紅き眼の系譜   作:ヒレツ

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Episode 1-5

 時間にしてみれば、時計の秒針が六分の一も動いていない短く切り取られた時間。人が何気なく過ごしてしまうその短時間は、たった今この場においては限りなく濃密な時を刻み、見ている者からはそれを気づかぬうちに奪っていた。

 

「今のやり取りで、一つだけ分かったことがある」

 

 ごく普通に水面に立っている達也が忍術を使える事、やはり強者だと言う事ではない。それらも確かに理解した事ではあるが、もっと単純で、戦局を左右する原始的な事。

 

「俺は、お前よりも()()

 

 瞬きをする間も、秋水が足場にある水面が波紋を広げる間もなく、彼は達也の真後ろに音も無く現れる。僅かに互いの髪が靡いた程度で、それ以外の余韻は無いに等しい。ただ、移動したと言う事実だけがそこに存在していた。

 

 秋水の瞬身は、五大性質変化の中で肉体活性の特徴を持つ雷遁を纏った状態での瞬身と天秤に掛ければどうしても上に傾いてしまう。だがその瞬身さえ除けば、間違いなく最速を誇っている。

 

 さらに言えば、現在の達也が目で分かってはいても身体が反応しきれなかった事が、秋水の速さを裏付ける要因となっていた。

 

 その反応の遅れが、幾重にも絡まる歯車の動きの様にさらなる遅れを生み出す。

 

 即座に振り返ったものの、一足先に振り返り攻撃態勢に移っていた秋水の足が達也の腹部へと目掛けて直線的に迫ってきていた。

 

 鈍い音が鳴ると同時に、達也の身体は“くの字”に折れ曲がり、遥か後方へと蹴り飛ばされる。

 

「お兄様!」

 

 ギャラリーの中から、悲鳴にも似た深雪の声が響く。

 

 無理も無い。その声の主である深雪からすれば、自身の兄である達也がまともに攻撃を受けたことはこれまでにほとんど見たことが無かったからだ。思わぬ苦戦と被打に、兄を慕うがための言葉が出てきてしまった。

 

 けれど、その不安をすぐに打ち消すために返ってきた言葉は、妹を安心させるものだった。

 

「大丈夫だ、深雪。問題ない」

 

 空中で足を振り上げ一回転し、水面に綺麗に着地をした達也の声には苦痛に苛まれる音は混じっていない。無理をしてそう言っている訳でも無かった。

 

(咄嗟に後方へ跳んだか。判断力も高いな)

 

 当たる直前に回避は不可能だと瞬時に判断した達也は、自ら後方へと跳ぶことで隙間を作りだし、腕を十字にして盾の変わりにすることでダメージを最小限に留めていた。あの時出来得る選択肢の中で、最も適切な物だっただろう。

 

(とはいえ、まだまだ情報は少ない。もう少し試してみるか)

 

 瞬身ではなく、水面を走って接近を試みる。

 

 さすがに片手では秋水の相手は無理だと判断したのか、達也はホルスターにCADを収納して体術の応酬に備えて少し腰を落とした。

 

 手始めに右ストレート、左の肘鉄、右足を使った上段回し蹴りに、左足からの足刈り。

 

 達也はそれらの攻撃をいなしては躱す。ギリギリと言うよりは予めわかっているかのような動きで、四撃目の攻撃を跳躍によって回避すると、秋水と達也の間で攻守が逆転した。

 

 着地することなく繰り出される蹴りを、秋水は上体を逸らして回避する。鼻のすぐそばを通過していく靴の後を追っていた水が綺麗な曲線を描いており、始点の方に戻るにつれて本来の形である球体へと戻っていた。

 

 秋水はその状態から身体を時計回りに捻り、腕の曲げ伸ばしを利用して達也の顎目掛けて蹴りを繰り出す。達也はまだその身を空中に預けているために身動きが取れない。CADを収納している以上は、魔法の発動も不可能。

 

 雫がさらに小さな雫となって弾けていく。

 

