紅き眼の系譜   作:ヒレツ

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Episode 2-12

 一方的だということを将輝は理解していた。もしかしたら、相手は覚えてさえいないのかもしれないとも思っている。別に覚えていようがなかろうが関係ない。彼は、憧れだった。

 

 将輝が初めて彼と顔を合わせたのは十三歳の夏。後に佐渡侵攻事件と言われるようになった出来事でのことだった。

 

 事件の発端としては、佐渡には廃坑跡を利用してサイオンの性質を解明することを目的とした実験施設があり、それに新ソビエト連邦が目をつけたことがきっかけだ。

 

 施設が攻撃を受けた時点で、将輝の父親である一条剛毅によって義勇兵団が作られた。右を見ても左を見ても誰もが物理的に頭一つ以上大きく、緊張した面持ちは当時の将輝にひどく不安を与えた。対人戦闘は初めてではなかったが、これまでとは違うと言うことは周囲の空気で理解していた。

 

 そんな中で一人だけ、背格好がひどく似た少年がいた。同年代あたりの子供がいたことで少しの安堵感を得た将輝は、近寄り声をかけた。どうしてその場にいて、なんと言って話しかけたまでは覚えていないが、言われた言葉はずっと記憶に残っている。

 

 ――いやなら帰れ、邪魔だ

 

 幼き頃より頭角を現し、この場においても一人の兵士として期待されていた将輝にとっては、ぐさりと突き刺さる一言だった。

 

 冷たく睨む、三つの勾玉模様が浮かんだ紅い瞳は、眼力だけで人を殺せるのではないかと思えてしまうほどの威圧感があったことをまだ鮮明に覚えている。嫌な奴だと思うと同時に、畏怖してその場から離れたことも同様。

 

 次に会ったのは戦場だった。

 

 戦地は始めに奇襲を受けた実験施設。到着早々に乱戦となり、研究員が巻き込まれては白衣を赤く染めていった。

 

 守るべき対象が巻き込まれて次々と倒れていく。人間の尊厳など無視するかのように、ゴミを捨てるような感覚で簡単に死んでいった。

 

 人を撃ったことがなかったわけではない。裏付けるかのように、その場で敵兵を何人も殺した。だが、血の雨が降る戦場は経験など関係ないと言わんばかりに恐怖心を煽り、心と体を蝕む。こればかりはまだ慣れることはなかった。

 

 背後で何者かが動く気配がした。

 

 あわてて振り返り銃口を向けると、白衣を着た人間が目に映った。どこか違和感を覚えたが守る側の人間だと安心し、将輝は引き金から指を離してしまう。故に、守護対象の人間がCADを向けてきた時は理解できなかった。

 

 頭の中が真っ白になる。

 

 魔法の発動はまさに一瞬。少し対応が遅れるだけで大事に繋がることは何度も教えられてきた。戦場ならば尚のこと。

 

 死を直感した。

 

 思わず目を瞑り、顔をそむけてしまう。単に恐ろしかったのか、死と言う概念に恐怖したのかはさだかではない。

 

 直後、何かが潰れる音と共に地響きが起こった。

 

 恐る恐る目を開け、音源を見る。砕けた大地にはひしゃげてしまった物体の痕跡があり、白かったはずの衣は血によって完全に別の色に染色されている。上から強い圧力で押しつぶされたかのような、酷い絵図だった。吐き気を催さなかったのは、爆裂を使えば似たように人の原型を留めさせなくなるためだろう。

 

 ――だから帰れと言ったんだ

 

 振り返ると、そこにいたのが彼だった。傷はおろか、返り血さえ浴びていない。今戦場に訪れたと言われても疑わないほど小奇麗な身なり。何より、人を殺したことに罪悪感の欠片もないその眼が異端に映った。

 

 なんで殺した。

 

 口から出たのは感謝の言葉ではなく、巻き込まれただけの研究員を殺したことに対する怒り。守るべき者でさえ殺すなど、戦士ではなく殺人鬼。人として同列視されるだけでも良い気分がしなかった。

 

 ――何を見ていた、あれは敵兵だ

 

 白衣を着て成りすましていたとでも言うのだろうか。もう確かめようはないが、振返ってみれば確かに外国人のようだった気がしなくもなかった。

 

 それに、と彼は言葉を続けた。

 

 ――戦場で銃口を向けられたら、誰であっても敵と判断しろ

 

