紅き眼の系譜   作:ヒレツ

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Episode 1-8

 公開討論日当日。

 

 放送室を占拠する暴挙に出た日から二日後、講堂にて一科生を代表した真由美と、二科生を代表した複数の生徒たちの討論会が行われている。全校生徒が収容できる講堂の座席は疎らながらも半数程度埋まっており、一科生と二科生の割合としては半分半分といったところ。今回の討論会は、学内に存在する垣根を超え、それだけ生徒たちの関心を得たことが伺える。

 

「予想外に来ましたが、どうやら壬生先輩達の姿は無いようですね」

 

 舞台袖から傍聴する生徒達の姿を一通り見た後に、達也が呟く。彼の言葉通り、そこには放送室を占拠していた実行犯の一人である壬生紗耶香の姿は無かった。他のメンバーも、当然ながら姿を見せてはいない。

 

「だから討論会なんて反対だったんです。メンバーはわかっているんですから、拘束でもしておけば良かったんですよ」

 

 達也の言葉に秋水はいささか不満そうな声色で言葉を返した。秋水からすれば、占拠したメンバーを罰することもなく、こういった討論会を開くこと自体に反対だったのだ。相手を付け上がらせることが目に見えている。事実、たった一日で有志同盟とは名ばかりに、エガリテのメンバーは増大していた。

 

「流石に何もしていない生徒達を拘束する事はできないだろう。それに、この討論会自体は適切な対応だと思うぞ」

 

 事件後から加入したメンバーは当然として、事件前から加入しているメンバーの一部を除いて何もしていない。特に新たに加入したメンバーは差別撤廃という体の良い言葉だけを信じており、曇った目によって真実を見逃し、見ないふりをすることで何も知らない可能性が高い。

 

 しかし、知らないでは済まされない。いつ犯罪の片棒を担いでもおかしくはないのだ。その時が来た際に「知らなかった」の一言で言い逃れができるほど世の中は上手く出来ていない。少しでも被害を減らしたいならば、数が少ないうちに徹底的に潰しておく必要がある。そこに入ろうなどと思う者が決して出ないほどに。

 

「適切な対応? こんな討論とは程遠いものが?」

 

 達也の言葉に、秋水が反論する。

 

 平等、平等、平等。

 

 同盟側はただその言葉だけを言っており、上辺だけ調べたような簡単な衣しか纏っていない。多少着飾っても結局は感情論に過ぎず、それに対して真由美は具体的な事例と、歪曲ができない数字によってことごとく反論していることによって、完全なワンサイドゲームとなっている。

 

さらに言えば、これは討論会ではなく、もはや真由美の演説会でしかなかった。

 

「確かにこれは討論とは呼べないが、俺が言っているのは討論の内容じゃない」

 

「どういうことだ?」

 疑問を呈したのは秋水では無かった。

 

「おそらくですが、彼らが何らかの行動を起こすとすれば、この討論会の最中、もしくは直後でしょう」

 

「やはり、攻め込んでくると?」

 

「いえ、そこまではわかりません。小国の軍隊程度ならば、単体で退けることができるこの学校を襲撃するとは考え難いですが、相手はテロリストですからね。何をしてくるかまではわかりませんよ」

 

 摩利と達也のやりとりは、終始達也が摩利の問に答える形となっていた。

 

 達也の言う討論会の目的は、巻餌。それに釣られれば、大義名分を得られる寸法だ。危険ではあるが、もしものことが起こらないように有志メンバーがいる付近には風紀委員や部活連の腕利きたちがついており、何かした瞬間に取り押さえることができる。内側の守りは完璧と言って良い。

 

 ただし、穴があるとすれば外部への警戒が薄いことだろう。短期間で討論会が開かれてしまったためにそこまで対応する準備が間に合わなかったこともあるが、第一高校に攻め込んで来るなどという考えが薄かったこともある。

 

 魔法教育機関として最高レベルを誇る第一高校は当然教師陣のレベルも高く、達也が言うように大国相手でもなければ問題なく片付けることができる。いわば難攻不落の要塞とでも言えるだろう。その要塞に進んで侵攻しようとする者はそうはいない。現に第一高校が設立されて以来、そのような事件は起こっていなかった。

 

 だが、そういった積み重なった実績が、時として仇となる事もある。

 

 自信が過信へと変わったとき。その瞬間、人の余裕は油断へと変貌を遂げる。

 

