紅き眼の系譜   作:ヒレツ

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Episode 2-7

 大会六日目、新人戦三日目。この日はバトル・ボードの準決勝、決勝戦とアイス・ピラーズ・ブレイクの予選から決勝戦が消化される。既にバトル・ボードは男女ともに終了し、女子のアイス・ピラーズ・ブレイクも一位から三位までを第一高校の生徒で占めるという快挙を達成していた。残る種目は男子の決勝戦。掲示板に対戦カードが表示された際、会場は茹だるような夏の暑さを吹き飛ばすほど一斉に湧き上がった。

 

 新人戦:男子アイス・ピラーズ・ブレイク決勝戦 第三試合

 一条将輝(第三高校) 対 裏葉秋水(第一高校)

 

 二十四人で行われる競技の性質上、決勝に残るのは三人であり、その三人の総当たり戦によって順位が決定される。既に第一試合と第二試合が行われ、秋水と将輝の勝利によって第二高校の選手の三位が決定しているが、元から決勝へ進出する三人が決定した時点で三位が誰かということは出場選手も含めて誰もが予測しており、大番狂わせが起こることもなかった。

 

 対してこの試合は、初めこそ将輝の一強だったが、第二回戦、第三回戦の結果が出るにつれて秋水の評価も登り始めたことで、今では勝率が六対四の割合となっている。どちらが勝ってもおかしくはない評価だ。注目ポイントとしては、秋水がどのように爆裂を凌ぎつつ相手陣地の氷柱を倒すか、という点であり、観衆のほとんどが秋水を王者に挑む挑戦者(チャレンジャー)だと捉えていた。

 

「なあ、どっちが勝つと思う?」

 

 周囲の騒音とも呼べる歓声を少々鬱陶しく思い、渋い顔をしている森崎が隣に座る四十万谷へと試合の結果を訊ねる。たわいのない、ありふれた内容だ。

 

「どっちって、秋水に決まっているじゃないか」

 

 その雑音に、こちらは特に気にした様子はない。

 

 おかしなことを聞くなとでも言いたげな顔。彼からすれば、なぜ答えがでないのかがわからないのかもしれない。

 

「どうして言い切れる。相手は十師族で、使う爆裂(まほう)だってこの競技に適しているんだぞ」

 

 同じ男だから、なまじ実力があるから、どうしても素直にすごいとは思えずに彼らとの差をついつい比較してしまう。その度に森崎は自分では勝てないと鬱屈してしまいそうな答えを出していた。最近では、胸に掲げられている一科生を示すエンブレムへの誇らしさに陰りが見え始めてきたほどだ。けれど、だからこそ力の差がよくわかっている。何度も何度も、嫌というほど比較して、少しでも近づこうと足掻き続けてきたからこそ、この競技において将輝に対して秋水が不利だという結論に至ってしまう。

 

 これは駄々。目標にしている存在だからこそ、相手が誰であっても負けてほしくはない。もし負かすとすれば、それは自分でなければならないという思いがあったために、疑問には何らかの納得できる理由をつけて秋水が勝つと言って欲しかった。

 

「さあ、僕にもわからない」

 

「はあ?」

 

 四十万谷の答えは森崎の思いをあっさりと踏みにじるものであり、神経を逆なでするには十分だった。

 

「うーん、そうだね……強いて言うならば、身内贔屓って言葉が一番近いのかな」

 

「裏葉とお前が? 裏葉家と四十万谷家に血縁関係があったのか?」

 

「いや、特にそういうことは聞いたことがないよ。ただうまく言えないけど、彼はどうにも他人には思えないんだよ」

 

 森崎の四十万谷という人間への評価は、一言で言えば「よくわからない」だ。弥斗羅(ミトラ)という一昔前に流行った奇抜な名前(キラキラネーム)を彷彿とさせることもあるが、周囲とのズレを感じさせることが多い。今のように答えになっていない答えを述べることもあれば、全く逆の時もある。例を挙げていけば、キリがないほどに。

 

「あ、あと司波くんも同じように感じる時はあるね」

 

「なんであいつの名前をそこで出す」

 

 森崎の声は、今日一不機嫌なものになった。

 