 先に蹴り出した右足が、顎の前で盾となっている達也の腕を僅かに動かし、追撃となる左足の二撃目が合間を縫うようにして達也の顎を捉えた。それは、達也がちょうど水面に着地した時と同じタイミングであり、次の挙動に移るまでに生じるほんの少しの硬直を狙ったものでもあった。

 

 だが当たったはいい物の、達也の身体を完全に浮かせるほどの力は無かった。少々強く触れた、という方が正しいのかもしれない。

 

 達也は痛みで身体の動きを止めること無く、間髪入れずに秋水の腕を足で狩り、今度は秋水を空中に浮かせる。単純に落ちていった達也の時とは違って上下が逆転し、更には腕が一時的とはいえ制御下を離れたことで不利になっている。

 

 幸いだったのは、浮いた地点が水面にかなり近かった事と、蹴り上げた反動があったこと。身体は力のモーメントによって回転し、達也が次の挙動を起こす前に水面に身体を付ける事が出来た。

 

 振り下ろされる足を、水面を転がる事で避ける。威力を示す様に水が割れ、水柱が上がった。

 

 起き上がり、水柱を蹴っては水を裂く。

 

 足にまとわりついた水が申し訳程度の目隠しの役割を果たすものの、鈍い音と共に達也の腕によって阻まれた。

 

 一瞬の停滞の後、秋水は達也によって後方へと蹴り飛ばされる。咄嗟に右腕を間に入れたものの、電流でも流されたのではないかと思えてしまうほどの痺れが後まで残る鋭い蹴りだった。

 

 空中で一回身を翻し、一度目は左手で着水。それでも威力が殺せないために、二度目はそこから更に回転して足で、最後は体勢を整えるためにもう一度二回目と同様の動作を行う。ただ二度目とは違って、三度目は少し高く跳んでいた。

 

 ようやく体勢を立て直し終える。

 

 そうギャラリーが思ったのも束の間、彼らの前から秋水の姿が再び消える。

 

 反応したのは達也だけだった。

 

 背後から来る後頭部を狙った左足の蹴りを屈んで躱し、続いて振り下ろされた左肘を、首を傾け本来頭があった位置に左手を出して受け止める。右手を添え、秋水の攻撃の勢いを利用して投げ飛ばした。

 

 達也が懐からCADを出し魔法を放つのと、秋水が投げ飛ばされながら印を結び、魔法を発動させたのはほぼ同じタイミングだった。

 

 達也が秋水に放った魔法は、水分身に放ったサイオン波の合成。位置もタイミングも合成波が最大になるはずだった。

 

 だがそれはあくまで、サイオン波が全て空中を伝達したならばの話だ。波は空中と水中とでは、更に水中でも水の密度によって伝達速度は変化する。秋水が防御に使った水の壁がサイオン波の速度と位相をズラし、合成された際に打ち消すようにしていた。

 

 本来では不可能とも言えるようなそれも、写輪眼と秋水の反射神経などがあれば可能に変わってしまう。

 

 驚嘆によって隙を見せることはない。達也は、水陣壁が作られた時には既に秋水の背後へと移動していた。

 

 達也が攻撃するよりも早く、秋水は振り返りざまに勢いよく脚を振るう。

 

 達也はそれを右腕で防ぎ、左腕で秋水を狙う。

 

 秋水が攻撃した方とは逆の、エネルギーによって極限にまで活性化された足で足場を思い切り蹴り、その場を離れる。

 

 空を切った拳が水面を叩き、不格好な噴水が出来上がる。

 

 水のカーテンを壊しながら、秋水が勢いをつけて足から飛び込む。

 

 達也も同様に活性化された足を使って高速でその場から移動する。

 

 秋水は振り返りざま、達也は移動し、切り返した勢いのまま蹴り技を繰り出す。

 

 そこで初めて、両者ともまともに攻撃をくらった。

 

 頬に当たったことで口の中が切れ、不快で不味い鉄の味が広がっていく。

 

 追い討ちを仕掛けることなく、二人共その場から離れて距離を取った。

 

(あの目、洞察力に関しては俺の写輪眼と同等か。互いに先読みし合っているせいで、あまり効果が得られないな……)

 

 親指で口元をなぞり、出てきていた血を拭き取る。蹴られた時の見た目ほどダメージはなく、既に口内での出血は収まり始めていた。

 

