紅き眼の系譜   作:ヒレツ

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Episode 2-9

 くちゅり、くちゃり。

 

 決して上品とは言えない音が、部屋の隅で鳴っている。きらびやかな部屋、その部屋の中央に設けられた鮮やかな円卓から考えても、とても不釣り合いな音だった。その円卓には複数の椅子が設けられ、それぞれに高級なスーツを纏った男性達が座している。また、その背後にはサングラスをかけた屈強な男たちが控えているが、その音は聞こえないかのように無視していた。

 

 それぞれに設置されている小型のスクリーンには、現在放送されている九校戦の映像が鮮明に流れている。今映っているのは、第一高校と第六高校の試合だ。

 

「クソッ、またこの餓鬼だ!」

 

「このままでは第三高校と再び当たる……」

 

「アイス・ピラーズ・ブレイクはまだしも、モノリス・コードでは判定を覆せないぞ」

 

「そもそも、アイス・ピラーズ・ブレイクもたまたま僅差だったから出来たに過ぎん!」

 

 彼らの表情はよろしくない。

 

 みっともない。

 

 耳だけそちらに注意を向けていたアトラスは、彼らをそのように評してすぐさま自分の世界へと戻る。芸術家にとっての一番の敵は時間。いくら鬼才だ、天才だと持て囃されても、時の流れには決して勝てない。才能が開花した時期が早くとも、百年には絶対に満たない。生み出した芸術の数でその芸術家の価値が決まるわけではないが、大抵は数をこなした者の手にこそ大作が生まれる。ならば、少しでも時間を費やすことは決まりきったこと。本来ならば誰もいない静かなところが良かったのだが、依頼主にいろと言われればいなければならないのは、雇用関係の欠点といったところだろう。

 

「仕方ない。手荒なことはできることならばしたくはなかったが、電子金蚕(でんしきんさん)を使うとするか。我々が負けるよりはましだろう」

 

「それがいいだろう。これ以上第一高校に点をやるわけにはいかんからな」

 

「だがどうするのだ。レギュレーションチェック中に入れたとしても、あいつはCADを使わずとも戦える。そもそも、あいつの眼が異変を見抜く可能性だってある」

 

「忌々しい、裏葉の餓鬼が……」

 

 眼、裏葉。二つの単語がやけに引っかかったが、ほどなくしてその引っかかりは取れることになる。まだスターズにいた頃に誰かが口にしていたことを思い出したためだ。

 

 合わせていた手の平を離し、作品の出来栄えを調べる。手のひらに容易に収まる程度の小さなものだが、その造りは体毛の一本一本まで緻密に造りこまれている。しかしながら現存する生物ではなく、完全に創作物であることがわかる。それでも、それなりに手の込んだジオラマでもあれば、そこに本当に生息しているのではないのかと思えてしまうような出来栄えだ。

 

 なかなかのでき。だが、まだ完成ではない。

 

 アトラスにとっての芸術とは、ただ美しく、精密に作られただけのものでは意味がない。命を宿し、その命が一瞬で昇華することで初めて成り立つものである。ヴァンダリズムに近いが、あれはただ破壊しているだけであることから本質的には全く異なる。

 

 どこか存分に披露できる場所があればいいのだが。

 

 そんなことを思考中に、円卓の男たちの会話が一時的に止まったことで九校線の音声が自然と耳に入ってきた。どうやら、試合が終わったようだ。

 

 歪んだ微笑が滲んでくる。

 

 披露する舞台として適した、これ以上ない場所があるじゃないか。

 

 そうと決まれば、善は急ぐものだ。

 

 あぐらの姿勢から、膝に手をついて立ち上がる。つま先の方向を変え、円卓へと向かった。

 

「まだ決めてねーなら、俺が行く」

 

 視線が、ようやくアトラスへと向けられた。

 

「お前が?」

 

「ああ。俺なら電子金蚕なんて不確かな物を使わなくても済むからな」

 

「中止にさせては元も子もないことはわかっているな?」

 