 昨夜夕食会で散々達也が女子生徒からベタ褒めされている様子を見てから、どうにも彼に対して敏感にならざるを得なくなっている。思い出すだけでも、またあの時の感情がフラッシュバックしてきそうだった。

 

「だってほら、駿と彼は接点があるから」

 

 入学二日目の揉め事から始まり、森崎は不本意ながらも司波達也という二科生と接点を持つことになった。二科生の癖に知識をひけらかし、先輩の目を引かせることは茶飯事。それが理由で例外の風紀委員に抜擢され、事あるごとにしゃしゃり出てくる。(しま)いには、学校の名をかけた大事な九校戦にもエンジニアとして登録される始末。付け加えるならば、深雪の兄ということも。はっきり言って、気に入らないことこの上なかった。

 

「……好きであるわけじゃない」

 

「仕方ないよ。駿が彼をどう思っていたとしても、一旦出来た繋がりはそう簡単に消したり、切れたりできるものじゃないからね」

 

 そんなことはわかっている、とは口にせず、鬱憤を貯めていく。もしもそれが消せる消しゴムや切れる鋏があるならば、喉から手が出るくらい欲しいくらいだった。

 

 少し眉間に皺が寄っている森崎のことをちらりと見たあと、四十万谷は言葉続ける。

 

「前から聞きたかったんだけどさ、どうしてそこまで目の敵にするのさ」

 

 誰、とは言わなかったが、話の流れからたどり着く人物は一人しかいない。それに気づけないほど、森崎は馬鹿ではなかった。

 

「それは……」

 

 馬鹿ではなかったが、言葉に詰まる。上手い言い方が見つからず、口が動こうとしなかった。

 

「当ててあげようか?」

 

 森崎の返事を待たずに、四十万谷が回答していく。

 

「初めはどうかはわからないけど、今はきっと彼の実力を認めている。全てではないかもしれないけどね。ただ認めてはいるけど、そんな自分を受け入れたくはない。それをしてしまえば、自分が二科生よりも下だと認めるようなものだからね。どう、間違っている?」

 

 今度は別の理由で言葉が出てこなかった。

 

 実力があることは理解している。展開中の魔法を読み取れるなんて技能は、写輪眼という特異な眼を持つ秋水以外知らない。頭に血が昇っていて冷静さに欠いていたが、あの時点で薄々気づいていた。部活動勧誘期間でCADを二つ持ったときは「不可能だ」「できない」と馬鹿にしたものの、何の根拠もなく持つだけの男だとは思えず、事実剣術部の上級生を鎮圧した。テロリストが学校に侵入した時も、あの克人を率いて敵の本陣へ乗り込んだ。四月の時点でこれだ。理解できない方がどうかしている。だが、それが受け入れられるのかは別。なぜ二科生のあいつにできて、一科生の自分にはできないのか。劣等生に抱く劣等感がこれ以上なく不快で仕方が無かった。

 

「その顔からすると当たっているみたいだね。老婆心ながら忠告するけど、そんな虚勢(プライド)は早く捨てたほうが良い」

 

 ふんぞり返って背伸びして、自分が上にいるかのような錯覚。

 

 その一言が、瞬間湯沸かし器のように一瞬で煮えたぎらせた。

 

「ならお前は悔しくないのか……あいつはウィードで、俺たちはブルームなんだぞ……ッ」

 

 爆発させて大声を張り上げることはしなかった。僅かに残っていた自制心が、声を出す分を表情や握り拳に分散させていた。握力計を壊せるのではないかと思えてしまうほどきつく握られた拳は、今にも自身の爪で皮膚を裂かん勢いだ。

 

「悔しくない訳ないじゃないか。でも、彼は実際に優秀だ。それを認めない限り、きっと前には進めないだろう。もし進んでいるつもりでいるならそれは偽りだし、傍から見ていて滑稽にしか映らないよ」

 

 人が成長するには、まずは自らがどの場所に位置しているのかを知ることが重要だ。勉強において基礎ができていない者が、応用問題をやっても解けないことと同じ。立ち位置によって成長するための方法は異なる。そのためには周りをよく見なければならない。自分の弱さを見つめなければならない。誰もが簡単にできることではないし、できないからこそ皆苦労しているのだ。