 秋水は達也の目を見る。見た目は何も変わっていないにも関わらず、写輪眼に拮抗するだけの洞察力を有している。そのおかげで筋肉の微かな動作から動きが先読みをしたとしても、それに対しての攻撃を先読みされてしまい、本来写輪眼を持つ者が得られる優位性が損なわれていた。裏葉が長い歴史を持つことから、分家から他家へと血が流れ、他の血と混じりあったことで出来上がった写輪眼の亜種、または全く別のなにかだと推測した。

 

(まあいい。あいつの目がなんだろうと、写輪眼(このめ)には劣ること教えてやる)

 

 それは裏葉の血を継ぐ者として、秋水個人としてのプライドの問題。

 

 洞察力が同じであっても、まだ写輪眼には代名詞とも呼べる別の力が有る。仮面を外した、秋水が本来持つ純粋な感情だった。

 

 静から動へと移る。それはアナログ式ではなく、零から一へと一気にシフトするデジタル式のようなものだ。

 

 躱し、弾き、反撃する。

 

 地上空中問わず幾度と行われている応酬は、どちらが勝ってもおかしくは無い程非常に肉薄していた。

 

 徐々に激しさは増していくものの、ある所で収束しては一定になる。実力が拮抗していると言うよりは、これ以上の動きをすると相手が捻挫以上では済まないために制限がかかっているようにも見えた。それは、肉体の破壊の仕方を双方理解している証でもある。

 

 それまでとは違い、初めて互いの拳を真正面から受け止める形で秋水と達也の動きが止まる。

 

「どうやら、このまま続けたとしても決着はつきそうにないようだな」

 

「そのようだな」

 

 窮屈。

 

 いくつものフィルターが掛けられた模擬戦では、どちらも底を見せることなど到底ありはしない。二人が抱く共通の感情の内の一つとしては、模擬戦に対する不満だった。

 

「一つ質問をするが、幻術についての知識は持ち合わせているか?」

 

 古式魔法の一つである幻術。現代魔法にも幻影魔法とも呼ばれる近種は存在するものの、投影のスピード、映像のリアリティさ、動きの滑らかさといったあらゆる点において幻術に劣る。

 

「人の五感のうち、いずれかを対象として仕掛ける古式魔法の一つだと認識している」

 

 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。幻術は大抵、これらの内どれか一つに働きかけ、対象の脳神経に流れる電気信号を乱し、精神的なダメージを与えるものである。忍術と違い。どの幻術も習得難易度が高く、解かれることが無ければ現実世界の相手を無防備にさせる事のできる強力かつ危険な魔法だ。

 

「なら、この眼の事については?」

 

「並外れた洞察眼に模倣能力、そして相手を夢幻に誘う魔眼。記憶しているのはそれくらいだ」

 

 達也が得る情報は、あくまで情報として存在していたものを収集しただけに過ぎない。百聞は一見にしかず、というほどではないが、実体験が欠落している。夢幻に誘うにしてもそうだ。眼で相手を嵌めるということはわかっていても、どの程度時間を要するのか、嵌める際にどのような変化が現れるのかまでは分からなかった。達也からすれば、流れている情報ははっきり言って役に立たないものばかりだった。

 

 秋水からすれば、写輪眼についてその程度の知識ならばなんの問題にもならないと思っていた。

 

 更に言ってしまえば、すでに達也の目ではなく秋水の眼が、四葉ではなく裏葉が優っていることを一部的にとは言え証明した後だ。

 

「なるほど。では、老婆心ながら忠告を一つ。今後この眼を直接見る事は、どんなに短い時間であってもあまりおすすめはしない」

 

 その言葉を皮切りに達也の見ている世界に変化が訪れた。

 

 ガラスに罅が入る際に生じる音と同じ音が鳴り、空間に亀裂が生じた。一つだけではない。次第に増えていく音と亀裂、小さな破片となって落ちていき、抜け落ちたとこからは闇が顔を覗かせる。やがて、世界が歪み黒一色に染まった。

 

 その黒の世界も、耳を覆いたくなる衝撃音と共に更に砕け散る。

 