 彼らは九校戦に、本命である第一高校が勝たないことではなく、負けることに賭けている。試合そのものが中断し、大会が中止されてしまえば、賭けには勝てずに、下手をすれば多額の借金を背負わされる形になってしまうだろう。

 

「安心しろ。俺は芸術バカだがバカじゃない。上手くやるさ」

 

 既に賭けとは別に依頼金をもらっているためにそうなっても適わないのだが、こうでも言わなければ納得しないことはわかっていた。無断でやることもできるが、妨害行為に付き用意される報酬は貰えるところで貰っておくに越したことはない。

 

「高い金を払っているんだ、やるからには成功してもらわなければ困る」

 

「誰にもの言ってんだ。問題ねーよ」

 

「……ならば任せよう」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 新人戦モノリス・コード。第一高校の二試合目の相手は現在最下位の第四高校。場所は一回戦に続いて障害物が多い市街地。無数に配置された建物の中でも、最も脆いと思われる廃ビルの中がスタート地点だった。

 

 薄暗いビル内には光源が存在せず、ガラスがはめられていない窓から直接入り込んでくる日光のみとなっている。立地上や太陽の位置の関係から日が当たらない部分は昼間にも関わらず薄暗く、周りの生活音がないためか異様な静けさに包まれ、不気味な雰囲気を醸し出していた。

 

 窓から周囲を見渡し、少しでも地形の情報を得る。

 

「……試合開始早々にこのビルから離れた方が良いな」

 

「やっぱり耐久性の問題? だいぶきてるからね」

 

 廃ビルだけあって、耐久性には確かに問題がある。

 

「確かにそれもあるが、ここは見晴らしが悪すぎる。遮蔽物が多すぎて索敵ができない」

 

「写輪眼で見れないのか?」

 

 四十万谷に続いて、森崎が質問をして来る。

 

「もともと感知系の瞳術じゃないからな……限度がある」

 

 色で見分けるといっても、透視能力が付随しているわけではない。あまりにも壁が分厚ければ、色を認識することはできない。古式の魔法師の中には感知に秀でた瞳術を有する家系があるが、彼らならばそういった制限はなく、すぐさま索敵できるのだろう。

 

「そうだったのか。――で、今回はどうするんだ?」

 

「俺が捜索しながらそのままオフェンスをやる。お前たち二人はディフェンスを頼む」

 

 建造物が乱立した市街地は、自然豊かな渓谷以上に身を隠すことが容易であり効果的でもあるために、無暗に探したところで発見できる可能性は低い。そんなフィールドには副次的とはいえ感知能力を備えている秋水が攻撃手になることが望ましく、彼が持つ隠密性は探索だけでなく攻撃にも適している。忍びながらの行動は、彼にはお手の物。

 

 二人もそれが適していると考えたのか、意見を言うことなく首を縦に振った。

ほどなくして開始の合図が音として送られてくる。秋水ら三名は、三者三様に行動を起こした。

 

 秋水はまず窓から身を乗り出し、そのまま地面に対して垂直に(そび)える壁を登っていく。足に必要量のチャクラを流して吸着する基本的なことであるが、魔法を使わずに登っているように見えるために、モニターで観戦している現代魔法師たちからは驚嘆の声が上がっていたが、そんな声が届くはずもなかった。

 

 ビルの屋上に上がると汎用型から屈光迷彩(インビジブル)を発動させる。廃れたビルでも周囲一帯の中では比較的高く、見渡すには申し分なかったが、視界を最大限得るために避雷針へと登る。触れれば常に日光に晒されていたことから熱を帯びていたが、熱くて触れられないほどではなかった。

 

 ビルの周辺に色は二つ。森崎と四十万谷のものだ。それ以外に色はなく、周辺に相手はいないことがわかる。

 

 別の場所へ移動しようとしたとき、秋水の足が足場から離れる寸前で止まった。

 

(このタイミングか……仕方がない)

 

 内心で舌打ちをすると現代魔法を解除し、代わりに印を組む。

 