 

「……」

 

 突沸によって吹きこぼれてしまったかのように、勢いがなくなる。真実を言われるから怒るのだと言われているが、どこまでも当てられてしまうと完全に言い返せなくなってしまう。

 

 ちっぽけなプライド。力の優劣ではなく、立場での優劣。秋水は認めて達也を認めないのだから、その認識は間違いない。魔法師として、その姿は常に冷静で、あるがまま受け入れる魔法師にあるまじきものだろう。

 

「それができたら、今とは比べられないほどに強くなると思うよ」

 

「本当にそう思っているのか?」

 

 慰めなんて必要なかった。いっそのことはっきりと言ってくれた方がスッキリするのにと、森崎は下を向いていく。

 

「もちろん」

 

 その言葉は、本当にそう思っているかのように感じさせる何かがあった。

 

 森崎はただ立場にあぐらをかいているだけではない。元来、彼は才能よりも努力型の人間だ。もしかすると、だからこそ一層の差別意識があるのかもしれない。強力な引力を持っていたプライドがなくなり道が見えれば、努力は良い方向へと進み、相応の結果をもたらす事だろう。もちろん、魔法師としてだけでなく、人としても。

 

「っと、話がだいぶそれちゃったね。応援しないと」

 

 その言葉を聞いて会場へと目線を向けると、既に両者が入場していた。 

 

「応援して結果が変わるとは思えないけどな」

 

「こういうのは雰囲気が大事なんだよ」

 

 一方的に言われていたことに対してなんとか言ってやろうと嫌味をいうも、あっさり流されてしまう。

 

 明らかに格上とわかる二人の試合を見て踏ん切りを付け、改めて目標を立てるのもいいのかもしれない。そう考えた森崎は、意識を試合へと向けた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「いよいよね……」

 

 会場ではなく、本部のモニターから眺める真由美は少しでも心を軽くするために言葉を発する。

 

「やはり複雑か?」

 

 長年の付き合いからか、隣に座っている摩利は真由美の心中を理解しているようだった。

 

 腕に巻かれている包帯や椅子の傍に立てかけられている松葉杖を見てしまうと事故の凄まじさが容易に想像できるものの、魔法を用いた治療によって今ではほとんど痛みは感じなくなっていた。とはいえ安静が必要なことは変わりようがなく、本来ならばここではなく病室で見るべきなのだが、ベッドでじっとしている性分ではなかった。

 

「そうね。あり得るとは思っていたけれど、実際目の当たりにするとまた別なものね」

 

 ディスプレイにはちょうど悩みの種である秋水と将輝の顔が映っており、簡易的な解説と勝敗の予想がなされている。

 

 第一高校の生徒会長という立場ならば、何も迷うことなく秋水の応援をするだろう。同じ高校に通っているだけで話したことがない相手でもないのだから、応援に一段と力が入るはず。だが、十師族の七草家という立場に立つと、秋水が勝つことは望ましくない。

 

 十師族とは日本において特別な意味を持つ魔法師の集まりであり、四年に一度、二十八家から選定会議によって選抜された十家のみが名乗ることの許される特別な総称。現在の十師族は「一条(いちじょう)」「二木(ふたつぎ)」「三矢(みつや)」「四葉(よつば)」「五輪(いつわ)」「六塚(むつづか)」「七草(さえぐさ)」「八代(やつしろ)」「九島(くどう)」「十文字(じゅうもんじ)」であり、真由美の姓である七草家のように、十師族結成以来一度たりともその枠から外れたことのない家も存在する。

 

 彼らが十師族である条件としては、最強の魔法師であること。「鉄壁」の十文字家、「万能」の七草家、その七草家に並んで最有力とされている「夜の女王」が率いる四葉家。方向性は異なっていても、その方向では間違いなく肩を並べる相手はいない。

 

 日本の魔法師たちは彼らに恐怖や信頼のような、相反する思いを抱く。彼らがいるからこそ、魔法師たちの地位は安定している。彼らは楔だ。それが崩壊してしまえば、魔法師たちは容易く行き場を()くしてしまう。それは土の中に張り、大樹を支える根のように目に見えぬものだが、見えないからこそ重圧となって彼らの肩に重くのしかかる。

