紅き眼の系譜   作:ヒレツ

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投稿が随分遅くなってしまいました。大変申し訳ありません


Episode 4-3

(呪印……なるほど、強制的に自然エネルギーを集めているのか)

 

 忍の歴史は長い。長い時を経ても残されている術やその過程で淘汰されてしまった術、新たに作られた術など様々存在する。よって、全ての術を網羅した情報などあるわけがない。だがそれでも、忍の中でも特に歴史がある裏葉家には、他家とは比較にならないほどの情報が集っていた。その中で秋水が見つけたのは、一人の忍が記した研究レポート。膨大な実験をしていたようで、かなりのデータが揃っている。人体実験が多く倫理に反しているものの、この研究が成功していれば忍の歴史はまた違った道を辿っていただろう。

 

 その忍が記した資料に綴られているのは「仙人化」。強制的に変化させると言えば聞こえが悪いが、「個人の才能に依存しない」と言い換えることもできる。

 

(あの容姿の変化も納得がいく。だが――)

 

 結論としては、研究は失敗。大半が呪印に耐えられず命を落とし、生き残る検体が一割弱。そして自然エネルギーの収集が可能でも、それを完全に御することは無かった。

 

 呪印には二つの状態がある。体に痣のような模様が走っている状態が「状態一」、容姿が完全に変貌する状態が「状態二」。この容姿の変貌という点が、自然エネルギーをコントロールをできていないことの何よりの証でもある。

 

(改良型? それとも別の術と併用しているのか?)

 

 見た目の現象は確かに同じ。しかしながら、得ていた効果は紙面にあるよりも多い。このレポートには、気を失った際にもチャクラが勝手に動き出すことなどは書かれていなかった。検証していなかったことも考えられないわけではないが、数多の人体実験をした製作者がこの程度のことを忘れるとは思えなかった。つまり、レポートが制作された時には秋水が見た現象は無かったことになる。

 

 この時点で考えられるのは三つ。

 

 一つは、呪印の改良型。一つは、呪印をベースに別の術と掛け合わせたもの。一つは、全く別の術。

 

 秋水はこの内、最後の一つはほぼ無いと考えいてた。外見があれほど酷似していて、全く別だとは到底思えない。残るは二つだが、今の段階ではこれ以上絞ることはできない。

 

 目を閉じ、背もたれに体を預けた。僅かに椅子が軋む。

 

 成否は別として、呪印(暫定)については多少なりとも答えは出た。しかし、裏葉に恨みを抱いている者に関しては、全く目処が立たない。

 

 目処が立たない、と言ってしまうと些か語弊があるだろうか。秋水は自身も含め、裏葉が真っ白な家だとはさらさら思っていない。むしろ触れてはならない者達(アンタッチャブル)と呼ばれ、恐怖を抱かれている四葉家以上に真っ黒に染まっているだろう。長い歴史の中で、裏葉一族は常に戦場に身を置いてきた。立場上、恨み辛みは様々な所から買っている。

 

(これに関しては、候補が多すぎる)

 

 秋水だけに的を絞っても、分家関係、任務関係、千手関係と至れり尽くせり。情報の少なさと反比例している候補の数は、一向に減る気配がない。

 

 自嘲しながら、どうしたものかと考える。幻冬に聞けば少しは進展するのだろうが、未だに頼りたくないという気持ちが強かった。聞いてしまえば、これに関しては自分の手に余ると言っているようなもの。窮地に陥っているわけでも何でもない現状で、借りを作るようなことはしたくなかった。

 

(それに、恨みを持っていたのがあいつだけという可能性もある)

 

 数時間前に戦った者と呪印を新たに作った者は別人。彼は単に投与されただけ。目的は別として、これは間違いないと秋水は考えていた。彼はあの時、「見つけた」と発言していた。これは秋水が住む場所を知らなかったことになる。知っていたならば、わざわざ人通りの多いあの場所で襲う必要はない。待ち伏せをして、気を抜いた時に襲った方がよっぽど高い確立で殺すことができる。住所を知らなかった可能性もある。一昔前とは異なり、セキュリティレベルは格段に向上しているためだ。しかしながら、不可能というわけではない。「電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)」のように魔法を使ったハッキングスキルを持つ者ならば、住所レベルの情報は簡単に盗み出せる。もちろん、電子の魔女レベルのクラッカーはそうそういないだろう。だが能力は落ちても、金さえ積めば行う輩はごまんといる。

 

(となれば、目的は何だ?)

