紅き眼の系譜   作:ヒレツ

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Episode 2-10

「なるほど、さっきよりも楽しめそうだ」

 

 疲れを感じさせず、余裕を感じさせる物言い。見れば衣服には汚れが付いているものの、切り傷や刺し傷などといった、攻撃を受けた形跡がまるで見られなかった。

 

 それが示すのは先に動いていた彼らが倒された、と言うことだろう。東西南北の方角に則り、対応する動物で縛る四方封陣は中々に強力だったはずだと思い出す一方で、それを突破してきた目の前の人物がいかに驚異なのかが理解できる。

 

「その眼、知ってるぜ。お前裏葉秋水だろう? ってことは、試合は終わっちまったのか?」

 

そう言いながらも、目線を外そうという素振りはなかった。

 

(……目に情報強化、俺の眼のことを知っている上での幻術対策か)

 

 写輪眼による幻術は、相手と目を合わせるだけで発動できる便利性がある反面、かけやすさは距離に比例するという欠点がある。この理由としては情報強化が関係しており、幻術も例外なく魔法の一つということである。はめるためには、相手を超える干渉力を持たなければならない。一見油断していそうでありながらも対策をしっかりと講じてくる強かさは、流石というべきだろう。伊達に場数を踏んではいない。あの情報強化を突破するには、至近距離からでなければ無理だろうと、経験則からある程度の推測を立てた。

 

「さあな。自分で確かめれば良いだろう」

 

「否定はしねーってことは、よほどその眼に思い入れがあると見える。そう言う奴は嫌いじゃねーぜ」

 

 裏葉の血を引く誇りと唯一の結びつき持つもの。思い入れなどという言葉では言い表せないほど、秋水にとって写輪眼とは特別なものだ。

 

(おそらく、あいつは遠距離から攻撃を仕掛けてくる。飛ばれると面倒だ)

 

 地上に比べて、空中ではこちらの攻撃手段がどうしても限られてくる。何より、接近することが非常に困難になってしまう。だとすれば、そうしないためにも最初の一手が肝心になる。

 

(この距離ならば行ける)

 

 生暖かい夏特有の風が吹き、乾いた砂が双方の膝に届かない程度の高さまでいくらか舞う。周囲の木から生えている葉がふれあい、音を立てた。風の強弱によって音が変わる。音感に優れている人ならばその音一つ一つが音名や階名で表現できるのだろうが、そんな技能は備わっていなかった。

 

 自然の合唱が終わり、一緒になって遊んでいた二人の髪も徐々に定位置へと戻っていく。

 

 すべてが止み、止まり、束の間の静寂が訪れる。唾を飲み込む音でさえ、相手に聞こえてしまいそうなほどだ。

 

 チャクラで肉体を極限まで活性化し、その静寂を瞬に突き破る。地面に平行な状態で腰に帯刀している柄を右手で握り、抜きざまに胴体を狙って切りつける。真っ二つになぐわけではない。半分よりも短く、それでいて痛みによって行動を制限することができる長さだ。

 

 音速以上で振るわれる刃先は衣服に触れ、間接的に身体に触れる。振り抜けばその部位を断つことができる。

 

 はずだった。

 

 手応えが感じられなかった。

 

 腕は振り切れている。だが、刃には確かにアトラスの身体が触れていた。

 

 特異体質ではない。粘土を使った分身ではない。幻術であるはずは天地が翻ってもない。ならば、考えられる答えは一つ。

 

(土遁か……随分と使いこなしている)

 

 土遁は、万物の硬度や成分を変える性質を持つ。達人ともなれば、鋼の如き頑丈さと、粘土のような柔らかさを自在に操ることができる。人体構造を無視し、延々と伸びるのではないかとさえ思えてしまうほどの柔軟性を体現した技量は、いかに凡人が努力したところで到達できる域を明らかに超えていた。

 

 単に硬化して刃をへし折ることや回避をしなかったのは、挑発といったところだろうか。身体を軟化して威力を殺し、刃があたる部分のみに肉体が切られない程度の硬度を付加する。位置的な関係で顔は見えないが、してやったり、と言った顔でもしているのだろう。

 

 手を離し、左つま先で小刻みに二度地面を踏み、右足を軸にして身体を回転させる。少し遅れて回ってくる左足の踵には刃幅が長く、刀身が短いダガーが突き出ていた。流れるチャクラは研ぎ澄まされたように鋭利で、半端な硬化では防ぎきれない。