 

「そこまで心配する必要はないだろう。言い方は悪いが、秋水くんに一条くんの爆裂を凌ぐ術はないはずだ」

 

 二試合目で見せた情報強化では防ぐことはできない。一試合目に見せた高火力の火遁も、発動する前に自陣の氷柱が壊されたのでは役に立たない。試合を見ていた魔法師として贔屓目のない感想。対して将輝の爆裂のレベルはさすが十師族の跡取りだと思えるほど。あれを防ぐことができるのは、同じ十師族である克人ぐらいだろうと推測していた。

 

「それはわからんぞ、渡辺」

 

 彼女たちの後ろから、重みもある声が届く。振り返らずとも誰であるかはわかる。

 

「十文字……」

 

 摩利はその人物の名を反射的に口にしていた。

 

「それは、秋水くんが写輪眼()を持っているから?」

 

 摩利と真由美の視線は、十文字に集中している。一般の男子生徒ならば生徒会長と風紀委員長に見られれば自然と目も背けたくもなるものだが、そんな様子はまるでない。しっかりと目を見ている。背の関係で克人が見下ろす形となり、容姿から威圧しているかのような印象を与えてしまうことは、彼にはどうしようもないこと。

 

「そうだ。お前たちは写輪眼の特性についてどの程度理解している?」

 

 話すにしても、理解している内容と重複することは二度手間でしかない。それを避けるためか、克人はまず真由美と摩利がどの程度の知識を有しているのかを確認した。

 

「サイオンやプシオンを視ることができて、幻術や催眠をかける力がある。後は――」

 

「起動式や魔法式を読み取れることだな」

 

 真由美が言葉を摩利が引き継いだ。

 

 二人の解答に、克人は首を縦に振った。

 

「それに加えて、恐るべきは模倣する能力も備わっていることだ。実際、俺は裏葉が七草の対抗魔法を使っているところを見ている」

 

 真由美が使う対抗魔法は、正確に言えば対抗魔法ではない。彼女が扱うのはサイオンを弾丸として放出する無系統魔法。展開中の起動式目掛けて射出することでサイオンのパターンを攪乱し、魔法式を構築させることを阻むことができるために、対抗魔法としても認識されているに過ぎない。

 

「でも、それは試合では使えないわ」

 

 アイス・ピラーズ・ブレイクは相手への魔法攻撃は反則とされている。展開中の起動式を打ち抜く芸当が果たしてそのルールに則るのかは明確ではないが、白黒はっきりしない行動は避けることに越したことはない。

 

「裏葉もそれは行わないだろう。おそらくは、これまで視てきた中で最も勝率が高い魔法を使ってくるはずだ」

 

「十文字、もしかしてファランクスを視せたのか?」

 

 モノリス・コードの練習として、本戦と新人戦のメンバーで模擬戦を行ってきたことは周知のことだった。もしもその際に起動式を視られていたならば、ファランクスの術式を読み取っていてもおかしくはない。

 

「手を抜くわけにはいかんからな」

 

 しかし、読み取ることと記憶することはまったく異なる。最も簡単なものでも起動式はアルファベット三万字相当の情報量があり、ファランクスは四系統八種全てを含む系統魔法。その情報量は三万とは桁違いに多い。それがコンマ何秒という短時間に羅列されるのだから、それらを全て記憶することは不可能に限りなく近い。

 

 それを知っていても尚、いくら高度で強力な魔法を使えたとしても最後にものを言うのは使い手のちから次第。それを考えると、摩利は不可能だとは断言できずにいた。写輪眼という特異な眼も、裏葉秋水という人間の底がわからない以上、決め付けることは早計に思えてしまう。ちらりと真由美の方を見ると、彼女も同じ考えなのか目線が合った。

 

「もし、秋水くんが一条くんに勝ってしまったら?」

 

 真由美は摩利の先まで考えていたようだった。

 

「師族会議が開かれた後に、どのような対処をするか決めるだろうな」

 

 どのような決定が下されるのかは想像できないが、大抵ろくな決定にならないものだ。

 