 ――水遁・霧隠れ

 

 秋水を起点として、白い靄が現れ始める。次第に濃くなっていくそれは霧となり、一歩前でさえも見ることが叶わない濃霧と化す。まるで雲が降りてきたかの様に錯覚してしまうほどの広範囲を覆った濃霧は、市街地フィールド全てを包み込んだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「広大な感知範囲に人払い、周囲に被害が出ない場所へと誘導、それを補助する魔法。随分と多彩なもんだ」

 

 アトラスがいる場所は、現在モノリス・コードで使われている市街地ではなく、既に人がいない渓谷。現代魔法と古式魔法。それぞれを合わせることで戦闘を行っても被害が少ない場所に誘導された彼は、素直に感嘆の声を上げた。彼の周囲には七人の男たちが囲うようにおり、それぞれ兎、牛、羊、鶏、虎、鼠、猿、といった獣の面をつけている。何も語らぬ上に素顔はわからないことで不気味さが増長され、面に空いた二つの穴からは、獲物を見つけた野生動物のそれと似た視線が突き刺さってきた。

 

「愛想は無いみてーだけどな。日本人(ジャップ)は相変わらず根暗だな」

 

 軽く安い挑発は暖簾(のれん)に腕押しだった。

 

 兎、鶏、馬、鼠の面をした男たちがそれぞれ距離を取って東西南北に位置を取り、何の合図もせずに阿吽の呼吸で印を結びだす。片膝を地につけると同時に、四つの手が地面を力強く押し付ける。

 

 地面に普段は使われぬ独特の文字が浮かび上がり、円を描くように広がってく。互いに文字が結びつくと、淡い赤色の光がそこをドーム状に覆っていった。アトラスの長い髪のゆらぎが止まったことに対して朧光は炎の様にゆらいでおり、生物としての本能に恐怖を植え付けてくる。

 

(文字に加えて、面の動物と方角が一致してやがるな……それで結界の強度を上げてやがるのか)

 

 四箇所のうち後方を除いた三ヶ所を見た後に、結界内に残っている虎、牛、猿の面をした三人に目を向ける。この三人が純粋な戦闘タイプ(ファイター)、他の四人はリングを作る補助タイプ(サポーター)といったところだろうと考察を行う。

 

 一対多では多の方が圧倒的に有利だが、多すぎてもあまり意味はない。一人を相手にするならば、連携攻撃が可能な三人から四人程度が望ましい。

 

 状況も数も不利。それでも尚、アトラスの表情に焦りはなかった。

 

「まあいい。最近動いてなくて身体がなまってるからな、相手してや――」

 

 牛がCADに手をかけた瞬間を目にした時が最後、それを抜くよりも早く前方から衝撃が重くのしかかる。圧迫され声が詰まり、息を吐き出せないまま後方へと突き飛ばされる。

 

 使用したのはドロウレスと呼ばれる、拳銃型の特化型CADの利点を突き詰めた技術。これは、照準補助システムなどの補助機能を介さずに魔法を発動させる非常に高度なものであり、相手の注意を引きつけていても尚不意を突くことができる利点を持つ。

 

 加速系か移動系、単一簡易な系統魔法であるがゆえに、対処はそう難しくない。自身にかかっている速度を中和すればいいだけの話。すかさず逆方向に同速度になるように加速系統の魔法を発動させ、速度をゼロにする。僅かに浮いていた身体も、そうなってしまえば重力に負けて地に着くことになる。だが、魔法を使えばその事実は塗り替えられる。

 

 落下を予測して発動されていた土を用いた拘束魔法は、アトラスの身体がぴたりと空中で停止したことで虚しく空を切った。まるで、そこが地面だと言わんばかりに空中に足をつけている。

 

 一般人には土台無理なことでも、魔法師が一時的に宙に浮くことだけならば難しいことではない。硬化魔法で地面との位置を固定してしまえば誰でも、それこそ学びたての雛鳥でも浮くことが可能だ。