 錯乱した味方に命を奪われるとうことは、戦場ではわりとよくある話。人を殺し、人に殺される戦場において精神を常に安定に保っておけるほど、皆が皆強いわけではないのだ。狂ってしまう者、壊れてしまう者、変わりようは人それぞれだが、一様に良い方向へと変化することはほぼ確実にないと言って良い。

 

 その言葉だけを言い残し、彼は将輝の下から離れていった。

 

 

 

 それが彼、裏葉秋水との出会いだった。

 

 

 

 将輝が秋水に抱いた最初の印象は、最悪と言って良かった。ただ、それと同じくらい強さに憧れを抱いた。助けられた後戦場で見た秋水は子供とは思えぬほどの実力を持っており、勧善懲悪なヒーローショーでも見ているのかと思えてしまうほどだった。

 

 心からあの強さに近づきたいと思った。あの日からずっと、誰に口にするわけでもなく目標にし続けてきた。

 

 けれど、それも今日で終わる。

 

 アイス・ピラーズ・ブレイクでははっきりしない結果になってしまったが、モノリス・コードではそうはいかない。

 

「俺の勝ちだ」

 

 勝利だけでなく、決別の宣誓でもあった。

 

 後ろを勝手に追いかけるのはこれで終わり。ここからは誰かが踏みしめてできた道を歩くことはしない。未踏破の大地に足跡を残し、道を作っていく。

 

 秋水が行動を起こすよりも先に、将輝が発動した魔法が相手を捉える。足場の草は飛び散り、更に下の土がえぐられる。砂と言う細かな粒に分解され、周囲を覆った。

 

 手ごたえは確かにあった。

 

 息が少し上がる。写輪眼の洞察力を上回るために、魔法を連続使用しすぎたことによるサイオンを消費しすぎたことが原因だった。実戦でもここまでの消費はそうそうない。

 

 砂塵が風に乗って流れ、視界が明瞭になっていった。

 

「そう来るとは思ってもいなかった」

 

 勝ったと思った瞬間を狙ったかのようなタイミングだった。

 

 雷に打たれたように大きく目を開き、声のした方向へ目が先行してゆっくりと首を動かす。少し温度が上がった気がした。

 

(なんだ、あれは……。あれも魔法、なのか?)

 

 秋水の体を覆うように、白と金が混じったような色をした炎が揺らいでいる。その奥には人間の肋骨を思わせる部位が見えており、将輝が知っている魔法とはかなり逸脱していた。魔法とは本来は無機質であるはずだが、秋水が発動しているそれの最大の異質さはそのものに重さを感じる事だ。質量のような物理的なことではなく、腹の奥に圧し掛かってくるような明確な値を持たない重さ。まるで、生物が持つ禍々しさそのものでもあるそれに対して、自然と畏怖の念を抱いてしまう。

 

「だが、届かない」

 

 白色の炎の奥に見える拳銃型CADは未だに銃口を向けている。本体はわかっても、どのようにしてあの炎の鎧を突破すればいいのかはわからなかった。二つのCADを用いて計三十二門から攻撃する方法が現状最も無難のはずだが、攻撃がまるで通る気がしない。加えて、サイオンを消費しすぎたせいで今までの様な強固な防御魔法を発動できるかどうかも怪しかった。

 

 自然とCADを構えていた腕が下がる。将輝の中で諦めの気持ちが芽生え始めていた。

 

(所詮、目標は目標だったってことか……)

 

 意識せずに頭を垂れてしまいそうになった時だった。

 

「目を背けるな。無様な姿を晒すな。最後まで抗って見せろ。でなければ、俺がこいつまで披露した意味が無い」

 

 再度見れば、どこか秋水の表情は辛そうだった。何らかのデメリットでもあるのだろうかと思考が勝手に始まるが、意図的にそれを中断する。今は、その時ではない。

 

(……確かに、俺らしくなかったな)

 

 改めてCADを握り直し、秋水へと狙いを定めた。

 

「それでいい。戦意を喪失した奴を倒しても、何も面白くないからな」

 

「なめるなよ」

 

 互いに、今度は同時に魔法を発動した。

 

 秋水を囲うように隙間なく埋め尽くされた魔法式から繰り出される光弾が、一切の侵入を許さぬかのように揺らぐ炎によってすべて遮られる。

 

 対して秋水が放った魔法は、将輝を対象に確かに発動された。将輝は意識が遠のいていく事を感じる。

 

(――くそッ)

 

 薄れていく中で悪態をつき、将輝の身体は崩れ落ちた。

 

 

 

 

 森崎と吉祥寺の対戦は、長く拮抗状態が続いたままだった。互いにダメージが全くないと言う訳ではなく、同程度の負傷をしている。

 

 そんな二人の対戦は、秋水と将輝の決着が付いた際に大きく動いた。

 

 将輝の敗北が信じられなかったのか、吉祥寺は注意力が削がれてしまい僅かに隙を生んでしまう。森崎が攻撃態勢に入ったことですぐにそれに気が付くも、焦りが混じったことでCADの操作が疎かになってしまった。

 

(今だ!)