 油断は本来の力を鈍らせ、それによって足元を掬われたとでもなれば冷静さは当然なくなる。実力を出すことは決して叶わないだろう。そのことで焦りが生じ、落ち着こうとして下手をすれば、次々に新たな焦りが生み出されてしまう。その負の連鎖に陥ってしまえば、先に待っているのは死だ。

 

 少しでもその危険を避けるためには、本来ならばこのような会は開くべきではなかった。甘さを見せることなく対処しておけばよかったのだが、開かれてしまったものは仕方がない。対応の甘さに呆れながらも、秋水はそう折り合いをつけた。

 

 討論会の方は、早くも終わりの気配を匂わせていた。

 

 初めの雰囲気とは一転し、講堂一体は拍手に包まれている。

 

 真由美の発言はいつしか野次を飛ばしていた有志同盟のメンバーの口を閉ざし、本来は味方ではないはずの二科生達もいつしか引き込んでいた。今この場においては、一科生と二科生の壁は存在していない、未来の可能性が確かに体現されていた。この終わり方は、今後の一科生と二科生との関係を直していく第一歩としてはこれ以上ないものだろう。

 

 このまま終われば、どれだけ良かっただろうか。

 

 手始めは轟音。

 

 それと共に講堂の窓が激しく音を立てて揺れ、短い導火線へと火が灯される。

 

 一体感に寄っていた生徒達の拍手が鳴り止み、他とは違った行動をした生徒たちが一斉に取り押さえられる。周囲の生徒たちは何が何だかわからない様子だ。

 

 舞台から見て右側の窓より、ガラスを突き破って小さな物体が投下される。色は黒。紡錘型の榴弾。それが床に音を立て煙を巻き上げた時には、秋水はそれを無視して全く別の方向を向いて行動していた。

 

 先ほどとは逆側にある左側の窓。その内、三枚に黒い影が映る。

 

 甲高い音を立て、ガラスが割れる。だが、破片が降り注ぐことも、黒い影が入ってくることもなかった。空気を焼き尽くし、人を飲み込むかのような大きさの炎弾が先に窓を捉えていたからだ。

 

 視界内にあれば、秋水の眼は不意打ちを見逃すはずもなかった。

 

 ――火遁・鳳仙火

 

 秋水が得意とする、火遁の術の一つ。

 

 その炎は、当たると弾ける鳳仙花の身のよう。散り行き命を飛ばすのは、身を焦がしたテロリスト。彼らは講堂内に入ることなく、ガラス片と共に二階ほどの高さから落下していく。その際に地面に当たった音は、届くことはなかった。

 

 他の場所から講堂に攻め込んできたテロリストは、風紀委員が中心となって対応したことで即座に制圧が完了していた。

 

 それでも、一部でしかない。講堂の外では未だに爆発に伴う爆音が無造作に唸りを上げており、それに伴って悲鳴や雄叫びといった様々な声が混じり合って混濁としている。このまま放っておけば、いずれ伝染して混乱に陥ることはわかりきっていた。だからこそ、誰かが周囲をしっかりと先導する必要がある。

 

「この場は任せます」

 

 その任に適している人間はこの場には多くいるために、秋水はその一言だけを残す。

 

 真由美の方を向き、甘さを見せた結果がこれだと言う視線を送ると、答えを待たずに蹴り開けられたことで留め具が緩んでいる扉へと向かった。

 

 

 ◇    ◇     ◇

 

 

 第一高校が襲撃された時と同刻。

 

 襲撃された第一高校からそう遠くない場所にて、一人の男は自分に酔いしれたような所作で端末から時間を読み取る。座っている椅子の背もたれに身を任せ、小さく息を吐いた。その所作はどこか芝居がかっているが、周囲にそう思う人間はいなかった。

 

「予定通り、作戦は決行されたようです。上手く行くでしょうか?」

 

 周囲に居る人間の内の一人が、腰を屈めて視線を合わせては訪ねてくる。

 

「分かっていないね。この作戦は上手く行く、行かないはあまり関係ないのだよ。まあ、上手くいくことに越したことは無いのだけれど」

 

「それは、どういうことでしょうか」

 

 男はわざとらしく、肩を竦めては再び口を開いた。

 

「今の第一高校には十文字、七草といった十師族がいることは勿論知っているだろう」

 

「ええ、まあ」

 

