紅き眼の系譜   作:ヒレツ

7 / 45
Episode 1-6

「やあ、達也くん、深雪くん。こんばんは」

 

 月明かり以外一切の灯りが無いこの場所は、現代の技術水準を考えると非常に稀有な場所であり、耳をすませば自然の音が聞こえてくる場所でもあった。

 

そんな場所で明るい声は、やや不釣合いだろう。

 

「こんばんは。師匠、夜分遅くに申し訳ありません」

 

 会話をしているのは達也と、達也の師匠にあたる九重八雲。達也と深雪は八雲の寺に訪れていた。

 

 場所は八雲が管理する寺、本来なら何十人といるはずの弟子たちは、既に就寝しているのか気配が感じられず、灯りがほとんどない状況では闇に対する潜在的な恐怖心を増長させている。とはいえ、それは深雪のみに該当しており、八雲と達也からはそういったことは一切感じられなかった。

 

「構わないよ。普段見られない深雪くんの私服姿を堪能できただけでも、僕としては大満足さ」

 

 とても出家した坊主とは思えない発言だが、達也からすれば意外なことでも何でもない。長年の付き合いから、こういう人間だということは熟知しているつもりだった。

 

 そんな八雲は達也と深雪に手招きで縁台に座るように促す。第一高校の一部の生徒のように差別をする素振りは一切見られない。二人をしっかりと対等に見ていた。

 

「それで、今日は一体なんの用かな?」

 

「実は、折り入って師匠に調べていただきたいことがありまして」

 

「裏葉秋水くんのことかな?」

 

 その言葉に、達也は驚かずにはいられなかった。

 

「なぜ、そのことを?」

 

「忍術使いの中では、裏葉の名前を知らない者はいないからね。その次期当主にあたる秋水くんが第一高校に入学したということは知っていたよ。それに、君がこうしてわざわざ来るということは、そういうことだろう?」

 

 含みを持った小さな笑い。

 

 忍びにとって情報は金よりも価値のあるものであるために、この程度のことは朝飯前なのだろう。

 

「それで、何が知りたいのかな?」

 

 個人情報保護法に触れてしまっていることを達也が咎めることはない。もとより、彼も情報収集を頼むつもりだったからだ。

 

「知っていることを全て」

 

「ふむ。僕は出家をしている身だし、俗世には、特に裏葉にはあんまり関わりたくは無いんだけど……仕方ないか」

 

 じゃあ、簡単なところから行こうか。そう前置きを置いてから、八雲は再び口を開いた。真面目を示すかのように、先ほどと比べて渋い声になっている。

 

 達也も深雪も聞き漏らすことのないようにしっかりと耳を傾けていた。

 

「彼らは、「忍び」や「忍者」と呼ばれる者達の中でも最も古い歴史を持つ一族だ。彼らは特殊な眼を持つがゆえに戦闘一族とも呼ばれ、常に、いかなる時代においても最強の座に就いていた。その眼が何なのかは、もう知っているかい?」

 

「写輪眼、ですよね」

 

 間髪入れずに達也が答えると、八雲は満足そうな顔をした。

 

「そう。あらゆる忍術・幻術・体術を看破し、模倣するあの眼だ。当然、彼らはその眼を自分たちの一族間だけで独占しようとした。まあ、当然といえば当然だけどね。だけど、時代が進むにつれてそれも難しくなってくる。度重なる戦闘によって、彼らの母数が減ってきてしまったからね。そうして彼らは、徐々に外と交わりを持つようになっていった」

 

 戦闘一族。稀有な瞳術。その眼を狙う輩は非常に多かった。最強の座に就いていたとしても、無敵ではない。写輪眼相手に対抗する術を周囲が持ち合わせてからというものの、一対多という状況が多くなり、その命を落とすことが多くなっていった。その際に眼が奪われたことも少なくはない。

 

「やがて、彼らにも変化が生じ始めた。裏葉の血が薄くなるにつれて、純血を保っていた裏葉の者と比べて写輪眼の発現ケースが非常に稀になっていったんだ」

 

「それは、写輪眼の開眼には裏葉の血が不可欠だった、ということですか?」

 

 あながちありえないことではないと達也は考えていた。現代魔法でも遺伝的要素は非常に重要視されている。今でこそ三代、四代といた血の濃さがあるものの、今後時を経て行けばどうなるかはわからない。

 