 

 森崎はその瞬間を見逃さなかった。

 

 森崎には、写輪眼のようなあらゆるものを見切る洞察力は無い。だが、全くないかと言えば違ってくる。相手の動きを捉える動体視力、彼が生まれつき優れていたものの一つがそれに該当する。さらには、森崎家の技術として後天的に早打ちの技能が身についている。故に、九校戦の出場種目が決まってからというものの、森崎はその二つに焦点を絞って鍛え上げた。

 

 時には一人で、時には対人で、試行錯誤を繰り返す。訓練の中でも一番つらかったのは、秋水との対人訓練。森崎が自ら願い出た半面途中で投げ出す事もできず、あることができるまで一方的に魔法による攻撃を受け続けた。

 

 それが、相手がデバイスを操作する直前に、最も隙が出来る瞬間に攻撃を行う事。

 

 CADを操作する際、魔法師は一時的にそちらに意識を向けなければならない。汎用型ならば尚の事。

 

 事実、森崎は吉祥寺の腕を弾き、魔法の発動を阻害した。とはいえ、まだ完全に物にしているわけではないため、今回の様な条件でなければ成功率は高くない。

 

 それでも、成功すれば妨害以上の効果をもたらす。

 

 いくら発動速度に優れている魔法師でも、CADを操作するまでの時間はそう早くは無い。魔法の発動を断つことによって、相手に自身よりも優れいていると錯覚させることができる。

 

 潜在的に根付いた感情は本人の与り知らぬところで影響を及ぼす。

 

 これまでほぼ互角だったことが良い付加効果を齎し、追撃の機会を大いに与えてしまうはめになった。森崎が新たに魔法を発動させる素振りを見て吉祥寺は我に返るも、時すでに遅し。実際に拳銃で撃たれたかのような衝撃が第三高校最後の一人の身体を貫いた。

 

 

 

 

 終幕の合図が告げられ、万雷の拍手が送られる。今まで浴びたことが無い喝采に、森崎はどうしたらいいのかが解らなかった。リベンジを果たしたことと優勝したことによる高揚感に身を任せて腕の一つでも掲げればいいのだろうかと思うも、まだ恥ずかしさが勝ってしまって挙げることができない。

 

 視線をどこに合わせていればいいのかもわからず泳がせていると、ゆっくりと近づいてくる二つの影を捉えた。第一高校代表として共に戦ったメンバーだ。四十万谷は秋水の肩を借りており、随分と疲弊していることが見てわかる。視界の端に映っていた秋水はともかくとして、四十万谷はよほど苦戦を強いられたのだということだけは理解できた。勝ったのか負けたのか、気になるところではあるが聞くことは無粋だ。

 

「練習の成果が出たみたいだな」

 

「ああ、どこかのスパルタ教官のおかげでな」

 

 素直に礼を述べることはどうにも恥ずかしい。森崎の言葉は、それを誤魔化すためのちょっとした照れ隠しだった。

 

「努力したのも、結果を出したのもお前だ。俺は手伝っただけに過ぎない」

 

 以前までの自分だったならばその言葉を鵜呑みにして天狗になっていたのだろうと、森崎は過去の自身を省みた。

 

 本格的に魔法を学ぶのは高校生になってから。中学生までは魔法とは何かという初歩的な事から、せいぜい基礎的な事しか教育機関で学ぶことはできない。故に、魔法技能においてはあまり周囲との差が開きにくい状況が生まれる。

 

 それでも、中には既に学んでいる少年少女たちがいる。仕事を手伝い、親に師事し、自ら学ぶ。方法は他にも様々あるが、それらをしていくことで周囲より頭一つ抜き出ることは必然と言える。

 