「いつの間に……。一応、注意はしていたんだがな」

 

 キャンバスが黒一色に染まる前と同じ景観を持った世界。たが、異なる部分もいくつかあった。

 

 一つは、足場にしていた水がなくなっている事。既に両の足は床にしっかりとついていた。

 

 一つは、打ち合っていた秋水が達也の前から姿を消している事。

 

 一つは、背後から消えた秋水の気配がする事。間合いから、達也が振り向こうとすれば、その前に意識を奪える位置に距離を置いていた。

 

 それらが意味することは、達也が幻術に嵌められたことにほかならない。

 

「最後の打ち合いの少し前、とだけ言っておきます」

 

 その言葉から、達也はほんの少しの過去へと記憶を遡り一つずつ堅実に検討していく。秋水の言動と一致した場面はそれこそ本当に一瞬とも呼べるような一弾指(いったんじ)だけだったが、それ以外に無いためにそこなのだろうと達也は自らを納得させた。

 

「なるほど。あの一瞬で仕掛けられたんじゃ、とてもじゃないが適わないな」

 

 表面上の言葉。少なくとも、秋水はそう受け取った。内面では今頃、幻術をかけられる少し前の場所からどのように動けば幻術にかかることなく勝負に勝てるのかのシミュレーションを行っていてもおかしくはない。模擬戦を通じて、ほんの少しだけ司波達也という人間がどのような人間なのかがわかった気がした。

 

 だからこそ、続けて達也が言うだろう言葉を予想し、あえて口を出すことはしなかった。

 

「参った。俺の負けだ」

 

 軽く両手を上げて降参の意を示す。

 

 ほどなくして、摩利から勝者の名前が告げられた。

 

 

 模擬戦が終わっても、名残惜しそうな雰囲気が周囲を包んでいた。魔法、という点においては双方ほとんど使わなかったものの、体術に関して言えばまだ見ていたいと誰も素直に言うほどのものだった。クラブ活動で新入生を勧誘するために行うデモンストレーションよりもはるかに見応えがあっただろう。特に二人共疲れた様子もないことから、更に上があるのではないかと自然に思えてしまうことも、そう思わせることに一役買っていたのかもしれない。

 

 秋水は目だけを動かし、達也の表情を見る。落ち込むわけでも悔やむわけでもない、普段通りのポーカーフェイス。内面ではどのような感情があるのかは分からないが、表面において起こった事象をあるがままに受け取る様は、指示通りのことを淡々とこなす機械を彷彿とさせた。

 

 一方秋水の方も上辺では感情が読み取りにくいものの、内面ではしっかりと人としての機能が存在していた。優れていることを示したための優越感ではない。ただそれも、全く無いと言ってしまえば嘘になる。

 

 写輪眼を有していることもあって、秋水は同い年の魔法師とは比較にならないほどの実戦経験がある。それも生死をかけた戦いであり、敗北はそのまま死へと繋がっている。そんな彼からすれば何が一番恐ろしいと感じるのか。

 

 強力な魔法を持っている者。

 

 相性の悪い属性魔法を持っている者。

 

 自分よりも数段頭が切れる者。

 

 確かにそれらも危惧すべき対象ではあるが、一番は底が知れない相手。いくら段取りを整え勝利への算段立てたとしても、それを全てぶち壊しかねないためだ。得体の知れない者に対する畏怖の念が秋水の中にははっきりと存在していた。そして司波達也という人間は、間違いなくこれに当てはまる人間だと秋水は考えている。これまで戦ってきた中でも、圧倒的なポテンシャルを秘めていると思えた。

 

 今後敵対するようなことがあった場合には、相応のリスクを背負って挑まなければならない。漠然とはしているものの、ある程度の結論が出ただけでも模擬戦を行った甲斐はあったのだろう。

 

 自身の目的がなんとか達成されたことで、秋水の意識は服部の方へと向けられた。もとより彼が達也の風紀委員就任に反対していなければこの模擬戦が行われることはなかった。口に出すことは決してないが、服部には感謝しており、事の末端まで見届けようと思っていた。

 