「条件の一つであることは間違いないだろうね。そして他家の血と交じり合っていく中で、現代魔法に即した形で一部の人間が写輪眼とは別の眼を発現し始めた。君の目や、学友のような、ね」

 

 その学友が柴田美月であることは、達也にとって言わずと知れたこと。

 

 霊子放射光過敏症と呼ばれ、「見え過ぎ病」とも俗称されるそれは、霊子放射光、つまりはプシオンの活動によって生じる非物理的な光に対して過剰な反応を示す。意識して霊子放射光を見えないようにすることができない知覚制御不完全症であるために、その反応は情動に影響を及ぼし、精神の均衡を崩すなどのやすい傾向にある。

 

 美月はこれを予防するために、オーラ・カット・コーティング・レンズと呼ばれる特殊なレンズを使った眼鏡をかけている。もっとも、美月のように常時遮断しなければならないほどの症状は珍しい部類に入る。

 

「ですがそれは、洞察力に関しては、ですよね」

 

 達也の言葉に、八雲がにやりと笑った。

 

「もしかして経験済みかい? 写輪眼にあって、君の目に無いもの。それは写輪眼の代名詞とも呼べる、相手を一瞬の内に幻術に嵌める瞳力だね。彼らが最強と謳われているのも、洞察眼以上にこちらの割合が多いと言われているよ。それにね――」

 

 一旦息を継いでから、今日達也にとって最も有益となる情報が紡がれる。

 

「写輪眼には、更に上の瞳術があるらしい」

 

「師匠にしては随分と曖昧な言い方ですね」

 

 情報収集を常にしているような人間がそのような言い方をするのは、特に八雲にしては意外なことに思えた。

 

「僕としても不確かな情報は教えたくないんだけど、今裏葉で写輪眼を持っているのは秋水くんだけだからね。彼ならその写輪眼を超えた写輪眼を持っていたとしても、おかしくはない」

 

「随分と買われているようですね」

 

「買っているというよりは、彼ならばそうであってもおかしくは無いとは思っているよ。数年前の荒れている時期に見たことがあるけれど、彼はどこまでも強さに貪欲だった。それはもう、執着と言っていいほどにね」

 

 荒れていた時期があったというのは達也からすれば以外なこととは思えなかった。確かに現在では落ち着いたような雰囲気こそあるものの、戦闘時には優劣にこだわっているように感じられたからだ。

 

「秋水の素性は?」

 

「もちろん調べているさ」

 

 関わりたくはないと言いつつ情報を持っていることに、達也はツッコミを入れることはしなかった。そのようなことで、話の腰を折りたくはなかったのだ。

 

 

 ♢ ♢ ♢

 

 

 夜分遅くに光源である画面を見るというのは視力にしても、女としては重要な美容の観点からも宜しくはないのだが、そこは十代の若さでなんとかカバーできるはず。加えて一日程度では害があったとしても影響が視認できるほど現れるはずもない、と真由美は自分自身を納得させながら端末を眺めていた。

 

 恋人とのやりとり、そのような年頃の少女じみた内容ならばどれほどいいのだろうか。そんな相手は現在真由美にはいないが、きっと損害以上に利益が生じるだろう。昔から恋をすると綺麗になるという話はある。眉唾物ではなく、恋愛ホルモンと呼ばれるフェルニエチルアミンやドーパミンなどの脳内アミンが分泌され、肌を綺麗にしてくれると科学的にも証明されているのだ。実際に友人である摩利を見ていると、それを実感させられるときも多々ある。

 

 そんなことを考えてしまっている自分に、真由美は呆れて溜息をついた。考えたところで、恋人ができるはずもない。手元にある現実から軽い現実逃避をしていたことをやめ、改めて向き直った。

 

 それは、使用人に頼んで裏葉秋水の情報収集をさせたものだった。

 

 秋水にはそれほど情報規制がかけられていないのか、一介の調査文としては誠に申し分ない出来だが、申し分ないせいで要らないことまで知ってしまった節があった。

 

――二〇八九年冬、秋水が九歳の時に母を事故で失う。

 

――二〇九二年春、秋水が十一歳の時に姉を事故で失う。

 

 その事故がただの事故では無く作為的な物が入り混じっていることは、真由美自身、十師族の家柄に生まれている以上はなんとなくではあるもののすぐに理解できた。

 

 特に一つ目の事故の後の経歴は凄まじいもので、千葉家の道場を半年近くで破門になって以来、道場破りの如く短期間で他の道場などに入門しては破門を繰り返していた。破門の原因のほとんどが他の門下生や弟子、師匠などとの揉め事と記されており、いかに荒れていたのかが顕著に示されていた。

