おうかと考え始める。

 

 会話は難しい。近くに座っている深雪の機嫌が分刻みで上昇していく気温に比例するかのように悪くなり、普段のお淑やかさはすっかり息を潜めてしまっているためだ。自ら爆弾に近づこうなどと、思うはずもない。

 

 クナイや手裏剣などの忍具の手入れを考えるが、普段から使うものには手入れをしている以上は改めてする必要はないと却下する。二度手間は好ましくない上に、人目のつくところでやることでもない。確実に悪目立ちをするだろう。

 

 精神統一も却下。「健全なる精神は健全なる身体に宿る」ということわざがある。これは古代ローマの時代にいた風刺詩人であるユウェナリスの言葉で、一般的に解釈されるように精神は身体についてくるというもの。本来は誤用で、もっと別のことを伝えたかったとされているが、かつて姉に間違いを指摘されてからも、あながち間違ってはいないと秋水は考えていた。故に、今そのようなことをする必要ない。

 

 いくつも思い浮かんでくるが、同様に否定理由も浮かんできてしまう。

 

 何をしているのだと自分自身に呆れていると、ゆくりなく何故真由美が遅れているのかを考えてみようかという気になった。

 

 家を継ぐわけでもない真由美がわざわざ家庭の事情で遅れる。もしかするとアトラスの新しい情報を十師族側が得たことで、それについて話し合いをしているのかもしれない。日米合同の対策チームに彼らは直接関与していなくとも、全く知らないわけは無い。彼らも彼らで目的を持って行動していることは疑いようがないことだった。

 

 たった一人の人間が国境を跨ぎ日本へと訪れただけで、表面には浮かんでこないものの裏面ではある種の大騒ぎになっている。戦略級魔法師が及ぼす影響の凄まじさをここ数日体験してきているだけあってか、この議題には否定をすることはできなかった。

 

 現在持っているアトラスのデータと自分自身の力を客観視し、戦えばどのようになるかを推し量る。戦場、その時の心身の状態、天候などにもよって左右されるが、それら最良と考慮しても、ブランシュのときのように楽な相手でないことは確かだ。もしもの時はと、秋水は瞼越しに自身の左目に軽く指先で触れた。

 

 色々な考えを巡らせているうちに真由美が到着し、乗車とともに謝罪の言葉が飛んでくる。そちらの方を見たときに、流暢に流れていた視線が固定されてしまった。真由美が小柄なことと、窓際に座っているために全て見ることが出来るわけではないが、見える範囲でも着ている服の露出度が高いことがわかる。周囲に座っている一年の男子生徒達が言っている言葉に耳を傾けると、どうやらスカートの丈も膝上までしか無いらしい。女子生徒はともかくとして、近場にいる男子生徒の口から遅れてきた真由美に対する不平不満の言葉が出てこなかったことは、言うまでも無い。

 

 

 予定よりも遅れて出発したバスの車内の空気は、幾分マシになっていた。

 

 張り詰めたような雰囲気を作っていた深雪も雫のファインプレーによって今では普段通りに戻っており、今では席を立って男子生徒達が深雪に群がっている。男子生徒は一年、二年、三年と学年の枠を越えており、彼女の人気具合を表していた。その様体は過去に東京近辺で起こっていた通勤ラッシュを彷彿とさせ、男同士でおしくらまんじゅうをしているようにも見えた。第三者の目からみればひどくみっともなく見え、それは男子よりも女子の方が多く、近くの席に座っている女子は少しでも距離を取ろうと窓際へと身体を傾けたりもしていた。

 

 群がっている生徒だけが大なり小なりの好意を寄せているとは限らない。例えば、秋水の隣に座っている森崎などはそれに該当する。

 

「行きたければ行けばいいだろう」

 

 感情が身体からこぼれている森崎に、秋水はボソリと彼にだけ聞こえる程度の声量で呟いた。

 

「……あんなみっともない真似ができるか」

 

 言葉でこそそうは言っているが、本心ではないことは明白。席が少し離れていることもあってか出遅れてしまったのはほんの少し前のこと。今では男子生徒の防壁に阻まれ行きたくとも行けない状態となっていた。今から行けば、何をがっついているのだと思われてしまいかねず、下手に評価を下げたくない森崎は自分の席に留まることしかできなかった。そんなことを言う森崎も入学したての頃は彼らと同じようなことをしていたのだが、自分は違うという認識があったことから、発言が自分にも当てはまることに気づいていない。自分の都合の良いように記憶を改変する、忘れるといったことは、人間ならば誰でもあることから、森崎に限った事ではない。

 

「そんなこと言って、本当は行けなくて悔しいんじゃないの?」

 

 後方から身を乗り出してきた四十万谷の顔からは笑いが隠しきれずに漏れており、からかっていることがわかる。どうやら聞こえていたようだ。

 

「そんなわけないだろう」

 

「本当に?」

 

「本当だ」

 

 意地を張っていることは歴然だった。

 

「そう。でもあれだけ可愛い子が同じクラスにいるんだから、惚れるなって方が無理な話だよね。正直二人が羨ましいよ」

 

 少し間を置いて、四十万谷は心中を吐露するかのような発言をする。

 

「好きなのか?」

 

 森崎は、つい差し出された餌に食いついてしまった。聞く人が聞けば、少しばかり不安そうな声調だったことがわかる。四十万谷は女子受けが良さそうな容姿をしており、本能的に取られてしまうのではないかと感じてしまったのだろう。

 

「あれ、やっぱり気になっちゃう?」

 

 ようやくからかわれていることに気がついたのか、不機嫌そうに眉間に皺が寄る。横目で見ていた秋水にも、不機嫌になったことはそれを見なくても理解できた。相変わらず感情が表に出やすいなと、この話に自分は関係ないといった具合に別のことを考えている。

 

「怒らないでよ、軽いジョークなんだから。それに安心して良いよ。僕には許嫁がいるから、彼女を好きになることはない。ま、破談にでもなれば別の話だけどね」

 

 魔法師にとっては許嫁や婚約者がいることは珍しいことでは無い。優秀な血と血をかけ合わせることで、更に優秀な魔法師を作り出す。人間の品種改良は魔法素質を決定付ける遺伝子が意図的な交配で可能とわかった時点でそれは始まっている。そこには本人たちの意思を余所に、親同士が決めてしまうことで仲がそれほど良くない場合もあるのだが、四十万谷の表情からはそのようなことは無いように見えた。

 

「相手は同い年なのか?」

 

「そうだよ。四高に通っているんだ」

 

 第四高校は静岡県浜松市にある学校で、魔法工学的に見て意義の高い複雑かつ工程の多い魔法を重視しており、一学年の定員は百名のために第一高校のように一科生、二科生の制度は存在しない。

 

「なるほど、それで浮かれているわけか」

 

 四十万谷は普段より浮かれており、秋水はその言葉でようやく合点がいった。選手か応援かはさておき、九校戦の会場に訪れるのだろう。

 

「さすがに鋭いね。期末と練習があって忙しくてしばらく会えてなかったから、会うのが楽しみなんだよ。あ、写真あるけど見る?」

 

 答えを聞く前に端末を操作して写真を出したために、断ることもできずに手渡されてしまった端末を森崎と共に覗く。長く明るい髪を後頭部の高い位置で結った、快活そうな少女が写っている。贔屓目で見なくとも、可愛らしいと言える。楽しそうな二人は、実にお似合いだと言えた。

 

 深雪を見かねた摩利が大きな声を上げるのは、それから直ぐのことだった。

 




次回の更新は一週間後くらいです

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