 

 アトラスの右手が伸ばされ、足首を掴むことで秋水の左足の進路を阻む。

 

 刀身を考えれば、その切っ先が届くことはなかったが、仮面に隠された秋水の口元は僅かにほころんでいた。

 

 何かのスイッチが入ったような、小さな音が鳴る。

 

 切っ先が射出されたのは、その時だった。足の位置はちょうど顔の高さであり、つま先の位置は顔の真正面。

 

 避けることはわかっている。所詮は意表を突いただけの攻撃でしかない。

 

 案の定、首を後ろに傾げてアトラスはそれを躱し、左足の拘束が緩む。

 

 ちょうど顔があった位置を通過する頃には、両足が地に付けることができた。作り出した隙を無駄にすることなくつこうとしたが、下から浮上してくる小さなチャクラの塊を捉え、諦めて後ろに跳ぶ。

 

 地面から飛び出してきた小さな塊から、大きな爆風が生まれる。

 

 腕を十字にしてガードしつつも、空中にいる身体は爆風に任せて飲み込まれる。六十以上はある質量を持つ人間を吹き飛ばす威力は、かなり強力なもの。

 

 姿勢を制御し、しっかりと着地をする。爆煙は風に流されるが、まだ完全ではない。それでも、眼をもつ秋水からすれば十分な視界を得ていた。

 

 再度接近を試み、煙の中を突っ切る。アトラスの身体は既に通常の状態に戻っており、手には秋水の短刀を持っている。接近戦をする気のようだ。

 

 先に仕掛けたのはアトラス。真正面からチャクラを流した切っ先を向けて突き刺してくる。動作自体は早いが、刀剣の扱いには不慣れなのかどこか覚束ない。これは素人に毛が生えた程度で、見切るのになんの問題もない。未来視に近い映像が、コマ送りで脳裏に流れてくる。

 

 実体と虚体が重なっていき、最小の行動で回避を行いつつ、攻撃へと移る。左手でアトラスの右腕を押さえつけて行動を予め封じ、伸びている左腕の隙間から右手を突き出して首を締め付ける。喉が圧迫されたことで息が押し出されたのか、アトラスの口から苦痛の混じった声が漏れた。

 

 幻術を仕掛けようとするが、アトラスの左腕が奇妙な動きをする。引き戻そうとするのでも、手にした短刀の柄を翻して切っ先を向けようとするわけでもない。下手に見えてしまう反面、とても気になってしまった。

 

 アトラスの顔がいびつに歪み、何か金属質な物質が地に落ちた音が耳に届いた。

 

 その瞬間、後方から何かが首に蛇のように巻き付き、きつく締め上げられる。秋水の衣服は、急所を守るために首まで覆うタイプのものであるために肌触りからの推測は難しく、何なのかを知るための足枷となってしまっていた。

 

 首が絞まる力が増し始める。いずれは握力を失い、意識を失ってしまうだろう。

 

(刀にチャクラを流したのは、このためのフェイク……。なら、これは粘土か? だとしたら近すぎる)

 

 意識を失うことよりも、問題なのは締めている物体がわからないことだ。これ以上このままというのは誰が考えても良い手ではない。

 

 左手を動かし、腰につけたポーチから一本のクナイを取り出して素早く投げつける。予備動作がわかりやすかったことであっさりとよけられてしまうが、アトラスに当てることが目的ではなかった。

 

 行き場を失ったクナイは、アトラスから十メートル以上離れた位置にある木の幹に突き刺さる。その衝撃によってか、もともと落ちる寸前だったのか、幾枚枚の木の葉がひらりと舞い落ちた。

 

 CADも印も使わない魔法を発動させる。

 

 秋水が眼前から突然消えたことに対して、アトラスが一驚した。

 

 当の秋水本人の視界は既に変わっており、目の前にはアトラスの姿はない。首に拘束もなく、身体も本来の姿とは異なって地面に対して並行になっている。片手からは、木の幹特有の肌触りが伝わってきていた。

 

(手のひらに口? 粘土ではなく、あの舌で縛ったというわけか)

 

 まだ外見が化物だったならば違っただろうが、普通の人体構造であることがその異質さを増幅させる要因となっていた。

 

 背筋に悪寒が走り、鳥肌が立つ。

 