 

 だが、それも二軒目の事故以降、まるで何かを悟ったかのようにすっかり影を潜めることとなった。そこから二〇九五年に入学して出会うまでは、ごく普通に学校生活を送っていたようだ。ただ、そこだけが普通であるために、かえって異常に見えてしまう。実際には内に秘めたものがあるのだろう。短期間での作業を頼んだためにまだ調べきれていない可能性が高かったが、これ以上調べさせようとは思わなかった。

 

――今後二度と同じことを繰り返さないように、それ相応の対応をさせていただきました。

 

 かつて、服部の問いに対して秋水が言った答え。その時は深く考えもせず軽く受け止めていたが、つまりはそういうことなのだろう。いけないことだと言うことは簡単だ。けれどそれは、彼の心を考えずに土足で踏み入っては荒らすような行為にも等しいことを理解している。さすがに、そのようなことができるはずもない。

 

 さらに言えば、逆鱗に触れてしまうことを忌避している意思があることも、隠し難い事実だった。きっと彼は、友人だろうと先輩だろうと関係なしに容赦なく牙を剥く。そうなってしまっては、いくら第一高校で「三巨頭」と言われていようが、「エルフィン・スナイパー」や「妖精姫」と持て囃されていようが敵わないだろう。単純な魔法の成績ではなく、実戦を幾度と経験している人間に、そうでない人間が勝てるはずもない。

 

 摩利にかつて「良くも悪くもお嬢様育ちで人の悪意に疎い」と言われたことが有り、その際には否定したものの、秋水の過去を知った今となってはあながち間違いではなかったと思えてしまう。

 

 彼はまさしく、真由美とは異なり人の悪意に触れて育ってきたような人間だ。感受性の高い子供の頃からさらされ続けていれば、現在のようにどこか冷めたような、他者から一歩引いた位置にいるのも納得ができた。

 

 これまで見ていた端末の電源を落とし、代わりに無線型の充電器の電源を付けると、端末に充電中のランプが着いた。それを確認した後に、だらしなくベッドに仰向けで倒れこむ。寝巻きがめくれて扇情的な様子になってはいるものの、部屋には他に誰もいないために気にする素振りもなく、居たとしてもこれといって直す気力もなかった。

 

「どうしようかしらね……」

 

 口から漏れ出した言葉は、秋水に対する今後の接し方に対してのものだ。

 

 腫れ物を扱うようでは全く話にならない。かと言って、これまで通りに出来るかといえば難しい。自分とは違う人間に対する恐怖に近い感情、それがどこかにおいてぎこちなさとして出てしまうのではないかという不安。それらを容易に見抜けてしまうだろう洞察力を秋水が持っていることからだ。そうなればきっと、彼はそういう対応をする人間だと判断して相応の対応を取るだけなのだろうが、それを想像するとどうにも解せないものがあった。

 

 惚れた腫れたではない。現状、それだけははっきりとわかっている。出会って早々に惚れ込むほど、乙女ではないことは自覚していた。では何なのかと考えてみると、兄や妹はいても弟はいないが、放ってはおけない弟、というのが真由美の中でしっくりと来る答えだった。

 

 体を動かし、視線を九十度横に傾ける。

 

 まだほんの少ししか考えていないが、どうすればいいかという思考の迷路は未だ出口から漏れ出す光を見せることがない。どうせならば、せっかくの高校生としての生活を謳歌して欲しいとも思っていることが、迷路をより複雑にさせていた。

 

 糸口が全くないわけでもない。

 

 悪意には疎くとも、好意には人並みに敏感な方。少なくとも、秋水から自身に対する好感度は悪くはないと理解していた。もしかしたら、彼の姉と同い年だということが関係あるのだろうか。自分が彼に対して弟のように思っていることと同様に、彼もまた自分のことを姉のように思っているのかもしれない。ふと、真由美の中でそんな考えがよぎった。

 

 さきほど見たばかりの彼の姉の写真を思い出す。

 

 長く、癖のない真っ直で綺麗な黒髪をした少女。一三歳という若さで他界したことから写真はそれ以前のものには間違いないが、既に異性を惹き付けるには十二分な容姿をしていた。高校三年生になった姿を想像してみれば、鈴音に近いのではないだろうか。少なくとも容姿という観点からは、共通点があまり無いように思えた。