 

 雛鳥でも可能なことを彼らが想定できないわけがない。一撃目で不意を付いた以上、二撃目は普段以上の対処をする。三撃目があることを考えていても、人は無意識に意識をそちらに向けてしまう。一対一の戦いではなく、これは一対三の戦い。戦法も、当然のごとくチームプレイで来る。

 

 三人目、虎の面をした男が日本刀の形状をした武装型CADで斬りかかってきた。

 

 現代魔法は発動速度が非常に優れている反面、一度設定した継続時間は追加で情報を入力しない限り作用し続ける欠点を持つ。一秒が大きく戦況を左右するが故に、魔法師たちが現代魔法を使う際には一つ一つの魔法の継続時間を短くする一方で、最大限に効果を得られる様に工夫する必要がある。

 

 接近する虎に対して、アトラスの身体はまだ宙に浮いたまま。キャンセルするために携帯端末型のCADを操作しようと袖口から引っ張り出すも、そのわずかな時間でさえも死に直結してしまう。

 

 耳に届くのは、思わず耳を塞ぎたくなるほどの不快な騒音。見開いたアトラスの目に映るのは、利き腕である自身の左腕が肩からばっさりと切り落とされる映像。まるで豆腐でも切ったのかと思えてしまうほどの切れ味を有する魔法を見て、始めて古式と現代が混ざっていることに気がついた。

 

 現代魔法は高周波ブレード。常駐型振動系の系統魔法であり、文字通り刀身を高速振動させることで固体を局所的に液状化させ、切断する魔法。この魔法の顕著な特徴はガラスを引っ掻いたような超音波を撒き散らすことで、術者の中にはそれに耐え切れないために耳栓をする者さえいる。

 

 組み合わされた魔法は、古式魔法の中でも最も勢力を有している忍術の一つ。五大性質変化のうちの一つである雷遁を利用した、こちらも対象に高周波振動を引き起こす魔法。波の合成によって最大限まで引き上げられた振幅は、鋼鉄であってもあっさり切ることが可能だろう。

 

 更には、超音波による酔いと雷遁特有の痺れが切った対象を襲うために、追撃をかけやすくもなる。非常に強力で勝手の良い技だ。

 

 高周波ブレードは刀身の自壊を防ぐための硬化魔法も使用するために、三つの魔法を同時使用していることになる。複数の現代魔法を発動する技術は存在しているが、古式と混ぜ合わせる技術を目にするのは初めてであり、非常に高い技術を要することが伺える。才能か努力か、いずれにしても称賛に値するものだ。

 

 

 

 攻撃を受けたのが()()であったならば、追撃を受けて終わっていただろう。

 

 

 

 切られたアトラスの身体は切断された時点で粘土へと変貌し、無機質な白色へと変わり果てる。分身体だとは気づいていなかったようで、仮面の男達に初めて動揺が見られた。一体いつから、という言葉が誰かの口から漏れていた。

 

 地面が隆起して亀裂が生じ、殻を突き破るようにしてアトラスが地面から出てくる。

 

「どうやら、俺を殺す気は無いらしいな。目的は捕獲か……まるで珍獣か何かとして扱われてる気分だ」

 

 大方欲しいのはこの魔法だろうな、と思いながら、ちらりと代わりに切られた分身を見る。

 

 本来ならば崩れないはずの粘土が崩れて表情が泥のようになっているのは、虎の面の男が使った雷遁系の魔法のため。どんなに強力な魔法にも弱点は存在し、アトラスが有する魔法の弱点は雷遁系全般。相性はすこぶる悪い。

 

「それに、生け捕りができるなんて思われてんのは心外だな」

 

 身体を覆うローブから二本のナイフを取り出し、今では白塊と成り果てた粘土に突き刺す。それなりに力強く刺したことで、刃先が地面にまで達していた。

 

「次は俺の番だな。お前らのアートを俺に見せてくれ」

 

 粘土の一部を引き千切り、神にでも祈るかのように胸の前で両手を重ねる。

 