 秋水が十師族の血を引いているのであればこのような心配はいらないのだろうが、あいにく裏葉家の歴史は十師族よりもはるかに古くから存在している。十師族のどこかの家が裏葉の血を持っていることはあっても、逆はない。何より、裏葉は古式の大御所。現代の頂点とは相容れぬ存在だろう。

 

「まあ、起きてはいないことを考えても仕方がないさ。そのことは、起こった後で考えれば良いだろう」

 

 本来は後手に後手にと回っていくことは良くはないが、今回ばかりはこれが正しい選択だった。

 

 立場がありすぎるのも不便なものだと思いながら、摩利はディスプレイへと再び目を向けた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

(ここまで来たか。……いや、いよいよか)

 

 照りつける太陽を見たあとにゆっくりと瞼で蓋をして光を遮る。それでも尚その存在がわかるのだから、太陽の存在感とは凄まじいものだ。

 

 近づけば近づくほどに一秒が長く感じられた。その度にしてきたもどかしい思いも、今ではこの時のための糧だったのだと理解できる。決勝ともなれば人の集まりは予選とは違い、座れずに立っている客で隙間もほとんど埋め尽くされている。相手が一条将輝ということもあるのだろう。仮に別の相手ではこれほどではなかったはずだと、秋水は考えていた。

 

 舞台は整えられた。次は、役者が彩り飾り立てる番。十師族である一条家の嫡男を倒し、いかに裏葉が優れているのか、現在の態勢がいかに不安定かを知らしめる。最強だった頃の裏葉へと時計の針を戻すことが今回の目的。

 

(父と祖父が強ければ、こんなことをする必要はなかったのだがな……)

 

 秋水の祖父が全盛期だった頃はまだ良かった。第三次世界大戦を経て「雷帝」とまで呼ばれるようになり、古式、現代の魔法師を問わずに驚異となっていた。だが、その後も続いていた小競り合いなどで力を使いすぎたことで光をほとんど失ってしまう。蝦蛄のように眼に依存していた祖父の力は急速に弱まり出す。力のない当主など、特に裏葉など恐れるに足りない。それを皮切りにして、一族の地位は失墜の一途をたどり始めた。座を時代へと明け渡し回復を見込むも、歯止めが利かずに現在に至る。

 

 今の立場は十師族とはかけ離れている。真由美との会話では対話での解決を望んでいるとは言ったが、今のままではそれが叶わないことは承知の上。対話は近い立場間での解決法であり、強弱がはっきりしていれば弱者はわかってはいても丸め込まれるしかない。それを避けるためにも力を示し、有利になる必要があった。話し合うのはそれからだ。

 

 頼まれたわけではない。ただ単に、弱い裏葉が許せなかっただけ。生まれ時点で最強になれる可能性を秘めていながら、それを成していないことが理解できなかった。結局のところ、万事は力に集約する。力があれば全ての可能性を開き、到達することができる。

 

(姉さん。貴女が二年前に成すはずだったことを、代わりに俺がやり遂げよう)

 

 目を開き、真っ直ぐに相手を見る。

 

 太陽のような、光の道を歩んできた者の目。王道を歩んでいても、影に潜む闇を知らないわけではない。明らかに自分とは違う立場の人間、素直にそう思えてしまうほど将輝は真っ直ぐに見えた。こういうタイプの人間は嫌いではない。今後にも必要な人材だが、今は優先事項がある。

 

(悪いが、礎になってもらうぞ)

 

 

 

 将輝は対戦相手から目を離さなかった。本来ならば紅く染まっているはずの目は未だ黒いが、それが相手への恐れを増長させている気がした。

 

 秋水の実力は、今尚全貌が明らかになっていない。古式魔法だけかと思えば、現代魔法も高いレベルで披露してくる。使用魔法は系統がどれかに依存しているというわけでもないことから、まだ切っていないカードがあることは想像に難くなかった。そんな彼は、将輝が初めて「好敵手」だと認識した存在でもある。

 

 曲がりなりにも一条家の長男。裏葉の話は耳に入っていた。更には二○九二年八月に起こった佐渡侵攻事件の際に、その力を目の当たりにしている。その時が将輝にとって初の実戦だったこともあるのだろうが、自分と同年代の少年が紅い残光とともに戦場を縦横無尽に駆ける姿は当時の彼の心を大きく震わせた。