 

 予想すればするだけ出てくるが、これも答えは出ない。男なのか女なのか、大人なのか子供なのか、正体も全く想像が付いていない。まるでお手上げ状態。

 

(突破口があるとすれば……)

 

 秋水はディスプレイを見つめる。誰が撮ったのか、そこには数時間前の秋水とあの男の姿が映っていた。撮像素子や画像処理エンジンの高性能化・小型化が成功したことで、現在のデジタル機器の性能はかなり高い。遠く離れていても、鮮明に映すことができる。秋水がこうして眺めている間に、ネットワークを通じて世界中にこの出来事が知られるのだろう。消去されるまで、一体何人の目に留まるのだろうか。

 

 いくら情報規制や箝口令を敷こうとも、人の口を完全に閉ざすことはできない。人の口に戸は立てられないとはよく言ったものだ。非日常を見た者達は、それを他者に知らせたくて仕方が衝動に駆られる。鬱陶しい性ではあるが、今回はこの第三者の目が非常に役に立つ。

 

(情報が無いということは、意図的に削除を続けているか、今回が初めての二パターン)

 

 前者ならば、秋水の写真や動画も直に消されることだろう。そしてどこかに投稿され、再び削除されるといういたちごっこが行われる。そして後者ならば、今後この手の情報は増えていく。

 

 現在調べられるのは前者のみ。検索ワードを変え、いくつか気になる記事をピックアップしていく。

 

 秋水の目が一つの記事で止まった。三流週刊誌のライターが書いた物で、五日前に刊行されたものだ。

 

(都内で起こる連続怪奇事件――)

 

 他にも、忍び寄る現代の吸血鬼、魔法師の陰謀か。と書かれている如何にもな見出し。内容も証言者とのインタビュー形式であり、写真の類は一切ない。信憑性としてはかなり低いと言える。そもそも、今は科学が発展して魔法にまで昇華している時代。一定の需要はまだあるとはいえ、オカルトブームはとうの昔に過ぎ去っていた。

 

(普段ならば気にも留めないが)

 

 吸血鬼の存在の有無は断言できないが、似たような存在ならばいるのではないかと秋水は考えていた。例えば、仙術を会得し仙人と化した者。呪印を調べた際、仙人についても見識を深めることができた。仙術を扱う者は往々にしてモチーフとなる生物がいる。有名なのは「蝦蟇・蟒蛇・蛞蝓」の三種だが、他の生物もいる。その中に蝙蝠の仙人がいてもおかしくはない。むしろその者を吸血鬼、と呼んだとも考えられる。

 

(タイミングと内容を考えれば、無視するわけにはいかない)

 

 まずは記者の住所を調べなけれなばらない。これが一番の山。乗り越え、居場所さえ突き止めてしまえば、後は幻術一つで済む。問題の住所も勤め先に行けばわかること。法に触れる行為をすることになるが、そんなことは今更だった。

 

 影分身を発動し、分身体に早速行動させる。時計を見ながら、日を跨ぐ頃には情報収集を終えるだろうと判断した。

 

 ディスプレイの電源を切り、秋水は別の事を考え始める。

 

 下手な尾行をしていたリーナについてだ。今のところ周囲を嗅ぎまわっているものの、接触してくる気配はない。

 

 秋水は初め、リーナは灼熱のハロウィンと名付けられる原因となった魔法の使い手を探しに来たのだと考えていた。そして彼女の歩き方やちょっとした仕草から、アンジー・シリウスではないかとも考えていた。しかし、よくよく考えてみればおかしな話だ。リーナがシリウスであるとすれば、武闘派の彼女が畑違いの諜報活動をしているということ。違和感がどうしても生じる。容姿を最大限に利用したハニートラップを仕掛けるつもりなのかもしれないが、それでもだ。行うには専門の訓練が必要であり、容姿が優れていれば誰でもできるほど簡単なものではない。リーナの容姿は男女問わず惹きつけるだけのものがあるが、惹きつけすぎてしまうという問題もある。人種も違うことから、日本でそれを行うには他人の目がどうしても邪魔になってしまうだろう。日本で日本人相手に行うならば、日系アメリカ人の方が適している。

 

(第一高校に来たということは、標的は俺か達也だろう)

 

 マテリアル・バースト。それが巨大な爆発を引き起こした魔法名。使用者は国防陸軍一◯一旅団・独立魔装大隊に所属する大黒竜也特尉。という偽名を使った達也だ。

 

(達也に接触したというとは、あいつを容疑者と見ているということ。さすがは大国というべきか) 

 