 

 余計に混乱してきたような気がしてしまう。

 

 なんにせよ幸いだったのは、明日から新入部員勧誘期間に入ることだろう。毎年異常な賑わいを見せるその期間ならば、忙しくておそらくだが余計なことを考えている暇が無いためだ。

 

 そのことに対する打ち合わせを凌ぎきれば何とかなる。半ば来始めている眠気からか別の理由からか、真由美はよくわからない自信を持ち始めていた。

 

 

 ♢ ♢ ♢

 

 

 魔法化高校の風紀が最も荒れる時期としては、今日から一週間行われる部活動の新入生勧誘期間だと言われている。本来では事務室へと預けるCADも勧誘のためのデモンストレーションに必要だとして申請さえすれば誰でも携行が可能となるためだ。

 

 毎年のように何らかの揉め事が起こるために学校側が禁止やもしくは審査を厳しくしそうなものだが、今年八月に行われる第一高校から第九高校までの九つの国立魔法大学附属高校によって開催される全国魔法科高校親善魔法競技大会、通称九校戦で良い成績を残すために、学校側は黙認状態、むしろ背中を押すような傾向にあるらしい。優勝回数が最も多い第一高校からすれば、下手な成績は余計に残したくはないのだろう。

 

 そのために、風紀委員は一週間フル活動で治安維持に当たるらしい。

 

 達也が二科生だから一科生を、それも上級生を取り締まるのは無理だと言っていたが、ほとんど取り合ってもらうことはなかった。

 

 生徒会メンバーは部活連本部に真由美と服部が、留守番と称して生徒会室に鈴音と深雪が、風紀委員の補助として梓と秋水が抜擢されていた。理由を尋ねれば、梓は見かけとは裏腹に「梓弓」と呼ばれる情動干渉系の系統外魔法を得意とし、精神干渉系の魔法の中では珍しく多数相手にも有効で、興奮状態の対象を鎮静化できるからとのことだった。秋水が選ばれた理由としては昨日の模擬戦を見た摩利からの要望だった。

 

 秋水としてもそれはありがたいことだった。一つの部屋に拘束されているよりは、見回りをしている方が色々と自由が利いて妙味に富んでいる。

 

 現在、秋水は巡回を行っていた。両隣や前後に誰かが居るわけでも無い。居ないとは言っても、勧誘している上級生と、されている新入生はいるが、風紀委員のメンバーと梓の誰かがいないというだけだ。

 

 胸ポケットには、入れておくとちょうどレンズ部分が顔を出すような大きさになっており、右側に備えられたスイッチを押すことでレコーダーが作動するようになっている。違反行為を見つけ次第撮影を開始する用途に用いられるのだが、風紀委員と今回に限り秋水と梓の証言はそのまま採用されるために、どちらかといえば補助の側面が強かった。

 

 他の巡回中の生徒たちと鉢合わせることは一部の場所を除いてまずない。部活の勧誘場所は主に校庭でありそこは被るようになっているが、勧誘場所は敷地内全土に渡っているためにあらかじめ巡回ルートが決まっている。

 

 秋水もそのルートに則って行動をしていた。

 

 ただし、達也の監視も併用して。

 

 監視に用いるのは分身体。

 

 分身といっても、実体の無いただの分身でも、水を使って作り出す水分身でも無い。「影分身」と呼ばれる、術者のチャクラを等分割する高等忍術。その利点のひとつは、写輪眼であっても瞳力の高い者でなければ見抜くことができ無いほど術者と分身体が同じということにある。分身とは名ばかりに、もうひとりの自分だと言ったほうが正しい。これならば達也に水分身が見破られたように誰かに見破られることもない。攻撃を受けてしまえば分身が解かれてしまうものの、間抜けにダメージを与えられるようなヘマはしたりしない。

 

 あの眼で体内のチャクラを察知されてしまえば暴かれてしまいそうなものだが、そこにも抜かりはない。チャクラの性質を裏葉秋水の物と別の物に変えることはそう難しいことではない。通常の変化の印にいくつか加えることでチャクラの質ごと変える独自の変化の術を秋水は開発していた。分身体の姿は、秋水とはまったく違ったものになっている。

 

 今頃、決して気づかれないように尾行をしていることだろう。その成果は後に分かることだ。

 

(まるで祭りだな)

 

 本体である秋水は目の前で繰り広げられている勧誘に対してそう評した。右を見ても左を見ても、実に活気のある光景だ。それこそ、屋台がひしめく祭りを彷彿とさせる。

 