 それが巳の印だと理解した三人のうち、近くにいた虎の面をした男は魔法の発動を阻止するために、猿と牛は距離を取る。

 

 右側から来る一太刀目は印を結んだまま膝を曲げて躱し、二太刀目が振るわれる前には虎に向かって手のひらに収まるサイズのバッタを右手で放り投げる。バッタを模しただけでなく、元来有する跳躍力も備えているのか、アトラスの軽い動きに反してかなりの勢いで向かっていった。

 

 虎の視線から左手を隠しつつ、右手の人差し指と中指だけをピンと伸ばして魔法を発動させようとしたが、バッタが雷遁を纏った刀に切られたことで不発に終わる。どうやら、この量ではまだダメだったようだ。

 

 だが、近場ではなく少し離れた位置で爆音が鳴り響く。音も遮断する効果が結界にはあるのか音の反響は凄まじく、本来以上の威力を想像させる。立ち込める煙は天井にぶつかり、上部で拡散を始めていた。あと数発同規模の爆発が起これば、結界内は爆炎によって包まれる事だろう。

 

 良い響きだと、その音に笑みを浮かべられずにはいられなかった。

 

 爆発したのは地雷。

 

 地中にいる間、アトラスが何もしないわけがなかった。彼は「土遁・土中潜航」で地中を動き回り、結界内のいたるところに爆発物を設置していた。その際に結界の範囲を確認しており、実際には球体状に展開されていることも既に理解している。

 

 アトラスの視線が逸れたことを、虎が見逃すようなへまはしなかった。邪魔な腕を切り取ろうと音もなく刃を振るう。けれど、あと僅かというところで届かずに身体ごと吹き飛ばされ、仮面をつけていることで変に篭ったうめき声がこぼれた。

 

 古式魔法ではなく、現代魔法で系統魔法に属する「エクスプロージョン」。奇しくも、牛が発動した「エクスプローダー」の双子の術式を持つ魔法だった。

 

 相手の視界から外れた位置でCADを操作し、発動させる。ドロウレスとは用途が違いながらも、意表を突くことでは同じ効果をもたらす。これには相手がどのように見えているのかを理解しなければならず、会得度はさておき手間暇ではこちらの方が上。しかしながら、仮にもスターズの一員だったアトラスからすれば、取り上げて難しいことではなかった。むしろ現代魔法の方が長く付き合ってきたために、技術の観点から言えば現代魔法の方が上でもある。

 

 地上にある爆煙が薄くなり、被爆者の容態が目視できるようになる。片足が欠損しているだけで、他に失った部位は見当たらない。止血はまだのようだが、爆発による熱によって血管が焼き塞がれたのか、大腿から流れる鮮血は想像以上に少ない。

 

「咄嗟にガードしやがったか、なかなかにやるな。……ん?」

 

 威力だけならば半身を余裕で吹き飛ばすほどの爆弾を設置していたにもかかわらず、結果は片足のみ。意識外からの攻撃によく対処したものだと思う一方で、不発に終わってしまった事への苛立ちが募る。

 

 吹き飛ばされた虎でも、足を失った牛でもなく、密かに猿が印を結び終えていた。

 

 アトラスを囲う地面が棒状に隆起し始め、手足を拘束する。次第に強くなっていき、左手に持っていたCADが手から離れて地面に落ちる。次いで牛が特化型ではないCADを操作している姿を捉えた。猿が発動したのは土遁系の魔法。牛が発動したにもかかわらず身体に変化がないことから推測することしかできないが、拘束力を高めるために硬化魔法を発動したのだろうと考えた。

 

 あくまでまだ捕獲が優先事項のようだと融通の効かなさに呆れる一方で、拘束の解除には既に手を打っていた。物理的であれ、精神的であれ、束縛されることはあまり好きではない。

 

 何をしたのか、彼らには理解ができないだろう。傍から見れば、ただ岩が勝手に崩壊していったようにしか見えなかったからだ。爆発による閃光も、音も、臭も、本当に何もなかった。アトラスは自由になった身体を確かめるかのように、首を軽く左右に曲げて音を鳴らした。