「彼らはね、表面上は権力を放棄はしているが、裏では司法当局を凌ぐ権勢を有しているのだよ。こんな石ころ一つで無効化されてしまう程度の力しか持っていないにも関わらず、ね。そして可哀想なことに、彼らは自分たちが優れていると勘違いしてしまっている」

 

 男の言い分に、まだ理解が追いついてはいない。それを確認した男は、さらに優越感に浸っていく。

 

「そんな優れた者が二人も居る学校で問題事が、それも自分たちが統治している生徒たちが起こしたとなれば、一体どうなると思う?」

 

 その言葉にようやく理解が追いついたようだ。

 

「そう。だからこそ、馬鹿な生徒達を引き込み、周囲にもわかるように派手に攻撃をしかけさせたのだ。情報を直前に送ったマスコミも、流石に気がつくだろうね」

 

 攻め込んだ舞台には、差別撤廃のために魔法研究の最先端資料が必要だといかにもそれらしい理由をつけているが、本来の目的は派手に問題事を起こすことにあった。

 

 当校の生徒すらまともに抑制することができない無能な連中。

 

 マスコミがそう書き立てることは容易に想像できた。彼らは餌に群がるハイエナだ。少しでも売れると感じたネタを我先にと嗅ぎ漁り、面白おかしく脚色を加えていく。そこに真実か否かは必要ない。一度懐疑心を抱かせてしまえば、後は勝手に増大していく。それが人というものだ。特に日本人は優秀な者を自分と同じ目線にたたせたがる人種。他国よりも、こういった手法の効果は大きいと踏んでいた。

 

 少しでも効果を確かなものにするために、長い時間をかけてメンバーを増やしてきた。手始めに義理の弟から。そしてその弟が所属する部活動。ウィードと蔑まれている連中を洗脳するのに、苦労は無かった。常に劣等感に苛まれている彼らは、平等や差別撤廃といった優しい言葉をかければ簡単に靡いてくれた。所詮は精神的にも未成熟な子供、何色にでも容易に染めることができる。

 

 男、ブランシュ日本支部のリーダーである司一にとってその行為は、一種の薬物摂取にも近かった。他者を教化し、支配していく。その瞬間、何とも言えない快楽が体中を駆け巡っていく。そしてそれ以上に、優越感に入り浸っている連中が失墜していく様を見ることが好きだった。

 

 植え、年月をかけて育ってきた苗が、ようやく芽吹く。

 

 どんな色の花を咲かせるのか、想像するだけでも笑いがこみ上げてきそうだった。

 

 そんな時だった。

 

 廃工場の錆び付いた扉が、不快な音を立てて開かれた。

 

 司一は扉を凝視した。見張りとして立たせている者はいるが、何かあったならば相応の音がしてもおかしくない。逆に何も無かったならば、わざわざ扉を開ける必要はない。見張りの交代時間もまだまだ先だ。

 

 入ってきた人物を見ると、司一の周囲に居る人間の警戒レベルが一気に跳ね上がった。一斉に手持ちの銃器を構える。唯一変わらず鎮座している司一も、珍客の姿に警戒せざるを得なかった。

 

 頭からすっぽりと全身を覆う黒一色のコート。そして顔には狐と思われる、白を基調とした仮面が取り付けられており、素顔を見ることはかなわない。それどころか、体型もよくわからないその姿では男女の判別すら難しい。このような人物を警戒しない方がおかしなことだった。

 

「失礼だが、どなたかな?」

 

 警戒はしても、それを表には出すまいと余裕ぶった口調で尋ねる。自分は幾多の人間を率いる王。その自尊心が彼の被る仮面を、固く分厚い物へと変えている。

 

 コートの人物は司一の言葉に答えることなく近づいていく。

 

「止まれ!」

 

 司一の傍にいる男が静止を促す怒声を受けても、歩みは止まらない。大きな声を突然出されれば、体が一瞬硬直して歩調に変化が生じるはずだが、それも無かった。

 

「止まれと言っているのが聞こえないのか!」

 

 一人が引き金を引こうとするも、司一がそれを制した。

 

「一さん……」

 

「少し落ち着き給え」

 

 リーダーである司一の一声によって、少しばかり周囲は落ち着きを取り戻したように見えた。

 

「部下が失礼をしたね。僕からも謝罪をしよう」

 

 椅子から立ち上がり、一歩前に出る。危険を顧みない行為は、いざとなれば一声で射殺が可能だという自信から来るもの。

 