 魔法に関してはアメリカは、日本にやや遅れを取っている。しかしながら、多方面に関しては大国の力は昔から何一つ錆びついていない。どのようにして達也へと辿り着いたのかはわからないが、確度は流石の一言に尽きる。

 

(俺に対して尾行で留まっているのは、写輪眼を恐れて踏み込めずにいるから……いや、そもそも何故あいつなんだ)

 

 リーナがシリウスだという仮説が正しい場合、国の最高戦力を諜報活動に狩りだしたことになる。本来ならば、このようなことはあり得ない。諜報が露呈した場合に即座に口を封じるため、という馬鹿げた理由なはずもない。

 

 秋水は思考に没頭し、考えを浮かべては否定して捨てていった。

 

(俺が気づくことを見越した上で、注意を向けさせることが目的か)

 

 リーナに意識が向けば他への注意が薄れ、別働隊は動きやすくなる。しかし、それだけが理由ではないだろう。さすがに軽すぎる。三ヶ月という期間を考えれば、USNAにはもう一人戦略級魔法師がいるとはいえ、シリウスを国から離れさせる行為は相応のリスクが生じる。

 

 危険性を理解した上で日本に寄越したということは、リスクを上回るメリットがあるということ。秋水の頭に、先ほど見ていた仙術の資料が浮かび上がる。

 

(違うな。留学の話は昨年からあったはず。となれば、もう少し前の……)

 

 考え始めたとろこで、強制的に思考にストップをかけた。これ以上続けても混迷化するだけで進展が無いと判断したためだ。

 

 椅子から立ち上がり、キッチンへと向かう。ヤカンに水を入れ、電気コンロのスイッチを押す。茶葉などの用意をした後にしばらく待っていると沸騰し始めた音と共に湯気が出始める。湯のみに入れ終えると、再び元いた場所へと戻った。

 

 茶を飲み、味にやや味に不満足を覚えながらも、何も考えずに目を閉じる。以前ならば考えられなかった時間の使い方。少しだけなのかもしれないが、心にゆとりができた証拠だった。

 

 束の間の休息は、着信を知らせる電子音で崩される。

 

 秋水は目を音源へと向け、鬱陶しそうに手を伸ばした。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 翌朝、影分身からの情報であの記事を書いた記者は自宅で死んでいたことがわかった。首筋にある穿刺痕以外目立った外傷はなく、腐敗具合から死亡推定日は四日か五日前。記事を書いてすぐにということになる。情報を掴んだため殺したのではなく、用が済んだから殺したと考えるのが自然だった。情報源は断たれたが、それは進んでいる方向が間違っていないことを示す証。何より、これみよがしに吸血鬼がやったかのような痕跡。犯人はあえてその情報を残したのだ。気づいた者への挑戦状、とでも言うのだろうか。まるで来ることがわかっていたかのようでさえある。

 

 確信に変わったのは、相手は吸血鬼ではなく人間だということ。手の込んだ事をするのは、人間位のもの。全体を見れば大した進歩ではないが、この一歩は秋水にとっては大きな一歩だった。

 

 学校に行く先々で、これまでとは違った視線が向けれる。出回った映像を完全に消すことなどやはり難しいようだ。しかし、秋水からすれば今更なこと。ちらちらと見る程度なため、ただ鬱陶しいくらいにしか思わなかった。二科生の一部の生徒から面白半分で事細かに聞かれたことは、流石に嫌気は差したが。

 

 動画を見れば自衛目的で使用したことはわかるため、教師陣から簡単な聴取と注意を受けて開放される。最後の爆発は攻撃か防衛かわかりづらいものだが、追求してこなかったのはどこからか圧がかかったからだろう。

 

 授業を終えた放課後、秋水はある人物を最寄りの喫茶店に呼び出していた。個人に割り当てられる学校用のアドレスを使えば、プライベートナンバーを知らなくとも連絡は簡単に取れる。赤い光を窓から取り込む空間は、流れる音楽も合わさって洒落た空気を演出していた。

 

 学校の近くなために生徒の利用は多いが、今の時間帯は部活動をしているためにほぼ貸切状態となっていた。

 

(あいつらは魔法師だな)

 

 横目でテーブル席に座る男女のペアを見た。男性が着ているジャケットの左側が僅かに膨らんでいることは、秋水がそう判断した証拠の一つ。恐らくは拳銃タイプの特化型CADをホルスターに収納している。女性の方は見た目からは判断が難しいが、体を巡るサイオンは一般人とは非なるものだ。

 