 

 上体を曲げ、地面に落ちたCADを拾う。その際にも隙は存在しているのだが、先ほどの現象が理解できないために彼らは攻撃をしたくともできない状態だった。

 

 理解できないものほど怖いものはない。

 

 彼らは魔法師の中から選抜された、周りから見れば皆が皆優秀と答えるような魔法師たちだ。他の者達よりも力や知識を多く蓄え、精神は鋼のように簡単に揺らぐことはない。だが、だからこそ未知への恐怖は強くなる。魔法ということはわかるのだろうが、系統も規模もわからないのだから、対処法など出てくるはずもなかった。

 

(まあ、地雷があるってことも関係してんだろうけどな)

 

 地雷は各所不規則に配置しており、それを完全に理解しているのは設置した本人であるアトラスのみ。迂闊に動けばそれを踏んでしまうため、どうしても行動に制限が掛かってしまう。

 

 羽織っている薄い生地の外套の前を開き、腰の取り付けている左右のポーチに手を入れる。気味の悪い音が鳴り、アトラスの意とは関係なく周囲に警戒を促した。

 

 ポーチから手を抜き、そのまま巳の印を組む。印を解いて手のひらを天に向けると、それぞれの手のひらにコウモリを模した大量の小型生物が、羽で身体を隠して眠るように鎮座していた。

 

 目を開け、翼を広げるとアトラスの手のひらからパタパタと可愛らしくも不気味な羽音を立てて飛び立っていく。ある程度の高さまで上昇したところで新たに未の印を組むと、粘土生物たちは肥大化し、一匹一匹の体長が五○センチメートル程になる。実際に生息しているコウモリの最大種と比較すれば小さいが、それでも大型に分類されるほどの大きさ。それが限られた範囲内で突如大量に現れれば、煙幕のごとく視界を遮るものとなる。真っ白でありながらも緻密に作りこまれた体躯は、蝋で作られた人形のような不気味さがあった。

 

 地面には地雷、空中には飛行能力を持ったコウモリ型の爆発生物。四方八方は結界で囲まれている。どういう結果になるか、あとは賽を投げたあとのお楽しみ。

 

 印を組む。CADを操作する。その様子が隙間から見えるが、発動が間に合ったとしても、天地に存在する爆弾に同時に対応することはできない。

 

「喝!」

 

 移動していたコウモリたちが次々と爆発し、結界内は爆煙と爆風、爆音によって蹂躙された。

 

 

 

 

 様々な方向から吹き付ける強風は、アトラスの長い髪を乱暴に靡かせる。その髪は獣の尾のようにも見えた。

 

「この威力、この音、この迫力! 生あるモノが死へと転じる際の一瞬の煌きは、やっぱりこうでなくっちゃな!!」

 

 自らの芸術に酔いしれ、両手を上げて喜ぶ姿はまさに隙の塊と言えた。

 

「音の反響がこうも作用するとは思ってもみなかったが、これは次の作品に活かせる良いインスピレーションが――」

 

 未だ爆煙に包まれ視界が遮られている空間、アトラスの左背後から煙を突き抜けてくる一筋の青白い閃光が牙を向いた。気がつき咄嗟に左腕でガードするも、雷遁を纏うことで貫通力が底上げされてしまえば、腕程度の厚さなどないに等しかった。貫いた牙は、そのまま肩を抉る。痺れ、五本の指が独立して不可思議な動きをしている。見開いた目で睨みつける先には、仮面が割れたことで素顔が晒されている男がいた。

 

「……あの爆発の中で、どうやって」

 

 少しでも男が手にした刃を動かせば、受ける痛みは何倍にも膨れ上がる。その度に、苦悶の表情を浮かべている。

 

「答える義理はない」

 

 短く、冷たく言い放たれた言葉だが、迸る雷光を見てアトラスは合点がいったような顔を見せる。

 