 魔法科高校のクラブ活動は魔法を用いた部活が主体ではあるものの、一般的なクラブ活動も盛んに行われている。そのためか、様々なユニフォームを来た上級生たちが新入生を囲っては争奪し合っている図がいくつも存在していた。

 

 幾多もの声が折り重なっている中で、一つだけ聞き覚えのある声があった。男のものだ。その声に集中して耳を澄ませれば、会話の内容が周囲の声(ノイズ)混じりではあるものの聞こえてくる。会話というよりは一方的に話しているようだった。

 

 徐々に声の主は近づいてきた。

 

「頑張っていますね」

 

 目の前に現れた声の主に、秋水は(ねぎら)いの言葉をかけた。

 

「裏葉か……」

 

 初めての風紀委員としての活動に気合を入れすぎたのか、若干疲れた様相なのは同じクラスであり、部活連から推薦された森崎。

 

「あまり気負いすぎない方がいいですよ。期間は長いですから」

 

 張り詰めた糸が切れやすいように、緊張の連続では体が持たないだろう。そうしないためには適度に緩ませてやる必要がある。

 

「わかってるさ」

 

 二科生に向ける敵意と違って、森崎が秋水にむける感情はごく普通に、クラスメイトに対するものと同じ。差別意識が強くとも、同族と思われる相手には普通に接することは何も森崎に限った事ではない。

 

 だが、今回はそこに不純物が混じっていた。それが秋水に対してではなく、別の誰かに対してだと気が付くことにそう時間はかからない。表情は非常に読み取りやすかった。

 

「司波達也のことで悩み事ですか?」

 

「な、なんで分かった!?」

 

「顔に書いてありますから。大方、風紀委員になったのが納得できないとかそんなところでしょう」

 

 達也を一方的に敵視しているのは情報として入ってきている。そんな相手が同じ委員会に入ればよく思わないのは、表に出るかどうかは置いておいて人としては当然の反応だろう。

 

「そうさ。二科生のあいつが風紀委員なんて大役が務まるなんて思えない。会長や委員長にハッタリを利かせたに決まっている」

 

 親の敵だとでも言わんばかりに、森崎は憎悪にも似た感情を溢れ出している。また、何か二人の間であったのだろう。

 

「それは真由美会長や渡辺委員長が、貴方の言う二科生如きがかましたハッタリに気づかないほどの間抜けだと言っていると受け取っていいですか?」

 

 森崎の中で達也は所詮落ちこぼれ(ウィード)。森崎からすればそんな彼がハッタリを利かせ、それにまんまと騙されてしまった真由美と摩利の両名はとんだ粗忽(そこつ)者なのだろう。真由美の出自を考えれば、十師族を馬鹿にするような発言とも取ることができる。

 

 若干苛立たしく感じた秋水は、意地の悪い返しをした。

 

「あ、いや……そういうつもりで、言った訳じゃ……」

 

 自分の発言がどのように受け取られるのかを理解した森崎は、憎悪から一転して怯えたような、うろたえたような表情になる。色で表すならば、赤から青へと大々的に変わっていた。

 

「まあ確かに、俺も貴方も魔法科高校(ここ)においては優等生で、彼は劣等生。納得できない気持ちもわからなくはない。ですが、それらを()けている境界線は一体なんだと思いますか?」

 

「ど、どうしたんだ。突然」

 

「いいから答えて下さい」

 

「……速度、規模、強度だろう。それが一体なんだって言うんだ」

 

 現代の体系が築かれていく中で、魔法師にとって重要だとされた三項目。事実、それらが優れている魔法師は劣っている魔法師よりも魔法に長けている。

 

「そうです。その三つさえ優れていれば、そこにエンブレムが刻まれる」

 

 秋水の指が、森崎の制服に施されている第一高校のエンブレムへと向けられた。

 

「それがここでの基準です。ならば、実戦において優劣を決める基準はなんだと思いますか?」

 

 向けていた人差し指を他の指と同じ状態へと戻し、腕を下ろした。

 

 いかに魔法が優れていても、気づかぬ内に拳銃で打たれればあっさりと死んでしまう。戦略級と呼ばれ、都市や艦隊規模の標的を一撃で壊滅させることのできるほどの強力な魔法を持つ魔法師でさえ、成人男性の親指ほどもない小さな鉛玉であっさりとだ。その事実は、彼らが人間という枠に収まっている限り決して変わらない。