 森崎もその手の人間であり、森崎家の家業であるボディーガードを手伝っていく中で自然と腕を磨いていった。実務を重ねて培われた経験は同世代の魔法師たちよりも優れているように思わせ、自惚れを生じさせた。実際に実力があり、才能もあったのだろう。周囲の大人たちも持て(はや)すことが多かった。入試試験で最難関の第一高校、それも花形の一科生に合格した事で、更に間違った自信を付けてしまった。

 

 賛美と慢心を抱いたまま上位の成績で入学した森崎は一人の少女に一目惚れをした。司波深雪と言う名の、とりわけ名門でも無い家の出の少女だ。

 

 自分こそが彼女に相応しい。

 

 当時の森崎は、自身の考えに一切疑いを持たなかった。

 

 だが当の深雪は一科生ではなく、雑草(ウィード)である二科生と行動を共にしようとしていた。花の中にあっても一際輝くはずなのに、敢えて雑草に囲まれる。初めは理解できなかったが、ある男がいるせいだと結論を付けるのに時間はかからなかった。

 

 司波達也。深雪の兄にあたる人物。森崎からすれば、縛り付ける悪魔以外の何者でも無かった。

 

 急速に高まり出した不満が爆ぜたのは、ある日の放課後だった。二科生の生徒が、一科生と何が違うのかと言い放ったのだ。

 

 一科生と二科生とでは何もかもが違う。将来が約束されたも同然の花と、所詮は花が落ちた際に代わりに添える雑草、植物という枠組みで括られていても隔絶した差がある。同列にされること自体が非常に腹立たしかった。

 

 そして、法に背いたことをしてしまった。

 

 かっとなって特化型CADを抜いてしまったことは、確かに反省しなければならない。自衛目的以外で魔法を相手に放とうとしてしまったのだから、然るべき罰も請けるつもりだった。だが、司波達也によって一連のやり取りは有耶無耶にされてしまう。罰を受ける事がなくなったことは喜ばしいことだったが、二科生の、それも達也のおかげでと言う事が妙に腹立たしかった。

 

 達也との因縁は、それだけにとどまらなかった。

 

 二科生の身でありながら、風紀委員に抜擢されたのだ。それも生徒会からの推薦で。必然的に活動時に顔を合わせるようになってしまい、彼の一挙一動が癇に障る様になる。意識してしまっている事に気が付くと、更に加速していった。

 

 そんな折に、森崎は秋水と言葉を交わすことになった。

 

 森崎の秋水に対する評価は良くは無かった。初めは容姿が良く、成績も良いことから女生徒から人気があったことが気に入らなかった程度。二科生を庇うような発言をしたことで悪い方へと傾倒していったが、所詮一科生と二科生は三つの項目で評価した際に優れているか否かという話を聞きいた際に少し興味を抱いた。ちょっとした知的好奇心から何故そのような考えを持つようになったのかを聞いた際に、答えを耳にして聞かなければ良かったと後悔してしまった。

 

 もやもやした中で森崎が出した答えは、一度模擬戦をしてみようというものだった。本当に魔法師の戦闘においても三つの条件以外の要素が必要なのかを確かめてみたかったことと、心にかかったまま振り払えない霧が少しでも晴れると感じたためだ。

 

 結果から言えば、何もできずに森崎は負けた。魔法の打ち合いで敗れた訳ではない。発動さえできずに、気が付いたら地に伏せられていたのだ。あまりの差に乾いた笑いしか出ず、井の中の蛙でしか無かったことに気づかされた。大海原を前にすれば、カエルかオタマジャクシかなど些細な問題でしかない。秋水が差別をしなかった理由として、この様な考えがあると感付いた。

 

 下手な自尊心が一度折れてしまうと、不思議と以前よりも一科生二科生の境界が気にならなくなり、気持ちも少しばかり軽やかになっていた。たかが自分と思い始めたことで、肩の力が抜けたのだろう。ただ、完全に認められるようになったわけではなかった。

 

 変化が生じてきた辺りで、九校戦への出場の話しが持ちかけられる。出場種目はスピード・シューティングと一番注目を浴びるモノリス・コード。選出されたメンバーの中には秋水の名前もあった。

 

 メンバーと練習をしていく中で、森崎は自分の実力が上がっていく事を感じていた。密かに自信が付けていくが、第三高校の吉祥寺にスピード・シューティングで惜しくも敗れてしまう。少しずつだが再建が進んでいた自尊心の工事が滞ってしまうことになってしまた。

 

 再び建設が始まったのが自信を持てと言う言葉だった。認められたような気がして、嬉しかったのだ。

 