 

 人を殺したことに対する罪悪感がなかったわけではないが、魔法という自らの手を汚さない手法、侵攻者に対する防衛という大義名分がそれを減らしていた。そして秋水の行動はそれを上塗りするかのようだった。さながら映画に出てくるダークヒーローのようで、刻まれた思いは憧れに近かった。

 

 彼に追いつきたい。将輝が齢十五という年齢でここまで成長できたことは、良き師であり父でもある剛毅の存在が大きいが、きつい訓練に耐えることができたのは明確な目標があったからだ。

 

 だからこそ、対戦表が発表された時には心震えた。同じステージに立ち、戦うことが出来るのだと。

 

 勝てるかはわからないが、どれだけ近づけたのかもわからない。もしかしたら一方的に無様な敗北を喫するかもしれない。だが、それでも良かった。戦えるというだけで、彼のモチベーションはいつになく高まっており、状態も良好。もっとも、試合をするからには負けてもいいなどと言う軟弱な気持ちを抱いて競技場には赴かない。当然、勝つつもりだ。

 

(ジョージの言う通り、防御は捨てて一気に爆裂で仕留める)

 

 爆裂だけに集中し、最大火力で仕留める。それが将輝の右腕であり参謀であるジョージこと吉祥寺真紅郎とともに導き出した答え。

 

 二試合の結果、秋水の魔法発動速度よりも将輝の発動速度の方が早いことがわかっていた。秋水が同じように攻撃にのみ専念した場合を考えると、どのような魔法があるかわからない状態ではとても良い手だとは言い難い。将輝を超える速度の場合も考えられるが、いずれにしても最も勝利への確率が高いのは、この手法だった。

 

 一度深呼吸をして肺の中にある空気を全て入れ替える。CADは補助器具に過ぎない以上、魔法を発動する時間は精神状態に大きく左右される。ポールのライトの色が点灯したことで、さらに集中するために一旦吐き出す必要があった。

 

 色が黄色へと変わる。

 

 極限まで神経を研ぎ澄ます。

 

 拳銃型のCADを抜く右手が小さく動き、そろそろだと伝える。

 

 二人共拳銃型のせいか、西部劇を連想させる。

 

 投げられたコインが地についた瞬間、将輝はCADを取りにホルスターへと腕を移動させた。

 

 スタートは良好、後は照準を合わせてトリガーを引くだけ。いつも以上の調子の良さに、勝利を確信した時だった。

 

「なッ!?」

 

 一度目の驚愕は、秋水の方が早く魔法をかける対象を定めていたこと。その早さがクイック・ドロウと呼ばれる技術だと咄嗟に出てこなかった将輝に焦りが生じ始めた。

 

 だが、そんなものは次の驚愕に比べてしまえば些細なことでしかなかった。

 

 それでも尚人の目では認識できない誤差で少し遅れてトリガーを引く。やはり展開される起動式や魔法式から、発動速度自体は将輝の方が早いようだ。生じた差は埋まるだろう。まだ勝利の女神がどちらに微笑むかはわからない。

 

(馬鹿な、そんなはずは……ッ)

 

 安堵仕掛けた将輝が目にしたのは、ありえないはずの光景だった。

 

 正確にはこれから起こるほんの少し先の現象だが、将輝は本能的に理解していた。ずっと共にあり続けてきたのだ。決して間違うはずなどない。しかし同時に、出された答えを否定する。そこらにあるものとはわけが違う。それは一条家のみに継がれてきた、門外不出にして唯一無二の秘術。

 

 将輝は秋水が持つ写輪眼のことを知っているつもりだった。けれど、どうやら本当につもりでしかなかったようだ。

 

 一つ一つは小さくとも、重なり合ったことで冷たさを感じさせる大きな崩壊音が鳴り響く。

 

 将輝の目に写ったのは、両陣営の氷柱がまったく同じタイミングでまったく同じ魔法を用いて砕かれる、機械では再現不可能なほどに実に繊細で鮮明な映像だった。

 


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