「司一だな。一緒に来てもらう」

 

 感情のこもっていない、どこか無機質な声だった。

 

 一切無視した言動。聞く耳もなければ眼中にも無いとでも言いたげな物言いに、司一の顔に一瞬怒りが映る。

 

「いかにも。僕が司一だ。そういう君は誰かな?」

 

 すぐさま取り繕い、余裕ぶった口調は続く。

 

「抵抗しないことを勧める。こちらとしても、可能ならば面倒なことは少しでも避けたい」

 

「やれやれ、どうやら言葉が通じないようだね。お前たち」

 

 手を挙げ、一歩下がると、それまで周囲にいた男たちが前に出てコートの人物を囲う。円形ではなく、放物線状に。

 

「撃て」

 

 端的に告げられる命令。

 

 共時的に、一斉に銃器から火が吹いた。

 

 俗に機関銃と呼ばれるそれは、自動的に弾が装填されることで連射を可能にしている。弾を大量に用いるためにやや機動性にかけるという欠点こそあるが、この弾幕の前ではその欠点は帳消しにされる。

 

 嵐が止み、巻き上げられた砂埃が視界を悪化させているものの、完全に見えなくなるわけではない。薄い塵のカーテン越しにボケたシルエットが見えた。

 

 ヒラヒラと動くその影に、誰もが命中したと考えていた。

 

「なっ!?」

 

 視界が開けたとき、誰もが同じ反応を示した。

 

 コートを着ている人物の仮面はなくなっており、代わりにその下から土が顔を出している。明らかに人間ではない。それを示すかのように、ボロボロと崩れていくそれは、更なる土埃を巻き上げた。

 

 周囲が呆気に取られた、まさに一瞬の出来事だった。

 

 室内に響くのは男たちの悲鳴と、倒れこむ際に生じるか細い音。それらは十秒もしない内に鳴り止み、取って代わって静寂が辺りを支配した。

 

 立っているのは司一と狐の仮面をつけた人物。コートを脱いだことで男だということがわかったが、そんな情報は今この場において何の役にも立たなかった。

 

 仮面の男が腕を軽く振ると、赤い線が地面に引かれた。手に持つ小太刀は怪しく銀色に輝いている。

 

 そこに王の姿はなかった。司一が座していた玉座は倒壊し、これまで被っていた虚構の仮面さえも剥がれ、恐怖に歪んだ真実の顔を無様に晒している。生まれたての子鹿のように震える足は、逃げたくても逃げられない証。瞬きをすることも忘れ、見開かれたたその目からは潤いが無くなっていた。

 

 仮面の男が近づくたびに、司一は死が近づいてくる錯覚に襲われる。もう腕を伸ばせば、届いてしまいそうな距離だ。

 

「クソがっ!!」

 

 指がCADを操作していたのは、迫り来る死から何とか逃げようとする防衛本能に近かった。

 

 発動した魔法は邪眼(イビルアイ)

 

 意識干渉型系統外魔法。最も得意な魔法であり、これこそが司一がブランシュの日本支部のリーダーたり得る理由でもある。

 

 ピタリと、仮面の男の歩みが止まった。

 

「ハ、ハハハ……。ど、どうだ、僕にかかればお前程度――」

 

 乾いた笑い。助かったという安堵から再び舌が回りだす。乾いた口では上手く音が出ず、さらに直ぐに中断されてしまう。

 

 司一が目にしたのは、仮面の奥、深淵からこちらを除く紅い双眸。それを目にした瞬間に全身の毛穴から脂汗が噴き出した。危険だと、今すぐ逃げろと、本能が告げている。

 

「所詮は紛い物、やはりこの程度か」

 

 邪眼は蓋を開ければ、催眠効果を持つパターンの光信号を人の知覚速度の限界を超えた感覚で明滅させ、指向性を持たせて対象の網膜に投影する光振動系統魔法。映像機器でも再現可能レベルの、質の低い催眠術。

 

 司一が再び口を開き、何らかの言葉を発しようとした時、素早い動作で仮面の男の腕が司一の首を捉えた。

 

 顔は苦悶に歪む。両手を使って必死に拘束を外そうとするも、足が地面から離れた状態では大した力が出せるわけでもなく、決して揺らぐことはなかった。

 

「声を出すな。お前の声は耳に障る」

 