 そして、見事リベンジを果たす事ができた。おまけにこれまで得たことが無い程の歓声を浴びている。昔のままではおそらく成し遂げることができなかっただろうと森崎は考えていた。

 

「そうだったとしても感謝している。ありがとう」

 

 変わったのは自分。けれどきっかけは自分では無い第三者から与えられたもの。成長にしても、これまで多くの人の手を借りてきた。だからこそ、森崎はこの場を借りてこれまで良き縁となってくれた礼を、秋水を代表として述べた。技術面だけでなく、精神面でも成長の(あかし)を見せた瞬間でもあった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「あれまで使うとはな……」

 

 会場から離れた場所にて、裏葉幻冬が興味深そうに呟く。

 

「なら、あれが?」

 

「須佐能乎。万華鏡へと至った者の中でも、さらに一握りの者が得る事の出来る特異な魔法だ」

 

 後ろからかけられる女性の問いに、幻冬は振り返る事もなく答える。

 

 須佐能乎。万華鏡写輪眼を開眼した際に得る固有瞳術とは別に、ごく稀に眼ではなく肉体へと宿る力。秋水の天火明の様に使用ごとに失明へと向かうリスクは無いが、身体を構成する細胞を蝕む欠点がある。ただその欠点を補って余るほどの能力を秘めており、裏葉家には須佐能乎を会得した者は森羅万象を破壊する力を得るだけでなく、あらゆる攻撃から身を守る堅牢な盾をも得ると伝えられている。過去を振り返っても、須佐能乎まで会得した裏葉の者は片手で数えられる程少ないが、誰もが豪傑として名を馳せていた。

 

「お前の『夜』にすら、対抗し得る可能性がある」

 

 振り返り、相手の姿を捉えた。もしその場に第三者がいたならば、違和感を抱かずにはいられないだろう。古式と現代を象徴する家の名を持つ二名が、会合しているのだ。

 

「はっきりとしない言い方ね」

 

 現代魔法の頂点に立つ四葉家当主、四葉真夜は表情を変える事無く幻冬を見ていた。

 

「言っただろう、特異な魔法だと。あの魔法にはいくつか形態がある。その形態が変わるにつれて強度も規模も格段に変わる。完全な状態では山を有に越えるほどにな」

 

 現代、古式の中でも、純粋に魔法の大きさとして山を越えるほどの規模を持つものは無いと言って良い。

 

 真夜は幻冬の説明を聞き、かすかな笑いが漏れてしまう。

 

 真夜の態度に、幻冬は目を細めた。

 

「ごめんなさい。自分の息子のことなのに少しも嬉しそうではない貴方が可笑しくて。貴方と違って裏葉の才を遺憾なく発揮しているあの子が、そんなに嫌いかしら?」

 

「親が子に抱く感情など一括りに出来るものではない」

 

 子を持たぬ人間にはわからないとでも受け取れる言い方だが、真夜は気にする素振りさえ見せない。

 

「そう。貴方がどのような思いを抱いているのかわからないけれど、あの子が大変なことをしてしまったことに変わりはありませんよ」

 

 十師族は頂点に立つべき存在。それが競技とはいえ敗北を喫したのだ。勝者を称える一方で、本当に一から十を冠する彼らが最強なのかと疑問を抱く者もあらわれてしまう。芽生えた疑念は膨張し、拡散し、逆らおうとする愚か者を生み出すことに繋がる。

 

 そして同じ十師族でも、捉え方は家の数だけ存在する。

 

「理解している。だからこそ、こうして直接会いに来たのだ。裏葉のため、延いては四葉のために、な」

 

 秋水が知らぬ水面下で、ひっそりと歯車が噛み合い出す。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 秋水たちがモノリス・コードで優勝したこともあって、新人戦の優勝は第一高校となった。九校戦総合優勝はほぼ確定的ではあるものの、油断をすれば取り損ねてしまう可能性は大いにある。残り種目は本戦のミラージ・バットとモノリス・コード。他校は少しでも優勝に近づくために決死の覚悟で臨んでくることは想像に難くなかった。

 

 そうは言っても、全員が全員気を引き締めていられるわけではない。CADの調整を請け負う技術スタッフや出場選手を除き、出場が終わった選手などは少し浮かれた気分になっていた。これまで貢献してきたこともあって、少しばかりならば咎められることなどない。

 