 当の本人である服部は目を伏せ、周囲とは一旦世界を切り離した上で熟考しているように見える。もしかしたら彼もまた、仮想戦闘を行っているのかもしれない。冷静に自分と相手の力量を分析していくそれは、魔法師という枠組みに収まることなく様々なところで役に立つ。

 

「渡辺先輩、先ほどの発言を撤回します」

 

「それは、司波達也くんの風紀委員任命に反対したことに対してか?」

 

 少し意地の悪い聞き返し。

 

 たが服部は、達也のときのように食ってかかるようなことはしなかった。立場は

しっかりと理解している以上、無闇にそういうことはしない。

 

「そうです。あれを見せられてまだ反対するほど、私も子供ではありません。風紀委員()()()()、彼は適性があるようだ」

 

 魔法師ではなく、風紀委員としては認める。

 

 服部の中ではそういう折り合いをつけたようだった。

 

 実際に体術が中心となってしまい、達也の魔法はまともに秋水を捉えてはいないことからも例え反論されたとしてもいくらでも言いようがあった。それをわかっているためか、あれほど模擬戦前には兄の肩を持っていた深雪でさえ、不満そうな顔は残りながらも言い返せずにいた。

 

 他のメンバー、特に真由美や摩利は服部の性格を知っていることから、服部の言葉にどこか保護者のような目を向けていた。

 

「会長、先に生徒会室に戻らせていただきます」

 

 一人になりたいのだろう。

 

 そう察した真由美は、服部を止めることはしなかった。

 

 

 服部が一人演習室を出て行き、扉が閉まるのにそう時間はかからなかった。

 

「さて、君には聞きたいことがある。初手でのあれは、あらかじめ自己加速術式を展開していたのか?」

 

 摩利の視線は、達也へと向けられる。ある程度の推測は立ってはいても、推測は推測でしかない。

 

「いえ。そうでないことは先輩が一番わかっていると思いますし、俺のあれは、その手の専門家に聞いたほうがいいでしょう」

 

 達也の視線は秋水へと向けられた。餅は餅屋、と言ったことだろう。事実、忍術である瞬身の術は秋水の専門分野だ。

 

 摩利をはじめとした全員の視線が集まったところで、秋水は口を開いた。ここで黙っていては一向に話が進まないだろう。

 

「あれは瞬身の術といって、忍術の一つです。俺が使ったものと同じ魔法ですね」

 

「でも、二人共印は結んでなかったわよね?」

 

 忍術は印を結んで発動する。忍術についてよく知らなければ、真由美の問は出てきて当然のものだった。

 

「あれはチャクラによって肉体活性しただけの高速移動です。部類としては忍術ですが、実際にはかなり体術に近いですので、印は必要ありません」

 

「チャクラ?」

 

「チャクラは身体エネルギーと精神エネルギーを練り合わせたもののことです。厳密には違いますが、現代魔法で言うところのサイオンのようなものだと思っていいただければ結構です」

 

 身体エネルギーとは、人間の身体を構成する膨大な数の細胞一つ一つから取り出すエネルギーのこと。

 

 精神エネルギーは、修行や経験によって蓄積されたエネルギーのことを指す。

 

 忍術使いはこれらを混ぜ合わせることでチャクラを作り出し、印を結ぶことでその質を変えて様々な魔法を生み出す。忍術では可能にも関わらず、現代魔法では不可能な魔法があることの理由の一つとしては、この用いているエネルギーの違いでもある。

 

 その差としては性質が変わることだろう。コントロールに長けてくれば、先ほどの秋水は達也のように水面に浮くことも、壁や天井に張り付くことも可能になる。

 

「だがそうすると、また別の疑問が浮かんでくる」

 

 なぜ達也が忍術を使えるのか、ということだろう。

 

 その問には達也ではなく、深雪が答えることとなった。

 

「兄は忍術使い・九重(ここのえ)八雲(やくも)先生の指導を受けているので、忍術を使えても不自然ではありません」

 

「なるほど、身の捌き方もその言葉で納得が言ったよ」

 