 扉が開き、呼び出した人物が現れた。店主もスタッフも客も、彼女に思わず見とれてしまう。彼女は一旦男女のペアに視線を移してから、秋水の対面にある椅子の側に来た。

 

「まさか、アナタから誘ってもらえるとは思っていなかったわ」

 

 金色の髪は夕日を浴びて煌き、潤った碧眼はまっすぐに秋水を見ていた。

 

「一度は話しておきたいと思っていたからな。来てくれてよかったよ、アンジェリーナさん」

 

 取ってつけたような外面。それでも、その仮面が及ぼす効果は絶大。初対面の相手ならば、まず間違いなく好印象を抱かせることができる。

 

 秋水は柄にも無いことを口にし、ジェスチャーで椅子に座るように促す。

 

「リーナでいいわ。ワタシもアナタとはお話したいと思っていたの、ウチハシュウスイさん」

 

「フルネームで呼ばなくていい」

 

「そう? じゃあお言葉に甘えてファーストネームで呼ばせてもらうわ」

 

 リーナが座ったところで、秋水はリーナにメニューを手渡す。メニューを注文する際に、一昔前のようにウェイターを呼ぶ必要は無くなった。紙のような薄さが利点の電子ペーパーがメニューとなっており、欲しい商品を選択し、確定を押せば注文は完了する仕組み。

 

 礼を述べたリーナは少し考えた後に紅茶を選択し、秋水はメニューを元あった位置に戻す。

 

「それで、話ってなに?」

 

 秋水は言葉を発する前にCADを操作し、魔法を発動させる。これで周囲には、高校生同士が他愛ない話をしているようにしか見えない。二人が発する言葉も同様。

 

「回りくどいのは嫌いなんでな、単刀直入に言わせてもらおう。今日限りで俺への尾行及び監視を止めろ」

 

 リーナの体が僅かな間だが不自然に硬直した。

 

 リーナはこの場をどう乗り切るか必至で考えを巡らせる。時間が少しでも欲しい。そんな思いから、その場しのぎの言葉が自然と出てきた。

 

「なんのことかしら。ワタシには何のことだかサッパリ」

 

「俺に嘘は通じない」

 

 しらを切るリーナに対し、秋水の目が紅く染まる。あらゆる真贋を見極める眼に、欺ける術などありはしない。

 

「この眼に見抜けないモノなどない。裏葉の瞳力をなめるなよ」

 

 リーナとは対になるような紅眼。以前ほどの荒々しさはないものの、秘めた力は以前より数段上。鞘に納められただけで、刃そのものは匠が研いだように鋭い。見るだけで相手を圧倒する威圧感は、それだけで相手を金縛りにするだろう。

 

 射殺しそうな魔眼は、知識と直感の双方から危険を訴えるリーナの精神をじわじわと削っていく。

 

 リーナを助けたのは、何の関係もないウェイターだった。注文品を届けに来たことが、偶然にも場の空気を変えるきっかけとなった。リーナは簡単な礼を述べた後、動揺が悟られないようにゆっくりとカップに手を伸ばし、急いで一口含んだ。

 

「――っ!!」

 

 リーナが飲んだ紅茶は、茶葉を蒸らす工程で多少温度は落ちるとはいえ、湯気が生じるほどの温度はある。量は多くないとはいえ、それを一気に飲み込めばどうなるかなど考えるまでもない。リーナの行動は、彼女がどれだけ動揺していたのかを示す指標になってしまった。

 

 秋水は自らが立てた仮説を崩したくなった。仮説とはシリウス=リーナというものだが、シリウスの時の彼女と今の彼女は違いすぎる。容姿のことではなく、内面のことだ。シリウスは甘さはあったものの、その振る舞いは確かに軍人のそれだった。しかし、目の前の少女はどうだろうか。紅茶相手に涙目にされている姿は、間の抜けた少女でしかない。

 

 思わず手元にあった冷水を差し出すと、リーナはそれを一気に飲み込む。豪快でありながらもどこか品を感じさせるのは、彼女の容姿合ってのものだろう。

 

「……大丈夫か?」

 

 茶番劇を目の当たりにし、秋水はすっかり毒気を抜かれてしまった。写輪眼も解かれ、既に通常の目に戻っている。

 

「ええ、大丈夫。ありがとう」

 

「そうか。……なら、話を戻そう」

 

 言葉ではそう言っても、先ほどのように詰め寄る気にはなれなかった。主導権を再度握るために、秋水は攻め方を変えた。

 