 アトラスの手のひらにある口が何かを咀嚼するように動き、吐き出す。手のひらに容易に乗るサイズのために見にくいが、色と流れるチャクラから使用している粘土だということがわかる。数は多く、重なり合っているせいで正確な数はわからない。

 

(あの口で形状を変えているのか。あれは禁術の類で間違いはないだろうが……)

 

 それが爆遁とどのように関係しているのかまではわからない。ただ粘土細工に爆遁チャクラを流しているのか、粘土そのものにカラクリがあるのか。まだまだ情報は不足している。

 

(くらわなければ問題ない)

 

 写輪眼で夢幻に誘いさえすれば、後はいくらでも情報を搾取することができる。今この場で考え、そのことによって動きが鈍ってしまうことにでもなれば愚の骨頂。戦闘に専念することが、最も捕獲への近道でもあるのだ。

 

 秋水が寅の印を結ぶと同時に、アトラスは自身の作品を空中に放り巳の印を組む。

 

 飛蝗(バッタ)のような大量の昆虫型の生物が飛翔し、迫り来る。羽音まで再現された現象は、まさに蝗害(こうがい)の再現でもあった。とてもではないが、見ていていい気分はしない。

 

 大きく息を吸い込む。

 

 ――火遁・火龍炎弾

 

 吐き出す息が、視界を埋め尽くすほどの灼炎へと変わる。周囲には陽炎(かげろう)が生じ、空間が歪んだようにも見える。飲み込まれた昆虫は次々に爆破するが、火龍の焔はそれさえも飲み込んでいった。

 

 それでいながら、火龍の牙はアトラスへと一向に届く気配がない。飲み込みながらも、そこから全くと言っていいほど進んではいなかった。

 

 質と量。

 

 予てより議論されるその二つの優劣は、時と場合で変化してきた。一騎当千するかのような質ならば、百程度の量など苦ではない。けれど、それが万に及ぶ量ならばその是ではない。

 

 均衡していた状態が、徐々に崩れ始める。

 

(……まだだ)

 

 炎が覆う範囲から溢れだした飛蝗型の粘土が近づいてくる。魔法を止めてしまえば今以上の数に襲われる以上解くわけにも行かないとでも考えているのか、進度を変え、躊躇なく直接当たるほど接近してきた。

 

 触れ、爆ぜる。

 

 火龍が消え、残りも迫っては一斉に爆発していく。落下途中だった落ち葉はその威に飲まれて塵とかし、地面に触れることなく消え去っていった。

 

 多種多様な生物に模倣し、能力を得る粘土爆弾は驚異。だが、爆発後は爆煙で視界が途切れるという欠点だけは克服できていない。

 

 そこに隙ができる。

 

 アトラスの後方にある地面に刺さっているクナイの下へと移動していた秋水が、ポーチからクナイを取り出して斬りかかる。

 

 時空間忍術である飛雷神と瞬身では、傍から見れば高速移動でも、()()()が違う。瞬身が肉体を活性化して単に高速で移動する速度的な速さに対し、飛雷神は点と点を結び、距離を無視して瞬間移動のごとく移動する時間的な早さ。移動する際の音は勿論だが、爆発する前に飛んでしまえば飛んだ先以外で何が起こっていようとも一切手傷を負うことはない。

 

 その隠密性に加え、秋水は忍び。音と気配を消し、武器を振るうことは難しいことではない。

 

「――ッ!?」

 

 まるで後ろに目が付いているかのようにアトラスがタイミングよく身を屈めたことで、クナイをもった腕はアトラスの頭上を通過していく。

 

 背後の動きを完全に把握するのは、写輪眼をもってしても不可能。眼を持たない人間がそのような芸当が可能なのだろうかという疑念が視野を狭め、理由を模索し始めるまでに普段よりも時間が掛かってしまう。

 

 何かが、降り始めの雨のように落ちててきた。

 

 それは実に、小さなものだった。全長はせいぜい一センチメートルに届くかどうか。頭は三角形で、前肢は人間の腕の構造に近く、後肢は跳躍を目的とするかのような構造をしていた。

 

 ちょうど顔の位置にきたところで、風船のように膨らんでいた身体が限界まで達して原型が留めなくなる。

 

(――しまッ)

 

 後方に飛んで回避しようとするも、あざ笑うかのように視界が一色に染まる。

 