「そうか、雷遁で俺のアートを……」

 

 あらゆる形状と大きさに変化させることが可能で、模した生物特有の能力(飛行能力や遊泳能力)を得ることができる。火力も自由自在で、使い勝手に非常に優れるアトラスの魔法だが、雷が流された場合には起爆することなく不発になってしまう。地面に大電流を流し込めば、その中にある地雷は全て機能しなくなる。

 

「このまま、お前を拘束する」

 

 地表に炸裂痕が存在しないことから、爆発はしなかったのだろう。だが、空からの爆発はそうはいかない。雷光が迸ったのは爆発後。空中に放電現象は見られなかった。地中に奔らせたことを先に選び、各々が回避することを選んだに違いはない。

 

 足場を選んだことは、どちらかを正誤とするならば正に該当する答え。先日現代魔法で飛行術式が公開されたものの、未だ自由自在に飛べるものは少ない。例え飛べたとしても、練度が違う。いきなりあの量を捌くのは至難の業だ。

 

「なんて言うわけねーだろ。まあ、予想通りだな」

 

 蛇のようにしなやかに伸びた右腕が、左腕を刺す刃ごと男を決して離さないように縛り付ける。左腕を縛った後も伸長し、身体を巻きつける。その体色はコーカソイドであってもありえないほど白く、気味が悪いものだ。

 

 それが偽物だったと気が付くのは、少し遅かった。

 

 雷遁を流し込むも、アトラスを模した粘土に変化は見られない。

 

「お前ら三人の中で、俺の弱点を持つお前が一番面倒であると同時に、一番利用しやすかった。人間ってのは、暗がりで光が見えれば、自然とそっちに足が行っちまうもんだからなあ」

 

 饒舌に語る言葉に、何か重いものを引きずる音が混ざっている。

 

 男が視線を向け驚愕の表情に染まるその瞬間を見ると、なんともおかしく笑ってしまいそうになった。アトラスの両手には、一切動かない二人の姿があったからだ。

 

「なら後は簡単だ。そして、その結果がこれだ」

 

 地雷を埋め、膨大なチャクラを使用するように誘導する。チャクラが少なくなった雷遁など恐れる必要はない。弱点とは言っても絶対の関係ではなく、所詮は相性に過ぎないためだ。業火が水を蒸発させるように、力量差によっては相性が逆転することがある。

 

「お疲れさん」

 

 運んでいた死体を離し、印を結んでチャクラを込める。これまでで一番の爆発音が反響した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 満足気な笑みを浮かべたアトラスは、競技場へと向かうために北へと歩を進めていた。既にそこは、結界の中ではない。周囲を見渡せば、明瞭な景色が目に入り込んできていた。

 

 人数や方角など、強化できる要素を詰め合わせてはいるが、つまるところ、結界は現代魔法で言うところの強固な領域干渉に過ぎない。術者以上の干渉力を持ってさえいれば、突破は可能。非公式ではあるものの、戦略級に分類されているアトラスの干渉力を持ってさえすれば、突破は不可能ではなかった。

 

 時間がかかってしまったが、中々に気分転換にはなった。思いがけない発見もあり、差し向けた人間に会えるならば相応の感謝をしなければならないと考えていた。

 

 晴天にそぐわない黒く重い一条の影が天から降り注ぐ様が、アトラスの視界に入り込んだ。現存する常識という枠組みに囚われていない現象を追ってしまうのは、彼でなくとも当然のことだった。

 

 そこには一人の男の姿があった。

 

 見覚えのある格好。見覚えのない面。くり抜かれた目の部分からはちらりと紅が覗いている。

 

「狐にその目の色と模様……なるほど、さっきよりも楽しめそうだ」

 

 理解した瞬間、彼は自覚なくして唇をほころばせていた。

 




プレビューで確認する前に投稿してしまいました。

現在は訂正しましたが、投稿直後は誤字が数多くあり、普段以上にとても読みづらかったと思います。

たいへん失礼いたしました。

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