「さっきはああ言ったが、お前に関しては瞳力以前の問題だ。お前の尾行は粗末過ぎる。あんなもの、気づいてくれと言っているようなものだ」

 

 リーナから返事は無かった。しばらく無言になった後、不快を表すかのような目つきになる。

 

「……嫌な人ね」

 

 気づいていたなら初めからそう言え。リーナの意思が、視線を通じて秋水へと伝わっていく。言葉の意図を理解した上で、秋水は僅かに口元をゆるめた。

 

「否定はしない。それで止めるのか、止めないのか」

 

「もし……止めないと言ったら?」

 

 秋水は答える前に、ゆるめた口元を引き締めた。少し声のトーンを落とす。

 

「譲歩はしたつもりだ」

 

 何をするかをあえて言わないことで、その部分を相手の想像に委ねる。裏葉の名を知っている者ならば、平穏無事で終わるとは誰も想像しない。先日の一件や、先ほどリーナが秋水に対して嫌な感情を抱いたことも、マイナスのイメージを膨らませることを作興させる。

 

 リーナは秋水の思惑通り、最悪のケースを考えていた。諜報活動をしている者達の戦闘能力は、平均的な魔法師よりも上。それでも、最前線に出るような実力を持つ者はいない。下手に刺激して身内が傷ついてしまうのは下策といえる。そもそも、相手にバレている時点で諜報活動は失敗。これ以上、損失を出すわけにもいかなかった。

 

「わかったわ。でもすぐにはムリよ。ワタシにその権限はないの」

 

 嘘偽りがないと言わんばかりに、まっすぐに秋水の目を見た。

 

 リーナがシリウスだと仮定すれば、彼女の階級は少佐。彼女の一存で事が決まらないということは、軍務上の命令だということ。リーナの碧い目を見ながら、秋水は次の一手を考えていた。

 

「なら、一つ取引をしないか?」

 

「取引?」

 

 なぜこのタイミングで、というのがリーナの率直な感想だった。主導権は秋水にある上に、こちらは首根っこが掴まれた状態。取引など譲歩以外の何物でもない。リーナは秋水の思惑がわからなかった。わからないからこそ、警戒心を強める。

 

「ああ。一つだけ、お前の質問に対して答えてやる」

 

「代わりに、ワタシも質問に対して本当のことを答えろってこと?」

 

「そういうことだ。俺が聞きたいのは、お前たちが日本に来た目的だ」

 

「なんでそんなことを? その眼を使えばいいじゃない」

 

 写輪眼という絶対的なアドバンテージ。相手の意思に関係なく情報を取ることができる魔眼の存在は、とてもではないが無視できるものではない。

 

「確かにこの眼を使えば、欲しい情報は手に入る。だが、それをすれば後々面倒なことになりそうだからな。お前は勘違いしているようだが、別にお前たちと敵対するつもりはない。それに、目的次第では力になれるかもしれない」

 

 催眠眼による情報の引き出しは、自白剤を投与して聞き出すこととさほど変わりはない。聞き方次第では欲しい情報を得られない場合もあれば、余計な情報を得てしまう場合もある。直接相手が言う方が、時間も労力もかからないのだ。

 

「ちょっと、考えさせて」

 

 秋水が承諾すると、リーナは思考に専念する。

 

 既に秋水からの問は提示されている。写輪眼を使わないのであれば、与えたくない情報を伏せながら求める情報を与える方法があるかもしれない。そして「力になれるかもしれない」という言葉。これは秋水に敵対心がないことを表していた。これはチャンスだとリーナは捉えていた。上手くいけば、裏葉秋水という戦力をUSNA側に引きこむことができるかもしれない。最近四葉と同盟を組んだとはいえ、秋水はフリーランスの魔法師に分類される。日本の軍人を引き抜くことと比較すれば、難易度は天地の差。そして味方にできた際の旨味を考えれば、多少のリスクは度外視できる。

 

 リーナは元々、秋水に対して特別な感情があった。色恋方面ではなく、仲間としてのもの。十代でスターズの総隊長となったリーナには、周囲に対等な存在がいなかった。卓越した力は羨まれる一方で、嫉妬を抱かれることになる。女であり若くして少佐の地位に就いたことで、良く思っていない人がいることも知っていた。勿論そうではなく、慕ってくれる仲間も多くいる。だが、どこか孤独感に近いものを感じてた。そんな時に、リーナは秋水の存在を知った。同年代で同程度の力を持つ存在の登場は、この上なく喜ばしいものだった。実際に会って共闘したことで、その仲間意識は増々強くなった。