 自身の膂力と爆発の威力が合わさり、数メートル先まで飛ばされる。足を地に付けるも止まらず、片手を地面につけた。着地点から地面を削っていき、ようやく止まる。

 

 今までものに比べれば小規模であっても、避ける間もなく直撃を受ければ無傷ではすまなかった。仮面が砕け、顔の半分は見えてしまっている。その際に破片で切ったのか、額の右側には切り傷があった。

 

(魔法の使い方が上手いな。やはり経験の差か……。正直、ここまでとは思っていなかった)

 

 もはや意味を成さなくなった仮面を取り、手を離す。先ほどの衝撃で脆くなっており、罅が入っている部分から乾いた音を立てて割れた。

 

「ようやく面が拝めたな」

 

 風が先行して砂埃を押し流し、上空から声が届く。

 

 アトラスが先ほど使用したのは、光学系の魔法。光を捻じ曲げ、別の視点から見ているように見せることで、視界不良の場でも状況を正確に捉えることができる。背後からの攻撃を躱すことができたのはこの魔法のおかげだった。

 

 そのアトラスは鳥類型の生物に乗っており、既に地上からは足を離している。

 

「すかした顔しやがって、気に入らねーな」

 

 言葉には応えず、下を向いてゆっくりと息を吐き、瞼を下ろす。

 

 捕獲という名目で手加減をしていたわけではない。侮っていたかと問われれば結果を見れば頷くしかないが、低く見積もったつもりはなかった。相手が強かったのだ。

 

(このままやっていても平行線だな……)

 

 後は自身がリスクを負う選択肢を、眼を瞑ることで遠ざけていたこともある。

 

(手足の一本や二本は仕方がない)

 

「今度は無視か、礼儀のなってねーやつだ。けどまあ、遊びもそろそろ飽きてきたからな、終わりにしてやる」

 

 何らかの生物を模した粘土爆弾を、また作ったのだろう。終わらせるということは、一撃が重いものか、手数が圧倒的に多いもののどちらか。目指すればすぐに得られる答えだが、秋水はそれをしなかった。

 

 何かが近づいてくる気配がした。

 

 ゆっくりと顔を上げる。額の傷口に溜まっていた血が滴り始め、右目尻へと流れ着く。上を向くと、そこから頬へと血が再び流れ出した。

 

「喝ッ!!」

 

 

 ――天火明(アメノホアカリ)

 

 

 秋水が眼を開き、目標を補足する。

 

 そこからは一瞬の出来事だった。

 

 爆発寸前だった爆弾は炸裂したものの瞬く間に消滅し、その延長線上にあった鳥類型の粘土爆弾の頭、さらにアトラスの左肘までもが突然消える。頭を失ったことで鳥が落下を始め、それに引きずられるように堕ちていった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 アトラスは何が起きたのか、初めは理解できなかった。

 

 作品は爆発したかに思えたものの消え去ったかと思えば、腕も消え去る。刹那の出来事に痛覚さえ追いつかず、呆気にさえ取られてしまう。目線を腕に持って行って初めて痛みを感じるが、そこで初めて出血していないことに気がついた。

 

 落下していく中で傷口を見ると、焼いて傷口を塞いだようだった。タンパク質が焦げた嫌な臭も僅かにする。

 

 アトラスの頭に過ぎったのは、火による止血。実際に目には見えていないが、見えない火というのは存在し、別のものに引火すれば従来通りの赤い炎が燃え盛る。だが、ごくわずかな時間で傷口を塞ぐほどの熱量はない。もし火であるならば、ただの火ではない。

 

 次に出てきたのが、高温の熱。目視不可能なことはそうだが、結局は高温になると燃焼してしまう。しかし、魔法として効果範囲を指定すれば話は変わってくる。ただ、CADを使った様子も印を結んでいた訳でもないことから、発動媒体は謎だった。

 

 身体の一部が欠損させられることまで追い詰められたのは随分と久しぶりのことだったことから、まだ楽しめそうだと再燃する。

 

 CADを取り出し、落下速度を減速させていく。足場との距離が開いていき、先に大きな音が鳴っては砂霧が広範囲に広がっていった。

 

 緩やかに膝を曲げて着地する。汎用型のCADを軽く上に放り投げてから、懐から特化型のCADを抜いた。一から九まで、同じ組み合わせの起動式がぎっしりと詰まったそれは、まだスターズにいた頃から愛用していた魔法のみで構成されている。その中でも最大級の威力をもつ魔法は、戦略級にも引けを取らないほどのものだ。