 たったそれだけの理由だった。それだけの理由で締め上げ、何を言っているのか分からないほど籠もった声しか出ないようになってしまう。だが、喉を潰して声を出なくさせることまではしない。後々声を出せないようでは支障をきたしてしまうためだ。故に、それ以外のことは何をしても構わない。目を潰そうが、手足を捥ごうが、いざその時までに声を出す機能さえ残っていればそれでいい。それをするかと言われれば、また別の問題ではあるが。

 

「しばらく眠っていろ」

 

 必死に抵抗していた司一の体が、突如として動きを止める。力なく項垂れる姿は、絞殺されたかにも見えるが、ただ目を合わせたことで眠らされただけに過ぎなかった。

 

 優しく置くことはせずに、締め上げていた場所から力を緩めて司一を落とす。おかしな格好で地面へと倒れているその姿など気にもとめず、仮面の男は襟元を掴んでは地面を引きずっていった。

 

 

 ◇    ◇     ◇

 

 

 乱戦は、徐々にどちらが優勢なのかを如実に示し始めていた。目には目を、歯には歯を、魔法には魔法を。そうやって魔法で応戦しようとする侵入者。だが、表立って抵抗している生徒たちの胸や肩には八枚花弁のエンブレムが刻まれており、どちらが魔法を扱う者として長けているのかは一目瞭然だった。優れていれば、そちら側に居るはずなどないからだ。そんな彼らはCADを操作している間に魔法に襲われ、意識を刈り取っていかれるのがほとんどだった。数の優勢は、まるで意味をなしてはいなかった。

 

 侵入者の中には銃器で身を固めた者もいたが、彼らは彼らで一科生よりも化物を相手にする羽目になっていた。

 

「クソッ! 相手はたったの一人だぞ! 当てろ、当てさえすれば勝てるんだ!!」

 

 一発でいい。それだけでいいのだ。音速に近い速度で対象めがけて飛んでいく小さな鉛玉を当てさえすれば、痛みに耐えかねず必ず動きが止まる。そうなれば、あっという間に蜂の巣にできるはずだった。

 

 だが、現実は当たるどころか掠りもしない。

 

 消えては現れ、また消えては現れを繰り返していく高校生は、その度に確実に侵入者の数を減らしている。

 

 周囲一帯は、紅い眼をした少年、裏葉秋水によってあらかた制圧されていた。残っている数は、もう指で数えられるほどしか残っていない。

 

 一人、また一人と、確実に数が減っていく。

 

 秋水は無言で切り捨て、骸と化した肉体を弾丸から避けるための盾代わりとして用いている。人を人とも思わぬ、道徳から逸れた所業は、本当に高校生かと疑うほど。そして盾が崩れ去れば、その後ろに秋水の姿はなく、嘆声に付随して新たな骸が出来上がっていく。

 

 秋水の紅眼が、次はお前だと言わんばかりに先ほど周囲を叱咤した男を捉えた。威勢を保つために睨み返すも、虚勢でしかないことは明らか。

 

 既に周囲に立っている男の仲間はいなくなっていた。

 

 こんなはずではなかった。

 

 初撃を決め、恐怖と混乱に飲み込まれた哀れな魔法師を掃討し、魔法の力に依存しない平等な世界を創るはずだった。これは、そのための第一歩のはずだった。

 

 だが、蓋を開けてみればどうだ。混乱こそすれ、直ぐに立ち直った第一高校の生徒たちは果敢に立ち上がって戦っている。ズレてしまった歯車は、もはや修正不可能な域にまで達していた。

 

 それもこれも、こいつのせいだ。

 

 男は奥歯を強くかみ、秋水を一層強く睨む。

 

「うおぉぉぉおおおお!!」

 

 自らを奮い立たせる咆哮。開口に応じて唾液が飛び散る。腰を深く落とし、照準を合わせて発砲した。

 

 最初の弾丸が銃身から放たれた時には、秋水の姿はどこにもなかった。弾丸は空を切り、予測着弾点を通り過ぎては奥にある白い壁に当たり、その表面を抉る。

 

 瞬きもせずに必死に目を走らせ、秋水の姿を探す。

 

 存在に気がついたのは、身体に走る衝撃だった。見れば、容易に人を殺せるはずの黒い銃器がバラバラに切断され、金色の弾が放り出されては落下していく。そして、その位置よりも自分に近い場所に秋水の姿はあった。

 

 口から血が零れ出し、咳に併せて小さな雫となって飛ばされる。痛みは心臓から。寸分の狂いもなく、クナイで一突きにされている。

 