 九重八雲と言えば、対人戦闘を長じた者には一目置かれている有名な忍術使いの一人。彼の指導を受けているならば忍術を使えても、あれだけの身のこなしができてもなんら不思議ではない。八雲の名声を知っていた摩利からすればそう合点がいくのに時間はかからなかった。

 

「とにかく、二人共お疲れ様。一応改めて聞いておくけど、達也くんは風紀委員に所属する、ということで良いかしら?」

 

 達也は深雪の目が曇っていないことを証明するために模擬戦を行ったのであって、風紀委員になるために模擬戦を行ったのではない。それが証明された以上、達也はこれを期に辞退することも可能だ。

 

「はい。俺()()()でよければ、精一杯務めさせていただきます」

 

 自分を卑下するような発言だが、流石に断ることはなかった。流石にここまできて引き下がることはそうそうできないだろう。鉄仮面ではあっても、空気はしっかりと読めるようだった。

 

「じゃあ生徒会室に戻りましょうか」

 

 終わりの雰囲気の中、真由美が締めの一言を務めた。

 

 その言葉を期に皆が出口へと向かおうとした最中、再び真由美が口を開く。

 

「と言いたいところだけど、秋水くんと達也くんは先に保健室に行って怪我を見てもらってきてね。もう血も止まっているみたいだから大丈夫そうだけど、念には念を入れて損はないでしょう」

 

 実際に秋水の口の中の出血は完全に止まっている。元から大した傷ではなかったのだが、チャクラで活性化された肉体は、通常よりも傷の治りが早いという副次的な効果をもたらしてくれていた。

 

「わかりました。ですが、先にCADを事務室に預けに行ってもよろしいでしょうか?」

 

 達也の発言は、一言で了承した秋水とは異なっていた。

 

「なぜだ? 君はもう風紀委員の一員なのだから、携行しても問題はないぞ」

 

「まだ正式な手続きは済ませていませんからね」

 

「真面目だな、君は」

 

 そんなやりとりの後に、それぞれがそれぞれの目的地へと歩を進めた。

 

 

 ♢ ♢ ♢

 

 

「お兄様、お怪我の方は大丈夫なのですか?」

 

 事務室へと向かう最中、ようやく二人きりになった深雪は、しきりにそのことを気にしている。CADも達也からかっさらうかのように奪っては運んでいた。深雪は機械が苦手な方であるために本来ならば達也自身が持っておきたかったものだが、テコでも動かなさそうな深雪に根負けしていた。

 

「心配してくれるのは嬉しいけれど、本当に大丈夫だよ。口の中を軽く切った程度だからね」

 

「ですが他にも」

 

「模擬戦ということもあって向こうも手加減してくれたんだろう、見た目ほどのダメージはなかったよ」

 

 深雪の相手をしながら、達也は秋水との模擬戦を思い出していた。秋水も言っていたことだが、速さという点では明らかに劣っていたということもあって、達也自身、同い年であれほどの腕を持っている人間が居るというのは驚嘆に値していた。

 

「それよりも深雪、模擬戦の前にも言ったが、彼の動きは見ていたかい?」

 

「はい」

 

「残念ながら現代魔法は一回、それも不発に終わったが、発動速度においてはお前といい勝負だった。ちょうどクラスも同じだし、彼はお前にきっと良い刺激を与えてくれるだろう」

 

 相手が自分でなければ、あの時の単一系統の魔法で終わっていただろうと、私情を挟むことなく冷静に分析をしていた。

 

 実力が拮抗している相手は、成長を促進させるにはまたとない存在だ。そういった点から見れば、達也にとって秋水の存在はありがたいものだ。

 

 だが、敵対するならば話は別。写輪眼から繰り出される幻術は達也にとっても非常に厄介なものであり、驚異と言える。肉体的なダメージが無い以上、自動発動するように設定してある、達也しか使えない特別な魔法は発動しない。実際に、暴露されるまで幻術だと気がつかず、魔法は発動しなかったほどだ。加えて、まだ実力の底が見えず、何個も隠し玉を持っているように思えた。

 

 相手をするならば全力でやらなければならない。

 

 その前に、情報がもっと必要だ。

 

 達也にとっても、模擬戦は秋水にそのような印象を抱かせることになった。

 


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