 

 口で落下してくる汎用型CADを咥えると、舌で操作して魔法を発動させる。まずは邪魔な砂を片付けることが先だが、わざわざ取り払う必要はない。そして汎用型と同時に特化型も操作していた。混信させずに別種の魔法を発動させることは非常に困難な技術だが、三つ程度の魔法ならばアトラスは問題なく発動できた。

 

 そこでふと、過去の映像がフラッシュバックした。九校戦が始まる前、第一高校がのったバスを襲撃した際のものだ。その際に大型車が突如消滅する、乗っていた作品が消滅するという出来事があったが、今自身の身に起こった事象と前者が酷似していることに気がついたのだ。

 

(なるほど、あいつの魔法だったか)

 

 光が屈折し、本来見えない角度から見えるようになる。

 

 魔法に気がついたのか、秋水と視線が合った。

 

(見つけ――)

 

 身体が所構わず出現した黒い鎖によって締め付けられたことで硬直する。力加減が維持できなくなり、口と手からCADを落としてしまう。溜まっていた唾液が口からこぼれ落ちるも、それを拭うことさえできなかった。

 

 ただ身体は動かずとも、まだ意識ははっきりしていた。

 

(幻術だと……。馬鹿な、あいつの眼じゃ俺には……)

 

 自身の魔法の効果のみを通し、他者からの魔法による改竄を防ぐ。実際、今以上に近い距離でも幻術にはめられることはなかったのだから、その効果は折り紙つきのはずだった。

 

 確認するために改めて見ると、アトラスの目に写っているのは三つ銀杏のような、三枚刃の手裏剣のような模様をした紅眼。先に見た写輪眼のような、三つの勾玉模様では無かった。

 

(あれは写輪眼、なのか?)

 

 一方向からの強い風が起こり、砂がその方向へと流れていく。近づいてくる秋水は右目を抑えており、頬には血が伝っている。乾いてはおらず、未だに流血しているのか、ある程度の大きさまで蓄えられた血液が球体となって地面へと落ちていった。

 

「写輪眼相手に、迂闊に一度使った魔法を使うべきじゃない」

 

「てめぇ……どうやって俺を」

 

 声が震えているのは恐怖からではなく、上手く喋ることさえできないため。聞こえてくる自身の声に苛立ち、歯がゆさを覚える。

 

 秋水はそれには答えなかったが、自分で考えろと眼で語っているようにも思えた。

 

 模様が違うことから、全く別のものよりも同じ写輪眼の一種だという方が無理のない解釈。情報強化を突き破ってきたことから、瞳力は勾玉模様の時よりも秀でている。けれど今の今まで使わなかったことから、単に上の能力というだけではなく、あまり使いたくない理由があるとアトラスは踏んだ。

 

 そこからデメリットが何なのかをさらに考えるが、情報が少なすぎたことで答えに至ることはできなかった。

 

 既に鹵獲された身。後は意識を飛ばされ、しかるべき場所へと移送される。その前に、言っておくべきことがあった。

 

「これで勝ったと思うな! まだ俺の芸術はその真価を見せてねぇ!! お前は、俺が――」

 

 最後まで言葉を紡ぐことはできず、膝を地について倒れこむ。それなりの衝撃ではあったが、アトラスが目を覚ますことはなかった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 倒れ、身体に流れるチャクラに乱れが生じていることを再度確認してから、写輪眼を解除して本来の黒い目へと戻す。張り詰めていた緊張の糸を解くと、どっと疲れが身体を襲った。

 

(半分とは言え、少しチャクラを使いすぎたか……)

 

 まだ完成していない飛雷神を数発に、チャクラをそれなりに練った火遁。一般の写輪眼ではない状態での幻術に、極めつけは天火明の使用。影分身によってチャクラが半分になった状態では、些か短時間に消費しすぎたようだった。

 

 通常の模様とは異なった写輪眼は、万華鏡写輪眼と呼ばれる、写輪眼の上位種にあたる。長い歴史の中でも極僅かしか開眼した者がいない瞳術だとされ、伝説の瞳術だと語り継がれている。その能力は、ありとあらゆる面で通常の写輪眼を超越しており、模様も開眼によって得られる固有瞳術も個人によって変わってくる。

 