 秋水は一人外に出てベンチに腰掛け、漠然と空を見ていた。昼とは一転して青から黒へと、本来の色を映し出した太虚は見る者を吸い込んでしまいそう。半分ほど掛けている月が薄く照らす淡い景色が、昼間の眩しい景気よりも気分を落ち着かせる。夏とはいえ少し涼しくなる風もまた、晩の方が好きな一因でもあった。

 

 アイス・ピラーズ・ブレイクでは接戦の末準優勝。

 

 モノリス・コードでは十師族を倒した末に優勝。

 

 裏葉の名前を世間に知らしめるには、十分な出来だと言って良いだろう。一先ずの目的を達成したことで、ほんの少しだけ肩の荷が下りたような気もしてくる。本当に大変なのはこれからだが、束の間の今だけは普段着こんでいた鎧を脱ぎ捨てることも悪くは無いと秋水は考えた。

 

 心を弛緩させストレスを排他していると、目を閉じている事もあってか耳が微かな音を拾う。気を引き締め、注意して耳を傾ければより多くの情報を得る事が可能。ただの足音でも、音の変化と鳴る間隔から身長をある程度予測でき、音そのもので履いている靴の種類も把握することができる。得られた結果は、小柄な女性のものだった。

 

「やっと見つけた。こんな所にいたのね」

 

 自然なのか故意的なのか、頬を少しばかり膨らませている真由美が両手を後ろに組みながら近づいてきた。

 

「出歩くのは構わないけれど、せめて端末ぐらいは持って欲しいわ。探すの大変だったのよ」

 

 ふと窓から外を見て何気なく出ただけだったために、秋水は部屋の机の上に端末を置かれたままだった。

 

「すみません。以後気を付けます」

 

 特に言及するつもりはないのか、更に近づいてきては座っても良いかと真由美が尋ねるので、秋水はどうぞと答えながら座る位置を中央からずらす。真由美は綺麗な所作で腰を下ろすと、持っていたボトルを一本渡す。それは秋水が良く飲んでいる、ガス入りのミネラルウォーターだった。

 

「本当は総合優勝が決まってから皆で大々的にやるつもりなんだけど、ちょっとくらいなら良いわよね」

 

 真由美は真由美で自身の好みの飲料水を持ってきていた。

 

「優勝おめでとう」

 

「ありがとうございます」

 

 祝ってくれることを拒む者など滅多にいない。ワイングラスでの乾杯を真似るかのように、二人は小さな祝杯を挙げた。

 

 他愛の無い会話が続く。深い意味はまるでなく、あくまで雑談の域を出ることはない。話題を出すのは真由美で、秋水は基本的に聞く側のスタンス。けれど話の中で気になることがあれば素直に聞いていたために、一つの題から意外にも話が広がっていった。

 

 秋水は会話を続けていく中で、とりとめもない話を長々としているのは実に久しぶりなのではないかと考えていた。何故だと考え、改めて真由美を見る。

 

 些細な事でも実に楽しそうに話す姿からは、第一高校の生徒会長や十師族である七草の一員としての気品は感じられても威厳を知覚させることはない。歳相応の等身大の女性が、今秋水の目には映っている。

 

 一つ一つの仕草がやけに記憶に焼き付くのは、いつも以上に心の壁が薄くなっているからだろう。それ以外の理由はない。秋水はそう決めつけた。

 

 与太話が一段落ついたところで、秋水は本題へと移ろうと決めた。そうしなければならないような気がした。

 

「真由美会長」

 

「なに?」

 

 少し首を傾げる所作も非常に様になっている。自分の容姿を理解した上でやっている行為だったとしてもそうでなかったしても、彼女らしいと言えた。

 

「前置きはこの辺りにして、そろそろ本題に入りませんか?」

 

 内容まではわからない。けれど、ただ祝うためだけにわざわざ足を運び、世間話に興じるような人ではない。その程度ならば理解していた。

 

 真由美はそれまでとは一転して口を閉ざす。空気も変わり、緊張感が漂い始める。

 

「やっぱり、わかっちゃうか」

 

 諦めたように、ポツリと言葉が零れる。

 

 真由美は姿勢を正すと、今一度秋水の目を逸らす事無く見た。いつになく真剣な眼差し。一体どんな要件なのだろうかと思い、意図せず聞く体勢へとなっていた。

 

「それじゃあ、単刀直入に聞くね。秋水くん、貴方七草(さえぐさ)に来る気は無い?」

 


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