 

「実戦であっても、僕らは魔法師だ。さっき言ったことがそうだろう」

 

「確かにそうですね。ですが、これも基準になり得るとは思えませんか?」

 

 エンブレムを指さした腕を、肘を支点にして再び上げると、手には森崎の胸ポケットに収まっていたはずのレコーダーが握られていた。

 

 秋水の胸ポケットに同じ物が入っていることを確認した後に、森崎は慌てて自身の手持ちを確認する。やはり、レコーダーだけが()くなっていた。

 

「一体、いつの間に……」

 

「俺が貴方の制服のエンブレムを指差した後に抜き取りました。俺が仮に敵で、ここが戦場ならば貴方は死んでいる」

 

 より正確に述べるならば、もとより目にも止まらぬ速さに加え、瞬きする瞬間を狙ったことで、気づかれる可能性を極限にまで下げた。本当に一瞬だが、瞼を閉じたその時に限っては視界が一切封じられる。そういったところを狙う技術も、狙わせない技術も、戦局を左右する大事な条件だ。否、これといった条件など存在しない。ありとあらゆる、人が考え得ることのできる全ての要素が生死を決める。

 

 森崎は秋水の言いたいことが理解できた。既に家業であるボディーガードを補佐としてだが経験している身。多少なりとも実戦の経験があることから、色々とイメージをしやすかったのだろう。

 

 秋水はレコーダーを森崎に返した。

 

「言いたいことは分かった。だが、僕は――」

 

 レコーダーを受け取った拳に力が入り、機械が小さな悲鳴をあげた。

 

 森崎の中では達也を認めたくないという思いが渦巻いている。しかし、それは当然のことだ。考え方をあっさり変えてしまうことなど出来はしない。

 

「いきなり考え方を変える必要はありません。ただ、そういった物事の見方もあるとだけ覚えておいて下さい」

 

 むしろ、はいそうですかといきなりろくに考えもせずに意見を変えてしまうのは自分の中に芯がない証拠だ。受動と能動は明らかに異なる。

 

 物事に対して違った見方があれば、当然見え方も違ってくる。そこで得られる物はこれまでの視点とは違った物になるだろう。僅かでも記憶に留めておけば、いつかはそういったことができるようになる。そうすれば、一皮向けて人間としても魔法師としても成長が望めるはずだ。

 

「聞かせてくれ。なんでお前はそういう考え方をするようになった? 他の奴らと同じように、一科生の優越感に浸ろうとは思わないのか?」

 

 森崎の意見は最も。全一科生の内、二科生に純粋な評価をする生徒はそれこそひと握りしかいない。どちらが異端かといえば、秋水の方だ。

 

 差別意識が全くないわけではない。

 

「関係ありませんでしたから」

 

「え……?」

 

「皆死んでいきました。ここで言う一科生も二科生も関係無しに」

 

 強い奴、弱い奴。勇敢な奴、臆病な奴。理想を掲げる奴に、現実主義の奴。皆、等しく死んでいった。嫌というほど、その現場を見て、作り上げてきた。当然、その中には秋水にとって代え難い大切な人達も含まれている。

 

 だから秋水は理解した。他人が作った物差しを使って引かれた線に意味などない。どんなに理屈を並べたとしても、あらゆる要素を集結した際に強い方が勝つ。強くなければ、大層な事を掲げていても生き残れはしない。失わないためには、常に圧倒的な強者に回るしかないと。

 

 そして、ようやく手にいれた。

 

「裏葉、お前――」

 

 それより先の言葉は音として出ることはなかった。誰に遮られたわけでもない。喉まで上がってきたものの、何かが蓋をしてそれ以上上がっては来なかったのだ。

 

「聞かれたから答えただけですので、あまり気にしないでください。何も俺だけがそういった経験をしているわけでもありませんから」

 

 戦場に出ている魔法師は少なからずいる。

 

 例えば、二〇九二年の八月に起こった新ソ連の佐渡侵攻の防衛に加わった一条将輝。秋水と同い年にあたる彼は、当時十三歳でありながら敵と味方の血に塗れて戦い抜いたことから「クリムゾン・プリンス」としての敬称で知られている。

 

 秋水はふと端末で時間を確認した。

 

「あまり長居して渡辺先輩に叱られるのもあれなので、俺はこれで巡回に戻ります」

 

 その言葉に、森崎は曖昧な返事しかできなかった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。