 

 リーナの中で、答えは決まった。

 

「その取引に応じるわ。ただその前に、質問には嘘偽りなく答えることと、他言しないことを約束して」

 

「ああ。裏葉の名に誓って約束しよう」

 

 自ら提示た上でそれを破れば、裏葉の名に泥を塗ることになる。人一倍プライドが高い秋水は、口約束とはいえ反故することはない。

 

 リーナは少し冷めた紅茶を飲み、喉を潤した。香りと程よく冷めた温度は、彼女の意思をほんの少し強く固める。

 

「さっきの答えだけど、ワタシの目的は十月末に起こった大爆発(グレート・ボム)の術者を探し出すこと」

 

 リーナは自身がスターズに所属していることを言わず、目的だけは本当の事を言った。秋水が求めていたのは理由であり、リーナの答えは要求を十分に満たしている。

 

「俺はその容疑者、もしくは候補の一人というわけか。光栄だな」

 

 秋水の言葉に、リーナは首肯する。

 

(嘘をついていない。だがその理由だけでこいつが出てくるのはやはり不自然だ。伝えられていない別の目的があると見ていいだろう)

 

 目は口ほどにものを言う。こんな諺があるように、人間の感情が最も現れるのは目だ。訓練して洞察力を身につけることで、目を見れば真実か虚実かを識別することができる。秋水には、リーナが口約通り真実を言っているように映った。

 

「次はあんただ。何を聞きたい」

 

 裏葉は四葉と繋がっている。秘密主義の四葉の内情を聞き出すには、これ以上ない機会。国内の魔法師ならば、高い確率で四葉について聞いただろう。けれど、リーナは国外の魔法師。四葉の力は聞いているとはいえ、あくまで日本の中で強力な魔法師を排出している家という印象が強い。深淵(アビス)を持つ五輪家や彼女にもその血が流れている九島家の方が、よっぽど関心が高い。

 

「アナタは、あの大爆発の実行者についてどう考えているの?」

 

 軍人であることと根が真面目だということもあり、質問は実にリーナらしい。

 

「あの魔法が使用されたのは二回。一度目の爆発があったのは、房総半島と大島のほぼ中間地点。発動後に津波の被害がなかったことから、他に気を配ることができた、もしくは助言する別の者が側にいたのだろう。そして二回目は、鎮海軍港及び艦隊。それも出撃してすぐのことだ。つまりは、大亜側に再戦・攻撃する意思があることを確認してからのことになる。あの時点で大亜の動きを正確に捉えることができたのは、おそらく軍の者だけだろう。射程距離や威力を考慮すれば、非公式の戦略級魔法師の仕業とみて間違いない」

 

 秋水は自身の考えを素直に述べた。この言葉でわかるのは、術者が軍人、秋水ではないこと程度。大黒竜也という偽名を使っている以上、達也に行き着く可能性はほぼない。リーナと達也との約束を同時に満たそうとしたならば、秋水の答えは妥当と言える。

 

「ありがとう、参考になったわ」

 

 事実リーナとしても、秋水が術者ではないことがわかっただけでも収穫があったと言える。担当している三人の内、筆頭候補が消えたのだ。数字上ではさして変化はないが、これは任務上大きな価値を持つ。

 

「ねえ、本当にそれだけで良かったの?」

 

 一旦話が終わったことを機に、リーナは自身の知的好奇心を満たそうと考えた。

 

「何がだ?」

 

「何って……術者の候補に挙がった理由とか、その……尾行がへ、下手なワタシが、アタナを付けることになった理由とか。聞いたりしないの?」

 

 リーナは自分でわかっていても、口にすることは少し抵抗があった。訓練を受けていると入っても、基礎的なこと。シリウスになってからは訓練の成果を披露することはなかったのだから、仕方がないと内心で言い聞かせる。

 

「興味がない」

 

 そんなリーナの心情を知ってか知らずか、秋水はばっさりと切り捨てた。

 

「いざとなれば、お前が言ったようにこの眼を使えば済む。知りたくなった時に使うさ。まあ、そんなことは来ないだろうがな」 

 

 秋水は椅子から立ち上がる。展開していた魔法も解くことで、周囲の声がやけに大きいように感じた。

 

「もしも話したくなったのなら、その時は話くらいなら聞いてやる」

 

 リーナの顔が少し驚いたものになる。

 

 秋水が去っていく姿を見届けると、以前会った時とやはり印象が違うと思いながらも、リーナは力が抜けたようにほっと息を吐いた。


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