 例えば、秋水の右眼に宿った瞳術は「天火明」と呼ばれている。範囲を定めた箇所から直線上に太陽と同等の熱量をぶつけて焦滅させる効果を持ち、能力の効果範囲はチャクラの量で変化させることができるが、大きくすればするほど膨大な量を必要とするためにそう何度も発動する事は叶わない。

 

 秋水の祖父である霆春も万華鏡を開眼しており、模様は瞳孔からスペードのような模様が三つ出ているもので、瞳術は「武御雷(タケミカヅチ)」と呼ばれている。その能力は自身の身体を雷そのものにするものであり、その能力を駆使したことが所以(ゆえん)で雷霆と謳われていた。

 

 ただし、良いことだけではない。万華鏡を開眼した者は神の如き圧倒的な瞳力を得る代わりに、いずれ光を失う宿命を背負うことになる。使用ごとに徐々に低下していき、失明時期は明確ではないが、それが起こることは決して避けることはできない。現に、霆春は武御雷の過度の使用によって両眼の視力を失うことになった。

 

 覆っていた右手を外し、血を拭う。一度で綺麗に取り去ることはできずに跡が残るが、気にはしなかった。

 

 血が付いたままの右手を見た後に、木と地面に刺さったままの特殊なクナイを拾いに動く。

 

 拾うとアトラスの下に移動し、片膝を地につける。うつ伏せの状態から仰向けの状態へと変え、目を開かせてから別の催眠をかける。

 

(なるほど。血継限界ではなく、物質にチャクラを練りこむ禁術だったか。あの手はそのためのものというわけか)

 

 情報収集が終わると、体重以上に重く感じる身体を持ち上げ、肩に担ぐ。腹部を肩に当て、折り曲げられた身体を落ちないように支えながら歩き出した。

 

 歩き出してから、十分ほどの時が流れた。

 

 しばらく歩いていると、前方から接近してくる三つの気配を感じ取る。足を止めて写輪眼を発現させるが、すぐさまそれを解除した。やっと来たのかと内心で毒を吐くが、それを表に出すことはなかった。

 

 三つの影が、地に足をつける。それぞれ猫、狸、梟をしており、秋水と同じ格好をしているが、猫の面をした人物だけは胸の膨らみと腰のくびれがあり、女性であることが伺える。その腕には汎用型CADが一つ。ほか二人のうち梟は特化型のCADを持っているが、狸には持っている様子はない。古式魔法師一人、現代魔法師二人の組み合わせだった。

 

「これはこれは、渦中の人物がここにいてこんなことをしているとは。今はモノリスの試合中では?」

 

「影分身だろう。あれは実体を作り出す魔法だからな。それにしても……いや、失礼」

 

 同情するかのような視線を向けられるのは、心外だった。仕方なく参加しているわけではなく、自らの意思で動いているのだ。

 

「二人とも、私語は慎みなさい」

 

 二人を注意すると、一歩前に踏み出し、手を軽く伸ばす。

 

「失礼しました。彼は私たちが責任を持って届けさせていただきます。死体の処理もお任せ下さい」

 

 必要な情報は手に入っている以上、手持ちに置いておく必要はない。死体の下へは別の部隊が行くのかどうかは分からないが、情報漏洩を防ぐためには必要不可欠なことだ。

 

「わかりました。お願いします」

 

 アトラスの身体を雑に下ろし、渡す。

 

「……確かに。では」

 

 猫の面を被った女性はアトラスの身体を確認し、生きていることと偽物ではないことを確認すると、右手を顔の横ぐらいの高さまで上げ、急いでいると言わんばかりにその場から姿をくらます。

 

「本戦での試合、楽しみにさせてもらいますよ」

 

「お疲れさん」

 

 残り二人も別々の言葉を残し、秋水が来た道を進んでいく。女性が運び屋で、残り二人は後始末のようだ。

 

 周囲に誰の気配もしなくなったところで、時間を確認する。予定ではまだ予選の最中だが、歩いて戻る際に下手に誰かに見られて理由を話すのも面倒。そのため自身が泊まっている部屋――学校名義ではなく、偽名で借りている別のホテルの部屋――に直接向かうのが吉だと判断した。

 

(あと一回分くらいは残っているか。例え使い切っても、今から寝れば明日には回復できるだろう)

 

 裏葉が最強であるためには、明日のモノリス・コードで負けた分を取り返さなければならない。ベストな状態に持っていくために、部屋へと音もなく飛んだ。

 


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