 (じき)に死ぬことは、初めての経験であっても容易に理解できた。思考が鈍くなり始め、体が少しずつ冷えていく感覚がはっきりと脳へと伝わる。

 

 そんな状態にも関わらず、男の顔は笑っていた。

 

 ただでは死なない。

 

 例え世間からはテロリストと呼ばれていようとも、彼らは同じ時間を共に過ごした大切な仲間だった。それを殺した相手を、ただで返そうという気などない。自らの命と引き換えに腕の一本でも貰っていこうと考えていたが、なかなかどうして、最後の最後で天は味方をしてくれたようだ。

 

 腹部に巻いてあった物をいじり、逃げられないようにしっかりと腕で押さえ込む。幸いにも体の大きさは秋水よりも大きく、それに応じて筋肉量も多かった。意図に気がつき逃げようとしても、決死の覚悟から来る力はそう簡単には振り解けはしない。

 

 ――ざまあみろ

 

 声は、ほとんど出ていなかったものの、口はそう動いていた。

 

 一瞬の閃光と鼓膜を破かん程の大きな音。

 

 次いで来るのは、爆発による熱と破裂した破片。

 

 もしもの時のために自らの身体に巻きつけていた対人用の爆弾の一種。安全装置を抜いてからほんの数秒で周囲を巻き込んで爆発するそれは、手榴弾よりも強力で、密着していた秋水の身体を容易に破壊した。熱によって皮膚はただれ、破片によって体には穴があいている。何よりも爆発そのものの威力によって手足や首が吹っ飛び、両者は人としての原型を留めてはいなかった。

 

 凄惨な有様を、秋水は爆発の範囲外から、透明な液体越しに静観していた。

 

 最後まで、あの男は幻術だと気が付くことはなかった。初めから誰もいないところに発砲し、誰かに抱きつくような行動をした後に自爆。結果として、仲間を殺した本人には掠り傷一つすら負わせることさえもできてはいなかった。傍から見れば、実に間抜けで無意味な最後だっただろう。

 

 それでも、覚悟は本物だったように思えた。

 

 既に肉塊となった男に対して、秋水はわずかばかりの敬意を示す。未だ抗争が続いている場所へと赴こうとした時、足元の異変を捉えては、宙へとその身を預けた。

 

 地面から両の腕が突き出され、秋水の足を掴もうとするも失敗に終わる。攻撃を恐れてか、失敗した直後に地面に腕が引っ込む。秋水が着地をすると同時に地面にクナイを刺した時には、手応えが無かった。

 

「……土遁の忍術。まさか忍術を使うやつがいるとはな」

 

 クナイを引き抜き、刃先を百八十度回転させて袖の中へとしまい込む。

 

 背後から音が聞こえ、コンクリートの地面に着地した音が聞こえた。同時に他の気配も近づいてきた。

 

「あの眼、裏葉のガキか。現代魔法派に寝返った裏切り者が、良くも仲間をッ」

 

 振り返ると、新たに三人が加わり、計四人の男が敵意を向き出してこちらを睨んでいる。銃器もCADもない。全員が忍術を使うようだ。

 

「ガキとは言え相手はあの裏葉だ。全員でやるぞ」

 

 写輪眼の対抗策としては、複数人で相手をするという方法がある。十八番の幻術も、仲間が外からチャクラの流れを乱す事で現実へと引き戻すことができる。動きを見切る観察眼も、背後からの攻撃にはいくらなんでも対応することはできない。いかに写輪眼といえども、見えないものにはどうしようもないのだ。そして前方で相手をしている間に、後方の死角から突く。それが、彼らの持ち得る必勝法。長年培われてきたノウハウだった。

 

 対応方法さえ分かってしまえば、恐れることはない。

 

 四人からはそのような感情が体の節々からにじみ出ている。

 

「愚かだな……」

 

 そんな四人に対して、秋水はため息混じりに独言をした。

 

 まるで分かっていない。

 

 たかが複数人を相手にして遅れを取ってしまうようならば、裏葉がこの時代までその血を絶やさなかったことにも、最強と謳われ、恐れられてきたことにも辻褄が合わない。

 

 裏葉を侮る者には、その身を持って分からせるしかない。

 

 その考えがいかに稚拙で、裏葉がいかに最強なのかを。

 

 冷徹な表情の裏で、歪んだ炎が(たぎ)っていた。

 


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